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    ◇カキツバタが落ち込んだアオイとバトルする話
    ・両片思いカキアオ
    ・カキ→アオイ カキ(←)アオイ

    輝けよ、世界 部室の椅子に座り、オイラはそっと様子を伺う。アオイがおかしい気がする。アオイは部室の端でいつものようにゼイユやタロ、そして特別講師として来ているボタンという女子と談笑しているものの、どことなくまとう空気が堅い。さっきもぼんやりとしていた。
     気づいている人間はオイラと、アカマツ……は、確信がないものの「なんか変な感じがする?」というような顔でときたま見ている。こっちも、特別講師で来ているペパーという男子と料理についての会話中だ。ちなみにネリネは生徒会長の仕事、スグリは課題の提出でまた来ていない。
     姿勢を正し、腕を組む。
     体調が悪いわけじゃなさそうだから急を要するものじゃない、とは思うものの──。
     ──気になるもんは気になるわな
     椅子から立ち上がり、女子たちのもとに足を進める。
    「なーに話してんだい? オイラも混ぜとくれよ」
     無理やり割り込む体を装い、アオイの肩に自分の腕を回す。キョーダイは一瞬だけびくりと体を震わせたものの、オイラだと知るとなんだ、というように力を抜いた。
    「ちょっとカキツバタ! 女子で話してるんだからちょっとは遠慮しなさいよ!」
    「すぐアオイさんと肩を組むの、よくないと思います!」
     やんややんやとゼイユとタロが一斉に騒ぎ、ボタンという女子もうっとうしそうな目をしている。それらを適当にいなしながらアオイの様子を伺う。楽しそうにしながらも、やっぱり表情が暗いように見えた。
    「あ!」
     オイラはさも今思い出した、かのように声をあげる。
     ゼイユとタロは「今度はなによ」と口をそろえ、ボタンという子も訝しげな顔を浮かべた。
    「オイラ、ポーラに用事あったの思い出しちまった。人手がほしい案件なんだよなァ。つうわけでアオイ借りてくぜぃ」
    「なにが『つうわけで』なの⁉︎」
    「そうやってアオイさんのこと駆り出すの、ほんっとうによくない!」
     二人はまたもや目を吊り上げたものの、「まあまあ」とヘラヘラ笑ってその場を後にする。オイラに肩を組まれたアオイは言われるがまま黙って足を進める。二人きりになっても口を開かない。どこかを睨むような目つきだ。いつものキョーダイは自分からべらべら話すタイプではないものの、相手がいたらそれなりに談笑するし話を振ったりしたりもする──。
     こりゃそうとうだな、とばれないようにオイラは小さく微笑んだ。

    「──で、用事ってなんですか? ていうか、なんでコーストエリアなんですか? ポーラって言ってたじゃないですか」
     コーストエリアに着くなり、アオイは切り出した。岩肌に阻まれ、他の生徒たちからこちらは見えていないだろう。
    「ああ言っとけば、ゼイユとタロにやいやい言われずに済むと思ってねぃ」
    「どういう意味──」
    「アオイよぉ」
     言いかけられたものを遮る。アオイは口をつぐんだ。
    「調子わりぃんじゃねぇの。体調じゃなくて、気持ちの」
     断定的に言い切るとキョーダイは「なんのことですか」と視線を逸らした。いつの間にか体側の手が握られて拳になっている。
    「──べつに、なにもないです」
    「オイラの目はごまかせねえぜ、キョーダイよぉ」
    「ほんとうになにもないですってば」
     アオイはオイラのことを見ないまま語気を強め、バツが悪そうに奥歯を噛み締めている。
     腕を組み、トン、と人差し指で腕を叩く。
     アオイは人当たりもいいし、わざと他人に嫌な気持ちを抱かせるような人間ではない。大量発生を夜遅くまで待っていたせいで眠そうなときや、道具プリントがうまくいかずしょげたり腹をたてることはあっても、理由もなく攻撃的になることはない。そんなキョーダイがここまでなるなんて珍しい──。
    「──まあ、そうだよなぁ」
     アオイは訝しげな表情でこちらを向いた。
     それを確認してから目を伏せる。
