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    nainaisokoniha

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    nainaisokoniha

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    「歓楽街」をお題に書いた
    時間超過遅刻!
    悠木と佐山!

    気休めだけ 日付が変わりかける夏の夜だった。深く、妙な硬さのソファーにもたれながら、悠木はロックグラスを手に抱えていた。端の部分が所々ほつれている黒い皮のソファーは、もう何度も客を乗せていてへこみがある。そこにどっしりと座ってしまっている悠木は、もう立ち上がるのさえ億劫に感じられていた。店員の女達の高い笑い声、場の楽しみのために弛緩した男同士の会話。低いテーブルいっぱいに置かれた酒瓶とグラス、灰皿。
     北関や他社ら記者クラブの面々、そして県庁の幹部職員での飲みの席へ、サブキャップである悠木に声がかからない訳はなかった。等々力が向かい側の席で飲んで笑っていて、それをよそに悠木は一人、誰と話すでもなく自分の手元に目を落としていた。そして悠木の右隣には駆け出し記者である佐山がグラスを傾けている。佐山は一ヒラ記者らしく、自分から幹部達や他社の人間に深入りするような事はない。幸いこの場に参加出来た自分の立場に徹し、周りで交わされる会話を聞いていた。普段なら悠木も自分の立場に沿ってある程度快活に会話を交わそうとするが、今回はそうはいかなかった。悠木は一人黙って、酒と女の匂いに脳がよろめいていた。
     蒸し暑い夜道を抜けて連れられた店は、ただ飲むためだけの場ではなかった。区切られた個室ではあるが、店員の女性達が席に着いている。より良い気分で酒を進めるための接待の一環であった。度々この様な場に連れられ赴くことはあったが、狭い部屋の渋滞した匂いに悠木の頭は重くなっている。
     酒と深い香水の混ざった匂い。幼い頃の、母の懐を思い出した。
     目をつぶっても眠れなかった、生温い自分の居場所。母がしてきたこととされたこと。肌寒い孤独。全部が脳の奥で巡りそうになっていた。胃の底が波打って、何も口に出来ない。体に溜まったこの場の空気を吐き出してしまいたくなったが、口を開くと何かをもどしそうな気がした。ただ背もたれに深く体を沈ませるだけで快適にやり過ごせるようなものでもない。悠木は抜け出したかった。
     今更周りのどの会話にも混ざらなかったところで、もう各々酒に流れている。ただ座っているだけの悠木の体調を気にかける者はいない。この場の人間は馴染みの面々で、何度か飲んだこともある。特別気を張る必要も無い。しかし一人去ることを選択する意味もなかった。ただやり過ごして終えられればいい。
     疲れているのかもしれないと悠木は思った。匂いが濃いとはいえ、いつも以上に無意識にも過去に襲われる。母は一年も前に死んだというのに。
     溢れ出る鮮明な記憶に、脳の形が保てていないようだった。頭を抱え、顔を両腕で塞ぎたくなる。わずかに蒸し暑い室内で妙な汗がシャツを湿らせる。ただ手元のグラスを見ながら脳のうねりの中を過ごす。
     周りはそれぞれ愉快そうにやっていた。
    「頂いたんだよこの枚数」「えーすごい!」「巨人戦、見たいなら配っちゃおうか」「いいんですかー」
     浮かれた男達の饒舌。
    「警察じゃそうはいかんのです」「そうなのか」「でも割らないとこっち側が負けたみたいになるんですね」「ガキんちょみたいなことを」
     労い合う節度のない笑い声。
     しばらくして悠木は、気を紛らわすために酒を煽った。胃に何かを入れることも不快だったが、酔いに任せてしまう方がまだいいと感じていた。氷も入れず、グラスの底まで一気に傾け続けた。貪るように飲んで、鼻にはアルコールの空気が通る。笑い声の中ただ酒を取り込む。次第に悠木の目の前の視界はぼやけ始めた。
     すぐ隣に座ってそれが目に入っていた佐山は過度に飲みすぎではないかと気にかかったが、特に口には出さなかった。声をかけない選択をし、他社の同期などと同じく上司達の話を聞いていた。いつもは静かにも適度に酒の場に馴染んでいる悠木が、一人喧騒の中黙している。しかし日常的な仕事の延長の中、わざわざ佐山がこの場で悠木に何かをしてやる必要はさほど無い。ただ認識だけして、悠木と同じく賑やかな飲みの席の場面にいた。
     悠木はグラスを口から離しソファーに頭を預けるが、背もたれの背丈が足りず顎がわずかにのけ反った。うっすら開いている視界には天井に吊られた照明が光っている。酒でより脳を歪ませられると思った。酔いに意識を任せられるかと思った。しかしそれでも、香水の、整髪料の密集した匂いは入り込んでくる。何をしなくとも認識する。気を紛らわせたとしても、脳がちらちらと影を見せた。
     大きなため息が出そうだった。わずかに意識が曖昧になっただけで、何も変わらない。空のグラスを手にしながら項垂れそうになる。するとそれを見た佐山が顔を向けた。
    「水入れましょうか」
     悠木は小さな声を辛うじて聞き取り、グラスをテーブルに置いた。
    「いや、いい……」
     そのまま両目を思い切り手で拭いたかったが、また背もたれに体を倒した。その一連の動きは小休憩にもならず、不快さだけがかわらず悠木を包み続ける。女と男の笑い声が耳をつんざく。どれだけ耐えても目眩がして、吐き気がした。体が鉛のようだった。においが立ち込めた空間で何をしても徒労に終わる。
     頭がどうにかなりそうで、しかしこの場からは動ける訳では無い。歪んだ脳が揺れて、それが不快で意識を手放してしまいたくなる。狭いソファーに座り続けることしかやれることがない。そして、悠木の思考は無意識に自分の右側へと移った。先程声をかけられた記憶がうっすらとある、部下の佐山の方へ重たい頭を向ける。そのまま悠木は何も言わず、背もたれに肘を乗せ横にあった首元近くに顔を倒した。力を抜くと目が閉じ、佐山の影に隠れ照明の光も視界に届かなかった。
     わずかに体を押されたと同時に、佐山が持つグラスの酒がわずかに揺れた。
    「悠さん?」
     一瞬動揺していた部下からは、昼に走り回った汗のにおいがした。そして雀荘で染み付いたであろう煙草、知らない家の衣服のにおい。自分と同じようで違う、他人のにおい。自然と鼻に入ったそれが口から出ていく。初めて得る感覚は悠木の気を紛らわせた。周りから酒と香水のにおいが消えたわけでもない。煙の染みた男のにおいが、昔の家に脱ぎ捨てられた服の事を思い出させないわけでもなかった。しかしそれはわずかにでも気休めになった。
     部下に体を傾け預ける酔いつぶれた上司の姿は誰の目にも留まらない。しかし顔を寄せられた本人は、どれ程気分が優れていないのかと気にはなった。こんな風になった姿を見た事がない。グラスを傾けながら佐山は一人、ただ体を貸す。
     少しして、悠木は背もたれに置いた肘を離し、ずるずると顔をどけた。正面を向き、自分の膝に手を乗せ前に屈む。鼻には先程と変わらない部屋のにおいが通る。全てから解放されたわけでもなく、悠木の脳はまたしても形を無くしていった。
    「すまん……」
     無意識にも言葉が出て、しかし直ぐに再び不快感が同じように戻る。
    「いえ、構いませんけど」
     悠木が今何を必要としているのかは分からない。しかし必死に何かに耐え続けている姿に、佐山は声はかけなかった。夜はその後も続いて、悠木の意識は朦朧としたままだった。久々に記憶を手放すほど飲んで、ほんの少しの間隣にいる佐山に救われたことは悠木の頭に残っていなかった。
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    nainaisokoniha

