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    はもん

    @hamon_samon

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    はもん

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    ・「ルームツアー・アフター」の続き
    ・ルシ→(←)アラ
    ・暴力表現あり

    #ルシアラ

    彼を知り己を知れば百戦殆うからず 食後のティーブレイク(コーヒーブレイク)に至るまで、ルシファーは少しだけアラスターという悪魔を知った。食の好みや利き手など細やかなものばかりだが、ルシファーの罪悪感を刺激するには十分だった。
     剥き出して捻じ曲がっている基礎を一瞥し、小さな傷がそこかしこに付いているテーブルから目を逸らし、ルシファーは徐に口を開いた。

    「あー……実はな、アラスター。申し訳ないんだが、君の部屋とか、このテラスとかが、その……こんな感じなのはな。わざとやったんだ」

     ──嫌がらせで。
     言い訳もせず罪を告白する地獄の王。対して鹿の悪魔は、天気の話題を振られたかのように自然と『知ってますよ』と頷いた。

    「え? 知ってた? 何を?」
    『ですから、あなたが古い家具を置いたり、壊れた機材を置いたり、迷走した芸術家のようなテラスを作ったりしたのは、全て子どもじみた嫌がらせのつもりだったと承知している、と言いました』
    「エッ」

     ルシファーの持つティーカップとソーサーがぶつかり、紅茶が零れる。白磁が割れそうな音にアラスターの眉間に皺が寄る。

    「な、何故」
    『何故って、あなた……分からないとでも?』

     アラスターはこれ見よがしに溜め息を吐いた。神経を逆撫でする態度にルシファーの頬が引き攣る。が、悪いのは自分だ。何も言えずに唸るルシファーを上目で見つめて、アラスターは頬杖をついた。

    『あなた、向いてませんよ。こういうの』
    「ぐ、ぐぬぬ……」
    『いいですか? 相手の嫌がることをするには、相手のことをよく知らなければいけません。趣味嗜好や性格、他にも色々とね。知れば知るほどがわかる』
    「……つまり君は、私のことをよく知っていると?」
    『少なくとも、あなたが私を知るよりは、よっぽど』

     確かにルシファーは、地獄の王として有名だ。地球でもそうだし、地獄でのメディア露出もある。そこらの悪魔よりは知りようがあるだろう。
     対してルシファーは、アラスターのことをほとんど知らない。知ってることといえばトークスキルの巧妙さと、コーヒー党であることと──実はラジオデーモンの名だけは会う前から知っていたと言ったら、彼はどんな反応をするだろうか。

    『それに……あなた分かりやすいんですよ。全部顔に出てますから』

     ──チャーリーもね。
     そう嘲笑混じりに言われた。娘にそっくりと言われて喜ぶべきか、笑われている事実に憤るべきか、ルシファーは悩んだ。

    『悩むくらいなら怒ればよろしいのに』

     心の内を言い当てられて、ルシファーは口をへの字に曲げる。目の前の赤い悪魔は、始終ニヤニヤ笑いを止めなかった。

    ***

     駆除エクスターミネーション翌日の昼過ぎ。ぐっすり眠って疲れを癒したチャーリーは、真新しいホテルのロビーに下りていた。ロビーには、以前と同じくバーが併設されている。ルシファーが初めて来た時は難色を示していたというのに、建て直した時にはちゃんと作ってくれたのだ。
     いつものようにハスクがバーカウンターに入り、エンジェルダストが客としてグラスを傾けていた。隣には泊まっていたチェリーボムもいる。ラウンジではニフティがキーキーとラズルと戯れていて、少し離れたソファでは、アラスターが静かに本を読んでいた。
     ──本来は、ここにもう一人と一匹もいたのだ。失われた存在に泣きたくなる。それでもチャーリーは、みんなが自然と集まっている事実に感動した。
     ずっと隣で寄り添ってくれていたヴァギーが、そっと肩に手を添えてくれる。優しい眼差しで見つめてくるパートナーの手を握り、チャーリーは滲んだ涙を拭ってロビーに下りた。