    「あんなことあっちゃそうなるのも無理ねえや。当然だと思うぜ」
     キョーダイは即座に切迫したような表情を浮かべた。
    「もしかして、見てたの?」
    「あァ。見てた」
    「ど、どこからですか? 他に見てたひと、ペパーやボタンは、っ」
     アオイは慌ててオイラとの距離を詰める。
     ふ、と口角をあげて見せるとアオイの両目が見開いた。
    「──最低。カマかけたんですね」
     忌々しそうにアオイは吐き捨てる。ここまで態度が悪くなるアオイは初めてで、体の奥がうずいた。
    「いつまでも言わねえから、ついな」
    「先輩ってそういうとこありますよね。ほんとに最低だと思います」
    「はは。手厳しいねぃ」
     岩肌に背をあずける。アオイに睨むような目を向けられ不本意ながら胸が踊ってしまう。我ながら趣味が悪いなと思うものの、アオイが決して他人に向けない表情や態度をオイラにだけ向けているのだと思うと、どうしてもそうなるのを止められない。
    「──どうした?」
     静かに尋ねるとアオイは無言を決め込む。でも、どこかその様子が強がっているようにも見える。
     ──あと一歩ってとこか
    「キョーダイのことが心配でカマかけちまったんだ、悪かったよ。誰にも言わねぇからよ」
     そこまで言ってやっとアオイは観念したかのようにため息を吐いた。
    「──他の人、気づいてましたか?」
    「いんや。アカマツだけ若干、ってとこだろぃ。でも確信はしてねえと思うぜ」
    「そうですか……」
     オイラの横に移動し、アオイは同じように岩肌に背をあずけた。
     アオイはこちらを見ずにぽつんとつぶやく。
    「……わたしのことを言ってるんなら、まだ平気だったんですけど」
     無表情にかすかに力が入ったのがわかる。そっと下方に目をやるとアオイの握った拳が震えていた。唇を引き結んだアオイの目尻にじわりと涙がたまり、それ以上なにも言わなくなった。
     空を見上げ、ゆっくりと息を吐く。全部言わなくたってわかる。
     ──つまり、キョーダイは理不尽に傷つけられたってわけだ
     肚の奥でふつりとしたなにかが生まれた。
    「キョーダイ、バトルすっか?」
     空を見上げながらぽんと放り投げるように口にする。
     アオイは首を振った。
    「そんな気分じゃないです。それに、わたしのストレス発散だけのためにバトルするっていうのも、なんか、それも」
     言い淀み、アオイは再び目線をさげる。
     それを横目に写してふうん、と後頭部で両手を組む。お優しいこって。
     ──でも、その優しさはオイラにゃ納得いかねぇな
    「──ちょっくら失礼」
     一言断ってからアオイの腰元に手を伸ばす。アオイはびくりと体を固めたものの、おかまいなしに目当てのものを探す。
    「んー、……お。あってんな」
     目的のものを探し当て、ぽんと放り投げて手遊びをおこなう。
    「なにしてるんですか? それ、オーガポンのボールですけど」
     アオイは疑わしそうな視線をこちらに向けている。
     それを横目にしつつ、少しだけ笑って見せた。
    「姫さんに頼みごとしたくてねぃ」
     ボールを放り投げる。
     通常の草タイプのオーガポンがすぐに姿を現した。目の前にいるのがアオイじゃなくオイラのせいできょとんとしている。
    「よう、姫さん。元気かい?」
     膝を折り、オーガポンと目線を合わせる。
     オーガポンは「ぽに!」と愛らしく返事をした。
    「そいつぁなによりだ。ちょっとくら頼みごとがあんのよ」
     オーガポンは首をかしげる。星の瞳がオイラを不思議そうに写していた。
    「実はよ、姫さんの主人─アオイがな、嫌なことがあって落ち込んでんだ」
    「ちょ、なに言って──」
     オイラを止めようとしたものを目線で阻止する。
     アオイはたじろいだように口をつぐんだ。
     再びオーガポンと視線を交差する。
    「でもよ、バトルしたらスッキリすると思うのよ。バトル、楽しいだろい?」
    「ぽにっ!」
