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    himmel_blumen

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    himmel_blumen

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    ◆星明かりに謡う
    クリスマスのアドベントカレンダー企画で書いた話の再録です。
    付き合う前に一緒にクリスマスマーケットに行った窓コルの話。

    星明かりに謡う きらきらと、橙色の光があちこちを飾っていた。広場を囲む屋台に灯る明かりが、夜を皓々と照らしている。点在する街灯は白く光り、まるで星空が地面にも降りてきたみたいだ。
     ここに来るまで、イルミネーションで装飾された場所を通ってきた。色とりどりの明かりで飾られた道は鮮やかで眩しかったけれど、ここも一種のイルミネーションと言ってもいいと思う。寒々しい黒い空の下で輝く暖色は、見ているだけで冬の厳しさを慰めてくれた。
    「綺麗ですね」
     温かな色に囲まれた景色を見渡して、俺とテーブルを挟んで向かい合う人が言った。
    「さっきのイルミネーションも良かったけど、ここもすごく明るくて綺麗」
    「そうっすね」
     ひねりのない返事しかできないのは、俺にとって辺りの景色以上に、向かい合うその人が目を奪って仕方ないからだった。
    「ありがとう、有栖川くん。ここ、来てみたかったんです」
    「俺の方こそ。夢野さんに教えてもらわなかったら、こういうとこ知らなかったんで」
     たまたま清掃の仕事で行ったビルに入っていたコールセンター。そこで働く夢野さんとは、仕事の休み時間に会って少し喋ったのをきっかけに、時々出掛ける関係になった。この人と食べる飯はうまい。いや、食べ物自体の味が同行者で変わるわけじゃない。この人と話しながら囲む食卓が楽しい、というのが正解だ。
     だから何度も約束を重ねて、気付けばもう知り合ってからそれなりの時間が経った。そして冬を前にしたある夜に、夢野さんはふと言った。
    『そういえば、クリスマスマーケットって行ったことがないんだけど、面白いらしいですね』
     中でも有名な海沿いの広場で開かれるものは規模も大きくて綺麗だと言う。行ってみたいんだ、と願望を口にしたのは、果たして俺を誘ったつもりだったのか、ただ何とはなしに望みを言っただけだったのか。はっきりわからなかったけど、行きたいと言われたら俺の中では答えは一つしかなかった。
    『じゃあ行ってみます? 俺も見たことないんで』
     そういうわけで冬の夜、仕事の後に待ち合わせた俺たちはこうして華やかな祭りの会場にやってきた。元はヨーロッパのイベントごとらしい。日本の夏祭りよろしく、食べ物や土産物を売る屋台が並んでいて、眺めてもよし、食事を楽しんでもよしと、誰かと時間を過ごすには最適なスポットだった。
     互いに初めて来る場所だ。俺たちはぐるりと会場を回ってから、気になる食べ物を買い込んで、こうして海辺のテーブルに席を取った。
    「さ、食べましょうか」
    「冷めちゃいますもんね」
    「ふふ、美味しそう。ずっとこういうの、楽しみで」
     無邪気な口調は、無意識になのか敬語が崩れている。時々こうして会話の合間に、飾らない話し方を見せる時がある。俺はその一瞬が好きだった。そして、立派な社会人の理想像が綻んで、何処か子どもらしい素朴さを見せる瞬間は、出会った頃より増えた気がする。そう思うのは俺の願望のせいだろうか。
    「ん、美味しい。噂通りだ」
    「そんな有名なんですか、ここ」
    「景色も食事もいいって聞いていたんです。良かった、ここに来られて」
     ソーセージとポテト、スープ、それとホットワイン。身体が温まるメニューはクリスマスマーケットの定番らしい。夢野さんは食事の感想と海の向こうの文化の話とを織り交ぜながらあれこれ話してくれるが、半分くらいはわかったようでわからない。ついでに言えば、口に入れるものの味もいつもほどわからなかった。
     楽しんでいる夢野さんに悟られたくなくて、頑張って『普通』を取り繕う。それくらいしか満足にできないのは、俺にとって今日は普段食事に行くのとは明らかに目的が違ったからだった。
