あなたのすべてを忘れたくない 忘れたくなかった。なにもかも、忘れたくなかった。彼のすべてを覚えていたかった。顔、体、声、言葉、匂い――ぜんぶ、ぜんぶ覚えていたい。忘れたくない。
それなのに、どんどん彼が遠ざかっていく。
最初に消えていく五感の記憶は声だという。実際、わたしは彼の声を思い出せなくなっていた。
一人で過ごしているときに、彼の姿を幻で見るのに彼はなにも言わない。幻覚ならなにか言ってくれればいいのに、彼はただ微笑むだけだ。その事実に気付いた時、最初はくしゃくしゃになるくらい泣いたのに、段々とその状況に慣れてきて、わたしも彼に微笑み返すしかできなくなっていた。
次に忘れるのは顔らしい。でもわたしは、彼の写真を持っていた。まだナタルがいた頃にミリアリアさんが撮ってくれた写真と、メンデルで回収された幼いころの彼の写真。その二枚をまず起きる時に見る。今日も一日見守っていてね、とムウとナタルにお願いして、日常を過ごすのだ。そして寝る前にも写真を見る。どうか夢の中で会えますように――そんな風に願いながら眠りにつくのが日課になっていた。
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