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    ❄️氷❄️

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    ❄️氷❄️

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    ※一旦、完成しました。
    ※タイトルはパロディですが、内容はちいか◎には関係していません。
    ※円重(ナギヤマウェブオンリー用)
    ※ご都合妖怪が出る

    なんか小さくて可愛い奴になった…ってコト!? その日、朝方から円はついていなかった。術の手順を間違えたのか、目覚まし代わりの式神にいつもよりも強く叩かれた。あと、朝食のときに手が滑って、湯呑みの中身を零してしまった。
     疫病神のようなものならば、憑いていたかもしれない。文句の一つも吐かず、式神も使わず、大人しく机を拭く。ここまでしたから、後できっとイイことがあるはず。やや愚直なまでに、そう信じて。手を動かしながら、耳飾りも彷徨うように揺れる。
     円の願いは、打ち砕かれる事態になった。
     ♢
     帝都の軍人である円たちは「刀衆」という部隊に所属している。帯刀を許可され、立派な役職のようだが、業務は実質的にほぼ皆無だ。良家の子息、言い方を変えればお坊ちゃん、彼らを軍人として配置するには、人間世界より安全であるとされる異界の方がうってつけというわけである。さしずめ、鳥籠の中だ。
     ──得体の知れない妖怪の面倒を見るのは、お偉いさんには嫌なんだろうね。知らない、ってことがそのまま、ハラワタ抜かれるような恐怖心に繋がるからさ……。プライド高そうだし……。
     時々、円はそう考える。妖怪も、見知ってみれば、凶悪なばかりでもない、とも思う。人食い鬼なんてほんの一握りで、大抵は力の弱い一市民だ。ふよふよと綿毛のように舞っているだけの妖怪ならば勿論害はない。人型を取っている者も、大抵は酒を飲み交わせば、それなりに会話はできる。
     暇な仕事なので、隊服には着替えているものの、詰所で物思いに耽っていても責められない。鍛練に精を出す者も居るが、汗をかいて必死に技を磨く気にはなれなかった。飲みに行くか、と立ち上がったところで、くすんだ銀髪の男が眼前に立ちはだかった。
    「円。どこに行く気だったかは聞かない。今から仕事があるから、来て欲しい」
     隊長格を務めている英だった。獲物を狙う猫のような鋭い目、迫力のある相貌が何も言わずとも威厳を出している。彼が説明するには、隊員をすべて集めているようだ。何が起こっているのだろうか。円の肌が泡立った。
     詰所から一歩、二歩、と外に出てみると、一人の妖怪が縄で全身がんじがらめに縛られていた。外見は中肉中背で顔も印象に残らない男だが、まなこだけが月の大地のように白く、煌々と光っている。すでに何事かあって、お縄になっているということか。円は胸を撫で下ろした。享楽主義が過ぎている住人も多いので、自身の楽しみ、それだけのために街を騒がせる事態も起こる。これもまた、灯影街の現実だった。ふ、と見上げて、隊員が揃っているのが目に入った。ほとんど毎日、とある妖怪と手合わせをしている楓の姿もある。きちんと英の招集には応えている律儀な男でもあった。
    「この妖怪は、対象の相手を小さくさせてしまう力がある」
     小さくさせてしまう。もしも対象を赤子にさせるという意味ならば、非常に危険だ。強い妖怪でも、妖気が少なかった頃に逆戻りする。灯影街では寝首をかかれてもいいよと告げるに等しい。何を想像したのか、おお、と誰かが感嘆する声が上がったがすぐに消えた。
    「言っておくと、肉体年齢を逆行させるものではない。自然の摂理に逆らえるまでの能力など、そうありはしないからな。この妖怪の策に陥れば最後──玩具の人形のように、小さくなるのだ」
     街角で気に入った妖怪を小さくしては、自由に鑑賞していたらしい。そして飽きたら適当に追い出す。滅茶苦茶な話である。
     迷惑を被った者たちは、大妖である九尾の狐が経営するラーメン屋で、次々愚痴を吐き出した。そいつは災難だったね、と尻尾で客を慰めた店主から、英へといつの間にか話が伝わった。だから、下手人捕獲に動いていたというわけだ。彼は見事に役目を果たした。
    「少し反省してもらおうと思う。……全員で見張りを続けてくれ」
     見張りながら晒し者にしておけば、体を巡る羞恥心も相まって幾らか反省するのではないか。それが英の策だ。暇だな、と誰もが思ったが口には出さず、見張りを続けて数分経った。
     全く前触れはなかった。突然だった。
    「このまま捕まってられるかァ〜!」
     叫んだ刹那、辺り一面が閃光に包まれた。お天道様も霞みそうな程、目に痛く眩しいものだった。明らかに人智を超えた烈しい光は、能力の発動を意味している。
    「逃げろッ」
     英の低い声が響く。びりびりと、空間が震えた。世界が白に染まったようだ。視界を覆い尽くした光は、煙のように霧散して、消えてゆく。
     距離を取ってはいたが、お互いに無事を確認し合う。ひい、ふう、みい、と念のため数えてみた。一人足りない。
    「重は」
     円は息を飲んだ。ああ、もうどうしてくれる。心臓がバクバク鳴り出したの、責任取ってくれんの。早く出て来い。俯くと、足元で何かが動いている。
    「逃げ遅れてしもたわ……」
