23:59※最終軸
※付き合ってる前提
誕生日。
大人になればその日は受け入れ難い老いへの加算に震える日だが、思春期真っ定中の中学生にとっては一年に一度、何もせずとも祝われる記念すべき日だ。
精神で言えばとっくに二十六年以上過ぎた花垣武道だが、絶賛十代をやり直している今の時点では、晴れやかな気持ちでその日を迎えようとしていた。願うことなら早く成人してアルコールを解禁したいが、それまでにやり遂げなくてはならないリベンジが控えている。
とはいえ、束の間の遊びも必要だろう。誕生日なら尚更だ。武道は律儀に前日の夜から日付が変わるまで起きて携帯の画面を睨んでいた。
零時になった途端、携帯はバイブで震え始め、瞬く間にメールボックスの未読の数字が増えていく。
誕生日おめでとう。
ボス、おめでとう。
おめでとー。
今年もよろしく。
これからも遊ぼうな。
おめ。
以前の自分では考えられない程の祝いの言葉に武道は頬を緩ませてメールをどんどん開いていく。簡素な文面だけのもの、絵文字で飾られたもの、わざわざパケットで作った動くもの。多種多様なメールであったが、武道はふと気づいた。
時刻は既に日を超えてから十分は超えている。武道はもう少し待つことにした。送ってくれたみんなへの返信を打ちながら、同時に画面右上のアンテナが受信を知らせないか何度も見直す。途中、ちらほらとメールは届くが武道の望む人間からではない。
長針が半を超える頃にはメールも落ち着いたが、それでも待ち望んでいた人物のアドレスはフォルダに届いていなかった。
「……な、なんで」
現在の花垣武道の恋人。
改め、稀咲からのメールだけが来ていなかったのである。
携帯を手にしたまま深夜一時を迎える。
すっかり静かになった携帯を前に武道はパケットを使ってわざわざ新規メールの確認までしたが、結果は何も無かった。
まさか、オレの誕生日が忘れられてる?
あの稀咲が?
稀咲鉄太が?
俄には信じ難い話だった。
このループで再会してからの稀咲は、出会いをやり直したからか武道にすっかりべったりで、付き合おうとなった時にはまだ中学も最中というにも関わらず結婚までする勢いの熱量だった。何なら墓の話までされた。
それなのに、恋人の誕生日にメールを送らないなんてあるのか。それこそ先陣切って、いの一番に送信してそうなものを。稀咲がなんて書いてくれるか楽しみにしていたからこそ、こんな時間まで起きていたというのに。
もしかしたら寝てるのか。寝てしまったのか、稀咲鉄太。仕方なく武道も布団に潜る。枕元に携帯を置き、連絡が来るのを待っているうちに夢へと落ちていった。朝になれば来ているだろうと信じて。
結果として。
朝になっても稀咲からのメールは無かった。
「なんで!」
と武道は異議を唱えたものの、朝は学校に行くしかないため制服に袖を通して登校する。
ヒナならはプレゼントを貰い、放課後には溝中メンバーとカラオケへ向かい、更にマイキー直々にバイクの背に乗せてもらい、ドラケンや三ツ谷、千冬に場地と一虎とその他幹部等に声をかけられて一日が終わる。
否、終わろうとしていた。
「なんでメールの一通もよこさねーんだよ!」
帰宅するなり武道は自室のベッドに携帯を投げつける。武道が誕生日を楽しんでいる間も携帯が鳴らないから待ち続けていたのだが、来たのはカラオケの誕生日クーポンぐらいだった。
じゃあわざわざこちらから連絡すればいいのだろうか。オレ、今日誕生日なんだけど知ってる?祝ってくれる?
「言いたくねー!」
武道の本音だった。誕生日って祝ってもらう日であって、祝わせる日ではないだろう。それは何だか虚しくなる。
「もう知らね。稀咲のバカ。バカバカバカ。イキリ金髪ツンツンひよこヘアー」
気休めに武道は罵倒を溢しながらパジャマに着替えるが、言葉の一部がブーメランになっていることは気づかなかった。
もういい、知らね。いいもんね。マイキー君とかヒナはちゃんと祝ってくれたし。プレゼントも貰ったから後で見せつけてやろう。後悔しろ、稀咲鉄太。
武道が怒り心頭に布団に入る。深呼吸をしているうちに、ようやく意識が微睡かける──ところで携帯が勢いよく震えた。
ぎゃっ!と飛び起きて確認する。この日、何度も確認して見つけられなかった名前が受信ボックスに表示されている。
『誕生日おめでとう』
それだけだった。
時刻を見る。二十三時五十九分。まだ武道の誕生日。
勢いのままに武道は発信ボタンを押した。数コールして、
「……なんだよ」
とぶっきらぼうな声が耳に届く。
「なんでこんなギリギリにメールするんだよ!」
さっきまで眠ろうとしていたとは思えない剣幕だった。
「どうせ忘れてたんだろ!稀咲のばーか!」
「いや、そういうわけじゃな……」
「オレは今日一日ずーっとお前のメール待ってたのに!」
感情の赴くままに武道は詰め寄ったが、稀咲は沈黙を続けている。武道も負けじと無言を貫けば、息を飲む音が聞こえた。
「……忘れてねぇよ。オレがタケミっちの誕生日を忘れてると思うか?」
「思う」
「タケミっちは、みんなからメール貰っただろ」
「そうだね。みんな零時丁度に送ってくれたよね。稀咲以外は」
「……だからだよ」
稀咲が続ける。
「どうせみんな一番にタケミっちに送ろうとすんだろ。だから……一番最後に送れば、それがお前の記憶に一番残るだろ」
オレはお前の恋人なんだから。
あっけらかんと言い放たれた稀咲の言葉に、武道は脱力する。稀咲が武道のことなんて忘れるわけがなかったという実感と、信じきれなかった故の徒労。──自分が馬鹿馬鹿しい。
「……ごめん」
と武道は素直に謝った。ごめんな、イキリ金髪とか言って。
「いや、オレも悪かった……。その、まさか待ってるとは思わなくて」
「なんで。待つだろ、普通!好きなんだから!」
信じられないといった口ぶりで武道が言うと、何故か稀咲が口籠る。電話だとこういう時不便だ。
「……次は、ちゃんと送るから」
絞り出した声に、武道は仕方なく納得することにした。オレは大人だからな。先ほどまでの態度を棚に上げ、武道はひとり頷いた。
「おやすみ、鉄太」
眠りの言葉を稀咲に告げて、電話を切る。とりあえず、今日は心置きなく寝れそうだ。
メールの文面を読み返して、武道は携帯を閉じる。次は、と彼は言ってくれたのだから、来年こそは期待しよう。
ここは、未来があるから。
星が満ちて、夜は続く。
日付はとっくに超えている。