渡されたもの「暑くなってきましたね」
缶のココアを傾けながら井上が呟いた。ジャケットをテーブルに置き、テーブルの端を挟み隣のパイプ椅子に腰かけている。
仕事が終わり、夜遅くに偶然本部内で一緒になった。互いを労うでもなく、その足で疲労のまま休憩所で座っている。井上はカフェインの少ない物を飲んでいるらしい。自分はコーヒーを喉に流し込んでいた。
誰もおらず慌ただしくない空間が、任務の終わりを実感させた。顔を合わせるわけでもないまま、窓からは街の夜景が静かに見えている。
自身も、まくっていたワイシャツの袖を改めて引き上げた。
明日も外国要人の警護につく重要な任務がある。だから早々にでも帰宅するべきだったが、日々の疲れが自宅までの足を止めた。そういう日も存在しない訳ではなかった。ただ何となく、脳に絡みついていた緊張が一気に落ちたような時が来る。ぼーっとするような感覚になる時がある。
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