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    bachikuyameti

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    bachikuyameti

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    ⚠️体調不良描写あります(浩平君)

    ちょっとした性的描写あり(R15程度)
    3話少しあとくらいの時間軸
    自己解釈が多分に含まれるのでキャラ崩壊につながってたらごめんなさい

     氷室達臣は佇んでいた。初夏の日照りを浴びる人の往来を横目に、所定の喫煙所の中で煙草をふかしながら、駅から溢れ来る人影をどこかぼんやりと眺めていた。昼下がりの日差しがじりじりと肌を焼け焦がす感覚がする。目鼻先にあるショッピングモールに入って日差しを避ける事も出来るだろうに、深い息を吐きながらも視線動かすのだけをやめないのは、ただ、人を待っていたからだった。氷室の恋人である田中浩平との待ち合わせ時間から、もう既に15分は経過していた。田中が赤髪で長身の自分を見つけて人混みの中から駆け寄ってくる想像を繰り返しながら片手でスマホをいじり、罵詈雑言が残されたままのDMに適当なメッセージを送っても、既読すらつかない。氷室の眉根が分かりやすくぴくりと動く。次に電話を掛けてみる。……しばらく鳴らし続けても、一向に出る気配がない。頭の中までも反響する冷たい着信音だけが耳に虚しく響いては、まだ不安定な夏の暑さとともに体の内側へと溶けていった。募る苛立ちを誤魔化すように、煙草の煙を思い切り吸い込んで肺を掻き混ぜる。人の行き交う駅前ににちらちらと視線を寄越しながら親指でDM、電話を往復して、そのどちらにも手応えのある反応を得られないことに、デートの約束をすっぽかされたことを否が応でも認めさせられる。
     ……交際を初めてそこそこの時間が二人の間に経過しているはずだが、こんなの初めてだった。良くも悪くも自分にゾッコンな田中浩平が、全くの音沙汰もないままに自分との約束を反故にするなんて。深いため息と、どうして?という純粋な疑問が沸き立つのが、ニコチンが体中を巡る感覚だけでは誤魔化しきれないほどに氷室の胸を重くしていた。 田中のコミュニケーションは、ハッキリ言って不器用すぎる。額面通りの言葉の裏にひた隠しにしてるつもりなのだろう好意が初めからだだ漏れであった。そういうところが可愛くもあり、非常に面倒くさくもあった。直接触れ合っている分には特に問題のないそれも、空間を隔ててしまうと途端にその真意が伝わりにくくなる。約束をすっかり忘れているのか、別用にかまけて連絡が出来ないのか。思い込みの激しい田中の行動は予想外なことばかりで面白くて、こういう時にとても厄介だ。恋人が自分を差し置いて何をしているのか全く想像がつかないという事実に氷室は目を伏せるしかなかった。
     それにしたって、何らかの事情でこの場に来れないにしても、何の連絡も寄越さないままだなんて、恋人をなんだと思っているのか?田中のために時間をこじ開けるのは構わないのだけれど、大なり小なり思うところはある。自分との逢瀬を差し置けるくらいのことってなんだよ、大好きな読書にかまけては自分をぞんざいに扱う普段の田中浩平の姿が脳裏を過ぎった。またどうせ、よく分からない作家の本を夜なべして読んだせいで寝落ちてるとか、はたまたリアルタイムで読書に熱中しているとか、そんなふざけた理由じゃないのか?十分に想像がついてしまうのが氷室の胸の内に怒りの感情をふつふつと沸き起こらせていく。ただの妄想に過ぎないことは知っている。だけどそれが自分の知る彼の姿で、有り得そうだなと思えてしまうのは経験からの判断だ。指先が、一向に既読のつかないDMの画面を開いたままのスマホの上を滑る。もしかして、田中のスマホは電源が切れているとか。ここまで鳴らして一切反応がないんだから、可能性としてなくはないだろう。
