種族反転😈[スピネル]スピネル
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優中部大学の社会学部の2年生、ブラックは他の生徒や教師から「天才」と呼ばれていた。
なんでもそつなくこなす、問題ひとつ起こさない、人当たりは良くてモテモテ。
完璧人間だった。
しかし、ブラックには特に仲のいい人間がいなかった。遊びに誘われれば付き合うが、そのあと彼からもっと仲を深めようというアクションは起こさない。
他人に興味が持てないのかと思えば、クラス全員をフルネームで覚えているらしいし、近づいてきた人が覚えていないような適当に言った過去の発言を覚えていたりする。
そういう少し変なところも、彼が注目される理由だ。
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本日、ブラックとさとしは馴染みの公園で駄菓子を食べながら企画会議をしている。
「ダンゴムシ10匹捕まえてみた!っていうのは?」
「却下です死ぬほどつまんなそうです。」
「ひどい!…じゃあ、カエル10匹」
「まずしょぼい数字出さないでください。あと生き物系ならレアな名前を出してください、ダンゴムシもカエルもその辺に居るものを、わざわざさとしくんの動画で見たいですか?」
「それは……見ないかも。」
「でしょう。それで数字をとるんだったら専門でやってるチャンネルにならなければ。」
「うーん…べつに好きじゃないしな……」
「だから没なんですよ。」
「なるほど。……………」
チョコ棒をかじり、また企画を考え込むさとしの顔を、ブラックはお気に入りのチョコ菓子を頬張り眺める。密かな癒しの時間だ。
しかし、その一時には不要な気配があるのに気付いた。
遠巻きに見てくる、知っている顔……同じクラスの女生徒だ。
(三手瑠子。でしたかね。なんでしょう?用があるってわけじゃなさそうですが、単純にオレちゃんたちの視聴者?同じクラスの人に居たとは…。)
「ブラック?どしたの?」
「あぁいえ、知り合いを見かけたので。」
「え?」
さとしは振り向いて、ブラックの学校の人間だと察した。そしてテンションがあがって、ニヤニヤする。
「ねーブラック、あの子と仲良いの?」
「いえべつに。」
「ほんと〜?あの子ブラックのこと好きなんじゃない?」
「恋愛ドラマでも見ました?オレちゃんは本当に話したこともないと思いますよ。」
「えーなんだよつまんないな〜。じゃあなんで見てるの?」
「さあ?視聴者なんじゃないですか。」
「いまは撮影してないんだからサインくらいするのに……ちょっと聞いてくる!」
「まったく、さとしくんは…。」
警戒心ゼロですね、とは心の中だけで言った。
実際、白昼堂々、自分もいる前で変なことはされないと思っている。
さとしが近づいていくと、女性――三手は少し驚いた様子だが応じた。
「お姉ちゃん、もしかして、おれたちの視聴者?」
「うん。ブラックさんのファンなの。」
「ブラックのかあ…。呼んでこようか?」
「うぅん特に用があるわけじゃないしいいわ、ありがと。
……ねえ、ブラックさんとなんで仲良いの?悪魔の力?」
さとしは、なんでそんなこと気になるんだろう? と首を傾げたが、質問に対して素直に答えた。
「たまたまおれが動画撮ってる時にブラックと出会って、一緒にやろうって言われたんだ。」
三手は信じられないと驚いた。
「あのブラックさんが、自分から…!?」
「え、そんなに変?ブラックって結構グイグイくるよね?」
「いやいやいや、来るもの拒まず去るもの追わずって感じで、誰にも興味無さそうだけど!?」
「え!?あのブラックが…!?」
さとしのイメージするブラックと、学校にいるブラックは随分と差があるみたいだ。ものすごく興味が湧いてきた。
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翌日、さとしはカメラを持って、人間に変身して、こっそり優中部大学に入った。人間の法律が適用されるなら、悪いことをしているのだが、悪魔には関係ない。
もっとも、さとしが人間だとしても、今悪いことをしているという自覚は無い。
彼はただ、自分の相方で親友のブラックが学校でどう過ごしているのか気になったから来た、それだけだ。
「――ブラックくんに…――」
廊下の方でブラックの名前を言っている女子生徒がいる、じっと耳を傾けると、ブラックは女子からモテているのがわかった。
「ブラックくん、すっごく丁寧に断ってきてさ。なんか…本当に眼中にもないんだなーって、むしろ冷静になった。」
「あー、わかるかも、ブラックくんって周りに対して冷めてる?みたいな?」
「うんうん、めっちゃ人気あるのに、誰ともウワサすら流れないよね。」