    「さすが姫さん、話がわかるじゃねえの。アオイはああだこうだ言ってたんだけど、ここ、姫さんがバトルしやすいコーストエリアだし、相手してくれねえかな。オイラもバトルしてぇんだ」
     すぐそばでアオイが息を飲んだのがわかる。そのまま続けた。
    「頼むぜ姫さん。姫さんが乗り気になりゃ、アオイも嫌とは言わねえからな」
    「ぽにっ!」
     任せて、とでも言ったのか、オーガポンはアオイに駆け寄って行く。アオイの膝下でなにやらがおがお、ぽにぽにと息巻いている。
     アオイはそんなオーガポンの頭を困ったような顔で撫でていたものの、オイラを睨んだ。
    「強引すぎませんか。わたし、ついさっきそんな気分じゃないって言ったばっかりなのに」
    「口ではそういうものの本心は、だろぃ?」
     笑い飛ばしてやると、アオイは何度目かわからないため息を吐く。
    「……形式は? いつものダブルのフルバトルですか?」
     にんまりと笑みがもれる。ほらな。言った通りじゃねえの。
    「いんや。今回は一対一のシングルでやろうぜぃ」
    「え?」
     アオイは声をあげた。
    「たまにはいいだろぃ、公式戦じゃねえしよぉ」
    「べつに、わたしはいいですけど……」
     アオイは双眸をすっと細めた。
    「泣かないでくださいね」
     特段の冷たい瞳、低く、切れ味の鋭い言葉。どれもこれもいつものアオイなら見られない。
     全身に鳥肌が立ち、勝手に笑みがこぼれる。
    「いいねえ。ツバッさん、俄然燃えてきたぜ」
     
     コーストエリアでアオイと相対する。強い風が吹いているものの、よく晴れている。崩れはしないだろう。
     ボールに入ったままのポケモンに声をかける。
    「今回はちぃときついかもしれねえが、頼んだぜ」
     シングルはずいぶん久しぶりだ。それに、いろんな意味でいつも以上にポケモンに負荷のかかるバトルになるはず。
    「もういいですか?」
     アオイは顎を引き、ボールを構えている。挨拶もなしに開始しようとするあたり、殺気立っているのが丸分かりだ。
     いいぜとうなずき、同時にモンスターボールを宙へ放り投げる。
    「頼んだぜカイリュー!」「オーガポン!」
     姿を現した二体は雄叫びをあげる。オーガポンは竃の面を身につけ、炎・草タイプになっている。なんだ、コーストじゃなくてもよかったな。まあいいけどよ。
     アオイの見定めるような真剣な瞳がカイリューとオイラを写す。そのことがぞくぞくと体を震えさせる。
    「──先行、どうぞ」
     抑えたような声色でひどく真剣な表情のアオイが告げる。
    「んじゃ、お言葉に甘えて」
     すっと息を吸い込み、一気に叫ぶ。
    「カイリュー、雷パンチ!」
    「オーガポン、ツタ棍棒で相殺!」
     迅雷をまとった拳が飛んでいき、お互いのど真ん中で衝撃波と疾風が吹き荒れる。
     砂塵の中から二体が跳躍しながら間合いをとった。
    「珍しいですね、初手で雷パンチなんて。神速かと思った」
     そう言いつつアオイは顔色ひとつ変えない。
    「たまにはこういうのもいいだろぃ?」
    「──……」
     アオイはなにかを考え込むように沈黙し、カイリューとオイラを見つめている。
     ──探ってんなァ
     ふっと勝手に笑みがこぼれた。これがいつものバトルなら神速を使った。だけど、今回は違う。おそらくいまのアオイはちまちま削るようなやり方より、派手な攻守のやりとりをしたいはずだ。
    「続けんぜ! カイリュー追い風!」
    「オーガポン剣の舞っ!」
     もとから吹いている強風をさらに煽る。カイリューの素早さが上がるのと同時に、オーガポンは自身を鼓舞して攻撃力が増した。いいねえ。そうこなくちゃ。
    「カイリュー! もいっちょ追い風!」
     強風がもはや豪風に変化する。重量の軽いオーガポンは立っているのがやっとだろう。
    「オーガポン! カイリューにツタ棍棒!」
     片手で空を切りアオイが叫ぶのと同時に、オーガポンは風に乗るように軽快なステップで棍棒を掲げた。
     振り下ろすのを待たずして次の一手を切る。
    「神速でよけろ!」