     今日は久々にお互いの時間が十分に取れた日だった。ひとつの修羅場を超えて、息抜きというか小さなお祝いというか、そんなひと時を大好きな恋人と過ごしたかった。安らかになるはずだった氷室達臣の心境は、今や行き場のない苛立ちに支配されている。1発殴らないと気が済まないな、殴った後に明日立てなくなるくらいまで抱き潰してやろう。自分が誰の恋人なのか、もう一度身体に叩き込んでやろうか。手酷く扱われて悦ぶ田中浩平の赤く腫れた尻が自分に叩かれる度にふるふると大きく揺れる想像をしながら、ショッピングモールに併殺されたカフェテラスに入り涼みつつ田中を待つことにする。適当に頼んだブラックコーヒーを煽り、テラス内の喫煙所で煙草をふかしては行き場の無い感情を少しでも抑えようとしたけれど、いつまで経っても訪れる気配のない恋人とどれほど時間が経過しても一切の連絡が無い事実に、どうにも頭に血が上って落ち着くことのできないままであった。
     寂れたアパートの前で氷室は大きなため息を吐く。結局、こうして田中浩平の根城まで足を運んでしまった。ここまで自分を突き動かすものは果たして何なのだろうか。ずっと、自分の中で納得のいく答えが出ていない。これは約束を破られたことに対する一種の意地なのだろうか、それにしてはどこかやりきれないような陰のさす想いを指先に感じながら、自然とかぶりを振った。一人の人間にこんなに執着してしまうのは久々だ。歳を重ねるごとに大抵のことがどうでもよく感じられるようになってきたはずなのに、田中浩平の一挙一動が目に留まるし、どうにも気になって仕方がない。……、やはり、自分の目の届くところにだけいてくれればいいのに。そうしたらこんな風にやきもきする必要性も、きっと生じないのだ。『自分たちは』、ディスコミュニケーションの塊だ。ここまで培ってきた曲げられない自分と、相手に対してどうありたいか、どうあって欲しいかという一瞬の激情の狭間で揺さぶられる。こういうところに、否が応でも恋愛の面倒臭さというのを思い知らされ続ける。人に愛されて、人を愛するとはどういうことか、互いが望む形でそれを全うするのはとても難しい。これが容易であれば、巷に溢れるあらゆる恋愛を題材にしたコンテンツが無味乾燥としたものになる。人間関係、こと恋愛においては、全てが自分の思い通りに行く訳では無いのは分かりきっているからこそ会話やスキンシップを中心とした二人間での意思伝達が必要であるはずなのに、色んな過程を吹っ飛ばしてひょんな事から恋人になったような氷室達臣と田中浩平は、全部が全部手探りで、順序もへったくれもないままに激情ばかりをぶつけあってばかりで、最近やっと「口に出して伝える」ことの大切さを身をもって理解し始めたような段階だった。比較的人より豊富な経験則をもってしても最愛の人との喧嘩が絶えないのはそれが原因のひとつなのだろうと、氷室達臣はきちんと察していた。聞き分けの悪い田中に対して自分が1歩引くべきなはずだけれど、彼に対してそれをするのはなんだか違うのだ。そう、十分な言語化が追いつかないが、なんだか……これでも一介の物書きである氷室にとって、自分の中で納得のいくように消化できるような言葉に落とし込めない自分の感情というものに振り回されるのが1番嫌いだった。だからこそ早く、見える形で精算したかった。自己の中で無理ならば、直接この苛立ちの中心人物にぶつけてしまおう。理由次第では、どんなに泣き喚いても暫く許してやらないつもりで。セキュリティという概念に程遠い薄い扉を数度ノックして、インターホンを力の抑えきれない指先で乱暴に押した。
