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    はもん

    @hamon_samon

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    はもん

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    ・「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」で丸焼けになったアラスター側の話(ルシファー不在)
    ・雇用組は生前擬似家族してた設定
    ・アラスターの生前口調はパイロット版の設定
    ・腐女子ニフティ

    彼を知る前に己を知れ 部屋に戻ったアラスターは、しっかり鍵をかけた後に床に倒れ伏した。
     全身が熱い。痛い、のかもしれない。どちらとも分からないまま喘鳴を繰り返す。
     地獄の王の炎は強烈だった。容易くアラスターの肌を焼き、熱波は声帯を焼いた。
     身動き一つ取れずに呼吸をするだけのアラスター。その背後で、扉がゴンゴンと強くノックされた。

    「アラスター。来たよー」

     ニフティの声だ。動けないアラスターの代わりに、黒い友人が鍵を開けた。昨日もこうやってルシファーを招き入れたのだろう。余計なことを。心の中で漏れた文句を、友人は笑って聞き流した。

    「わあっ。大丈夫、アラスター? やっぱり彼、とびっきりの悪い子ね!」

     ニフティは飛び跳ねながら部屋に入る。可愛くて楽しい娘は今日も元気だ。ニフティは焼けて縮れる赤い髪を眺め、穴だらけの服を確認する。

    「…………」

     アラスターは目だけをニフティに向ける。すぐに意図を理解した従者は、焼け爛れて所々肉が見えるグロテスクな手を握り締めた。

    「…………」
    「アハッ。アハハッ! すっごい! アラスターってば腹ペコね!」

     凄まじい勢いでニフティから魔力が抜けていく。途端に疲労感と脱力感が襲ってくるが、彼女はこの感覚が大好きだった。
     ニフティは徐々に立っていられなくなり、主人同様床にうつ伏せに倒れていく。それでも甲高い笑い声は止まらなかった。

    「……うわっ」

     ハスクがやって来たのは、ニフティの魔力がレッドゾーンに入った辺りだった。

    「あー、ニフ。と、ボス。大丈夫か?」

     小さな手からはサムズアップ。大きな手からはサムズダウンが返ってきた。腕を上げる力はあるようだ。
     ハスクは頭を掻き、部屋に入り込む。そして真っ先に鍵を閉めた。床に転がる二つの体の内、大きい方を仰向けに転がす。

    「さっきよりはずいぶん良くなったな」
    「…………」
    「そう怒るな。ベッドに行こう」

     アラスターの喉から抗議のようにノイズが鳴る。ラウンジではそのノイズを出すことすらできなかったのに。ニフティから魔力を吸って大分回復したようだ。
     生前より細く、しかし長くなったことで重くなった体を抱き上げる。未だあちこちに残る火傷が痛々しい。
     柔らかなベッドに、なるべくそっと横たえる。それでも痛むのだろう。アラスターの眉間の皺はずっと深いままだ。
     目を回すニフティも横に転がし、アラスターを挟んだ反対側にハスクも寝転がった。一言添えてから、ピクリとも動かない手を握り締める。すぐさま魔力が無理矢理引きずり出され、貧血に似た感覚がハスクを襲った。ハスクが魔力を失う毎に、アラスターの体は綺麗な姿を取り戻していく。
     アラスターの体がすっかり元通りになった頃には、ハスクは二日酔いと乗り物酔いを同時に味わったような気分になっていた。

    『感謝しますよ、ニフティ、ハスク』

     ボロボロの服をそのままに、アラスターは一言残して浴室に消えた。シャワーの水音を聴きながら、内心で中指を立てるハスク。クソッタレめ。もっと感謝しろ。具体的には酒を寄越せ。
     シャワーの水音を聞きながら、揺れる視界でベッドの天井を見上げる。ハスクの部屋のそれより、ずいぶん草臥れているようだ。アラスター好みの質感だが、ルシファーの趣味だろうか。

    (……アラスターの部屋だけ?)

     苦い表情の猫顔を、風呂上がりのアラスターがひょっこり覗き込んだ。

    「うおっ。おまっ、気配なく近付くのはやめろ。心臓に悪いっ」
    『それは失礼。変な顔をしていたものですから。何を考えていたんです?』
    「…………」
    『ハスカー?』
    「……あの王様のことだよ」

     人によってはあらぬ誤解を生みそうな言い方だが、アラスターには通じない。彼は首を傾げて続きを待っている。

    「おまえ、アレは何だ? また悪癖が出たな? 死んでからはマシになったと思ったら、今度はとんでもねぇのを引っ掛けてきやがって」
    『何のことです? 人聞きの悪い』
    「とぼけんな。分かってんだろ。あの王様が、おまえをどんな目で見てるのか」

     アラスターは黙った。この手のことに関心がない癖に、人の機微には聡い男だ。ルシファーの変化にいち早く気付いていただろう。

    『私の魅力が地獄の王にも通じたということです』
    「おまえなぁ……っ」

     ハスクは頭を抱えた。生前の嫌な記憶が次々と蘇ってくる。
     アラスターは昔から、人を恋に落とすのが得意だった。それこそ男女を問わずに。
     彼は自分のどこが魅力的で、何をすれば人が自分を好きになるかをよく知っていた。演出家な性も相俟って、彼は誘蛾灯の如く人を惹きつけていた。
     それが彼をスターにした要因の一つなのだが、問題はアラスターが、恋愛にもセックスにも全く興味がなかったことだ。
     その気にさせておいて本人は応える気が全くない。酷い時は、アラスターと好き合っていると思い込んで暴走する輩もいた。
     そしてその対処にハスクが使われることが、それはもう散々あったのだ。一緒に住んでいることから、関係を誤解されることが腐るほどあった。荒事に慣れているからと、暴走した輩を差し向けられることなんてしょっちゅうだ。
     ハスクからしたら、たまったもんじゃない。その悪癖を止めろと何度も忠告したが、アラスターは聞くような男じゃない。結局、死ぬまで──死んでも、彼の在り方は変わらなかった。
     死後は解放された残虐性から事案はガクンと減っていたのだが、ここにきて地獄一の大物を釣り上げてくるとは。