さとしのイメージでは、他者から人気があるというより、ブラック自身が色んな人に話しかけて撮影許可とか契約とかを取ろうとしている、変わり者扱いされているイメージだった。
(いや……変わってる、とは思われてるのか。)
こうなると、もっと気になってきた。いつも人の裏側を暴く鬼ヤバ動画を一緒に作ってるブラックの裏側を見れるかもしれない。
カメラのスイッチを入れて、校内を探索してブラックを探す。
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さとしが大学に入ってブラックを探し歩いて少しすると、彼の存在は職員や学生にバレた。
人間に変身しても、羽が消えただけで、子供の見た目は変えられない。大学という場所ではとても目立ってしまう。
さとしも自分が目立っていることに気がついた。一人の職員に「きみは何をしているんだ?」と問われた時、驚いて逃げ出してしまったのも良くなかった。
ひとまず校舎から出て、どうしようかと迷ってウロウロしていると、曲がり角で誰かにぶつかった。
「うわぁっ!」
「うげっ…!?」
目つきの悪い男が、眉間に皺を寄せている。見たところたぶん学生、で、服にコーラがはねてびちゃびちゃ。さとしとぶつかったせいでそうなっているのはすぐにわかる。
「あ、ご、ごめんなさいッ」
「どうしてくれんだよ!ガキ!」
「ひぃっ!?」
優中部町はかなり治安が悪い、そしてさとしは運が悪い。ふたつ合わさるせいで、さとしにはほぼ毎日のように危ないことが起こる。
今日もそれだ。
「この服ブランドものだぞ!しかも昨日買ったばっか!てめえ払えんのか!?」
「ひ、ひぃ…ごめんなさい…!」
「ごめんで済んだら楽だよなあ〜…払えねえなら、せめてむしゃくしゃしたのをどうにかしてもらうぞ。」
「えっ…!?」
「来い、ここじゃ人目につく。
あ、騒ぐなよ、痛い目にあうぞ。」
「うぅ……。」
ついて行ったらマズイことになるのはわかるが、さとしが悪いことは本当だし、詫びを入れる方法がわからない。混乱しているうちに腕を引っ張られていく。
(どうしよう、どうしよう……ブラック…たすけて……!!)
引っ張られて行った先は非常階段の影になっていて、人目につかない暗がり、男はさとしの肩を掴む。
「ひ…ッ!!」
「運が悪かったなあ、お互いに。
まあ腹に一発入れるだけだから、我慢しろ。」
「う、う……ブラック……たすけて…」
「あぁ?何言ってんだw誰もこねーよw」
嘲笑し、拳を握り、振り上げた。
その拳が振り下ろされることは無い。
ブラックが掴んでいるからだ。
「は…!!??」
「ブラック!!!」
「カカカッ…見事な自白とフリでしたよ。」
「!? な、なに言って…」
ブラックは慣れた手つきで男の襟首を掴んで後ろに引っ張って、尻もちを付かせる。
「さとしくん、カメラ借ります。」
さとしの手からカメラを取り、男を画面にしっかり収める。
「この人の名前は社会学部3年、福代吾玲さんです。イラつくのはわかりますけど、やりすぎですよね〜…。
ちなみに、この人は一昨日無免許でバイクに乗ってたそーですよ、飲酒しながらね。」
福代と呼ばれた男は目を見開いて驚く。ブラックとは面識がないのに、フルネームで呼ばれた上に、悪事をバラされた。
「な、なんで、てめえッ…」
「昨日、廊下で得意げに彼女さんに話してたでしょ。君ドン引きされてたのわからないで話してましたよね、滑稽でしたよw」
「テメェ!!」
カメラを取り上げようと向かってくるのは丸わかり、ブラックはひらりと交わして、さとしにカメラを渡した。
「カメラ持って近くの交番に行ってください、スマホで場所検索したらわかりますよ。」
「おれ一人で!?ブラックは!?危ないよ!?」
「カカッw 言うと思いました、だから契約書作ってきましたよ。」
ズボンのポケットから出された丁寧に折りたたまれた1枚の紙、綺麗な手書きの字で
――一時的にさとしの悪魔の力のひとつをブラックに貸す――
と書いてある。
「これでオレちゃんは安心ですよ。サインしてください」
「うん!サインっと!」
『契約成立!!』
さとしは一瞬、体に違和感を覚えたが、まったく支障はない。ブラックに言われた通り、カメラを持って学校からでて近くの交番を探す。
福代はさとしを追いかけようとするが、ブラックが肩を掴みかかり、指先に力を込める。
「ディスイズ 炎ターテイメントッ!!」
「うわァァッ!?」
一瞬で重い鎖に拘束された福代は地面に倒れ込む。そしてブラックはその身体の上に腰を下ろした。
「ふー……楽勝でしたね。」
「な、なんなんだよテメェ!?」
「社会学部2年のブラックです。」
「そういうこと聞いてんじゃねえ!」
「はい??」
「…………悪魔……」
「え?…あぁ、これはたしかに悪魔の力ですが、オレちゃんはただの人間ですよ。似合ってました?フフ。」
満更でもなさそうに笑う姿は、鎖に繋がれた福代からすれば本当に悪魔だった。