     田中がこの家に今このタイミングでいない可能性も十分にあるのは理解している。けれど徹底的なインドア派な彼に対して、仕事以外では氷室達臣の家と、書店と、図書館と、生活必需品を購入するための場所以外に足を運ぶ想像がつかなかった。そんな田中が1番居る時間が長くて可能性も高いのは自宅だろう。もし今家にいないようでも、帰宅するまで張り込んでやるつもりだった。ドアを足先で軽く蹴りながら、田中の家の合鍵を氷室は持っていないという事実がまた腹立たしく思えてきて仕方がない。氷室は交際前する前から田中に自宅の合鍵をあげていた。それは田中の訪問回数があまりにも頻繁なもので、一々応対するのが面倒だからと自分の中では理由づけていたが、合鍵を渡したあたりからどうにも田中から目を離せなくなったのは覚えている。自覚が伴うのはもう少し後のことにはなったが、結局は田中と触れ合っている時間がどうにも好きなのだ、自分は。しかしながら田中から氷室に対しては一向に合鍵を渡してくれる気配がなかった。氷室が田中の家に行く機会がほとんどないからそこまで必要かと言われれば違うかもしれないけれど、というか、行きたいと提案すると田中自身がひどく渋い顔をするからなのだが(狭いだのなんだの適当な言い訳で躱される)。住所は襲撃時から抑えていたし、1度だけ無理に押しかけたことがあったから、ここが田中の家で何の間違いはない。合鍵を寄越せというのは少し違うけれど、恋人なんだし……とかなんとか、色んな感情を無闇矢鱈に食い散らかしたような野暮ったいそれが、また胸を締め付けた。
     無遠慮にもドアノブをガチャガチャ回したりインターホンを繰り返し鳴らし続けたりしたところで、痺れを切らしたかのようにドアが、ゆっくりと内側から開かれた。田中が部屋から出てきたのだ。やはり、小さな小さな根城の中に、彼はいた。けれどもそこに見える恋人の姿は普段に比べて一段と小さく見えた。赤く潤む目が下からこちらを見つめている。1歩踏み出すごとに大きく肩で息をして、覚束無い足を向けながらこちらを一瞥した。
    「…、ひむろ?」
     掠れの混じる酷く小さな声が、やたらハッキリと氷室の耳に届く。田中浩平の乾いた舌が喉に張り付いて、続けようとした言葉と引き換えに肺から押し出された咳が無理やり喉を揺らす。ずず、と鼻を啜りながら首を傾げる田中は、やっと全ての合点が言ったように目を見張った。
    「あっ……おれ、デート、」
    「風邪引いてたの?」
     ず、と半開きの扉から無理やり家の中に入り、自分の体を部屋へと押し返す氷室に呆気にとられては、田中は1歩廊下を下がろうとした途端にふらついてそのまま分厚い胸板に倒れ込んでしまう。こくこくと静かに頷きながら、自分が自分の思っていた以上の時間床に伏せっていたことをやっと自覚した田中浩平は、全ての抵抗を諦めて(というか、もうそんな気力もなく)氷室からの叱責をそのまま受け入れるつもりだった。体の芯は凍えるように寒いのに、指先まで燃えるような熱を持っているような気がしてならない。そんな自分の体を支える氷室の普段通りの体温にどこか安心感のようなものを覚え、足元の浮遊感がより一層強まった気がした。……実際に体が持ち上げられていることに一瞬理解が遅れてしまったのは、どうしようもない体調不良のせいだと思う。田中の体は、氷室によっていとも簡単に抱きかかえられていたのだ。背と膝裏を抱えるように、俗に言うお姫様抱っこの形で。男が男にするにはあまりにも恥ずかしいそれに一瞬慌てふためいたけれど、短い廊下はあっさりと過ぎ去って、床と殆ど同化しているくらいに薄くて心もとのない布団へと体がそっと下ろされていく。氷室は煮え切らない表情を顔に浮かべながら、田中の顔を上から覗き込んだ。
    「……ずっと寝てたの?俺が起こしちゃった?」
    「いや……まあ、うん、」
     あんなにドアを叩かれてインターホンを鳴らされて、起きない方が無理だろう、そこにいた相手は田中にとっては少し予想外だったが。……というか、今何時なんだろう。いや、何日か?氷室が来たということは、完全にその日の約束をまるまるすっぽかしたということで。そうであるならば、自分はほとんど2日に近い間布団から離れられて居なかったのか。スマホを手繰り寄せて確かめようにも頭を響く鈍痛が体を動かすのを止めてしまうくらいの絶不調は未だ田中の体の内側を渦巻いていた。
    「……お前、顔赤すぎ。今何度あるのこれ」
    「わ、わからない、体温計、ないから……」
    「はぁ?」
