㍌もちもちダンボールさんへ【ジュナビマ】 チチチ。鳥の囀りのようなスマートフォンのアラームを切るため、アルジュナはコンロの火を止めた。
フライパンの上にある生地の焼き具合を確認する。程よい焦げ目がついているのを見て裏返すと、まだ油の残った熱い鉄板の上で、生地がパチパチと焼ける音を立てていた。
「さて、そろそろ起こしに行きましょうか」
未だに鳴り続けるスマートフォンのアラームをオフにし、アルジュナは手を洗った。普段の休日であれば、そろそろ兄のビーマが階段を下りてくる時間だ。
昨晩は帰りが遅かったためか、規則正しい生活を送るビーマにしては珍しく、まだ起きてくる気配がない。隣のコンロで温めていたダールという豆のカレーの加熱も一旦止め、アルジュナは二階の寝室へと向かう。
こん、こん。丸めた拳の裏で戸を静かに叩くが、返事はない。
引き戸に手をかけ、静かに戸を開ける。ベッドの上を見れば、パジャマを脱ぎ散らかしたビーマが体を大の字にして寝ていた。
「……風邪を引きますよ?」
眠った相手にそう言ったところで、聞いてくれるわけではない。だが、上半身裸に下着で眠っていれば、小言も言いたくなるというものだ。
アルジュナは落ちたパジャマを拾い、静かに寝息を立てるビーマの上半身に被せた。そして、足元までビーマが蹴飛ばした布団を、腰の辺りまで引き伸ばす。
「ん……ん……」
体の上に何かを被され、違和感を感じたのだろうか。ビーマはまっすぐ両側に伸ばした手を折りたたみ、胸の上に乗せられたパジャマを、抱き枕でも挟むように両腕で包みこんだ。
(……くっ)
大柄で男前な兄にこんな感情を抱くのは、我ながらおかしい自覚はあるが――自分自身を抱きしめるような格好で眠るビーマのことを、アルジュナはどことなく可愛らしいと思った。ビーマは口を大きく開け、穏やかな表情で眠っている。
「……ん」
アルジュナにとっての寝室は適温だったが、筋肉質で体温が高いビーマには部屋が暑く感じられるのかもしれない。アルジュナが腰まで掛けた布団を、ビーマはすぐに蹴飛ばしてしまった。
「すぅ……」
何度も寝返りを打ったのか、ビーマの長髪が乱れている。昨晩は日付が変わるまで仕事仲間と飲んでいたので、まだ体が休みたいのかもしれない。
「……もう少し寝ていてください」
アルジュナは蹴飛ばされた再び布団をもう一度整えると、ビーマの体の上にふわりと乗せた。上半身を覆うように被せたことで、長い足の先が少し見えたが、半裸よりはましだろう。
布団を整えながら、兄の顔を覗き込む。先ほどまで開いていた口は閉じていたが、鼻から静かに息をしている。
夢で美味しそうなものでも食べているのか、昨晩の酒が美味かったのか、ビーマは幸せそうな笑みを浮かべていた。布団の上をぽんぽんと軽く撫で、部屋を去ろうと立ち上がった瞬間、アルジュナの腕が引かれた。
「――っわ⁉︎」
引っ張られてベッドに乗り上げ、思わずアルジュナから声が出る。間近に薄目を開けたビーマの顔があった。
「この匂いは……朝飯、おまえが作ったのか?」
「兄ちゃん、起きたんですか」
片腕を抱かれたアルジュナは、ビーマの上体をそっと起こした。ビーマの息に、まだ酒のにおいが残っている。
「朝ごはん、食べられますか?」
ビーマの胸筋と腕に挟まれた右腕が少し痛い。ビーマはアルジュナの肩をぽんと叩くと、思いっきり背伸びをした。
「当たり前だ、一緒に食おうぜ」
首をぐるぐると回し、ふうと息を吐いたのち、ゆっくりと立ち上がる。その時、アルジュナの耳にも腹の虫が無く音が聞こえた。
「……服は着てくださいね」
「今更だろ?」
一緒に階段を下りながら、アルジュナはビーマにパジャマの上を手渡す。ビーマはそれをくしゃくしゃと丸めると、洗濯機の中に放ってしまった。