気休めだけ 日付が変わりかける夏の夜だった。深く、妙な硬さのソファーにもたれながら、悠木はロックグラスを手に抱えていた。端の部分が所々ほつれている黒い皮のソファーは、もう何度も客を乗せていてへこみがある。そこにどっしりと座ってしまっている悠木は、もう立ち上がるのさえ億劫に感じられていた。店員の女達の高い笑い声、場の楽しみのために弛緩した男同士の会話。低いテーブルいっぱいに置かれた酒瓶とグラス、灰皿。
北関や他社ら記者クラブの面々、そして県庁の幹部職員での飲みの席へ、サブキャップである悠木に声がかからない訳はなかった。等々力が向かい側の席で飲んで笑っていて、それをよそに悠木は一人、誰と話すでもなく自分の手元に目を落としていた。そして悠木の右隣には駆け出し記者である佐山がグラスを傾けている。佐山は一ヒラ記者らしく、自分から幹部達や他社の人間に深入りするような事はない。幸いこの場に参加出来た自分の立場に徹し、周りで交わされる会話を聞いていた。普段なら悠木も自分の立場に沿ってある程度快活に会話を交わそうとするが、今回はそうはいかなかった。悠木は一人黙って、酒と女の匂いに脳がよろめいていた。
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