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    nainaisokoniha

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    nainaisokoniha

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    尾形さん誕生日に書き上げようとしたもの。
    カプ要素は少ないですが井尾です。

    渡されたもの「暑くなってきましたね」

     缶のココアを傾けながら井上が呟いた。ジャケットをテーブルに置き、テーブルの端を挟み隣のパイプ椅子に腰かけている。
     仕事が終わり、夜遅くに偶然本部内で一緒になった。互いを労うでもなく、その足で疲労のまま休憩所で座っている。井上はカフェインの少ない物を飲んでいるらしい。自分はコーヒーを喉に流し込んでいた。
     誰もおらず慌ただしくない空間が、任務の終わりを実感させた。顔を合わせるわけでもないまま、窓からは街の夜景が静かに見えている。
     自身も、まくっていたワイシャツの袖を改めて引き上げた。
     明日も外国要人の警護につく重要な任務がある。だから早々にでも帰宅するべきだったが、日々の疲れが自宅までの足を止めた。そういう日も存在しない訳ではなかった。ただ何となく、脳に絡みついていた緊張が一気に落ちたような時が来る。ぼーっとするような感覚になる時がある。
     今日、四係はそれぞれが別の要人を警護していた。だからこうして隣にいる井上と空間を共にしているのは、朝のデスクの前以来の事だった。
     薄暗い蛍光灯が部屋の背後で光っている中、井上の顔は窓からの光で照らされていた。それは任務時の様な、しかしわずかに違う、力の抜けた顔だった。どこか遠くを見ていて、時間の感覚を感じられない。
     普段なら、警護を大なり小なり妨害する暑さにでも悪態をつきそうなものだったが、今日はそうでは無い。ただ喧騒のない空間の中で、抜け殻のように弛緩していた。
     備えられた能力による疲労が溜まっていたのか、逆に緊張や重圧がほぐれて居ないのか。口をわずかに開けてはいるが、眉間は狭い。自らの体を蝕む能力がどれ程の不調を与えるのか、井上本人でない限り知る由もない。

    「体の調子はいいのか。病院側はなんて言ってる」

     当たり障りのない、親のような事を聞いてしまっていた。この症状に関して、自分が上司として親身に寄り添えてやれないのは、あの日の事を思い出してしまうからだった。あの日自分がしようとした事と少年の目が蘇る。
     しかしそれとは関係なく、どう聞こうとも井上はいつも同じように返す。

    「……問題ないっすよ。特に」

     「そうか」と言う他なかった。恐らく医者に何を言われても同じ事を言う。理由は定かではないが、離職したくないのだと分かる。自分が上司である限りこれ以外の返答は聞けないだろう。

    「無理はするな」

     井上はわずかにだけ首を縦に動かす。自らの心体より求めるべきものを探している井上は、さ迷っているようにも見えた。それでも確固たるものがあり、その在り方をこちらも欲している。
     何でもない空間が続く。しかし物珍しいような感覚もある。
     飲みに行く機会もそうそう発生しない中、ましてやプライベートで時間を共にする事もない。だから職場の中ではあるとしても、こうして仕事以外の時間を過ごしているのは不思議な感覚だった。自宅で何もせず月を眺めているような心地にもなる。会話をするでもなく座っている。
     すると、缶を口に運んでいた井上がそれを唇から離してぼんやりとこもった声で言った。

    「たまに、考えるんですよ​」

     そう言葉が途切れた。井上の横顔を見る。こちらの返事を待っている訳でもなく、ただ自分の思考の中に漂っているような口ぶりだった。

    「俺達が防げない事態が、警護中に起こること」

     井上は窓の方を向いているが、どこか虚空を眺めていた。缶を手に持ったまま呟くように言う。

    「テロに関係ない不慮の事故だって、あるじゃないですか」

     横顔から少し目線を外した。不意に不安や無力さに駆られる。それは自分も経験がある。誰よりもいち早く危険を察知することが出来る井上にもそれがあったのだ。

    「警護の中に、絶対は無いからな」

     背もたれから固まっていた腰を浮かせながら答えた。対する井上の表情は神妙なものだった。

    「その場にいる全ての人を巻き込んでしまうような事態が、裏で密かに膨れ上がってたり。それが跡形も無く、何もかも消し去って」

     淡々と言葉をこぼし続ける。

    「誰も気づけない。大きな、大きな爆弾です」

     眉をわずかにでも動かさない。ぼやけた口調だが、至って冷静だった。しかし発された言葉に、自分は心を静止させられた。

    「その時は、一緒に死にましょうよ」

     どこかを見ながら、井上はつぶやいた。それは任務に関係のない、無責任な戯言だった。しかしまるで提案するように吐かれたものは心臓の奥を揺らがした。全身の内を飽和させた。
     絶対が存在しない事への無力感、目に見えない脅威。
     「あるべき理想」を実現できる井上と共にそれを作りあげることができたとしても、不確かな現実の中にあり続けることには変わりない。死ぬも生きるも確約ができない。報告にはなかったが、今日、任務中にでも何か思い出すことがあったのか。無力さを感じる様な場面が起きたのか。
     警護中、日々緊張感のない言動はある。しかし悪者を捕まえる子供のように警護に挑んでいる訳ではなく、根本には力による恐怖や畏怖を常に感じているのかもしれない。それを昔目の前で見た自分はよく知っているはずだった。
     当然のことながら、自分達の任務は第一にマルタイの安全を確保することだ。テロを受け同僚が犠牲になろうと、それを見捨てマルタイの身を保護する。とはいえ、その行動さえ無意味になってしまうような膨大で未曾の事態が起こった時は、その場にいる全員が死ぬことになる。何も残さないままで、何もしようが無く全てが消え去る。何も帰らない。ただそこで死んでいく。人生を果たせないまま終わる。
     しかし、その相手がお前なら。