    「みんな、おはよう!」
    「おはよー。もうお昼過ぎてるけどね」

     茶化してくるエンジェルに苦笑を返して、ぐるりとロビーを見回す。みんながチャーリーに注目していた。建物が新しくなっても、やることは変わらない。チャーリーは人喰いタウンでそうしたように、精一杯胸を張った。

    「みんな、昨日は本当にありがとう。勿論、あなたもね、チェリー」
    「またバトルがあったら呼んでよ。いつでもね」

     悪友同士は悪い顔でグラスを叩き合う。物騒だが、あの二人なりの友情の在り方なのだ。チャーリーは微笑ましい気持ちで両手を合わせる。

    「失ってしまったものもあるけど……それでも、みんなに励まされて、助けてもらって、ホテルを再開できた。本当に、とっても嬉しい! それで私、早速やってみたいエクササイズがあるんだけど……!」
    「おーっと。チャーリー? オイオイ。昨日の今日だぜ? そういうのも大事だけどさ、それよりもまず、やることがあるだろ?」

     勇み足なプリンセスの肩を、エンジェルが気安く抱く。チャーリーは目を丸くして友人を見上げた。

    「つまり──祝勝会パーティーさ! ホテル再開記念も兼ねて、ね」

     ウィンクと共に送られた提案は、チャーリーが目を輝かせるには十分なものだった。

    「それ……とっても素敵! そうよね! 前夜祭はやったんだもの。祝勝会もやらなきゃね!」
    「そうね。どうせだからパーッとやろう」
    「ええ、ヴァギー! ね、アラスター。いいわよね?」
    『ええ、勿論! 楽しい夜になりそうですね』

     ホテルのマネージャーを伺えば、一瞬で距離を詰めてカップル二人の肩を抱き寄せた。チャーリーは嬉しそうに、以前なら顔をしかめていたヴァギーも、昨日の戦いで思うところがあったらしい。苦笑いでそのスキンシップを受け入れた。

    「それで? ちゃっかり自分専用のスイートルームを作った王様はどこに?」
    『キッチンにいますよ。チャーリーが起きてきたら軽く摘める物を、と』
    「ああ、チャーリー! おはよう。よく眠れたかな?」

     噂をすれば影。キッチンから大皿を持ってきたルシファーが、愛娘に微笑みかけた。
     エンジェルが大量のサンドイッチの乗ったそれを取り上げ、ラウンジのテーブルまで運ぶ。その後ろでは、父娘がハグを交わしていた。

    「バパ、昨日は本当にありがとう。ホテルも建て直してくれて……なにより、あの時私の背中を押してくれて、本当にありがとう」
    「どうってことはない。私はいつだって君の味方だよ、可愛いチャーリー」

     感動的な光景を観劇しながら、面々はサンドイッチを消費していく。ルシファーがいると見世物・・・に困らなくていい。
     いつの間にか消えていたアラスターが、『スープもありますよ』と鍋を持って来た。玉ねぎだけのシンプルなコンソメスープだ。スープカップに入れて配っていく。
     それを見付けたルシファーが声を張り上げた。

    「あっ、コラ! アラスター、勝手に持って行くな!」
    『いいじゃありませんか。その為に作っていたのでしょう?』
    「そうだが……私がやりたかった!」
    『知りませんよ、そんなこと。ああ、チャーリー。早くしないと、あなたの分がなくなってしまいますよ』
    「待て、チャーリーの分は私がやる!」

     二人のやり取りを周囲は無言で凝視する。
     ──この二人、もっと刺々しい感じじゃなかった? なんか仲良くない?
     目だけのやり取りは不思議と通じ合っていた。(チェリー以外)
     チャーリーがソワソワしながら声をかける。

    「二人とも、なんだかとっても仲良くなったのね」
    「あー、まぁ、ね。昨日、彼のラジオを聞いたんだよ。それがきっかけでね」
    「そう、そうなのね! 嬉しいわ! 良かった。心配してたから……アルのラジオは最高だもの。パパが気に入るのも当然よね」
    『お褒めにあずかり光栄です』
    「でも私、昨日の放送は聞いてないわ」
    『チャーリーはもうオネムだったんでしょうねぇ』

