Linking 自分には一生縁がないものだと思っていた。諦観していたわけではなくあまりにもリアリティがなくて想像もつかなかった〝結婚〟というものをまさか自分がして、イサミがしみじみと感じたのはいくら愛し合っていても昨日までは他人だった人を堂々と〝家族〟と呼べるようになった凄さだった。
婚姻届けの記入は勿論のこと、各種保険の手続きや名義変更もうんざりする程こなしたし、結婚式では大泣きとまではいかなかったとはいえ、小雨のような涙がずっと零れ続けて止まらなかった。それなのに、愛する人が家族になったのだと実感したのはもっと単純な、知り合いに彼を紹介した時に発した「夫です」の一言だった。
夫。夫か……。改めて噛みしめてみても、なんとも言いようのないふわふわした気持ちになる。擽ったいような、気恥ずかしいような、それでいて誇らしくて、心地良い。そんな柄ではないというのにだれ彼構わず「あいつ、俺の夫なんですよ」と触れ回りたくなる。要は、とてつもなく浮かれている。
――すげぇな。
夫なのか、あいつが、俺の。それでもって、俺もあいつの夫なのか。broでも、相棒でも、愛機と操縦者でもなくて。いや、違うな。それらを全部内包したうえで、家族になったのか。家族なのだと、言っていいのか。
『イサミと家族になりたい』
真剣な眼差しは、けれどどこか迷い子のようで。
切なげに寄せられる眉の理由をイサミは知っている。彼は愛する家族を一度に喪った過去があるから。それでも、恐れを知っていながらイサミを選んでくれた。その決断が、台詞が、彼にとってどれほど重大なものであったか、勇気のいるものであったか、イサミは理解していた。理解しているからこそ嬉しくて、その手を取ったのだ。彼の家族になりたいと心から思ったのだ。
左薬指に輝くリングを照明に当てる。プラチナは滲むように輝いて、イサミは目を閉じると唇で触れた。ひやりとした硬質な感触は、しかしどこまでも温かい。
肺から深々と息を吐き出すとベッドの上で寝返りを打った。洗い立ての髪から香るシャンプーの匂い、シーツから香る柔軟剤。〝家族〟になる前から変わらない匂いだというのに、気持ち一つで特別なものになる。
早く来い、と密やかに祈りながら広々としたベッドで大の字になっていれば、やがて待ち人はそっと気配を消して寝室の扉を開いた。
「……イサミ、まだ起きてたのか」
目が合うなりぱちくりと瞬いた金色の睫毛にこっそりと見惚れる。作成しないといけない資料があるから先に寝ていてくれと告げられたのは二時間も前の話で、彼はイサミがとっくに寝たと思っていたのだろう。
「眠れないのか?」
ベッドの端に腰かけた彼の体重でマットレスがたわむ。慰めるような手つきで髪を梳かれてイサミは目を細めた。
お前を待ってたんだ、とか。新婚早々ひとり寝させる気か、とか。仕事お疲れ様、とか。もう終わったのか? とか。まあ、頭の中には色々あったのだけれど。
愛しいと雄弁な視線が、手つきが、声が、堪らなくて。これが俺の夫なのかと、やはりしみじみと嬉しくて。
「I was so happy to have Lewis as my husband」
心の内を吐露すれば、白い肌が見る間に赤く染まっていく。はくはくと開閉する口はそのうち降参とばかりに奥歯を噛みしめ、愛すべき夫はイサミを抱き締めたかと思うと「イサミとあと百回は結婚したい……」と零したので、イサミは声を立てて笑った。