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    nainaisokoniha

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    nainaisokoniha

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    月曜前の早杉

     用もないのに、俺はまた社長室のソファーに座っていた。撮影の合間、社長は社長の椅子に座り、パソコンに何かを打ち込んでいた。

    「慣れてきたよ、トンチンカンな現場にも」

     そうか、と返事がした。現場では、求められていることをそれ以上に出来ているという自負がある。しかし未だに、今まで一切関わって来なかった馴染みがない空間で仕事をこなすことは、こうして自然に体が息抜きを求めてしまうものだった。この空間で軽く交わされる会話が、頭の中を緩やかにさせていく。

    「昼も晩もおはようだもんな」

     やってらんねーよと、今でも思う。理解のできない現場での風習はまだある。でも撮影が進み作品が出来上がっていくこと自体は、手応えがあり、自分の予想に反し楽しいものだった。

    「君が選んだ道だろ?」

     社長は画面から一瞬目を離し笑いながら言った。
     この大京の現場は、スタッフが全員生き生きとしている。それはオーディションに始まり、大京映画の本領を見せるべき環境で、全員が明確な覚悟を持ってのぞんでいる空間だったからだ。それを作り出している筆頭は、間違いなく杉本英記だと分かる。だからこそ、今撮影している現場へ生まれる信頼は、杉本英記に対するものでもあった。

    「芸能界が悪い場所なだけじゃないって分かったのは、あんたのおかげでもある」

     制作の裏側は、純粋なもので溢れていた。父親が嫌いなのに、芸能界自体も嫌いだったのに、飛び込んでみた世界は想像とは違っていた。幼い頃から自分勝手に作り上げていた嫌悪がほぐれていくことに、安堵も感じる。

    「苦しいことの方が多い場所かもしれないが、表現することは、楽しいだろ?」

     社長はパソコンから手を離し、背もたれに体を預け、こちらを見て言った。僅かに椅子が左右に揺れている。何か、改めて喜びを思い出しているような様子だった。そうだ、この男は、元々。
     表現することは楽しい。それには共感があった。そして笑っている顔を間近で見たくなり、ふと立ち上がって社長の椅子へと近づいていた。背後の窓から昼の光が差し込んで、灰色の混じる髪を照らしている。パソコンの画面を覗くようなことなんて今までもあったことだから、こうして椅子に座る姿を見下ろしていても、目の前の顔は何とも思っていない様子だった。その顔を見つめて、肌や目元を見て、改めて際立ったものだと感じる。

    「あんた、若いよな」

     いきなりの事だったからか、え?と返された。しかし、普段から思っている事だった。

    「親父とは違う」
    「そりゃあ、年齢が違うから……」

     至極当然のことを言う。しかし、自分が感じているものは、違っていた。こんな息抜きの空間で親父の話はしたくなかったが、真っ先に浮かんでしまうものだった。

    「違う。あいつは、失敗した人間の顔なんだ」

     その言葉に、顔をわずかにしかめられた。でも、言葉は止まることは無かった。

    「あいつは、過去落ちぶれた人間なんだよ。借金返すのも、やっと近頃終わったらしいからな。何年かかってるんだか。家族にさえ迷惑被らせて、その心労だよな。あの顔は。見てわかるだろ、真っ白だぜ」

     こちらを見る目付きが、また固く鋭いものになる。

    「あんたは違う。いくつも不遇を受けて来たんだろうが、まだ消えてない。分かるんだよ、その顔つきから。まだ信念が燃えてるのが。現に今も、大京に心血注いで、誰よりもある覚悟と情熱で、俺らを動かしてる。俺にだってわかる」

     背もたれに片手を置いた。目線同士が近づく。

    「あんな冴えない、何かが廃れたような顔をした人間とは違う」

     全て言ってしまえば、頭がすっきりすると思った。だから止まらなかった。あいつに感じているイラつきをぶつけてしまえば、自分の抱えているものを知って貰える。撮影の現場に楽しさは感じるが、親父への嫌悪は未だに消えない。それに、たしか監督時代に念願の企画だった映画が没になったのも、親父が原因だ。共感して貰えると思った。夢を奪ったあの男を、共に恨みたかった。それが、自分の救いかもしれなかった。

    「幹幸太郎は、才能のある人間だ」

     声を落とすようにして言葉が放たれた。こちらを見上げる瞳は、黒々として、静かだが、奥の奥で感情がギラついている。

    「そんな意味の無い、批評を気取った主観的でしかない恨み言を言うんだな」

     一瞬で、目の前の男が敵になったような心地がした。幹幸太郎を庇っている。違う、幹幸太郎を認め、うらみつらみをほざいた俺をおとしめている。それはあまりにも、現実的過ぎた。極めて物事を平らに見ている意見なだけだった。分かっている。共に親父を責め立てて欲しかった。ただそれだけだった。しかし、それどころか、親父への明確な信頼や感情を自ら明らかにしてしまった。聞きたくなかった。俺とこの人との間に存在する、幹幸太郎という壁。今まで見ないふりをしてきたのに、自分で明確なものにしてしまった。俺は親父を恨んでいるのに、この男は認めている。考えたくも無いことが脳裏に次々と浮かんだ。昔の撮影現場。自分の知りえない会話。名を呼び合う2人。親父が食卓で嬉しそうに語っていた若い監督の話。大京の宴会で何か軽く言葉を交わ合っていた2人の背。互いに向け合っている、才能への信頼。
     心臓の表面が張り詰めながら、動き続けていた。背もたれに置いた手に汗が浮かぶ。自分にはどうにもできない事実に、打ちひしがれた。