     カイリューは目にも留まらぬ速さでツタ棍棒を避け、オーガポンの背面に瞬間移動のごとく移動する。
    「させるか! じゃれつくっ!」
     オーガポンは主人の命を一級品の反射神経で反応する。さすが。鍛えてんな。こっちもだいぶ素早さあげてんのに。
     すぐさまかき消すための指示を飛ばす。
    「雷パンチでカウンター!」
     再び凄まじい衝撃がど真ん中で巻き起こる。追い風のおかげでカイリューの素早さも上がっている。
     アオイは険しい顔で考え込むように黙り込んでいる。だが、その目は青く静かに燃え始めているのがわかる。そろそろいいだろう。
    「──キョーダイよぉ!」
     びゅうびゅうと音がするなか叫ぶ。
     アオイがこちらに意識を向けた。
    「なにしけたツラしてんだ! バトル中にごちゃごちゃ考えるくらいなら全部ぶちまけちまえ!」
     一方的に宣言するとアオイは眉をひそめる。
    「腹たってんだろ⁉︎ 許せねえんだろ⁉︎ 全部受け止めてやらぁ!」
     豪風のなかアオイの表情が歪んでいく。顔を赤く染め、眉を吊り上げた。
    「うるさい! 考えないようにしてるんだから余計なこと言わないで! オーガポン、剣の舞ッ!」
    「肚にイチモツ抱えたまま勝てると思われてんなら心外だぜ、キョーダイよぉ!」
     風はカイリューに対して強い追い風だ。さっき二度繰り出したらからいつもよりも風速は早く、風量も多い。オーガポンのいる位置はカイリューから見て若干西より、距離は十メートル弱ってとこか……。
     見極め、切り出す。
    「カイリュー! 上空に飛べ!」
     指示を受けたカイリューは飛び上がる。
    「っ⁉︎ なにを、」
     珍しい、アオイの焦りを帯びた声色に心臓が燃えたのがわかった。
    「右に三メートル移動! からのオーガポンに雷パンチ!」
     指示通りに動いたカイリューは追い風に乗り、さらに重力によって加速した。いつもよりも数段早いスピードで雷パンチを繰り出し、移動したことによって正面になったオーガポンに直撃する。
     さすがによける間もなかったのか、オーガポンはしたたかに食らい小さな体が吹っ飛んだ。
    「オーガポンッ! 大丈夫⁉︎」
     悲鳴のようなアオイの声が響く。オーガポンはすぐさま立ち上がり「ぽに!」と威勢良く返事をした。さすが、かてぇな。そのうえ麻痺を誘発したのにもかかわらず、気合で治すときた。さすがの一言じゃすまねえな。
    「どしたぁキョーダイ? いつもよりキレがねぇぜ?」
     心に生まれた賞賛はしまいこみ、せせら笑う。
     アオイは真っ赤な目でこちらをねめつけた。かまわず続ける。
    「なにを言われた?」
     アオイは答えない。
    「『ペパーやボタンが』っつってたよなァ! 二人が馬鹿にされてるとこでも聞いちまったか? あの二人もずいぶんつえぇって聞いたが、さすがにダブルバトルになりゃ話も変わってくることくらいキョーダイもわかってただろぃ?」
    「──ぃ」
     アオイが小さく呟いた。風でかき消され、かまわず続ける。
    「まぁしかたねえこった! ブルベリはキョーダイが思うよりずっと実力社会だからよぉ、負けたやつはなに言われても文句は──」
    「うるさいって言ってるでしょ⁉︎ オーガポン、カイリューにツタ棍棒!」
     オーガポンは跳躍し、ひどい向かい風にあらがって棍棒を振り上げた。
    「カイリュー、頼んだぜ」
     カイリューはオーガポンを見据えたままうなずいた。間髪入れずにツタ棍棒を受けたカイリューはよろめき、一瞬地に足を付けたものの再び宙に浮かぶ。
    「よくやった、カイリュー」
     小さく口にしてから、声を張り上げる。
    「どうしたキョーダイ、図星か⁉︎」
    「うるさいうるさいうるさい!」
    「カイリュー、アイススピナー!」
    「オーガポン! 尾に飛び乗って!」
     オーガポンはアイススピナーを繰り出すカイリューの尾に飛び乗り、一度目の追い風がやんだ。
     さすがにぎょっとしてしまう。なんちゅう動体視力してんだ、姫さん! そんな指示飛ばすアオイもどうかしてんぜ。
     足先から伝ってくる高揚が心臓に到達し、アオイの声が響く。