     疑問と怒りに近いような感情を包み隠さずぶつけてくる。体温計は数年前に部屋のどこかで失くしたたまま見つけられていない。捜索する必要性への実感も乏しかったから、結局そのままだ。
    「どのくらい寝てたの」
    「……たぶん、2日とか、」
    「食欲は?」
    「……、みず、は喉乾いたら、飲んでたけど……」
     はあ、と氷室が吐いたあからさまなため息の音に田中の肩が震える。赤髪をボリボリと掻きながら、やり場のない感情を無理に噛み殺しているように田中にはうつる。そしてそれがどうしてか、ひどく新鮮なものに見えたから。氷室ってそんな顔するんだなあとどこか脳天気な自分が他人事のように考えていた。
    「何か作ってあげるから、浩平君はそこで寝てな」
    「えっ、でも」
    「早く治せっつってんの、ほんとに伝わらねぇな、この大馬鹿」
     投げ捨てるような言いようとは対照的に、田中の前髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる氷室の手つきは優しかった。伏せられた顔にどんな表情が浮かんでいるかまでは見ることが出来なかった。大きな背中が、自分の傍から離れていく。狭いキッチンに押し込まれた体躯が窮屈そうだ。適当な物しか入っていない貧相な冷蔵庫を氷室が開けたところまでぼんやりと目で追って、ふっと、思わぬ訪問者で無理矢理覚醒させられた意識が抜けていくのを感じていた。マットレスに体が溶け落ちていくかのように気だるい。それに従うまま目を閉じて、頭痛と激しい咳で妨げられてしまう睡眠を少しでも取り返そうとした。荒い呼吸もそのままに暫くうつらうつらとしていると、年季の入った木造の床が軋む音が近づいてくる感覚がしてきて、薄らと目を開ける。氷室が自分の傍に腰掛けたようだ。どこから見つけてきたのか、小さな土鍋のようなものを手に持っているように見えた。意識を白黒させる自分の肩を揺すり、お粥作ったけど、食べれる?と低い声が脳裏に入り込んできた。食欲なんてないと思っていたが、ほとんどまる2日何も口にしてない体はこのままではきっと持たないだろうことは分かっていた。幸い吐き気を伴うタイプの風邪ではなさそうだから、少しばかりなら食べれるだろうか。……早く治せ、の言葉がじんわりと胸に広がっていくのを感じていた。震えながらゆっくりと上体を起こし、氷室の方を見上げる。土鍋から卵がゆを小さな1口分だけ掬った氷室が息をふきかけて冷まそうとする。なんだか不思議な光景に田中は首を傾げていた。こんなことされたのは、少なくとも一人暮らしの中では初めてだ。田中にとって風邪というのは、震えながら体の不調が引くのを布団の中でじっと待つだけの苦痛な時間に過ぎなかったから。
     卵がゆを掬ったレンゲが口元に近づけられる。鼻水の詰まった鼻は十分に香りを感じられなくても、美味しそうだと率直に思った。適当な温さでほんの少しばかりのそれを舌先で転がすように味わってから、そっと喉に流し込んでいく。冷めきらない卵がゆの温みが体じゅうに拡がっていく。ちょっとずつでいいから、ちゃんと水も飲んで、とコップを手渡される。少しづつ咀嚼を続ける自分の背を支える氷室の手に存分に甘えてしまいそうになる。涙の滲む瞳を伏せながら、少しお腹が苦しくなるくらいまで卵がゆを飲み込み続けた。
     氷室達臣は、田中浩平が自分の作った粥を食み続けるのをただじっと見つめていた。彼の一通り咀嚼が終わって、もう要らないと言いたげにかぶりを振ったのを合図にして、ローテーブルに小さな土鍋を置く。
    「……ごめん、」
     田中がぽつりと謝罪の言葉を口にした。約束を守れなかったことか、それともこの状況に対して?どちらにせよその言葉は、氷室にとって最もひどく気に食わないものだった。謝罪なんて、して欲しいわけじゃない。
    「許さないから」
