真相を解明するため……「ぴぃちゃん、もう一個。はい、あーん」
「ええと……」
戸惑いながら開けられた口に、細長いフィンガービスケットを一つ差し込んだ。サクッと音を立てて真ん中から半分に割れる。
「あ」
ぴぃちゃんは慌てて口元を手で隠して、口の中のビスケットを咀嚼する。
「すみません、一口で食べればよかったですね」
「いいよ、残り半分もどうぞ。あーん」
「えーっと、そのつまりですね……」
「いいよ、ぴぃちゃんはそのまま仕事してて。僕が隣でエネルギー補給のお手伝いしてあげる。これなら手も汚れなくてちょうどいいよね。忙しいんでしょ?」
「そう言われると理にかなっているような気もしてきますが……やはり少し気恥ずかしいです」
「そう? こういうの、友達同士で普通にやったりするよ」
「最近の高校生ってそういうものなんですね」
ぴぃちゃんは苦笑しながらパソコンに向き直った。今日は事務所も人の出入りが多いし、ぴぃちゃんは忙しそうだし、にぎやかだ。
僕もビスケットが食べたくなって、缶の中から一つ取り出す。ぴぃちゃんの視線がこっちを向く。
「あーん?」
「いえ、もうお腹いっぱいです」
遠慮されちゃった。そのくらいの空気は読める。差し出しかけたビスケットを引っ込めて、自分でかじった。サクサクだ。
そのときだ。
「ボスと百々人は仲良しじゃのう」
「あ、あれ? 兜くん来てたんだ」
急に後ろから話しかけられたからびっくりした。……別に、今日の事務所は人が多いし、兜くんだって事務所に用事があったっておかしくないし、顔を見たら声かけるのも全然普通。びっくりしすぎ。ていうかちょっとドキドキしてる。
ぴぃちゃんは驚いてなんかないし。
「おはようございます、大吾さん。これ、お話されていた件の資料です」
「おお、助かるわ! やっぱりボスは頼りになるのぉ」
「他にも必要なものがありましたらすぐに言ってください。では、ちょっと営業に行ってきます」
「ん? もしかしてワシが待たせとったんか?」
「いえいえ、ちょうど今からアポの時間だったというだけですから。大吾さんが遅くなるようでしたら資料は賢くんにでも預けておこうかと」
「そうか? それならええんじゃが」
デスクの書類を片付けて、ぴぃちゃんはバタバタと慌ただしく事務所を出ていく。その背中に、
「ボス! よかったら移動中にでも飲んでくれ!」
兜くんが小さいサイズの缶コーヒーをパスした。ぴぃちゃんが受け取って、カバンに入れて邪魔にならないサイズの。
スマートだ。
「百々人もボスに差し入れしとったんじゃな」
「うん。でも思ったより余っちゃったから、残りは事務所のみんなにおすそ分けかな」
「ワシも差し入れ一つ余ってしもうたわ。営業先に菓子の大箱抱えていくわけにはいかんじゃろうからな」
そう言って兜くんはコンビニの袋からお菓子の箱を取り出した。小さい子が好きそうな動物のイラストがプリントされた丸いクッキーに、バニラクリームが詰まっているやつだ。かわいい。
「のう、百々人のそれとワシのこのクッキー、一対一で交換せんか?」
「いいよー。はい。っていうか、交換じゃなくても好きなだけ……」
ビスケットの缶からまた一つつまんで取り出して、兜くんに差し出して――そのときはっと気がついた。
兜くんが口を開いて……開いてるわけじゃ、ない。あーん、って僕は言っていない。そういう流れじゃない。そういうのじゃない、かも、しれない! なのに僕は何しようとしてるんだろう!
な、なんで?
ていうかぴぃちゃんにはできたのに。
「すまんのう」
兜くんはお花みたいな笑顔を顔いっぱいに咲かせて、僕の手からビスケットをごく自然に受け取った。
なんで僕はわざわざビスケットを自分で手に取ったんだろう。だってそれじゃ間接キス……でもない、全然それ未満だけど、でもわざわざ自分で触ったの渡さなくたって、ビスケットの缶から直接兜くんに取ってもらったって良かったじゃない。
ぴぃちゃんにしてたからついそのままやっちゃった。にしてもなんで兜くんだと、こんなに胸がフワフワしちゃうんだろう。学校の友達とだってその場のノリでするようなことだって、僕は自分でも言ったのに。
不思議だ。兜くんが、みんなと違うんだろうか。
観察してたら、わかるかな。
細長いビスケットをサクサクって音を立ててかじってる。唇にクッキーのかけらがくっついた。付いてるよ、と僕が言うまでもなく、兜くんの小さな舌がペロッと出てきて唇を舐めた。
かわいい。中学生だもん。年下に対しての感想としては一般的なもの……のはず。でもかわいいだけじゃないから、困ってる。
「うまい! さてはいいところのおやつじゃな!」
「今度お店教えてあげる。学校の近くなんだ」
「それにひきかえワシのはコンビニのお菓子なんじゃが……昔からこれが好きでのう」
ちっちゃい頃の兜くんか。さぞかしかわいかったんだろうな。……コンビニのお菓子、ご家族と食べたり……してた……んだろうか。僕の家とは違って……。ううん、知らないな。僕は兜くんのこと何も知らない。
知りたいな。不思議な気持ちだ。
「なんの動物がいいかのぅ。百々人はやっぱりヒヨコが好きか?」
「え? どうして知ってるの?」
「当然じゃ。LINKでよく使っとるあのスタンプはヒヨコじゃろ? ヒヨコ、おるかー?」
箱の中に向かって兜くんは真摯に呼びかけて、中身を揺すって探している。見てるだけで、思わず顔がにやけちゃう。
兜くんといるとすごく色んな気持ちにさせられる。心の中が、わーって。
それにトドメが。
「お」
と言って笑顔になった兜くんが、お菓子の箱に手を突っ込んだ。
「ヒヨコじゃ!」
兜くんの指が丸いクッキーを掴んだ。僕のために。
あ、あーん。じゃない! まだ言われてない! ていうか多分言われない! ただの間接キス未満。
どうして兜くんといるとこんなに胸がフワフワするんだろう。まだ、わからない。知りたい。