    「オーガポン、その場でツタ棍棒!」
    「神速で振り落とせ!」
     ツタ棍棒を食らう直前、カイリューの神速でオーガポンがバランスを崩す。オーガポンはそのままくるりと華麗に着地し、即座に臨戦態勢に入った。二度目の追い風がやむ。
    「オーガポンッ、ウッドホーン!」
    「捕まるなよカイリュー! 体力取られんぜ!」
     意志を宿したかのような樹木が凄まじい勢でカイリューに差し迫る。
     カイリューは間一髪のところで上空に逃げ切った。
    「オーガポン! あと少し頑張って!」
     かと思ったカイリューの足先にウッドホーンが絡まり、地上に引き摺り下ろされる。轟音をたてた樹木がカイリューを襲い、体力を奪う。
    「おーおー、容赦ねえな」
     くく、と喉を鳴らしてカイリューを伺う。ツタ棍棒を食らってからのウッドホーン。テラスタルしてないとはいえオーガポンの攻撃力は高い。あと一撃ってとこか。
    「──なぁ、アオイ?」
     アオイはオイラと目を合わせた。
    「ちゃんと受け止めてやるから、ぶちまけちまえよ。オイラの前で強がる必要ねぇぜ」
     さっき言ったことを再び繰り返すと、アオイの瞳が張り詰めた。
    「傷ついたんだろ。飲み込んで、諦めてんじゃねえや」
     アオイの瞳に透明な膜が張って厚みができる。
     でもここで逃がすわけにはいかない。追い詰めて、確実に刺す。
    「カイリュー! アイススピーナー!」
    「オーガポン! 剣の舞!」
     アイススピナーを食らいながらもオーガポンは自身を鼓舞する。オイラの攻撃指示を聞いてから、攻撃力の低下をかき消すための指示だろう。アオイの反射神経と判断力はパルデアとブルベリでチャンピオンと呼ばれるだけのことはある。しかも、いくら揺さぶられても攻撃指示は的確。
     ──さすがだねぃ、チャンピオン
    「ダブルバトルでボロ負けした二人へのヘイトでも聞いちまったんだろ? えげつねえこと言われちまったか⁉︎ なあ!」
    「ああもう! どいつもこいつもうるさい!」
     吐き出すように言われたものが風に乗る。
     思わず口角をあげると、アオイは堰を切ったように糾弾しだす。
    「『チャンピオンの友達なのに弱いね』『もっと強いと思ってたのにがっかりした』とかふざけないでよ、挙げ句の果てには『なんでそんなに怒ってるの?』とかわたしの感情まで馬鹿にして! どこまで腐ってるのよ!」
     自分自身が怒りそのものになってしまったようなアオイを見つめる。通常からじゃ想像つかないほど取り乱し、真っ赤な瞳から涙をとめどなく流している。
     ──そうだ、それでいい
     理不尽と悪意には怒れ。抗え。噛みつけ。諦めて受け入れてんじゃねえ。
     ──アオイ。おまえさんにそれは必要ねえ
     怒りも悲しみもすべて、アオイを輝かせるものだ。
     決して、消してなるものか。
    「オーガポン!」
     アオイが悲鳴のように叫ぶ。
     オーガポンがしっかりと応え、その場でステップを踏んだ。これからの攻撃指示に勘付いているような動きだ。
    「──カイリュー」
     カイリューにしか聞こえない音量で呼びかける。
     意識をオーガポンにむけつつ、カイリューは耳をそばだてた。
    「受け止めてやってくれ」
     静かに告げるとカイリューは口元に弧を描き、こくんとうなずく。
    「ツタ棍棒!」
     アオイの攻撃指示と同時にツタ棍棒がしたたかにカイリューに直撃する。
     倒れかけたカイリューはそれでも持ちこたえ、立っていた。
    「オイラもアオイも悲しませたくないってか。最高だねぃ」
     ふらふらのカイリューに向かってささやく。
     カイリューはちらりとこちらを一瞥し、またもや笑顔を見せた。
    「お前さんはオイラの誇りだぜ。カイリューよぉ」
     オーガポンを超えたアオイに向かって斬るように指をさす。
    「雷パンチィ!」
    「ツタ棍棒ッ!」
     両者の攻撃が炸裂し、何度目かわからない爆音と衝撃があたり一帯を包む。思わず顔を覆ってしまうほどの威力だ。しばらく爆煙が広がっていたものの、少しずつ視界が晴れてくる。互いの間合いに入り、にらみ合う二体が姿を現す。痛いほどの静寂が場を包んでいた。
