ミズキ。水神の力を宿している元人間の妖怪です。
幽霊族の男の相棒です。
水を操る力を持っていてとても強いです。
一瞬で心に入り込んでくる下衆野郎です。
でも大丈夫。
心を強く持てば、大丈夫。
「こんなところか」
古本屋の片隅。店主は新しいページに描いたミズキの似顔絵と説明文をもう一度見直し、筆を置いた。
「随分な言い草だな」
「帰れ」
店主の手元を背後から覗き込むように身体を屈め笑ったのは、図鑑に記載されたミズキ張本人。写実的な店主の絵は左の目の傷も欠けた耳もきちんと描写されているが、いかんせん説明文がミズキは納得がいかなかった。
ぴしゃりと言い放った店主の言葉も気にした様子も無く、ミズキはページを拾い改めて書かれた説明文を読む。
「ま、心に入り込まれたあんたが言うなら、説得力もあるってか?」
ミズキはページで口元を隠しながら、目を細めて店主を見下ろす。店主は忌々しげに舌打ちをする。
ミズキ。妖怪になる前は水木という人間の男だった。とある事件で幽霊族の血を大量に浴び、その在り方が変容してしまい妖怪の仲間となった男だ。
この男をおばけずかんに加えるべきか店主は悩み、幽霊族の男に聞き取りなどもした。
「水木はもはや人間ではあるまい。ならば、それに加えても良かろう」
個人の霊ならばいちいち加えないが、おばけと言うならば仕方が無い。
ある種幽霊族の男からお墨付きをもらった状態でもあるから、店主は気が進まないながらも筆を走らせた。もし、願いを叶える試練でこの男が必要になったならば。でも大丈夫、の後に続く言葉に、店主は悩んだ。
享楽的で倫理観が無い、野心の妖怪。それを手八丁口八丁で丸め込み、あっという間に懐に入り込む。極めつけは、持っている水神の力だ。これは神霊指定の方々にも匹敵する。
面倒な男だ。
「で、何しに来たんだお前は」
店主がミズキの手から紙を奪い取ろうと手を伸ばすと、あっという間にその手首がミズキの手によって掴まれる。
片腕を封じられた。店主の機嫌はますます降下する。
「決まってんだろ?」
ふ、と笑ったミズキ。
目元から溢れるのは、色欲と情欲。
店主は面倒で仕方が無かった。
「絶倫遅漏妖怪、お前に付き合ってたら身体がもたない。帰れ」
「つれないこと言うなぁ」
くく、とミズキは喉を鳴らして笑うと、座ったままだった店主の身体を引っ張り上げる。
凄まじい力によって引っ張られた店主はふらつきながら、呆気なくミズキの腕の中に収まってしまう。まずい。店主は逃げようと、ミズキの肩と胸に手を突き腕を突っぱねる。
「前やったの、三日前?」
「知るか、性欲魔神……ッ!」
するり、とミズキの掌が店主の腰から臀部にかけて滑る。店主は反射的に、水木の腕の中で身体を強張らせる。
流される、まずい。店主の頭の中で警鐘が鳴る。
「や、めろ、本当に……!ここは、だめだ!」
「ここじゃなきゃいいって?」
大事な本が沢山置かれているこの古本屋を汚すわけにいかないと咄嗟に出た店主の言葉に、ミズキはパッと両手を離し店主を解放する。
しまった、と店主が青ざめたのも束の間。ミズキはニヤニヤと唇の端を歪めて笑いながら、店主を見やる。
「んじゃ、俺の家行くか」
言質を取った、と言わんばかりに嬉しそうなミズキは、くるりと店主に背を向け、本が敷き詰められた狭い廊下を歩いて行く。
その姿が消えた頃、店主は忌々しげに足をダンと踏みならし、青みがかった銀の髪を乱暴に掻いた。これではまるで、自分がねだったみたいではないか。一本取られた。
妖怪になって日が浅いこの男。ふてぶてしく、偉そうで、店主をどこまでも振り回す。
店主は徐に筆を持ち、先程の紙に殴り書きをして、ミズキの後を追うように廊下を大股で歩いて行った。
ミズキ。水神の力を宿している元人間の妖怪です。
(大きくバツがされる)
頭の中は性欲でいっぱいの悪食男、とにかく失礼で偉そう
何も大丈夫じゃない!!!