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    「自分が全てを失った時もこうして、アサールは自分の手から本を買い戻すのでしょうか…(うろ)」にぶち上がって書いたド鬱主人公敗北バッドエンドifです
    そういうの好きな人が読んでってね

    星の墓標 アサールは一人、城壁の外にこびりつくように広がる難民街を歩いていました。彼の書店を空にした書痴の大臣がその輝かしい地位を失って以来、一番の上客をなくした彼は長く店を閉めていました。しかし、いつまでもそうしている訳にもいかず、彼は本を仕入れに来たのでした。

     一人でここを歩くのは久しぶりでした。彼が本を仕入れに行くと言えば、アルトは必ず資金とともに誰か護衛を寄越しました。そうしてやって来た護衛には様々な人がいました。初めて出会う人々と会話をし、本でできた彼の象牙の塔から出るのは、アサールにとって心おどる冒険でした。
     彼らはどこへ行ってしまったのでしょうか?
     あの日、アルトが地位を失ったと聞いてから、アサールは閉めきった暗い店の中で誰かが助けを求めてくるのを待っていました。もしかしたら、あの日アルトに連れられて来たザジイが、本好きのルメラが、アルトの影のように付き従っていたファラジが、もしくはアルト自身が──顔馴染みの店主を頼ってくるかもしれなかったからです。アサールは待ちました。しかし、ぽつぽつと彼らの訃報が届く以外に、彼の戸を叩く者はありませんでした。

     薄暮の頃でした。少し遅くなりすぎたと思いつつ、アサールは耳を澄ませます。この輝ける都では、悲しいかな、貴族と下民では話す言葉が違います。ここへ来てなお後生大事に本を抱えているような人間は、かつてそれなりの暮らしをしていた者が殆どです。あと少し探して駄目なら引き上げようと、貴族風の音調を探して歩いていた時、誰かの腕がアサールの脚を掴みました。
     その男には膝から下の脚がありませんでした。しかし餓者の嗅覚で、アサールの懐の金貨を嗅ぎつけたようでした。
     今、アサールが懐に忍ばせている金貨三枚は、かつてアルトから渡されたものです。アサールは咄嗟に懐を押さえ、そのせいで男の直感を確信に変えてしまいました。
     男は大きく口を開け、仲間を呼ぼうとしました。しかし、下卑た声の代わりに喉から迸ったのはどす黒い血でした。男は音もなく地面にくずおれました。夜の帷はすでに降り、暗闇の中で不具者が一人殺されたとて誰も振り返りません。ここはそう言う場所なのです。だから、彼の仲間さえ彼が殺されたことに気づきませんでした。

     「そのまま歩きなさい。私がいいと言うまで振り返るな」
     貴族の言葉で、殺人者はアサールに囁きました。アサールは耳を疑いました。ひそめられた声だったからこそ、アサールにとっては雷に打たれたような衝撃でした。彼の書店をよく訪れた、ひそめてもなおよく澄んだ通りの良い声です。宮殿での演説の時は、さぞ美しく響くのだろうと夢想したこともあります。ぼろ布を被って顔を隠していても、間違うはずがありません。忘れえぬ声です。
     「閣下……」
     思わず懐かしい敬称で呼んだアサールに、アルトは微かに口の端を歪めて応えました。アサールはすぐさまその敬称の残酷に気づきましたが、溢れた言葉を戻すことはできません。二人は黙って、雑然とした路地をいくつも曲がった先のバラックへ入りました。

     「熱が入りすぎたな。この時間では、城門も閉まっているだろう。一晩泊まっていくといい」
     アルトはぼろ布を脱ぐと、アサールにほほえもうとしました。その頬は痩せこけ、髪は白髪が混じり、ほんの数ヶ月の間に何年も歳をとったように見えました。宮廷人を魅了した彼の容貌は見る影もなく、ただ形よく聡明な額だけが、彼の貴い生まれを偲ばせました。
     アサールが何も言えずにいると、アルトは背に担いでいたズタ袋の中から本を取り出しました。それは彼の妻が好むと言う一冊でした。彼の妻──美しく貞淑な貴婦人は、彼の手によって絞殺されたと聞いています。その殺人が彼女の為だったのか、彼自身の為だったのかは分かりません。あるいは、アルト本人にも分からないのかもしれません。アサールは、その噂が真実でなければ良いと願っています。