    「……そう簡単に、お前が死ぬかよ」

     冗談として返した。笑み含んだ息をこぼしながら言った。

    「お前達には、生きてもらわんと困る」

     約束のような言葉を、真剣に真正面から受け止められる自信が無かった。あくまで井上の命は、自分には重すぎた。それが無くなることはあの時始まった自分の人生の何を意味するか。井上の無垢な覚悟を信じ、頼りにしている。しかしその強固な唯一が、あの日とは無関係にどれほど自分の中で道しるべのように灯っているか。頭の中でそれが巡った。

    「恩とか、返せてないんで……死ねないですよ」

     またぼんやりと呟いている。自分がかけた言葉を聞いてはいるようだったが、反射で返しているようだった。しかし段々と目を開け始め、先ほどまでの無意識的なつぶやきに対し言い訳するように話し始めた。

    「俺をここに連れてきて、居させてくれてるのは係長です」

     缶を置き背もたれに預けた体を前に丸め、両手の指を組んでいる。頭を小刻みに動かしながら確かめるように言っている。そして言葉を探すように続けた。

    「何返せば足りるのかわかんないすけど……」

     自らに頼りなさを感じているように言われた。しかし返答は無意識にも浮かぶ。初めて姿を目にし、話をした時から感じていたことだった。
     俺がお前に望んでいるのは。
     お前がお前でいることだ。
     その末に、俺を。俺の大義を​────。
     それを言葉に託すことはできない。背を丸め目線を床で泳がせている姿に、真っ当な答えを施してやることはできない。
     こいつが北村だった頃、自分も尾形ではなかった。しかし長い時間をかけ、そのことはもう過去になり果てた。ただ復讐と大義だけが体の中にあり続け動かされている。時々ある日常は、それが無くなっていくようだった。しかし社会権力の中枢に近づいたことで、十何年も前から頭に巣食う制圧の、革命の青写真があり続けている。消えることはない。
     今密かに進めている計画が叶わなかった時こそ、最終手段であるそれを実行する。それにより自分がどのような終わりを迎えるのかは定かではない。だとしても、成す他に自分の生に理由がない。ここに居る意味がない。
     この世界に身を置く理由が、目の前にいる揺るがない存在とは同じようで、いつの間にか違えている。同じ方を向いているのがわかっている。それでも自分はそれを望んではいけない。血の通わない、目に見えない不確かなものをこの手で成さなければならない。
     井上の言う通り、計画を実行に移すこともできないままいつ非常事態が起こりそれに遭遇してしまえば、全てが無に終わる。
     存在の理由が失われ跡形も無く全ての感情が、大義が消える。
     しかし、仮にそのような結果に至ってしまっても。
     完遂どころか実行さえできず、何も果たせないまま散ろうとも。
     始まりであるこいつとなら。
     そう思ってしまった。

    「もう十分だよ」

     聞こえるように言葉をこぼす。今度は先ほどと違い、正しく言えた気がした。

    「……日付が変わらんうちに、帰るとするか」

     腕を軽く伸ばし、私用の腕時計に目を落とした。
     井上も見上げ、部屋の壁の時計を見ている。それを横目に立ち上がり、パイプ椅子を戻した。

    「その前に、明日からの警護のことだが、外国要人を5日続けて警護することになるかもしれん。確かな情報かは分からんが、気を抜くな」

     退勤まで対面できなかった分、軽く耳に入った情報だけでも伝えた。すると井上は何か思い出したように顔を固まらせた。

    「あれ……今日尾形さん誕生日っすね」
    「そうだな」

     答えた瞬間、椅子に座ったまま分かりやすくこうべを垂れた。まるでさっきまで自分が並べた言葉を覚えていないかのように、夢から覚めた様にうなだれている。現実に戻ったという方が正しいか。

