Mr. Lewis Smith would do anything for you 俺は口が小さい、らしい。らしいと言うのは自分で意識したことがないからだ。学生時代は男子生徒と共に食事を摂っていたが特段俺だけ遅いということもなく――殿ってよく噛んで食べるを体現してるよな、とは言われた――、特殊機甲群第一中隊に配属されてからは主に行動を共にしていたのはヒビキで――女性は男に比べてそもそも体の作りが小さいのだから比較対象外なのだろうが――こちらもやはり目立って俺がどうこうということはなかったから、気にしたことがなかった。
初めて俺にそれを指摘してきたのはスミスだった。あれはあいつがおすすめだとかいうハンバーガーを買ってきた時で、礼を言って受け取った俺はハンバーガーにかぶりついた。パンと、レタスの端っこ、それから溢れんばかりのソース。いつもと変わらない一口目。パティには辿り着いてなかったがスミスのおすすめなだけはあり、ソースが美味い。齧り付くときに口端に付いたソースを舌で拭う俺を、スミスは何故かバーガーも食べずに凝視していた。
「あー……その、イサミ。多分違うとは思う。違うとは思うが、念のために言うな? 遠慮なんてしなくたっていいんだぜ」
「は?」
言っている意味がわからずにしかめっ面になる俺にスミスは「Ah」だか「Oh」だか言って、それから何か悩むように額に手を当てたかと思いきや、やけに真剣な顔をして問うてきた。
「俺しかいないし気にせずにガブっといってくれても……」
「いってるが?」
「大口開けても俺は気にしないぜ」
「俺も気にしてない」
数秒の沈黙後、やはり一体なんの事やら「Okay」と何かに納得したらしいスミスに「イサミは口まで奥ゆかしい……」とわけのわからないことを言われて、意味不明ではあったが悪口を言われた気がしてムカついた俺は、スミスの分のフレンチフライを三分の一ほど強奪してやった。フレンチフライでぱんぱんになった口では咀嚼が難しく、悪戦苦闘をしていたら何故かスミスの方が余程慌てていた。
その後に、スミスから指摘されたのが「イサミは口が小さい」旨だった。曰く、俺なら同じバーガーでも一口でパティまで届くと。あと、あの量のフレンチフライなら三分の一と言わずに全量口に入るとも言われた。
そうなのか、と思ったが、だからと言って別にどうもしなかった。元々スミスは俺よりも体が大きい。口だってそりゃあデカいだろう。そう思っていたら「残念だがイサミ、君の口の小ささは平均以下だ」と言われて、またしても俺はムっとするも生まれ持った身体的特徴を嘆くのは建設的ではないとすぐに冷静になった。
以来、俺は自分の口が小さいらしいことを自覚しつつも特に何の変わりもない日々を送っている。変わったのはむしろ、俺ではなくスミスの方だった。
「Hey,Darling、お待たせ」
なんやかんや――本当に、到底言葉では言い表せない程の色々――があって、スミスは俺の戦友兼相棒兼愛機兼、恋人となった。今でも信じられない思いが半分、こうなって当然だという思いが半分。
俺の名前がこの世で一番美しい響きだと甘ったるい顔で語りつつも、折角君とsteadyな関係になれたのだから相応の呼び方もしたいと、スミスは度々俺をDarlingと呼ぶ。その他にもHoneyやらSugarやらBabeやら色々……多彩な呼び方が全部俺のものなのだと思うとくすぐったくてたまらない。呼ばれているのが自分だと気が付かなくて悪気なく無視してしまいスミスを悲しませるようなことはなくなったけれど、いまだに慣れない俺はどう返したら良いのか戸惑う。しかし、スミスは俺が甘い呼び名に反応してくれるだけで満足らしかった。
とろりと目元を緩めたスミスが俺の前に皿を置く。本日のメインディッシュであるチキンソテーは俺の一口大に切り分けられていた。
「Here you are」
とろりとろり。甘ったるい目はそれこそ砂糖のように、このままでは溶けてなくなるんじゃないかといっそ心配になる。スミスの皿にも同じくチキンソテーが乗っているがそちらは切られておらず、テーブルナイフが添えられていた。
俺の一口が小さいと知り、そして恋人という関係になってからのスミスは何かと俺が食べるものを切りたがるようになった。そんな事してくれなくてもいい、自分で出来る――実際今まで自分でやっていたのだし――と言ってもスミスは頑として譲らず、「駄目、俺にやらせて」といっそ怖いくらいの顔で懇願してくるものだから、俺はすっかり任せきりにしてしまっている。恐ろしいのは、初めは俺と同様に戸惑っていた周囲も今や慣れきっているという点だ。スミスの奴まーたやってるよ、そんな反応である。
手を合わせてから、俺が噛みやすく、味わいやすいベストな大きさに切られたソテーを口に運ぶ。少し甘めのソースがチキンに絡んで美味い。そういや初めて「俺に切り分けさせて欲しい」とスミスに頼まれて任せたときから、スミスが切り分けたディッシュのサイズは俺に丁度良かった。なんで俺のベストサイズがわかるのだろう、勇気融合合身した影響だろうか?
ちら、とスミスを盗み見れば、こっそり見た俺と違ってスミスは食事に手もつけずに堂々たる態度で俺の食事風景を眺めていた。いやに満足そうで、嬉しそうで、幸せそうで、なんの文句も疑問もなくなる顔で。俺が思えることなんて「あーちくしょう、こいつのこと好きだな……」くらいだ。
俺よりも大きい口がニコニコしている。俺が平均以下ならこいつは平均以上じゃないかと思って、俺は自分の皿に視線を落とすと、これくらいかな、と俺のサイズに切り分けられたチキンを二切れ半、フォークに突き刺した。
あーんって英語でなんて言うんだ? わからなかったので「Eat it」と端的に命じてフォークをスミスに差しだす。スミスは驚いた顔をしたけれど、俺が更にずいっとフォークを突き出すとおずおず口を開けた。やっぱりデカい口。ぱっと見ではあるがそもそも口内の奥行が違うんだなと考えながら、俺はスミスの口にチキンを差し入れた。
頬袋、過剰な膨らみなし、よし。咀嚼、問題なし、よし。咀嚼回数……は、流石にわからん。けど、いつもと変わりなく見える。嚥下の際にごくんと動いた喉仏の動きは過剰に見えたけれど、飲み込みづらいとかそういうことではなさそうだ。
白い肌をほんのりと染めたスミスが少女みたいに自分の口元に手を当てて「今のなに……?」とそろそろ聞いてきた。俺はそれに答えずに「どうだった?」と聞いてみた。後からこれは質問の仕方が間違っていた――俺は「ベストな量だったか?」と聞いたつもりだった――と気づくも、この時は全くわかっていなかったものだから。
「最高だった……」
というスミスの返答を、なに頓珍漢なこと言ってんだよ、と思うのだった。