HEAT CAPACITY 待ち合わせ時刻を一時間も遅れた。仕事が終わったら外食に行こうと誘ったのはスミスの方なのに。唐突に舞い込んだ業務はさほど緊急性が高いわけではなかったものの、立場上外すことも出来なかった為にやむなくの残業となってしまった。こういった事態はお互いざらにある。
Late(遅れる)と端的に送ったメッセージの返信を確認できたのは業務終了後。スミスが確認出来ないことを見越してだろう、こちらも短くRoger(了解)と返答があった。今から向かうとだけ連絡を入れ、急ぎ待ち合わせ場所に向かいながらスマートフォンを確認すれば、既読は付いていたものの、以降返信はない。待っている、ということなのだろう。
日本の四季は寒暖差が激しいというのはここ数年で身をもって知ったことである。少し前までの茹だるような暑さを抜けて、ようやく過ごしやすい気温になったかと思えばあっという間に冬の厳しさを突きつけてくる。日本にはもう秋ってもんがないんだよ、と冗談めかして言う彼の、楽しげな横顔に見惚れてその時は聞き流していたが今更ながらに実感した。
どうかどこかの店に入って時間を潰してくれていますようにと願う。吐き出す息が白く濁るのは駆ける体に熱されただけでなく、外気の冷たさからも来るもので、こんな寒空の下で一時間も待ちぼうけていたとしたらと考えるだけでゾっとする。
体は鍛えているし健康にも気を使っている。なにせお互い体が資本の職業だ、病になどかかっていられない。しかしいくら健康だとは言っても冷えは万病の元だと言うし……とにかく、スミスを待つあいだ彼が暖かく過ごしてくれていたらいいのだけれど。
そんな願いがあえなく打ち破られたのは待ち合わせ場所が遠目に見えてすぐのことだった。例え僅かな輪郭だろうがスミスが彼を見間違えるはずもなく、特徴的な銅像前に彼は立っていた。もうすぐ着くであろうスミスを見越して待ち合わせ場所にやってきたわけではないことは、彼の他に複数いる同じく待ち合わせをしているのであろう人々のポジションからわかる。最も目立つ銅像前を陣取れているということは、彼がずっとそこにいたことを示していた。
慌てるあまりに待ち合わせ場所を近くの店に変更すればいいだけの話だったと気が付いたのは今更で、彼にどう詫びればいいのかと苦渋に顔を歪めたところで気が付いたことがもう一つ。彼の着ているチャコールカラーのコートは彼の物ではない。あれは、スミスのコートだ。
――Wow……!
今のスミスに許されているのは反省することであり、喜んでいい立場ではない。頭ではわかっていても、ぶわりと心が浮き立ってしまう。だってそんな、世界一……いや、宇宙一愛しい人が自分の服を着ているなんて――それもスミスの許可も取らずに!――こんなに可愛いことがあるだろうか。
スミスは軽くて動きやすい服を好むので基本的にはラフな服装が多いが、お堅い服も嫌いではないしクローゼットには場に合わせた服が一通り揃っている。その中でも、彼が着ているコートは比較的スミスがよく着る余所行きの一着である。
彼は彼で愛用のコートを持っているし、スミスの方が幾分か体格がいいのでコートも多少大きいというのに、それでもスミスの服を着るいじらしさ。冷風を避けようとしているのか襟に顎を埋め、両手はポケットに突っ込み、手持ち無沙汰につま先で枯れ葉を蹴っている。スミスが着れば膝に来る裾は彼の場合だと脛にかかり、枯れ葉を蹴る足に裾が捲れて裏地が覗いた。
何から何まで可愛くて、愛しさで気が狂いそうだ。これ以上なく愛しているのに更に愛しい。待たせて申し訳ない気持ちはちゃんとあるのに、彼愛しさがそれを容易く上回ってしまう。
今すぐ抱き締めたい。抱き締めてキスをしたい。いや、まずは遅れたことを詫びるのが先だ。冷えた彼の頬を両手で包んで温めて、遅れてごめんと謝り、キスはそれから。……いや、人前でキスをするとシャイな彼は怒るので、それは移動してからだ。……どうしよう、我慢できる気がしない。
どうすればいいと気持ちを持て余している間に声が届く距離となり、
「イサミ!」
と愛する人の名を呼んだ。
顔を上げたイサミと目が合った。やはりイサミは寒空の下でずっとスミスを待っていたのだろう、鼻先がほんのりと赤くなっている。唇から零れる息もほんのりと白くて、なのに、スミスを見るなり口角が柔らかく上がる。いくら連絡を入れているといっても待ちぼうけを食らったのに、嬉しいとでも言うように。
遅れてごめんの一言はあっという間にすっ飛んで、スミスの口を突いて出たのはLove youの一言だった。ただし、イサミの口の中での話である。