     楽しそうにアラスターと盛り上がる娘を、ルシファーは複雑な思いで見つめる。
     二人が話している姿は、やはり面白くない。愛称を聞いた時には小さく嫉妬心が芽を出した。
     だが、前のような危機感や焦燥感はもうない。娘との仲が修復されたこと、アラスターとの精神的な距離が近付いたことが理由だろう。
     罪人悪魔と友好関係を築くのは久しぶりだ。むず痒いような、面映ゆい気持ちがルシファーの心に広がる。

    「……さぁ、チャーリー。お話もいいが、早く食べなさい。スープも冷めてしまう。食べ終わったら、みんなでパーティーの準備だ!」
    「ええ、パパ!」
    『おや、キッチンからでも聞こえていましたか。地獄耳ですね。流石は地獄の王』
    「ん? 何がだ?」
    『失礼。ただの浮かれ野郎でしたか』
    「何だ よく分からないが、貶されてるのは分かるぞ!」

     同じソファに座りながら仲良く喧嘩する父と友人の姿に、チャーリーは笑いを必死に堪えた。

    ***

     祝勝会は盛大なものだった。王族御用達のケータリングをメインに、各々が好きな料理を一品ずつ持ち寄った結果。国際色豊かなテーブルは、地獄らしい混沌ぶりになった。
     宴もたけなわ。テーブルの食べ物もなくなり、アルコールも程よく回ったところで、会はお開きとなった。
     自然と片付けの役回りが決まり、チャーリーは父と二人で食器を洗いながら、思い出話に花を咲かせていた。
     ヴァギーはラウンジで片付けの指揮を取っている。チャーリーに気を利かせてくれたのだろう。あの話・・・を切り出しやすいように。
     ふと、会話が途切れる。いつもなら気にすることでもないが、チャーリーが暗い顔をしていたものだから、ルシファーは驚いた。

    「チャーリー? どうしたんだい? 何か気になることでもあったか?」

     タオルをシンクに置いて、可愛い娘の手を握る。水で冷えたルシファーの手を、チャーリーは強く握り返した。あちこちに視線を飛ばし、気まずそうに口をまごつかせる。
     娘が何か言いたげなのを察し、ルシファーは辛抱強く待った。キッチンの外からは、はしゃぐニフティの笑い声が微かに聞こえてくる。
     蛇口から一つ水滴が落ちる頃、チャーリーはようやく口を開いた。

    「……あのね、バパ。私……パパに言わなきゃいけないことがあるの。それであの……先に謝っておくわ。ごめんなさい、本当に……私、言いつけを破ったの」
    「何? 一体何の……」
    「契約したの、私。──アラスターと」

     ルシファーは一瞬、呆気にとられた顔をする。言葉の意味を理解できなかったのだ。しかしそれは瞬きの間に歪み、一息で額から赤い角が伸びた。

    「──アラスター」

     咆哮と共に、キッチンから炎が吹き出す。片付けをしていたメンバーは目を白黒させて、突然やってきた強大な気配に身を縮こませた。──ただ一人を除いて。
     地獄の業火をまとったルシファーが、ラウンジにいたアラスターの目の前に一瞬で現れる。強烈な熱波に煽られて、新しくなったばかりの家具が吹き飛んだ。ホテルのメンバーの怯えた声が轟音に掻き消された。
     アラスターは一人、激昂する王と対峙する。怒りで赤く染まった眼を真っ直ぐに見上げた。

    「おまえ、チャーリーと契約しただと」

     ルシファーの剥き出しの牙の間から炎が漏れる。
     激怒する王を前に、しかしアラスターは動じない。いつもの笑顔、いつもの声音で、さも談笑するかのような調子で頷いた。

    『ええ、そうですよ』
    「ふざけるなよ! よくも私の娘に!」
    『ご安心を。魂は取っていませんよ』
    「そんなことをしようものなら、おまえを魂ごと潰してやる」

     激情のまま吹き出た炎がアラスターの肌を舐める。天使の名残たる六枚羽が、逃げ道を塞ぐようにアラスターを包み込んだ。伸びた尻尾が痩躯に巻き付き、鋭い先端が喉にヒタリと沿う。

    「何故、何故言わなかった 昨日から何度でも、言う機会はあった筈だ」
    『ええ。ですが、私は気遣いのできる悪魔です。チャーリーの為にも、黙っていることにしたんですよ』
    「詭弁を……っ、殺してやる!」
    『そうですか。では、どうぞ』

