モブ志(学パロ) 男の荒い息が、壁を背に立つ志摩野の頭に落ちる。カーテンが締め切られた化学室は校内のどことも遠い場所にあり、放課後の騒がしい音もわずかにしか聞こえてこない。
薄暗い教室の中、ふぅと男が息をつき、志摩野の脚の間に片膝を置いた。そして制服が少し浮いた華奢な肩を両手で恐る恐る掴む。
「教師の立場である人が、こんなことをしていいんですか」
志摩野は微笑みながら、男の冷静では無い顔を見上げた。
「教育だよ、志摩野君」
眼鏡の奥ではまぶたが静かに震えている。男は自分のネクタイに指をかけて下ろした。それを見て志摩野はため息をつくようにまた笑ってみせる。
「僕に教わるのは不満かな……大丈夫だよ。ちゃんと、気持ちいいからね……」
骨ばった指がブレザーのボタンへと伸びる。わずかに震える指先で上から順に前を開き、黒いベルトがあらわになった。
普段から、席替えの時は志摩野が前の方に来るようにわざわざ操作をして、そして授業中はとことん志摩野を気にかけていた。すんなりと問題を解き終わったあとの志摩野に、関連付いた知識を聞かせたり、更に問題を与えたりしていた。他の生徒にも無作為に同じような事をし、勘づかれないようにして上手くやっていた。しかし本人は贔屓の眼差しを向けていることに気づいているだろうと、男には分かっていた。
志摩野が自分の教室に来る時間の度に、校内で志摩野を見かける度に、男の全身はどろどろと高揚していた。
「君にはなんでも教えてあげるから」
男は顔を近づけ、制服のベルトに手を伸ばした。両手で無心に金具を外しベルトの先が重力に従い垂れ下がる。
「まず、そうだな……」
脚の間に置いていた膝を下ろし、改めて壁を背にした体を見る。左手で肩を掴み、また体の薄さを感じ取った。騒ぐことなく抵抗の意思を見せない志摩野に、男の昂りは途切れることがなかった。
そして男は白衣のポケットをまさぐった。何かを手にして、ゆっくりと志摩野の目の前に持ってくる。志摩野はそれを見て眉をわずかに上げ、男の顔を見た。
「これね、君のシャーペン。無くなったと思ってたでしょ」
舐めまわすように触り、目を手の中に寄せる。熱い息を漏らしながら男は志摩野に見せつけていた。
「大事に僕が持ってたよ。まず、これをね、志摩野君の体に入れたいんだ」
今にもこぼれそうな唾液を飲み込みながら粘度のある口内を動かし話を続ける。
「解さないといけないからね。こんなこと保健の授業で教わらないだろう」
男は揚々としながら荒い息を繰り返している。志摩野は呆れにも似た表情で静かに目線を外した。
「入ってるとこ見たいな」
両端の口角を上げて口を歪ませる。そして肩を掴んでいる手に力がこもった。
「その前にまず、痛くないように触ろうか」
肩に置いていた手を下ろしていき、安心させるように白い手の甲を撫でた。そして手のひらを広げさせ、男の下半身へと向けさせる。既に固くなった自分のズボンの表面に軽く触れさせて、また深く笑う。
「最後は僕のを、受け入れてもらうからね」
志摩野は何も言うでも無く、うっすらと微笑んだままの表情を変えることはなかった。まるで自分を受け入れているようで男は更に興奮へと繋がった。
放課後、どれだけ大声を出しても、どことも離れている場所にあり鍵とカーテンを締め切ったこの空間からは、誰も呼べない。だから無意味だと分かっていて抵抗さえしていないのか。賢く冷静な子だと、男は改めて思う。
「僕は別に、男の子が好きって訳じゃないんだけどね。あんまりに君が艶があって人間離れさえしてるからさ……」
男は弁明するように軽く笑いながら言った。
「じゃあ、やりやすいように……座ろうか」
すぐ後ろに置いてある机をちらちらと見て、シャーペンをポケットにしまう。
「その前に……」
男は再び志摩野のズボンに手を伸ばした。ベルトを開け緩くなった腰周りからシャツを引き上げる。すると、男の背後のドアが叩かれる音がした。
2回音が響き、瞬間的に手の動きを止める。今日この教室に用がある人間がいたかと思考を巡らす。志摩野の口に手を伸ばしそうになったが、目の前で薄い唇は動く様子は無かった。ドアを開けようと試みる音がする。しかし内側から鍵が下ろされて、カーテンが締め切られていて、誰もいないと思わざるを得ないだろう。その後止んだ。こんなハプニングでさえ、状況の緊張感を高める作用があった。また口を歪ませて男は笑う。音を生まないように、いそいそとゆっくりとした手つきでズボンの前面に手をかける。「危ない危ない」と唇だけ動かし、志摩野のわずかに斜めに構えられた顔を見た。そして閉められたジッパーの先を掴む。
すると音が止んだはずのドアの方から金属の音がした。何かが金具に入り込み、ガチャンと鍵が下りたのだ。そんなはずは無いと男は振り返った。
ドアがスライドし、カーテンが翻るのと同時に外の光と人影が入り込んでくる。教室に静かに入ってきたのは背の高い生徒一人で、手には職員室用の鍵があった。
男は志摩野に屈めていた体を正し、いつものように呟くような声を出した。
「な……なにか用事かな」
何も言わずに近づいてくる。何をしていたのかバレていないのか。志摩野の外れたベルトも、男の影になって見えないはずだった。
よく見ると、その生徒は自分の授業にも出ている生徒だと男は気づいた。苗字は室井。いつも寡黙に授業を受けている。それ以外の印象は薄い。
室井は何も言わないまま歩いてくる。もし何かがバレれたとしても、なんとでもごまかせるか。男の手に汗がにじむ。
そして室井は志摩野と男からは離れた壁際辺りの物を漁って、しばらくしてそこから何かを探し出した。室井の手の中にあったのは、教室には無いはずのカメラだった。その状況がいまいち理解出来ず、男は固まったままでいる。
それを他所に、志摩野は出されたシャツや外されたベルトを直し、話し始めた。
「今あなたが一生徒に対して行ったことは、全てあの室井が持っているカメラで記録しています」
ふと男は、室井という生徒がよく志摩野の後ろで歩いていた事を思い出した。クラスは別だが、志摩野を見かけた時は大抵そうだった。真横に並ぶでもなく静かに歩いていた生徒の姿は、確かに室井だった。
「い……いつあんな物……」
「あなたとお話する前に、置いておきました」
男は「先生」とは言われず、あなたと呼ばれ続ける。志摩野は今まで通り笑みを浮かべながら、ブレザーのボタンを全て留め、ズボンのポケットに両手を入れた。そして男を見上げ淡々とした口調のまま続ける。
「あなたには懲戒処分が下されます。懲戒免職とまではいかないでしょうが、この学校からは去ってもらうことになるでしょう。あなたのような教師はこの学校には必要ないと思われますので」
男の頭は固まっていた。「この学校」と言った時、志摩野は今までのどの言葉とも違いそれを強く主張していた。
軽く一礼し、志摩野は男の前から身を遠ざけていった。
廊下を歩きながら、室井は志摩野に話しかける。
「何もされてませんか」
「ああ」
志摩野は平然としていた。同時に室井も、取るに足らない愚かな人間の行動に辟易としてしまいそうだった。
「心配ですね、あんな輩がこの学校の教師とは」
「あの子の周りに変な虫がたからないようにしなきゃだな」
「そうですね」
放課後の騒がしさの中、二名は用を済ませた後、そのまま何事も無かったかのように学校を後にした。