おかずについて「それで……円成寺さん、どっちをおかずにして抜いてたんだ」
「え」
「メシの話か!?」
夜、布団の中で取り留めもない会話をしている最中だった。タケルからの真剣な質問に一瞬思考がフリーズする。
即座に漣が話題をそらしてくれて助かった。
「違う。今から寝るってのに急にメシの話なんかするか。おかずっつーのは……オマエ、本当に知らねーで言ってるのか?」
「まあまあ。それこそ今から寝るんだから喧嘩なんかしなくたっていいだろう」
「ん」
横を向き、自分のすぐ隣まで距離を詰めていたタケルの目元をくすぐる。もっと近くに来てくれ、と言葉にするまでもなく伝えているつもり……だ。するとタケルはぐっと伸びをするような仕草で、詰めかねていた最後の距離を縮めてきた。布団の中で自分の腕に腕を絡めてきて、ぬくもりが直に感じられる。
こうういう仕草はどこか控えめなんだが、さっきの質問はかなり積極的だったな。
「漣もこっち来るか?」
「暑いからヤダ」
「クーラー利いてるから充分涼しいと思うんだがな」
タケルと反対側に寝ている漣の顔に手を伸ばすと、すげなく逃げられてしまった。薄いタオルケットの下にモゾモゾと潜り込んで丸くなっている。
「ソイツほっといてもどうせ……。それよりさっきの質問、答えて欲しい」
「あー……やっぱり言わないとダメか?」
この話題も元はと言えば自分のせいではある。だとしてもこうしてじゃれ合ってるうちに有耶無耶になってくれないかな、と卑怯なことを考えていたんだが。冗談なんて少しも含んでいないタケルの目からは逃れられそうにない。
「言えないこと、なのか?」
「いや、気恥ずかしいだけさ。タケルだって自分に同じこと聞かれてすぐに答えられるか?」
逆に聞き返されたタケルがむっと口をとがらせた。それからぽーっと頬が赤くなる。うまくはぐらかせそうだ、と大人気なく思うのと、その赤くなった顔にたまらない愛おしさを感じるのと。どっちも自分のどうしようもないところだ。
と、思ったところで。
「俺は円城寺さんになら言える」
そうはっきりと言い返されてしまった。
うっ、と言葉に詰まったのもバレバレだろうな。早く電気を消しておけばよかった、なんて考えも実に情けない。
「別に円城寺さんが興味ねーなら言うつもりはない。だって今の、例え話みたいなもんだろ」
「い、いや、そうでもない。……ちょっと……は興味がある」
「……ちょっと、か」
「参ったな……。正直に言うと、かなりある。タケルのその……おかずの話には。だって自分はお前たちのことが大好きなんだ」
にしても気恥ずかしい。今日はずっと墓穴を掘っているようだ。
そもそも今日は二人にかなり情けないところを見られたところから、この羞恥プレイは始まっているんだった。
「じゃあ、円城寺さんが先に教えてくれ。さっき、どっちをおかずにしてたんだ」
「ンンン」
質問がループした。さっき、というのがまた気まずい。
さっき。実際ほんの一時間ほど前だ。今日は二人ともスケジュールが夜まで詰まっていたから、てっきりウチには来ないものだと思って、自分は一人の夜を楽しんでいた。楽しんでいたというか……寂しさや物足りなさの方が大きかったし、それは二人が急にドアの前に現れたときにすぐに伝えた。ただまあ、楽しんでいたのも事実だ。
スマホにタケルからのメッセージが届いた直後にインターホンが鳴り、かなり慌てて後始末をしてドアを開けた。顔を合わせるなりタケルも漣もなんだかポカンとした顔になって、――ああ、バレたな……――と悟ったわけだ。こうなるとその場では諦め、取り立てて言い訳もしなかった。メシは済ませてきたと言っていたから、今日は風呂と布団だけ貸して。その間二人も話題に出さなかったから、そっとしておいてくれるのだろうと思っていた。
ところが布団に入って一息ついたところで、その質問だ。
『夜だから……かと思ったが、さっき俺たちを出迎えてくれたときの円城寺さん、色っぽかった』
なんて前置きに言われて、まずクラッとさせられた。そして、『どっち』と。そういう聞き方をしてくるところがかわいい。が、正直に答えたら嫌がられそうだ。だから答えにくい。
「らーめん屋ぁ。メシじゃないおかずってどーゆー意味なんだよ」