     ややあって、カイリューがその場で倒れこんだ。
     ──よく頑張ったな、カイリュー
     全身の緊張が解けて脱力しながらカイリューに歩み寄る。オーガポンも肩で息をしており、今にも崩れ落ちそうだ。
    「よくやったカイリュー。ありがとな」
     倒れこんだカイリューを撫でながらねぎらう。
     目を回しているカイリューが姿を消すと、オーガポンも「ぽにー」とぽてんと腰を下ろした。
    「オーガポンお疲れさま。ありがとう」
     アオイがやってきて膝を降り、オーガポンの頭を撫でる。その両目はまだ赤く潤んでいる。
     オーガポンは満足そうににっこりと笑った。
     オーガポンをボールに戻したアオイとオイラはしばらく言葉がなかったものの、「とりあえず」と口火を切ることにした。
    「ポケモン休ませて、オイラたちもひと休みしようぜ」
     アオイの頬に伝う涙の跡をそっと拭う。
     切羽詰まっていたような表情をアオイはようやく和らげ、うなずいた。

     ポケモンを休ませ、ついでと言っちゃなんだがさっきまでバトルしていたカイリューとオーガポンを洗ってやることにした。風が強い中でのバトルだったから汚れてるんじゃないか、とアオイが言ったのだ。
    「先輩、お願いがあるんですけど」
     カイリューとオーガポンをボールから出して準備をしていると、アオイがぽつんと口にした。
    「カイリュー、わたしに洗わせてもらえませんか?」
     泣きはらした顔でアオイはカイリューを見つめている。
     なんとなく真意がわかる気がして「いいぜ」と了承する。
    「カイリュー、いいよな?」
     いちおう確認をとるとカイリューは快くうなずいた。
    「ピッカピカにしてやっとくれぃ」
    「もちろんです」
    「んじゃ、オイラは姫さん洗わせてもらおーかねぃ」
     オーガポンを視界にいれると「ぽに?」と首をかしげている。膝を折り、目線を合わせる。
    「姫さん。オイラにさせてくれっか?」
     オーガポンをきょとんとし、アオイを伺った。
    「オーガポンがいいなら、やってもらいな」
     その言葉にオーガポンはぱっと表情を明るくし、「ぽに!」と両手を広げた。
    「おっ、じゃあ丁重にさせていただこうかねぃ」
     ポケモンへの洗いかた等を互いに伝えあい、しばらくポケモンたちを洗ってやる。アオイが言った通り、埃や砂塵が体を染めていた。
    「ほい姫さん。手ェあげて」
    「ぽに!」
    「上手じゃねえの。湯、かけまーす」
    「ぽーにー」
     頭からシャワーをかけてやる。泡が流れ落ち、薄汚れていた体が綺麗になっていく。
     ちらりとアオイらを見やると、向こうは向こうで交流をしているようだ。見ていることがばれないうちにそっとオーガポンの方に目を戻す。
    「──なぁ、姫さん」
     大きめのタオルでオーガポンの体を包む。気持ちよさそうに目を細めたオーガポンを見ながら続けた。
    「ありがとな。バトルしてくれてよ」
    「ぽ?」
     タオルに埋もれながらオーガポンは目を丸くする。
    「無理やりバトルするよう仕向けちまったからな。悪かったなと思ってよ」
    「ぽっ? ぽにぽに!」
     オーガポンは勢いよく首を振る。気にするな、と言っているのだろう。
    「ぽ! ぽにお? ぽにっ」
     オーガポンはアオイを指さしながらオイラの手をとった。
     その手を握りながらああ、とあいづちをうつ。
    「ちゃんと話すぜ。心配しなさんな」
     バトル中、アオイが感情的になったのを案じているんだろう。大丈夫、の意味を込めてオーガポンの手を握った自身の右手に力を込める。
     オーガポンは花のような笑みを浮かべた。
    「よし、完了。ピッカピカだぜぃ」
    「ぽにぽにー!」
     タオルで水気を拭き取り終え、オーガポンと手を打ち鳴らす。オーガポンはてててとアオイに駆け寄っていった。向こうも終わったようだ。ゆっくりとオーガポンの後を追う。
    「あ、オーガポン。わ、すっごく綺麗になったね」