    (夢野さんはきっと気にしちゃいないんだろうな)
     行きたい場所を言って、二人で食事に行く。何度もやってきたことだ。きっと今日も同じだと思っている。でも俺は、今日はただ食事をするために来たわけじゃない。
    (好きだって、今日言うんだ)
     ずっと、この人のことが好きだった。いつからかなんて覚えていない。それでも、いつも帰り道で分かれる時寂しくて、次の約束が嬉しかった。もしこの人に誰か別の特別な人ができて、今までのように会えなくなったら悲しい。気付いた時、自分が恋をしていたと知った。
     一番近くでこの人を見ていたい。誰よりたくさんその声を聞いていたい。叶うなら、いつか触れてみたい。その願望はもうひっそりとは抱えていられない。
     だから、はっきりとは言わなくても今日はデートのような気分でここにいた。もし恋人と会うなら、何をしたらいいか。どんな服を着たらいいか。会社の先輩や、おせっかいなパートのおばちゃんなんかにたくさん――それこそ頼んでないくらいにたくさん――アドバイスをもらって、今日の支度を整えた。
    「そういえば今日、随分とお洒落ですね」
    「え?」
     不意の感想に思わず聞き返してしまった。緊張に固まっていた意識が一瞬で現実に戻る。夢野さんの一言は、俺が今日を特別だと思っているのを見抜いているのかと思って心臓が跳ねた。
    「普段会う時と、服の感じが少し違うから驚きました」
    「あ、と、今日は俺、上がりが早くて……一回家帰れたから、それで」
    「ああ、そう言えば言っていましたね。いつも君も職場から来るから、仕事の日の服しか見たことありませんでした。普段、そういう服を着ているんですか?」
     いつもはお互いに職場から待ち合わせ場所に直行するから、通勤用の服でしか会ったことがない。今日の服が私服だから雰囲気が違う、というのは正しい。もっとも、普段の俺の好みかと言うとやや違う。職場の先輩方のアドバイスで選んだ今日のための服だ。因みに上りが早かったのも、気になる奴に会うなら早く帰って支度しろ、と先輩が気を遣ってくれたおかげである。
    「いや、まあ、着たり着なかったり……?」
    「ふふ、どっち?」
    「え、えっと、ここ、何かお洒落そうな場所だったんで、それっぽい服がいいのかと思ってこれにしたんすけど」
    「なるほど。うん、似合ってますよ」
     それがこの場の空気に合っているということなのか、俺自身にという意味なのか、端的な言葉からははっきりしない。でも俺には自分自身を褒められた気がしてどきりとしてしまった。
    「すみません、僕は普通に仕事帰りの服で」
    「そんな気にすることないっすよ。夢野さん、いつも俺なんかよりずっとお洒落だし、」
     それに綺麗だから。危うく言いかけて言葉を飲み込む。好意を伝えているならまだしも、まだ食事友達程度にしか思われていないだろう今、そんな誉め言葉を言ったら流石に突飛に思われる気がした。
    「ありがとう。浮いていなければいいんだけど」
    「ばっちりなんで平気です」
     近くの街灯の光が、穏やかな夢野さんの笑顔を照らし出す。幾度となく見た表情なのに、今は特別綺麗に見えた。
    「……飯の後、どうします?」
     俺たちの間に置かれた紙皿は、もう殆ど空だった。紙コップの中の冷めたワインも、あと一口二口でなくなる。次の目的地を問う俺に、夢野さんは辺りをぐるりと見回してから答えた。
    「あれ、乗りに行きませんか?」
     指差された方を見ると、円形の光が見えた。この街のシンボルの一つとも言える観覧車だ。骨組みを光で縁取られたそれは、少し離れた場所にあるのにその圧倒的な大きさを感じ取れる。あの頂上から冬の輝く街を見下ろしたらさぞ綺麗なことだろう。
     観覧車、なんていかにも恋人がデートで乗りそうなものだ。思わず緊張に喉を鳴らしてしまう。向かいの相手は俺の気持ちなんて知るわけがない。答えを待って、こっちをじっと見つめている。
    「いいっすね。行きましょうか」
     なるべく声が強張らないように一生懸命返す。早くなった鼓動を誤魔化すように、残りのワインを一気に煽った。



     真っ黒な夜の中をふわふわ浮かんでいる気分だった。