     アラスターは、まるでハグを迎えるかのように両腕を広げる。あまりにも自然に返され、ルシファーは虚を突かれた。
     にわかに理性を取り戻したルシファーを、首を傾げて伺うアラスター。動いたことで首に尾が刺さり血が流れるが、それに動揺したのはルシファーの方だった。

    『どうぞ。お好きなように』
    「……私に、できないとでも?」
    『いいえ? きっと一息でしょう。……ああ・・可哀想なチャーリー・・・・・・・・・ また仲間を失うことになるなんて』

     ──今度は、父親の手で。

    アラスター・・・・・」

     絶叫が耳を劈く。悲鳴じみたそれに、アラスターの口端が耳まで裂けた。地獄の住人に相応しい残虐な笑顔。
     灰すら燃やす炎がアラスターを呑み込み──チャーリーが父にしがみついた。

    「パパッ」

     娘の泣き声に、赤く染まったルシファーの目が正気を取り戻す。

    「パパ、やめて。お願いだから……」

     涙目のチャーリーを振り返り、ルシファーの怒りが萎んでいく。それに合わせてラウンジを燃やす炎も勢いをなくし、やがて消えた。

    「ア、アラスター……」

     ルシファーの怒りから解放されたアラスターはボロボロだった。服や髪はそこかしこが焼け焦げ、土気色の肌はあちこち焼け爛れて肉が見えている。
     そんな状態でも、アラスターは笑っていた。腕の煤を払い、服の状態を確認して、肩を竦める。痛みを感じている様子は見られなかった。

    「アラスター、ごめんなさい」

     チャーリーが謝る必要はない。ルシファーは叫びたかったが、自分を抱き締める力が強くなったのを感じて口を閉じた。代わりに鹿の悪魔を睨んだ。
     アラスターはルシファーを無視してビジネスパートナーを見つめ、無言で首を横に振る。チャーリーは泣きそうな顔で苦笑した。

    「そうね。ありがとう」

     今度はウィンクを送るアラスター。いつも通りのお茶目な仕草に、チャーリーの心はほんの少しだけ明るくなった。
     アラスターはそのまま、階段を上がって去って行く。足取りはしっかりとしたものだ。最後までふらつくこともなく、アラスターは階上へ消えていった。
     赤い背中が見えなくなってようやく、チャーリーは父を解放した。途端にルシファーは娘に詰め寄る。

    「チャーリー! 何故止めた」
    「パパ。部屋で話しましょう」

     娘の力強い眼差しに、ルシファーは二の句が継げない。妻にそっくりな表情だった。チャーリーに引っ張られる形で、地獄の王はロビーから消えていく。

    「……これ、どうすんの?」

     エンジェルが隠れていたバーカウンターから頭を出す。先までの楽しかった場がすっかり破壊されたのを眺めて、ヴァギーは溜め息を吐いた。

    「片付けるしかないでしょ。ホラ、私たちだけでやるよ!」

     ぶすくれるエンジェルとチェリーの背を叩いて、ヴァギーは天井を見つめる。愛するパートナーの成功を願って。

    ***

     チャーリーの部屋は、このホテルで一番広い造りになっている。城を思い出させるようなインテリアは懐かしい気持ちになり、チャーリーを喜ばせた。
     真新しいソファに父と座る。ルシファーは納得していない様子だが、話を聞くつもりはあるらしい。黙ってチャーリーを見つめていた。

    「まず、私の為に怒ってくれてありがとう、パパ」
    「当然だ。娘に危害を加えられて、怒りを覚えない父親がいるものか」
    「嬉しいわ。でも、今回のはやり過ぎよ」
    「やり過ぎなものか! あいつは、おまえに、チャーリーに……!」
    「でもパパ。アラスターは抵抗しなかったのよ」

     ルシファーは押し黙る。確かにアラスターは最中、ルシファーにやり返したりはしなかった。お得意の魔術を使うどころか、愛用のマイクスタンドすら出していない。地獄の王の怒りをただひたすらに受け止めた。
     代わりに言葉で応酬してきた辺りは流石ラジオデーモンと言うべきか。今思い出しても腸が煮えくり返るような言葉選びだった。
     アラスターは、ルシファーの弱点をよく知っている。それを思い知らされた。

