運命的なホニャララ「よくこんなもの見つけてくるな……」
「だって先輩こういうのお好きでしょう?」
「いや別に」
「やっぱり好きな人の好きそうなものって気になっちゃうんですよ」
なんだ今の。おれの恋人はかわいい、とでも思っておけばいいのか?
「それより先輩の番ですよ。ほら、大きな声で発表してください」
「さっきからおれに不利なマスにばっかり止まってないか?」
「気のせいです」
「なにか細工があるんじゃないか」
「ほー」
ニヤニヤしている喜八郎はさておいて、ベッドに広げられたスゴロクの用紙を改めて確認した。
こういうバラエティグッズにしてはかなりしっかりした作りのゲームになっている。マスの一つずつにいちいち「コミュニケーション」の指示が書かれていて、分かれ道や強制停止のマスもある。コミュニケーションの内容は恥ずかしい内容が多い。服を脱ぐとか相手の身体を触るとか。どちらかが上がれば目的達成で、要するに最後はセックスをする。そこまでを盛り上げるアダルトグッズだそうだ。
「サイコロは?」
「仕掛けなんてないですって。変わんないですね、そういう攻撃しやすいところから攻撃する性格。へんなとこ負けず嫌いで」
「そうそう人の性格なんて変わるものじゃない。というかいつと比べて変わってないって言うんだ」
「先輩が振られるとき一番言われる台詞、『いい人だと思ったのに』でしょう。さあ大きな声で発表してください」
「そんな指示どこにも書いてないだろ」
「じゃあ本来の指示で」
別に話を逸らそうとしていたわけではない、がしかし追い詰められた気分になる。というかすでに負けた気分。いやまだ一敗だ。そんなゲームじゃないけど。
「どうなんです? どんな下着がいいですか?」
「わからない。考えたことなかった」
「はあ。そんなわけないでしょう先輩の性欲で。なんかあるはずです好みの問題なんですし、抜くときどんなの探すとか思い出して……やっぱ僕で想像してください」
「じゃあ清潔感のある格好で」
「じゃあじゃないですしそういう趣旨でもないです」
「だってどうせすぐ全部脱ぐじゃないか、喜八郎は」
「……なるほど」
それは不服の相槌だ。しかしすぐに何かを思いついたようにパチパチと目を瞬かせ、ほくそ笑んだ。
何を考えているのかいつもわからない。
「それじゃ次、僕の番ですね」
そうしてサイコロを振って止まったマスの指示で喜八郎が目潰しを仕掛けに来たので、慌ててその手をはたき落とした。これもまた理解のできない行動だった。
「違います眉毛です」
「身の危険を感じた……」
「先輩、忍者みたいな動きしますね」
「喜八郎もな」
喜八郎は眉毛と言うがそれでもどうにも恐ろしく、触られてる間目を閉じてしまった。というか喜八郎がおれの身体で好きな部分って眉毛なのか? それこそ趣旨が違いそうだけど。
そんな調子でゲームが進んでいく。
「考えてみれば今生で先輩とスゴロクなんかしたの初めてですね」
「今生で? 前世の話でもしてるのか」
「この間立花先輩に聞いたんですけど、スゴロクって平安時代より前からあるらしいですよ。だからもしかしたら前世とか前前世とかに先輩と一緒に遊んだこともあったかもしれない」
「前世や前前世に日本で喜八郎と出会ってて一緒にスゴロクをしてたかもしれないってこと? もしそうなら運命じみてるな」
「そうかもしれません。それじゃ別れますか」
「は」
「だって運命によって結ばれたとか嫌じゃないですか? こう、誰かに敷かれたレールじゃ納得できないというか……。できれば先輩とは運命に逆らって結ばれたいです」
「……まあ、運命なんてないよ。前世で出会ってた上にこんな下品なスゴロクやってたなんて」
「まあまあまあおやおやおや。そういうことにしておきましょう」
「普通に考えてありえないってだけだ。よし喜八郎、脱げ」
「えー」
「そういうマスだから」
しばらく無難な内容で滞りなく進んでいたゲームが、やっとおれに有利になった。さあ、どれにしようか。
「靴下でいいですか?」
「最初から履いてないだろ。ちょっと待て、これ下着を指定したらその上に着てるのも全部脱ぐってことだな?」
「えー。そうとは書いてないですけどねぇ」
「そうじゃないとも書いてない」
「それじゃちょっとあっち向いててください」
「そんな指示はない」
「脱ぐとこ見てろとも書いてないです」
「詭弁だ」
「ブーメランですよ、先輩。せーの」
「あっ!」
喜八郎がスゴロクの上のおれのコマを引ったくってブーメランのように放り投げた。
もちろんブーメランのようにカーブして戻ってきたりはしないが、そう広くもないアパートの壁にぶつかってあちこち跳ねる。
指の先ぐらいしかない小さなコマだ。壁と家具にぶつかって転がっていくの反射的に追いかけ掴もうとしたが、小さすぎて間に合わずあえなくベッドの下へ転がっていった。
力技すぎる。ゲームの途中なのに……いや、このスゴロクを意欲的に遊んでいたわけじゃないんだが、今拾っておかないと単純に部屋のゴミになる。
幸い手が届くところにコマは転がっていた。拾ってスゴロクの前に戻ると、さっきと変わらない格好の喜八郎がなぜかふんぞり返っている。
「脱ぎました」
「今の一瞬でパンツだけ?」
「脱ぎましたよ。ノーパンです」
思わずしげしげと下半身を見てしまったが、もちろん服の上からはわからない。脱いだパンツはどこにあるんだ。
「ルール違反だろう」
「かどうかはゴールに着いたらわかりますね」
そしてほくそ笑んでいる。さっき思いついたのはこういうことか? でもおれが止まるマスを予測できるわけがないし。わからない。やっぱり行動が読めない。
だがともかくこのままルール違反か否かを保留にしたままゲームが進むのは納得できない。そんなのゴールの後にやることと比べれば些細なことかもしれないが。
「……いや待てよ。途中のマスでどうにか確認できないか。この辺の指示を上手く使えば……」
「そういう趣旨のゲームじゃないです。いいじゃないですか、見えないからこそ期待してムラムラしてれば」
「それじゃ負けが込む」
「なんのゲームしてるんですか?」
喜八郎が首をひねっているが、そんなことはどうでもいい。知っての通り、おれは負けず嫌いだ。もしも前世があるなら前世からそのはずだ。