     幾らか並んで乗り込んだ観覧車のゴンドラは緩やかに地上を離れ、夜空に向かっていく。高度が上がるほどに窓から遠くが見渡せるようになり、今は光の海が外に広がっていた。
    「下から見るのも綺麗だったけど、上からというのもいいですね」
     乗ろうと提案した人は、ガラス窓に近付いて、広がる夜景に声を弾ませている。
     ゴンドラはさらに高く高く上がっていく。もうじき頂上に着くだろうか。そうしたら後はまた地上に向かい、多分俺たちは駅へと向かうだろう。
     この観覧車が回り終えたら今日のこの時間は終わる。自覚した瞬間、深く息を吸った。
    「――夢野さん」
     意を決して、向かいにいるその人を呼ぶ。じっと街明かりを見つめていた夢野さんは、俺の方に向き直った。
    「どうしました? そんな改まって」
    「話したいことがあるんです」
     心臓が煩い。口が重たい。それでも頂上へ向かうゴンドラが、時間がないと急かしてくる。チャンスはここを逃したら、もう戻っては来ないと。
     掠れそうな喉を必死に開いて、俺はずっと温めてきた感情を言葉にした。
    「俺、貴方が好きです。付き合って、くれませんか」
     薄明かりの満ちるゴンドラの中、時間が止まる。うつくしい人の表情が緩やかに変わる。俺は呼吸も瞬きも上手くできなかった。
    「――嬉しい」
     その目が宝石のように揺らめていたのは、夜景の明かりが見せる錯覚でも、星明かりの幻想でもない。
    「……君がそう言ってくれるの、待ってたんです」
    「へ? ってことは、えっと、夢野さんも……」
    「……前から、君が好きでした」
     一瞬だけ静まった心臓がまた煩く鳴り始める。今度は、さっきとは違う理由で。
    「……言わなくてごめんなさい。期待しちゃったんです。僕と会う時の君が、すごく嬉しそうだから、君も僕が好きなのかなって。それに時々何だか落ち着かなさそうだから、いつか告白してもらえるのかな、なんて、思っちゃって」
    「え、俺、そんなわかりやすかったっすか?」
    「僕の前でいい自分でいたいっていうのとか、また会いたいし一緒にいたいって思われてるんだろうなっていうのは結構感じてましたよ」
     自分では隠していたつもりなのに、当人にはばれていたなんて恥ずかしい。急に頬が熱くなって、何と返したらいいかわからなくなる。
    「何となくね、今日言われるのかな、って思ってました。すごく頑張って準備してくれたんだろうなって、会った時に思いましたから」
    「……うわ、全部ばれてるの恥ずかしいんすけど」
    「照れなくていいよ。全部、嬉しかったから」
     柔らかな声。この人が時折見せる、一番素に近い姿。それを向けられる意味を思うと胸がいっぱいになる。俺は羞恥を飲み込んで、俯きかけていた顔を真正面に向けた。
     夜の明かりの中で、恋した人は今までで一番綺麗な笑顔で言った。
    「僕でいいなら、喜んで。君の恋人にしてください」
     ここが観覧車の中でなければ、迷わず真正面の人に抱きついていたと思う。動きかける身体を諫めたのは、ここが不安定な場所であるという認識と、できたばかりの恋人にいきなり触れることへの倫理的な抵抗感だった。
     窓の横に観覧車の柱が覗く。まっすぐな柱が、ここが頂点だと教えてくれた。
    「有栖川くん」
    「はい」
    「……キスしませんか」
     言われたことが一瞬信じられなくて目を見開く。俺が瞬時に返事しなかったからだろう。夢野さんは慌てて、
    「ごめん、嫌ならいいんです」
     と付け加えた。
    「……何となく、こういう場所でそういうことするものなのかなって、思っただけなので」
    「嫌じゃねえっす。つーか、俺の方こそ聞きたいんすけど、していいんすか」
     慎み深そうな人だから、そういうのはもっと恋人としての付き合いを重ねてからだと思っていた。でも、夢野さんは恥じらいながらも軽く頷いた。
     俺はそうっと向かいに移動し、夢野さんの隣に座った。そのまま顔を近付ける。互いの吐息が触れ合うくらい近くなると流石に緊張した。今まではこんなに顔を寄せたことなんてない。
     近くで見ると本当に綺麗な人だった。そっと抑えた頬の肌はきめ細かいし、宝石みたいな瞳を縁取る睫毛も長い。本当に俺と同じ男という生き物なのかと思う。かといって女らしい、というわけでもない。ただただ、自分とは違う綺麗な生き物だと思った。
