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    サバの水煮

    おいしい

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    サバの水煮

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    高校生水木と山奥に住むゴジ敷

     人間の子供がいる。麓の集落の人間が祖父母らしく、真夏の日に俺の所にやってきたのを良く覚えている。
     その子は良くないものが周りに沢山居た。だから、少しそれらを驚かせて払った。
     この山は、俺が一人で生きて、死んでいく場所。集落の人間も近づかない。行政の人間も立ち入らない、手つかずの山。それでいい。俺はこのまま、何百年かかるか分からないが一人で死ななければいけないから。だから、言った。もうここには来てはいけないよ、と。

    「言ったはずなんだけどなぁ……」
    「俺のこと好きって?」
    「うーん……」
     河原で泳ぐ魚を見ている俺の隣で釣りをしてるのは、あの頃の少年。今は背も伸び体つきも立派になり、そろそろ大人の仲間入りといったところにさしかかっている……青年と言っても過言では無い。
     あの頃の少年は、もう来るなと言った次の日にまた来た。おばあちゃんが切ってくれたというスイカを持って。仕方ないから、麓の集落まで送り届けて絶対山の中に入れないようにと彼の祖父母と両親にお願いをした。俺の姿に、皆大層驚き慄いていた。
     その夏は、もう彼は来なかった。ほっとしたのも束の間。次の年の夏にまた来た。俺は山中を逃げた。その時、俺を探しに山の奥に入ったこの少年が遭難しかけたのをきっかけに、俺は彼の祖父母両親と話をした。
     俺はかつて日本を襲った怪獣の遺伝子が入り、見た目も以前に比べ怪獣に近くなっている。このまま俺は化け物に成り下がるだけだ。小さな子供を近寄らせるのは危ないと言った。
     祖父母両親曰く。少年は去年のあの日から、俺のことだけを考えているのだという。小学校を転校すると大暴れして仕方が無かったらしい。いや、そこをどうにかしてください。
     そして、彼らは俺に頭を下げてきた。夏だけでも良いから、少年と会ってやってくれないかと。
     俺は盛大に困った。困惑した。けれど、俺を探して崖から落ちて気を失った少年の傷だらけの顔を見ると、無碍に断ることも出来なかった。
     夏だけ、という約束をした。拇印もした。
     そして、彼が高校生になった時。
    「俺、じいちゃんの家から高校通うから」
     桜咲く山の中。彼――水木君は、真新しい高校の制服を着て、俺にそう言った。
    「少し昔を思い出していてね」
    「俺とのことですか?」
    「ここ数十年、君以外の人間と交流を持っていないからね」
    「それはありがたいです」
     水木君の釣果は上々。俺に魚をくれるのだという。ただどう考えても食べきれないから、おじいさんおばあさんにあげなさいと言った。水木君は嫌だ敷島さんと食べると言った。強情な子だった。
    「どうして君は、俺に惚れたなんて馬鹿なことを言い出したのかと思って」
    「敷島さんは無自覚だからなぁ」
     ひょい、と水木君は釣り竿をあげる。大きな鮎だ。塩焼きにしたら美味しいだろう。俺は塩なんて持っていないから、俺にくれたところで丸かじりしかない。
    「あんな顔してもう来ちゃいけないよ、なんて言われて惚れないガキはいないですって」
    「分からないなぁ」
     長く生きている間に、どうやら人間というものは少々変わったらしい。昔とは、思考回路が少し違うように思う。来るなと言われたら、背びれも尾も牙もある人間もどきなんて見たら、普通はもう二度と近寄らないだろう。
    「俺、大学は東京に戻ってこいって言われてるんです。まぁそう言う約束で、高校はこっち来たんですけど」
     不意に水木君はそんなことを言いだした。
     そうか、彼ともあと一年くらいでお別れか。
     少し寂しいような、不思議な気分だった。胸の奥がキリリと痛んだ。
     この数年間の間に、俺は人間に触れすぎた。だから、人間だった頃の感情を思い出してしまった。不要なものなのに。
     水木君との交流が楽しかった。よく来てくれる彼に、錆びていた感情が動いてしまった。
     でも、水木君は東京に行く。もうきっと、ここには来られない。
     東京の大学で素敵な人に出会って、俺を忘れて、素敵な人と出会って付き合って結婚して、子供が出来て。
     そうして、彼は人生を歩んでいく。山の中で只死を待つだけの俺とは、違う。
     良かった。これでまた、俺は独りに戻れる。
    「敷島さん?」
     呼ばれて、ふと余所にやっていた意識を元に戻す。
    「俺の話、聞いてました?」
     いつの間にか釣り竿を置いて、水木君は俺の顔を覗き込んでいた。
     昔崖から落ちたときにおった、左眉の傷。欠けた耳の端。
    「えぇ、と?」
    「だから、敷島さんって荷物とかあるんですかって」
    「荷物……?」
     荷物。そんなものは、ない。あると言えば……もうほとんど見えなくなってしまった、あの人と、あの子の写真くらい。
    「ワンルームでも良いか。それなら安く済むかな……」
     ぶつぶつと真剣な表情で呟く水木君。
     話が、見えない。
    「何の話かな……?」
    「俺と敷島さんが一緒に住む部屋の話です」
     俺と。水木君と。敷島さん。俺。
    「え?」
     意味が分からなくて聞き返すと、水木君は不思議そうに首を傾げた。
    「連れて行きますよ、俺」
    「ちょっと待ってもらっても良いかな?」
     まずい、頭痛がしてきた。理解が出来ない。
     水木君は何を考えている?まさか、まさか。
    「東京に敷島さん連れて行きます」
     あぁ、やっぱり。俺の思い違いじゃないのか。
     この子は、俺に本気なんだ。
     いつから?きっと、あの時。

    『ぼくと、けっこんしてください!』

     あの言葉を、子供の戯言だと俺が否定しなかったからだ。
     もう、戻れなくなってしまったんだ、この子は。
     可哀想な水木君。
     そうしたら、俺は。
    「責任取らなくちゃいけないのかなぁ」
    「責任取るのは俺ですよ?」
    「んー……」
     これだけは確実に言える。
     育て方、間違えたなぁ。
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