「うわっ。漣、そんなところで寝てたら夜中に踏み潰してしまうぞ」
「コイツの図体にそんな可愛気はねーと思う……。つーか何やってんだ」
「れーん、もっと上の方に来てくれ。というかそこで寝られると自分の尻に話しかけてるみたいで落ち着かないんだが」
「いいから、おかずって」
「うーん……。つまり、一人でするときに気分を高めるために考えたり見たりする相手やモノのこと……」
「一人で?」
自分の尻の隣で丸まっていた漣がタオルケットからピョコンと顔を出した。目を丸くして自分の股間と顔を交互に見る。一生懸命考えているらしい無言の間が数秒経過して、漣の頭の上に閃きのエクスクラメーションマークが出た。
「らーめん屋、さっき一人でしてたのか!? いつもあんだけオレ様やチビに相手させてンのにまだ足りねぇって!?」
「う。それは本当に面目ない」
「最初からそういう話題してんのに、オマエ本当にわかってなかったのかよ」
「うるせぇ。今日のらーめん屋、どっかヘンだと思ってたんだ。そーか、だからチビが『どっち』つってんのか! なるほどなァ、そーかよらーめん屋!」
タオルケットを頭からかぶった漣がモゾモゾ動いて自分の下半身に乗り上げた。暑いんじゃなかったのか? 自分は多少暑いのは平気だけど。
それよりまずい。タケルの圧だけでも参っていたのに。
「で、どっちだ」
「今気づいたくせに何を勝ち誇ってるんだ。まあいい、とにかく……円城寺さん」
二人分の圧。仕方がない。これ以上変にはぐらかすより、正直に答えるしかない。
「……言うのは、いいんだが。怒らないでくれよ。答えは『二人とも』だ」
「へェ、そーか」
「……円城寺さんなら、そう言うだろうなと思った」
「怒らないのか?」
「怒るわけない。俺は円城寺さんのことが好きなんだ。そういう、ところも」
「そうか。ああよかった。お前たちに怒られたらどうしようかと思った」
というよりも、嫌がられたらどうしようかと。漣とタケルの二人そろって実力行使をされたら大変だ。だがこれ以上は聞かれなさそうだし、もう大丈夫だろう。
「さ、そろそろ電気を消そう。もういい時間なんじゃないか」
時間を確認するために布団の向こうに置いていたスマホを手探りで探す。一旦布団から出れば早いが、足の上に漣が乗ったままなので方法がこれしかない。
ついでに照明のリモコンも……と思ったが、そっちは届かなかった。タケルの方が近い。
「タケル、電気消してくれ」
「ああ」
「おいらーめん屋、話は終わってねーだろ。らーめん屋のおかずはオレ様とチビ、……で、あとは何見てたんだ?」
「はい?」
漣の鋭い質問に、思わず手に取ったスマホを握りしめていた。見てたって……いや、見ていたのは、見られていないはず、だ。
二人を部屋に入れる前に、スマホの写真アプリは閉じたし、写真そのものも簡単には見られないようにロックをかけている。漣は言うまでもなく、タケルもそれほどスマホの操作に詳しいわけじゃないから、まず見られはしないはずだ。が。
「この部屋にオレ様とチビが来るまでは考えることはできても見ることはできねーだろ。だったら考えてたのはそーだとして、見てたのは何なんだよ」
「……漣、自分の説明が悪かったな。別におかずというのは考えるのと見るのがセットというわけではなく、どちらか片方でもいいんだ」
何を言っているんだろうな、自分は。こういうのを漣に真面目に説明できるのは自分しかいないのは間違いないが、まさか言い逃れのためにというのは……。
「円城寺さん、何か見てたのか?」
「見てない」
握っていたスマホをさり気なく自分のタオルケットの中に突っ込む。これは絶対に嫌がられる。なにせこっそり撮ったのもある。撮ってる最中に、消せと散々言われたのもある。更にそういう写真の中でも、二人が――二人で――というヤツだ。それが一枚や二枚じゃない。
「何かアヤシイなァ、らーめん屋」
「ああ。俺も同意見だ」
漣とタケルがタオルケットの上を目で追った。自分の手がどこかに触れてしまったのか、薄いタオルケットを透かして画面が青白く光っている。やましくなくても、やましく見える非常に困った状況だ。
実際のところ……やましいんだが。