お昼にもお昼寝 ふわ、と大きなあくびが出た。静かな洞窟の中にほわんと反響して、誰も聞いていないのに少し恥ずかしくなる。仕事中にこんな気が抜けた様子じゃ流石にまずい。
誰も聞いてない、よな?
デグダスは……先に進んでいるはずだし。いくらさっきのおれのあくびの声が大きすぎたからって、まさかデグダスのところまで響いて聞こえるなんてことは。
そんな気まずい予感がしたときは、当たることが多いような気がする。
洞窟の先から、ドタドタと急いでこっちにやってくる足音が聞こえた。
「グランツ! だから言っただろう!」
「あっはははは。まさか聞こえてたとはな」
「おれは耳もよければ鼻もいいし勘もいいのだ。うっかりは多いけれども」
「顔もいいしな」
「むむ」
冗談は利かないぞ、とばかりにキミは唸った。もちろん冗談のつもりはない。
「そんなことより。やはり無理はするものじゃないぞ。眠いときにはちゃんと寝るんだ! ほらほら」
「ん。そうは言っても」
キミは手近な岩の上に腰を下ろして、岩壁を背に膝をポンポンと叩いた。
「おまえが近頃疲れているのは知っているんだ。仕事の前に、お昼寝が必要だ!」
「あはは、まだ午前中だぜ? そりゃ確かに今度の仕事は責任重大で、必要以上に焦ってるのは自覚してる。でも急がないと」
「そういうときに必要なのがイソップ物語だ」
「あっはっはっはっは! それを言うなら急がば回れだ。そいつは絵本の話だろ? 懐かしいな」
「むむむ。そうだった。グランツはよく覚えているなあ。しかしそれはそれ、とにかくだ」
ぽん、とまた叩かれるキミの広い膝。もちろんそれは魅力的だ。この世界で一番、特に今のように眠気に襲われているときは、一番を超えた一番と言ってもいいだろう。おれの自制心じゃ抗いきれない。
ついにふらふらと近付いて、その膝に身体を預けてしまった。
ぐんにゃりと倒れ込んだおれを、キミは抱きとめて膝に座らせる。
「よいしょ。やっぱりすごく疲れているんだろう。疲れたままピッケルを振るっては怪我をしてしまうぞ!」
「ああ。その、恥ずかしながら。肝に銘じる」
「これはお昼寝するしかないな。さあ、好きなだけどうぞ」
「十分で起きる」
「それじゃ短すぎる! 二十分でも三十分でも、元気が出るまで寝てていいんだぞ。おれはこうしてしっかりとおまえを支えて、おまえが無理をしないように見張っているからな!」
おれを抱きしめるキミの腕は力強いし、広い胸は暖かくて柔らかい。洞窟の中は静かで二人きりだ。普段のベッドの上と同じように安心できて、今にも眠りに落ちてしまいそうになる。
「……じゃあ、二十分」
「ほんとうにそれでいいのか?」
力強い眉を八の字に下げて、心配そうにおれの顔を覗き込むキミの目。床においたランプの光があちこちの岩肌にむき出しになった鉱石に反射して、キミの目をキラキラと光らせている。
「だって好きなだけずっと、なんて言われたら一生キミのここに居たくなってしまうし」
「一生、ここに?」
「それはさすがに困るだろ?」
キミは目を丸く見開いて、次にぱちぱちとまばたきをして考える。うーんうーんと小さな唸り声も聞こえてくる。首もぐぐぐっとかしげて。
「おまえを、こう、抱っこしたまま」
「ふふ」
ぎゅっと腕に力が入った。うれしくて、吹き出してしまう。
「採掘ができるかどうか、頑張って考えているんだ」
「ピッケルが握れないから無理じゃないか」
「うむむむむむむ……」
「だからちゃんと二十分で起きる。キミを困らせたくないからな」
「おれは何も困っていないと言うのに」
キミがおれの額に頬をくっつけた。昨夜ひげは剃ったはずなのに、もう少しチクチクしている。
「起きるまでちゃんと寝るんだぞ。じゃないとお昼寝延長の刑だ」
「んっふふ、わかってる」
「そして午後もまだ眠いようならお昼二度寝をする!」
「ああ」
二十分と言ったからには、きちんと二十分で起きないと。時計でちゃんと時間を計って……と思ったのに、キミの腕の力が強くて荷物に手を伸ばせない。そもそももう意識が保てそうにない、かも。