     田中の身体を思い切り抱きしめた。腕を首に回し、骨張る上半身を力を加減しながらも思い切りかき抱いた。か細い体躯のどこに自分に対しての熱情が込められてるのか、いつも疑問に思う。普段よりも高い田中の体温が、ばくばくと拍動を綴る心臓の音が氷室の体に伝わっていく。はやく、その全てを自分に向ければいいのに。全部ばれてるんだからもう、そのまま見せてくれればいいのに。氷室も田中も、互いに互いの恋人であるのがどうにも上手くいかない。氷室は田中を愛していた。愛しているからこそ何でもしてあげたくて、いじらしい反応の裏に隠された健気な感情に甘えてしまう。――甘えさせていたようで、田中が自分抱く愛に甘えてばかりいたのは、きっと自分の方だと氷室は自覚する。氷室達臣のことが好きで仕方がないのに、どこか一歩引いて閉じこもろうとする田中のことを氷室は許せなくて、腹の奥の奥まで暴いてやろうと好き勝手するのが、氷室なりの泥臭い愛し方だった。そこまでしてやりたいと躍起になれる自分がまだいたことに驚くくらいには。問題は、田中がそれに全く気づいていないことであった。愛されている自覚がずっと足りなさすぎる。ここまで行動して伝わらないのがきっと、氷室にとっての大誤算だった。だったらもう教え込むしかない、如何に自分にとって田中の存在が大切で、何かあった時には真っ先に頼って欲しいと思う自分がいることを。本当はどこにもいけないようにしてやりたいけれど、愛しているから、そうしないのだ。だからといってもう、激情的な彼が自分の前からあっさりいなくなりそうな不安ばかりが胸を巣食うのはごめんだった。氷室にとって田中が唯一無二の、興味の全てを揺さぶられるような存在であるように、田中にとってもそうでありたいと願っていた。今のこの瞬間は、田中が自分の預り知らぬところに行ってしまうのも、自分の知らないうちにあっさりと死んでしまうのも到底許せなくて、そうなるくらいだったら自分こそが息の根を止めてやりたいとすら思った。細い体躯は体調不良でろくに食べていないからだろう、一層心許なく感じて仕方がない。繰り返し撫でる背中に背骨が分かりやすく浮かんでいる。力加減を間違えれば、あっさり折れてしまいそうだ。
     抱きしめていたままの田中の上半身をゆっくりと布団へと下ろしていく。そのまま彼の胸の辺りに覆いかぶさっては、薄い身体を飛び越えそうなくらいに拍動を続ける心臓に、彼が生きていることを体感して息が緩む。
    「ほんとに馬鹿だよね。まじでばかで、どうしようもない……」
     氷室はその顔をぐりぐりと田中の体に押し当てる。この期に及んでまで、もっと頼ってよとそのまま言いきれない自分に、どこか言い聞かせるように。こと自分の恋人には、どんな些細なことでもはっきりと言わないと……言っても伝わらないことがあることなんて知っている。それでも言葉にするのを躊躇うのは、どこかで意味がないと思っているから?いやきっと、言葉で縛るのでは到底足りない、もっと、そうであることが当然であるように関係にならなければ意味が無いと思うような、欲深い感情の表出が舌先を縛り付けているからだ。
     目線を氷室の方へ寄越しながら、どこか不安げに潤んだ瞳で自分の後頭部を眺める田中の頬にキスを落として、もう寝な、と頭をかき混ぜる。そんな自分の様子に安堵したのか、力を抜いたようにふっと瞼を下ろした。まだ寝苦しそうな寝顔を見つめながら、汗を拭いてやったり、空調をいじったりして、その緊張が顔から抜けるまで氷室はじっとそばに居てあげた。

     差し込んでくる陽の光の眩しさで目が覚める。ぐっしょりと汗で濡れた体に服が張り付くのが気持ち悪い。けれど、昨日までの自分を床に磔にしていた身体のだるさはほとんど抜け落ちていて、難なく上体を起こしては活動を始められるくらい、体の調子を取り戻せていた。……やっと治った、と田中は安堵のため息をついた。ふと、腰の辺りにかなりの重みを感じて目をよこせば、大きな赤髪が横たわっているという慣れない光景にぎょっとしてしまう。氷室がそのままそこで寝落ちていたのだ。……布団も出せず悪いことしたな、と率直に思いながら、氷室が自分に卵がゆを振舞っては、繰り返し自分の体を摩っていたことを思い出す。氷室って、人の看病とか出来たんだな……と驚きの感情が出てくるのが先だったが、まさか自分自身がそんな風に甲斐甲斐しく扱われるとは思ってもいなかったし、体力に自信のある氷室が場所も選ばず寝てしまうくらいに夜通しで看病をしてもらっていたという事実に、発熱のせいではなく頬がかっと熱くなった。