    「……あいつに酷いことを言われた」
    「あー、それはー……後で怒っておくわ。何て言われたの?」
    「……言いたくない」

     言えなかった。少なくとも、チャーリーには。チャーリーも深くは追求せず、父の小さな背を撫でた。

    「パパ。私、アラスターと契約したこと、後悔してないわ」
    「チャーリー」
    「聞いて。パパに助けてもらって、天国と話し合いをして、でも上手くいかなくて。次の駆除ではホテルを真っ先に狙うって言われた。パパの忠告を振り切ってお願いしたのに、結局はパパの言った通りになった。私、泣いたわ。いっぱい。みんなに申し訳なくて仕方がなかった。みんなを救いたくてホテルを作ったのに、結局は危険に晒すことになった。最悪の気分だったわ」

     ルシファーは胸が苦しくなった。かつて天国で受けた仕打ちを思い出す。結局、娘も同じ目に遭わせてしまった。今更ながら後悔する。

    「でも、アラスターが教えてくれたの。天使は殺せるって。ただ一方的にやられるだけじゃないんだって。それがあったから、私は前を向けたの」

     力強い笑みを向けるチャーリー。それには感謝してもいいが、問題はその先だ。

    「……その対価は?」
    「“私が望んだ時に、無害なお願いを聞いてほしい”ですって。誰かを殺したり傷付けたりすることもないって言ってた。ほら、なんてことないでしょ?」
    「チャーリー、それは……どうとでも捉えられる」

     悪魔らしい言い方だ。特に“無害”という言葉が引っかかる。状況によっては最悪の使い方ができるだろう。やはり娘と離れたのはよくなかったか。
     ルシファーの長い生は後悔に塗れている。イヴに与えた知恵の実。天国との戦い。妻子との離別。いつもいつも、後から悔いてばかりだ。
     黙り込んだ父の肩に、チャーリーはそっと手を添える。ルシファーはしばらくして、重い口を開いた。

    「私は……昨日初めてあいつとまともに話して、仲良くなれると思ったんだ。皮肉屋で嫌味ばっかりだが、話は上手い。変に頑固というか、こだわりが強いところも好ましいと思った。今朝は一緒にパンケーキも食べたんだ」

     思ったより仲良くなっていて驚いたチャーリー。言いたいことはあったが、口を挟まずに父の話に耳を傾ける。

    「だから私は、なれると思ったんだ。アラスターと……」

     ──何に?
     ルシファーは自問自答する。言葉はすぐには出てこなかった。それが何故かは分からず、必死で言葉を探す。

    「……友人に」

     言っておいて、しっくりこないとルシファーは思った。だがそれ以外に表現できる名称が思い付かなかった。

    「なのに、あいつはずっと私に黙ってたんだ。仲良くなったと思っていたのは私だけだった。……朝のあの時間は、一体何だったんだ……」

     自分だけが浮かれていて、アラスターは内心で嘲笑っていたのだろう。ルシファーの心が悲しみに沈む。

    「……私もヴァギーが元は天使だって知った時、凄くショックだった。天使軍だったことがじゃない。それを隠していたっていうのが、凄くショックだったの。パパの気持ち、よく分かるわ」
    「それは……すまない。私も彼女が天使なのには気付いていたんだ」
    「えっ? そうだったの?」
    「ああ。ひと目でわかった。だが、そういう大事なことは、本人が直接話したいだろうと……」

     ルシファーは言葉を失う。アラスターの言う“チャーリーの為”という意味が、今になってようやく理解できたのだ。
     彼と全く同じことを、自分も娘にしていた。それなのに自分はアラスターを責めた。己の身勝手さが嫌になる。
     掌で顔を覆って俯く父の肩を、チャーリーは優しく抱き寄せた。