    DONE「歓楽街」をお題に書いた
    時間超過遅刻!
    悠木と佐山!
    気休めだけ 日付が変わりかける夏の夜だった。深く、妙な硬さのソファーにもたれながら、悠木はロックグラスを手に抱えていた。端の部分が所々ほつれている黒い皮のソファーは、もう何度も客を乗せていてへこみがある。そこにどっしりと座ってしまっている悠木は、もう立ち上がるのさえ億劫に感じられていた。店員の女達の高い笑い声、場の楽しみのために弛緩した男同士の会話。低いテーブルいっぱいに置かれた酒瓶とグラス、灰皿。
     北関や他社ら記者クラブの面々、そして県庁の幹部職員での飲みの席へ、サブキャップである悠木に声がかからない訳はなかった。等々力が向かい側の席で飲んで笑っていて、それをよそに悠木は一人、誰と話すでもなく自分の手元に目を落としていた。そして悠木の右隣には駆け出し記者である佐山がグラスを傾けている。佐山は一ヒラ記者らしく、自分から幹部達や他社の人間に深入りするような事はない。幸いこの場に参加出来た自分の立場に徹し、周りで交わされる会話を聞いていた。普段なら悠木も自分の立場に沿ってある程度快活に会話を交わそうとするが、今回はそうはいかなかった。悠木は一人黙って、酒と女の匂いに脳がよろめいていた。
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    nainaisokoniha

    DONE妄想してたら出来た学パロの室志(カプ描写なし)
    志摩野鷹也ハピバの室井の話。
    学パロだから2人が少し青くさい。
    学パロハピバ室と志 誰かがプロフィール帳に書き留めていたものから始まったようだった。
     自分の手帳の日付にも彼の行動予定などと同じように記しているが、今日は志摩野さんの誕生日だった。朝から色々な生徒が彼の元に来て何かしらの贈り物を手渡している。昼食時、横に座っていた男子生徒も、「おめでと〜」とコンビニで買ったような菓子を軽く渡していた。彼はどれもにこやかに受け取り、礼を言って自分の鞄にしまっている。
     放課後は学校に用はなく、そのまま下校する予定だった。そんな中でも、志摩野さんは廊下を歩いていると何人かの生徒に呼びかけられ、言葉と共に贈り物を渡されていた。
     次々と手渡される光景に、ずっと胸の内がわずかに落ち着かない。それは焦りに似た何かだという自覚がある。自分以外の誰かは、ただひたすらに祝福の言葉をかけたり贈り物をしたりしている。そんな中で自分だけが何もしていないような感覚が、無意味に思考を包んだ。しかし、自分という立場の人間が何かを贈るなど考えもつかない。仕えている側である人間が、何かを渡そうという気にはならない。この日が来る前からずっと、そんなつもりもなかった。だから色々な生徒が彼に祝福を手渡すのを後ろからただ見ているだけでいる。
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