    「……で、どうすんだ?」

     流石に地獄の王の対処はできない。ハスクは先んじて牽制しておく。ついでに主人の動向も確認したかった。
     しかし予想外なことに、アラスターは『さあ?』と肩を竦めた。

    「は?」
    『分かりません。流石に予想外です。誰が想像するんですか。地獄の王が自分に惚れるなんて』

     言い分は最もだが、アラスターにしては消極的な対応だ。彼が何を目的にして動いているのかは知らないが、てっきり積極的に利用するかと思ったのに。
     アラスターは緩慢な動きでベッドに乗り上げ、先と同じく従者の間に寝転がった。戯れに二人を引き寄せ、毛布を引き上げる。

    「おい」

     文句を口にしながらも、ハスクは生前を思い出して少しだけ嬉しかった。首輪契約さえなければ、今のアラスターとの関係はもっと穏やかになれただろうに。
     楽しそうに笑うアラスターの横顔は幼い。生前もたまに見たその笑い方に、ハスクの中からやるせない怒りが削がれていく。

    「……アラスターはどう思ってるの? 王様のこと」

     てっきり眠ったと思っていたニフティが、寝ぼけた声で尋ねる。昔のように小さな頭を撫でながら、しかしアラスターは何も答えなかった。
     だがこの三人だけの空間において、沈黙はなによりの答えだ。ハスクは声も出せずに驚いて、ニフティは単眼をカッと見開いた。

    「ルシアラの可能性……! ルシアラの可能性があるのね! 私とっても楽しみ!」
    『マイディア。よく分かりませんが、興奮しない。落ち着いて。もう寝なさい』
    「王様とセックスしたら教えてね、アラスター」

     とんでもない爆弾を一つ投下して、ニフティは一瞬で夢の住人となった。それだけ魔力不足が深刻だったのだ。残されたハスクの状況も深刻だったが。

    『……ハスク』
    「知るか! つーか、いい加減ニフをガキ扱いするのは止めろ! あいつはとっくに大人だ! おまえが死んでからも生きてたんだぞ」
    『……知ってますが?』

     小声での応酬は昔からの癖だ。二人して生前からニフティには甘かった。魔力不足でクラクラする頭を深呼吸で整え、ハスクは改めて口を開く。

    「……で、本当にどうするんだ?」
    『うるさいですよ、ハスカー』
    「大事なことだぞ。分かってんだろ? 相手はあの・・ルシファーだ。今は本人も気付いていないからいいが、自覚したらどうする? 手篭めにされないとも言いきれないだろ」
    『…………』

     ザザーッと耳障りなノイズ音が走る。相当おかんむりなようだが、攻撃はこない。それだけ弱っている証拠だ。詰めるなら今しかない。

    「今朝の生温い友達もどきを続けるのか、昔みたいに弄ぶのか。……それとも、さっさとフるのか」
    『……弄んだことはありません』
    「何度も言ってんだろ。アレは弄んでんだよ。んで? 答えは?」
    『…………』

     長い沈黙が流れる。ノイズ音もチューニング音もない。本気で黙考している。

    『……分かりません』

     それなのに結局、出てきた答えは変わらなかった。ハスクはウンザリして尻尾を床に叩き付ける。

    「おい、アル。いい加減に……」
    『本当に、分からないんです』

     滅多にない弱々しい声音に、ハスクは言葉を飲み込んだ。こんなアラスターは、生前に風邪を拗らせて声が出なくなった時以来だ。急かし過ぎたな、と反省する。
     それにしても──

    (答えが出ないことが答えだろうよ)

     口には出さなかった。言ったところで、アラスターは理解できずに不貞腐れるだけだ。こればっかりは経験がものを言う。無性に酒を飲みたかった。

    「……なら、考えるな。やりたいようにやれよ。心の赴くままに。ずっとそうやってきたんだから、できるだろ?」
    『……君、私を子ども扱いしてないかい?』

     とうとう昔の口調に戻った。ハスクは横目で昔馴染みを盗み見る。アラスターは拗ねた顔で鼻下まで毛布に埋まっていた。漏れそうになる笑いを必死に噛み殺す。
     ──ああ本当に、生きてた頃に戻ったみたいだ。首輪も鎖もない、対等な関係だったあの頃に。三人で過ごした僅かな年月は、今もハスクの心を縛り付けている。

    「恋愛に関しちゃティーンよりもガキだろうが。どうだ? いつも観劇・・してた舞台に立った気分は?」
    『……Fuck』

     珍しく下品な言葉遣いを披露して、アラスターは目を閉じた。もう限界だったらしい。ハスクも限界だ。
     目を閉じて、上手くいけばいいな、と考える。アラスターがどんな結末を望むかは分からないが、悪い結果にだけはならないでほしい。
     我が身の為にも。地獄の為にも。そして──アラスター相棒の為にも。
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