    「有栖川くん、」
     いいよ、と言わんばかりの余韻を残して名前を呼ばれた。
    「あ、そうだ、一個相談なんすけど」
    「はい」
    「それ、やめません? 有栖川くんって言うの」
     元々幾らかこそばゆかったが、これだけ距離が縮まった今、俺はもっと親しい名前で呼ばれたかった。
    「名前で呼んでくださいよ。これから付き合うんだし」
    「……帝統」
     多分、この人にそう呼ばれたのは初めてだ。慣れない呼び名はくすぐったいが、格別の歓びもくれた。
     夢野さんも呼び慣れない名前に照れているらしい。手を添えている頬が熱くなった。
    「……あの、職場で会った時は流石にこれまで通り呼ばせてください」
    「あー、まあそりゃ確かに、そこでいきなり名前呼びは変っすからね。そこは今まで通りにしましょう」
    「あともう一つ。僕が君を名前で呼ぶんだから――君も、二人だけの時は同じようにしてください」
     その願いは、俺が密かにやりたかったことへの許可でもあった。
     想像の中では何度も呼んだ。いつか本当に声にしたいと思っていた。好いた人の、大切な名前。
    「――幻太郎」
     よくできましたとばかりに長い睫毛が瞬いた。それが、中断していた行為の続きへの許可にも思える。俺はさらに夢野さん――幻太郎の方に身を寄せた。
     ぱちりと瞼が伏せられる。全てを委ねてくれた人の唇に、自分のそれでそっと触れた。
     血の通った柔らかさが触れた場所から伝わる。息が続かなくなるまでその感触を味わった。
    「……どう、でした?」
     幻太郎は何度か深呼吸をした後、どこかぼんやりした目で聞いてきた。何となく不安げに聞こえる声に、俺ははっきりと返す。
    「夢みたいでした」
     本当はあと何度だってしたいし、抱き締めたりもしたい。でも、焦がれた人と睦み合うには、観覧車が人目を逃れる時間は短すぎる。
     頂上を過ぎたゴンドラはゆっくりと地上へ向かい始めている。ここで何かすれば他のゴンドラから見えるかもしれないし、そうでなかったとしても地上に近付けば外から見えてしまう。
     残念だけど、夜の密室での夢はここまで。だけど本物の夢じゃないから、続きはいつかまた叶う。
     元通り向かい合うように座り直す。暗がりの中で目が合うと、幻太郎はにこりと微笑んでくれた。
    「……外、綺麗ですね」
     あと半周で見えなくなる夜景をもう一度捉える。さっきよりも地上が煌めていて見えるのは、この数分で俺の世界が塗り替わったからかもしれなかった。
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    himmel_blumen

    PAST◆きらきら、金のほしの降る
    3/17春コミの無配だった話です。
    しばらく姿を見せなかった帝統が、久しぶりに幻太郎と顔を合わせて、ある提案をする話。
    過去作「やわくてぬくい、橙の」(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21076654)の後の話ですが単独でも読めます。
    きらきら、金のほしの降る 最近、帝統の付き合いが悪い。最初にそう感じたのは、カレンダーを一枚捲って、最後の一枚が日の目を見た頃だった。
     仕事も一区切りつき、午後に少し入った頃。昼食でも取ろうかと思いつつ、一人の食卓を想像するとどうにもしっくりこなくて、よく我が家で食卓についている男にメッセージを送った。
     普段なら、食事をご馳走すると言えば一も二もなく飛んでくる。返事がない時は、ひたすらギャンブルに夢中で連絡に気付いていない時か、ごくごくまれにアルバイトをしている時くらいだ。でもその日は、すぐに返事が来たにもかかわらず、いつもの迷いない同意ではなかった。
    『今ちょっとそっち行けねえから、悪いけどまた今度行く』
     どういう理由でその場を離れられないのか、短い文章からは読み取れない。パチンコかスロットで大当たりの波でも来ているのか。そんな想像をするがどうしても引っかかる。そういう時は大抵素直に状況報告をしてくれていたのに。
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