     その体制のまま深い眠りについているらしい氷室を起こさぬように、そっと布団から抜け出そうとした瞬間だった。足を力任せにガッと掴まれたのだ。まるで、それ以上逃がさないと言わんばかりに。
    「え、あ、おはようっ、」
    「…………なんか、調子よさそうだな」
    「お、お陰様でな……」
     寝てたんじゃなかったのかよ!?と拍子抜けする間もなく至近距離で顔を覗き込まれる。起きたばかりの鋭い目つきはほとんど睨まれているかのようで、視線の鋭さに一瞬身動きが取れなくなる。田中が動かないのをいい事にぺたぺたと田中の体を触り回る氷室。熱が下がりきったのを確認したのか、大きくため息をついてはやっと眉根を緩ませた。
    「よかった」
     氷室は小さく笑い、優しい声を漏らした。田中の心臓が大きく跳ね、部屋の気温が数段上がった気がした。返す言葉を探しながらあたふたする間もなく、氷室は田中の上半身をまた布団へと押し倒す。
    「セックスしても大丈夫そうだな」
    「はぁ!?お前何言って、おれ、病み上がりなんだけどっ、それに今日、しごとが」
    「うるさいばか。許さないって言っただろ」
     一転、どこか拗ねたような横顔を向け氷室がガチャガチャとベルトを外し出したので、嘘だろと田中の顔の血の気が引く。結局、いつも通り好き勝手に粘膜を擦り合わされ、そんな状況にどうしようもなく悦ぶ体に正直になるしか術がなかった。

    「もっと甘えればいいのに」

     そういえば最中、氷室がそんなことを繰り返し言っていた気がした。十分赤裸々なことをさせられている自覚のある田中は疑問符を浮かべながら、蕩けた脳みそに従うままに氷室の首を抱いて唇を寄せてはキスを落とす。これでいいのだろうかと首を傾げて見つめ返して、その瞬間激しさを増した愛を纏う暴力に、心も体も揺さぶられ続けた。


     
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    MOURNING⚠️体調不良描写あります(浩平君)

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    3話少しあとくらいの時間軸
    自己解釈が多分に含まれるのでキャラ崩壊につながってたらごめんなさい
     氷室達臣は佇んでいた。初夏の日照りを浴びる人の往来を横目に、所定の喫煙所の中で煙草をふかしながら、駅から溢れ来る人影をどこかぼんやりと眺めていた。昼下がりの日差しがじりじりと肌を焼け焦がす感覚がする。目鼻先にあるショッピングモールに入って日差しを避ける事も出来るだろうに、深い息を吐きながらも視線動かすのだけをやめないのは、ただ、人を待っていたからだった。氷室の恋人である田中浩平との待ち合わせ時間から、もう既に15分は経過していた。田中が赤髪で長身の自分を見つけて人混みの中から駆け寄ってくる想像を繰り返しながら片手でスマホをいじり、罵詈雑言が残されたままのDMに適当なメッセージを送っても、既読すらつかない。氷室の眉根が分かりやすくぴくりと動く。次に電話を掛けてみる。……しばらく鳴らし続けても、一向に出る気配がない。頭の中までも反響する冷たい着信音だけが耳に虚しく響いては、まだ不安定な夏の暑さとともに体の内側へと溶けていった。募る苛立ちを誤魔化すように、煙草の煙を思い切り吸い込んで肺を掻き混ぜる。人の行き交う駅前ににちらちらと視線を寄越しながら親指でDM、電話を往復して、そのどちらにも手応えのある反応を得られないことに、デートの約束をすっぽかされたことを否が応でも認めさせられる。
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