    「……社長」

     突き放されたが、縋るしか無かった。

    「俺のこと、呼んでください」

     無意識にも目が泳いではっきりとは捕えられないが、俺を見る顔には、落胆がうっすらと滲んでいる。そう見えた。

    「なんだ、早乙女」

     戸惑うことなく、真剣な目が俺を見つめる。俺の若さや唐突な言動を、軽くあしらおうとしないのが、この人の良いところだ。それが、今までも心地いいものだったのに。今は、何もかも遠くに感じる。
     すると、胸中で渦巻く強烈な不安の中に、一つの疑問が沸いた。
     この人の中に、自分が憎んでいる存在が確固としてあるならば。拭う必要さえ無いものならば。捨ててもらうことさえ出来ない、俺にはどうすることも出来ないものを、俺が受け入れるには。
     まだ短い間だが、大京の現場で得たものを思い起こす。そして、昔見たあの姿や態度を思い出す。目を閉じ、開き、顔を真っ直ぐに見つめ、今まで呼んだことのない言い方で声をかけた。

    「なあ、杉本」

     すると、日に照らされているふたつの目は瞳孔を開かせた。喉仏が上がって、肘掛けに置いた手の平がわずかに握りこまれていた。ほんの少しの動作だったが、確実に、目の前の体の内には何かが咲くような一連の流れがあった。
     疑念が晴れた。
     この人が今目の前に見たのは、若い頃のあいつの姿だろう。
     そして我に返ったように、瞬きをしていた。ああそうか。俺は、若い時のあいつなんだ。俺を見ているこの人の目は、ずっと、背後にいるあいつにも向けられているものだったんだろう。あまりにも瓜二つで、あまりにも似ているから。「似ている」と、直接言われたことは無かった。思っていないはずはなかった。しかしそれを言わなかったのは、似る似ない以前に、親父の影をそのまま俺に見ていたということだ。
     今までそれを感じていなかった訳ではなかった。俺が俺らしく振舞っていたら、目尻を細められる。
     幼い頃母親に言われたことを思い出した。「お父さんのこと嫌って会話もしていないけど、清の自由気ままな性格とか、気さくな話し方とか、お父さんにそっくりなのよ」思えば、自分は図らずも自らあの父親の影に沿って成長してきてしまったのか。自分勝手に、あいつのようになってしまっていたのか。俺が俺であっても、その言動の中にあいつの姿を見られていたというわけか。
     全てが腑に落ちて、自分の体の底に落とし込まれた。そして、今まで存在はしていたが認識できていなかった、呪縛のような何かから、解き放たれた心地さえあった。俺とこの人の間に、あいつの存在を取り除くことは決して叶わない。

    「早乙女」

     語尾が上擦っている。何かを悟ったのかもしれなかった。血が憎らしい。しかし、この体に流れている血は、この人が無意識に望んでもいるものなのだろう。

    「違う」

     何も、違わないだろう。違っていたとしても、それはきっと、気づいていないだけのものだ。戸惑いが残る姿に、顔を近づけ言った。

    「じゃあ、久々に昔の幹幸太郎が目の前に現れて、何を感じた」

     唇がわずかに開いている。息を詰めて、言葉さえ続かなかった。それが正しい。今、何を言われようと俺にとっては意味の無い事実だ。過ちでもなんでもない、ただの事実だ。
     背もたれから手を離し、机から離れる。そして社長室の扉へと歩を進めた。

    「いいよ。逃げも隠れもしない、不安も感じなくていい。誰にも、あんたにも迷惑はかけねえよ。それに、始めっから俺は、俺の為にしかこの企画に参加してないからな」

     いつの間にか、俺はこの人の為にも動いていたと改めて自覚した。信念と熱にほだされていたのは俺だ。しかし、これからは振り出しに戻る。俺がこの世界を望んだのは、証明してやるためだった。

    「あいつに勝つために」

     ただ、それだけのためだ。重要なのは、それだけだった。

    「あんたには、関係ない」

     ふと笑みがこぼれた。開放されたような気分だった。
     笑って、社長室を出ることが出来た。
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    nainaisokoniha

    DONE妄想してたら出来た学パロの室志(カプ描写なし)
    志摩野鷹也ハピバの室井の話。
    学パロだから2人が少し青くさい。
    学パロハピバ室と志 誰かがプロフィール帳に書き留めていたものから始まったようだった。
     自分の手帳の日付にも彼の行動予定などと同じように記しているが、今日は志摩野さんの誕生日だった。朝から色々な生徒が彼の元に来て何かしらの贈り物を手渡している。昼食時、横に座っていた男子生徒も、「おめでと〜」とコンビニで買ったような菓子を軽く渡していた。彼はどれもにこやかに受け取り、礼を言って自分の鞄にしまっている。
     放課後は学校に用はなく、そのまま下校する予定だった。そんな中でも、志摩野さんは廊下を歩いていると何人かの生徒に呼びかけられ、言葉と共に贈り物を渡されていた。
     次々と手渡される光景に、ずっと胸の内がわずかに落ち着かない。それは焦りに似た何かだという自覚がある。自分以外の誰かは、ただひたすらに祝福の言葉をかけたり贈り物をしたりしている。そんな中で自分だけが何もしていないような感覚が、無意味に思考を包んだ。しかし、自分という立場の人間が何かを贈るなど考えもつかない。仕えている側である人間が、何かを渡そうという気にはならない。この日が来る前からずっと、そんなつもりもなかった。だから色々な生徒が彼に祝福を手渡すのを後ろからただ見ているだけでいる。
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