    「よく覚えてるな」

     缶を飲み干し、置いていたジャケットを拾い腕にかける。井上に自身の誕生日を教えた記憶はない。自分が忘れているだけなのか。

    「いえ……ここに来たての時見せてもらったみんなの名簿の中に書かれてて……うわあ……」

     時計にある日付を確認して思い出したついでに、”見えた”らしい。そしてなぜか軽く後頭部を押さえている。それが終わるまで見守ってやることにした。
     誕生日。心地の悪い響きだった。頭の中が黒く重くなる。それはかつてあった家族というものが崩壊した日だった。その日が、朗らかなものではなく命日という名で塗り替えられてしまった。いつの間にか誰かの誕生日であれ、好んで考えるようなものではなくなっていた。本来の自分の名前が持つその日付さえ、考えなくなっては思い出すようなこともない。十数年も、頭の中に浮かばなかった。
     しかし、自分にとってそんな日ではあるものの、他の四係の連中からは声をかけてもらった。それに出勤日ではなかった原川さんまでも、わざわざデスクまで来て祝いの言葉と贈り物をくれた。それは自分の意思とは関係なく、温かいものだった。
     井上は力が抜けたように頭を上げた。その丸まった背に話しかけてやる。

    「まめな男じゃないと、また連れ合いは見つからないんじゃないか」
    「やめてくださいよ……心配されるようなことないっす」

     ふてくされる様に言う。そしてまた指を組んで、疲弊してるであろう頭を思考に巡らせている。

    「明日、待っててください。考えて来ます」
    「何言ってる。ゆっくり休めよ」

     夜も遅い。今日の様子を見て、井上は明日に支障をきたさないために早く休養を取るべきだった。しかし矢継ぎ早に問われる。

    「他のみんなはなんて言ってましたか、尾形さんに」
    「おい」
    「だってここまで来たら被りたくないし」
    「子供じゃないだろ」

     たしなめるつもりはないが、自然と笑ってしまっていた。

    「いいじゃないっすか」

     井上もいつの間にか立ち上がり、休憩室を出て本部を後にした。いつもの都内の暗がりの中がわずかにうるさかった。














     『復讐が果たせなかったその時は。────共に死のう』

     実行の前、この言葉をもらった。互いの人生を一つに集結させるための計画。それが失敗に終わった時の話だった。目を見ていた。両者、今までは見せなかった、ずっと抱えていた覚悟が宿っていた。しかし、その言葉を発した様子に、違う意図を感じた。真意は分からないが、偽りであることには間違いなかった。それでも自分は、実行できるならばそれでよかった。
     覚悟はできていた。計画は完璧だった。ただ、様々な言葉を伝えそびれているのは確かだった。しかし彼らに対する気持ちも、時間の余裕もない。今まで積み上げてきたものは、少しの揺らぎで水泡に帰してしまう。成さなければならない。この国の、あの事件の真実を突きつけるために。あの日犯そうとした過ち。そしてその時の少年の瞳を、二度と生み出さないために。
     もう迷いはない。道しるべのような光は、もう自分の目の前にあるべきではない。
     自らの力を、どんな命でさえそれを守るために使うと言ってくれた存在は、必ず後の世界を正しく導く。
     ただ復讐を犯そうとしたような自分とは違う。拒んで否定し、傍若無人である術しか持たない自分を止めてくれる。
     それだけでよかった。
     ただ一つ、無関係な望みであり身勝手な戯言だった。
     しかし、始まりである存在に、止めて欲しいと思ってしまった。正しいあいつに裁かれたかった。
     十分な時間は残されていない。言葉ではもう何も伝えることができない。それどころかあいつらを巻き込んでしまう。
     どう結末が待っているのかは知れないが、極めて冷静に、革命が実現するための事以外頭に思い浮かべてはならない。弁明の余地なく、言葉も無く全てを完遂させるために。
     そんな中で、偽りではない言葉が思い起こされる。「一緒に死のう」と呟かれた時に感じたのは、この世界にいることを望んだ体の中で、葛藤の末に存在する感覚なのだろうということだった。無意識だったとしても、自らにも通ずる真っ当な感覚だった。共感があった。
     そんな誠実さを、そしてあいつ自身の正しさを、自分の中に抱えて生きる。枷も無く自らの足で歩いて行く。そうして、終わりに向かうのだ。




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    nainaisokoniha

    DONE「歓楽街」をお題に書いた
    時間超過遅刻!
    悠木と佐山!
    気休めだけ 日付が変わりかける夏の夜だった。深く、妙な硬さのソファーにもたれながら、悠木はロックグラスを手に抱えていた。端の部分が所々ほつれている黒い皮のソファーは、もう何度も客を乗せていてへこみがある。そこにどっしりと座ってしまっている悠木は、もう立ち上がるのさえ億劫に感じられていた。店員の女達の高い笑い声、場の楽しみのために弛緩した男同士の会話。低いテーブルいっぱいに置かれた酒瓶とグラス、灰皿。
     北関や他社ら記者クラブの面々、そして県庁の幹部職員での飲みの席へ、サブキャップである悠木に声がかからない訳はなかった。等々力が向かい側の席で飲んで笑っていて、それをよそに悠木は一人、誰と話すでもなく自分の手元に目を落としていた。そして悠木の右隣には駆け出し記者である佐山がグラスを傾けている。佐山は一ヒラ記者らしく、自分から幹部達や他社の人間に深入りするような事はない。幸いこの場に参加出来た自分の立場に徹し、周りで交わされる会話を聞いていた。普段なら悠木も自分の立場に沿ってある程度快活に会話を交わそうとするが、今回はそうはいかなかった。悠木は一人黙って、酒と女の匂いに脳がよろめいていた。
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