     アオイは嬉しそうな声をあげ、オーガポンの体を確かめるように触っている。オーガポンも満足げに飛び跳ねている。
    「ありがとうございます、先輩」
    「なんのなんの。おっカイリュー、すげえ綺麗にしてもらってんじゃねえの。よかったなあ。こちらこそだぜぃ、アオイ」
     ぽんとカイリューにふれると大きく頷いている。
     ポケモンたちに間食を与え、ボールに戻す。
     ようやくひと段落したオイラたちは、風通りの良い日なたに座り込む。
    「カキツバタ先輩」
     アオイはすぐに口を開いた。目だけでそちらを見やる。
    「ありがとうございました」
     言われたものに首ごと向ける。アオイはどこか遠くを見ていた。
    「わかってますよ。ちゃんと」
     アオイは肩をすくめ、オイラに向かって眉をさげながら微笑んだ。
    「二回追い風をして素早さをあげたはずなのに、カイリュー、わざとオーガポンの攻撃を受けてくれましたよね。追い風の効果が切れたときも同じことがあった。両方とも避けたり相打ちにしようと思ったらできたはずです」
    「ありゃ。ばれてたか」
     ぽり、と頬をかく。
     アオイは微笑んだまま続けた。
    「バトル中はぜんぜんでしたけど、終わってから薄々。カイリュー洗ってるときに、なんかこう、やっぱりそうだよなあ、って。先輩もカイリューも優しくて、情けなかったです」
     アオイは眉をさげたまま苦笑する。
    「手を抜かれたのかなってちらっと思っちゃったんですけど、すぐにそれはないなって。だとしたら、わたしの怒りとか悲しみとか……、そういうのを受け止めるためとか、発散するためにしてくれたんだなって思って」
     そこまでばれてたか。
     やれやれとオイラは空を仰ぐ。
    「こういうのはばれずにやるのが粋なんだがねぃ」
    「いえ。気づけてよかったです」
     アオイは膝を抱え「ほんとうによかった」と独り言のように呟いた。
    「すみません、ほんと。情けない」
     アオイは膝を抱えて顔を埋める。
    「情けなくなんてねえよ。オイラが勝手にやったことだ」
    「っ」
     アオイは顔を伏せたまま首を振る。肩が震えていた。その肩を抱くことは簡単にできるものの、なんとなく、いまはやめておくことにした。
    「チャンピオンだからってすべて許してやる道理はねえ。強くなんかなってやるなよ、キョーダイ」
     アオイの小さな背に手をおき、やわくさする。
    「よく頑張った」
     アオイはこらえきれなくなったように嗚咽をもらした。
     アオイはバトルが強い。それは事実だ。だけどそれはアオイを構成する一つの要素に過ぎない。アオイはただの女の子だ。でも、周囲はそうは見ない。チャンピオンだから、あの子はすごいから、強いからというレッテルを貼って簡単にアオイを独りにしてしまう。
     ──そんなもん、くそくらえだろ
     とん、と控えめにアオイの背を叩く。
    「キョーダイ、なんでも話せよ。なんでも聞いてやっから。バトルがいいなら、いっくらでもしようぜ」
     アオイはきちんとうなずいた。
    「先輩……」
     膝に顔を埋めながら、震える声で呼ばれた。
    「ありがとう」
     絞るように言われ、「いんや」とつぶやく。
    「さっきも言ったろ。オイラがやりたくてやった。気にするこたねぇよ」
     静かな泣き声が隣から流れてくる。
     いまのオイラにアオイという宝石はどうしたって釣り合わねえだろう。だからいまはせめて──。
     ふわりと軽やかな風が吹き、アオイの香りがした。
     泣き止まない女の子の背をそっとさする。
     だからいまはせめて、アオイが弱いままでいられる居場所であり続けよう。背を押すのではなく、気兼ねなく泣けるように。
     そしていつか、アオイと一緒に立ち上がり、ともに歩めるように。
     ふと空を見上げると透き通った青が広がっていた。


    ♪ starrrrrrr feat.GEROCK / [Alexandros]



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