     「本を探しに来たのだろう。持って行ってくれ。……もう私が持っていても意味がないものだ」
    「……では」
    アサールは本と引き換えに、アルトの手に金貨三枚を握らせました。アルトは金貨を握り、金の擦れる音を目を細めて聞いていました。
    「ひと財産だな」
    金貨三枚をひと財産とは……あの大臣が!
    アサールは彼を抱きしめたいような、泣き出したいような、奇妙な気持ちに駆られました。
    「折角の再会がこれでは味気ない。少し待っていてくれ」
    アサールの内心を知ってか知らずか、アルトはアサールの肩を叩き、バラックを出ていきました。暫くして、アルトは酒瓶を抱えて帰って来ました。
    「ここには意外と何でもあるんだ。案外生きていけてしまうものだよ。人間というものは……」

     信じられない程苦く混ぜ物の多い、酒精の強い酒でした。
    同じ瓶から交互に酒を飲み交わすと、一口毎にアルトは陽気に、饒舌になりました。二人は久しぶりに様々な議論を交わし、詩をうたいました。往時の彼よりも明るいのではないかと思うほどでした。夜が更けるにつれ、彼はアサールの膝に頭を乗せてうとうとし始めました。
     アサールは気の毒な若者の髪を撫でました。アサールからすれば、アルトはまだまだ若者なのです。
    「一緒に帰りましょう。あなたは私の甥ということにすればいい」
    アルトは黒い目でアサールを見つめました。その目は酔いのせいか潤み、微かに笑っているようでした。
    「明日の朝、私がどうなっていても、どうか気にしないでくれ」
    アサールに答えるかわりに、アルトは呟きました。まだ寝たくないとむずかる子供のような声でした。
    「……私をどうか許してほしい。私の最後の友よ、あなたの幸福を祈っている」

     翌朝早くに、アサールは目を醒ましました。
     アルトは彼の傍に横になっていました。後酔いで割れそうな頭を抑えて彼を揺さぶると、彼の身体の下敷きに、夜闇の中では気づけなかった小瓶を見つけました。毒薬です。アサールは初めて、自分の目の奥から血の気が引く音を聴きました。
    彼の裸の肩はまだ温かいのに、何をしても、彼の心臓が再び動くことはありませんでした。

     アサールはアルトの亡骸を抱き上げ、バラックを出ました。上背のある男だというのに、悲しくなるほど軽い身体でした。
    夜明けどきでした。東の空は血を溢したような朝焼けに染まり、西の空の裾には名残の星々が凝っています。

     砂漠へ続く道の傍で、人々が何やら騒いでいました。アサールが尋ねると、彼らはこう言いました。
     昨夜、おかしな男が現れた。貴族風の言葉を話す男は、金貨一枚で酒を、もう一枚で毒を買い求め、最後の一枚は砂漠に向けて放り投げてしまったというのです。彼らは、その金貨を探しているのでした。

     アサールは彼らに背を向け、何もない砂漠の奥にアルトを埋葬しました。アサールは彼のために何もできませんでした。
    夜明けの星だけがただ白く、彼の墓を標すのでした。
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    Myky9Y

    DOODLE「自分が全てを失った時もこうして、アサールは自分の手から本を買い戻すのでしょうか…(うろ)」にぶち上がって書いたド鬱主人公敗北バッドエンドifです
    そういうの好きな人が読んでってね
    星の墓標 アサールは一人、城壁の外にこびりつくように広がる難民街を歩いていました。彼の書店を空にした書痴の大臣がその輝かしい地位を失って以来、一番の上客をなくした彼は長く店を閉めていました。しかし、いつまでもそうしている訳にもいかず、彼は本を仕入れに来たのでした。

     一人でここを歩くのは久しぶりでした。彼が本を仕入れに行くと言えば、アルトは必ず資金とともに誰か護衛を寄越しました。そうしてやって来た護衛には様々な人がいました。初めて出会う人々と会話をし、本でできた彼の象牙の塔から出るのは、アサールにとって心おどる冒険でした。
     彼らはどこへ行ってしまったのでしょうか?
     あの日、アルトが地位を失ったと聞いてから、アサールは閉めきった暗い店の中で誰かが助けを求めてくるのを待っていました。もしかしたら、あの日アルトに連れられて来たザジイが、本好きのルメラが、アルトの影のように付き従っていたファラジが、もしくはアルト自身が──顔馴染みの店主を頼ってくるかもしれなかったからです。アサールは待ちました。しかし、ぽつぽつと彼らの訃報が届く以外に、彼の戸を叩く者はありませんでした。
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