    「私の方は結局、アダムから教えられたんだけどね。それで喧嘩したの。ヴァギーは話し合いたいって言ってたのに、忙しいからって逃げて……でも、ある人が言ったの」

     ──言葉ってものは安っぽい。でも行動は真実を語る。
     その言葉はチャーリーの胸に深く刻まれている。

    「アラスターもそう。更生なんて欠片も信じてないって言うけど、ホテルの運営の手伝いはしてくれる。言葉選びは悪かったけど、私が塞ぎ込んでた時は真っ先に励ましに来てくれた。ホテルが天使軍に攻め込まれた時は私たちを結界シールドで守ってくれて、一番厄介なアダムの相手をしてくれた。私にとってアラスターは大事な仲間よ。パパは? パパから見たアラスターは、どうだった?」

     どうだろうか。ルシファーは昨日からの記憶を辿る。
     嫌がらせの家具に喜んで軽くなる足取り。機材を修理しながら動く鹿耳。お茶目なウィンク。拍手に応える優雅なお辞儀。王に向けられた最敬礼。

    「……分からない。分からないが……私との時間を楽しんでくれていたとは、思う」

     アラスターとの付き合いは短い。判断する為の材料が少なかった。ただ少なくとも、嫌なことに付き合うような男ではないのは確かだ。

    「どう? 仲直りできそう?」
    「……ああ、そうだな。やってみよう」

     チャーリーは破顔して父に抱き着いた。力強いそれを難なく受け止めて、ルシファーの頬は緩んだ。

    「ありがとう、チャーリー。……娘に諭されるとは情けない父親だな」
    「そんなこと言わないで。家族なんだから。支え合っていきましょう」

     父娘は顔を見合わせ、そっくりな笑い方で額を突き合わせた。

    ***

     翌朝。ロビーに降りてきたアラスターを迎えたのは、仁王立ちのルシファーだった。林檎の杖をついて、真っ直ぐに赤い悪魔を見上げている。
     昨夜、地獄の炎で無惨にも焼け焦げたラウンジは元に戻っていた。ルシファーが直したのだろう。
     服も体もすっかり綺麗になったアラスターは、小さな王を見下ろした。
     バーカウンターやラウンジでは、ホテルのメンバーが警戒しながら成り行きを見守っている。父親の暴走に備え、チャーリーはヴァギーと共に邪魔にならない程度の近さで佇んでいた。
     長い沈黙がロビーを包む。
     切り出したのはルシファーだった。

    「“彼を知り己を知れば百戦殆うからず”」
    『……はい?』
    「“If you know the enemy and know yourself, you need not fear the result of a hundred battles”」
    『孫子ですね』

     聞き慣れない異国語には驚いたが、聞いたことはある。ルシファーは頷いて続けた。

    「……契約のことは、許していない」

     チャーリーが飛び出しかけたが、ヴァギーが止める。ジャブで出るのは早すぎだ。

    「だから娘に危害を加えないよう、私がおまえを見張る。ずっと、ずっとだ」
    『そうですか』
    「それに、私はおまえにやられっぱなしだ。それは私が、おまえのことをよく知らないからだと判断した」
    『なるほど。それで孫子』
    「だから、私はおまえという男を知るぞ」

     ──え? 声をあげたのはチェリーだった。エンジェルが慌てて肘で突く。

    「覚悟しろ。私はおまえという男を知って、おまえと仲良くなってやる。そして……友人に、なってやる!」

     ルシファーは一拍、言葉に詰まった。自分がアラスターとどういう関係になりたいのか。結局明確な答えは出ないままだ。
     それでも絞り出されたルシファーの言葉に、アラスターは片眉を跳ね上げた。

    「覚悟していろ──アル」

     アラスターの目が丸くなる。したり顔をするルシファー。
     しかしアラスターは言葉を操る天才で、人の心を擽ることに楽しみを見出す悪魔だった。真っ赤な目が三日月のように弧を描く。

    『ええ。よろしくお願い致します。──ルーシィ』

     甘い声音で囁かれ、白磁の頬が一瞬にして林檎のように赤く染まった。

    ***

    「……ねぇ、ウチら何を見せられてんの?」

     チェリーがいい年した男二人を指さして顔を顰める。ヴァギーとエンジェルが肩を竦め、ハスクは酒瓶を咥えたまま目を逸らした。
     チャーリーとニフティだけが目を輝かせて二人のやり取りを見守り続けていた。
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