     現世で売られているミニチュアフィギュアのように、二頭身で丸い目を瞬かせる重がそこに居た。円の靴にぶつかっても、衝撃が伝わらない。
     ほんの一瞬足が遅れた重は、完全に魔手に触られてしまった。玩具店に並んでる人形と見間違えそうな程、愛らしい姿で立っている。歩いたら、ぽてぽて、とでも効果音がつきそうだ。
    「なあ、拾ってくれへん。踏まれてまう」
    「はいはい」
     気怠く返事をする。襟元をつまんで片手でひょいと持ち上げた。
     ♢
    「珍しい人間を小さくしたらどんな風になるか、巻き込んでみたかったんだよォ〜」
     全く悪びれもせず、平然と言ってのける。反省の色など見られるはずもない。所詮人間相手だと、舐め腐っているようだ。あっかんべーと舌を出した。
    「蛟か烏天狗に引き渡すか……」
     お灸を据えるには、強大な妖怪にこのならず者を指導してもらうしかない。英が、彼らを探すために街へと繰り出した。
    「え、そンな強いの呼ぶって反則……。じゃなくて、やめろ! やめてください」
     背中はとっくに捉えられなくなっている。止めても無駄だった。葉物の野菜に塩をかけたように、身がきゅうと屈んでいる。先までの勢いはすっかり萎んでいた。少し涙すら浮かべている。あえて、泣き言には対応せず全員が無視した。その代わり、変身した重を触ったり、本人同様小さくなった服を観察したりしている。首に結んでいる鈍い赤を纏った紐も、見慣れた眼鏡も、そっくりそのまま、大きさだけ変わっていた。いけずぅ、と本人は声を上げて抵抗している。暴れてみても手足が小さいので、ハムスターがちょこまかと動くようにしかならない。
     盛り上がっている内に、英が帰ってきた。
    「出て行く前にコイツを戻せ」
    「偉そうな言い方が腹立つからヤダね」
     英がびき、と青筋を立てて、眉を吊り上げた。怒気のせいなのか、髪の毛が躍る。
    「じゃあ、明日の朝まで解けないようにしておくワ。ここまで譲歩した俺って親切!」
     刹那、豆電球のような光が重を包んだ。堰が壊れたように、高笑いしながら走り出す。とは言え縛られたままだし、英の連れてきた助っ人に折檻されるのが落ちだ。
    「覚えときやあ……。絶対報復したるからな……」
     重は睨みを効かせたつもりだが、大きなビー玉のようにとろとろ光る瞳は、可愛らしいとしか言いようがない。そんな顔で言っても、全然効いていなかった。その場に居る全員──正確には重以外──が、苦笑した。
    「で、どうします、英隊長」
     街を騒がせた原因も去っていき、人間だけが残された。重は指でつついたら、床を鞠のように転がりそうな程小さかった。
    「……一人にさせては、食事もままならないのが現状だ。明日まで、誰か世話を」
     やだー、面倒臭い、式神にやらせろ、などと各々勝手に文句を上げ始めた。閑職で時間を持て余している割に、自分たちの過ごし方を勝手に決められることは、厭わしいのである。
    「いっそ、ジャンケンで決めようか」
     詠が長いため息のあとに提案する。
    「いや、それよりも……」
     蒼が、円の方にすい、と視線を寄越した。鳥肌が立った円は、抜き足差し足その場を去ろうとする。しかし、「あーそっか、円でいいじゃん!」と言う詠の明朗な声に、遮られた。
    「いつも連れ立っているからな」
    「ね、円、お願い! 今度葛ノ葉で奢るから」
    「済まない、頼まれてくれるか。もう今日の仕事は上がっていい」
    「は……」嫌ですけど、とキッパリ断りたかったが、何も言えない。上官である英に、頭を下げられているのだ。断りにくい。断ったら減俸だ、とか言われたらそれはそれで頭が痛い案件だったけれども。舌打ちしたいところを堪えたので、褒めて欲しいぐらいだ、と思った。
    「はあい」
     ♢
     その後の数時間、詰所で重と将棋をして、雑談をした。何かあってはいけないので、屋内に居るしかなかったのだ。夕食は、円がスプーンで重の口許に運ぶ作業を繰り返すことになった。雛鳥に餌付けするみたいだった。一口一口、小さな頬を動かして咀嚼する重のことを、念のため目を離さずに見守る。おかげで円自身が食べ終わるまでには随分と夜の帷が降りていた。
    「あーあ、厄介ごと押しつけられた」
    「日頃からよおく見てくれたはるなあ、皆々様」
     円の部屋へ、ゼンマイ仕掛けの人形のように小さな歩幅でトコトコと立ち入った重が笑う。
    「それは……」
     円が柳眉を逆立て、わなわなと肩を震わせた。白い肌にさっと朱がさす。
    「アンタが! アンタが未だに俺のこと、『暇つぶし』に付き合わせるからだろ!」
     火に薪をくべたように、語気の勢いが増してゆく。
    「ええやないの。こんな街(トコ)で暇持て余しすぎたら、死ぬで」
     それは太陽が西に沈むぐらい自明だ。だが、彼が円を誘っている『暇つぶし』とは、情事に溺れることなのである。体を繋げて、腰を揺らしている間は、夜の長さに怯えはしない。怠惰に関係性が続いていて、糸は変な結び目を作っていた。
    「一丁前に、可愛い見た目してんのがムカつく」
     重の頬を両手でむい、と引っ張る。白玉のように、滑らかな感触だった。
    「俺がかわええって。おおきに♡」
     小憎たらしい物言いに血管が切れそうになったが、重のペースに飲まれては面倒だ。深呼吸して、胸を大きく上下させる。
    「……そうですね。目なんてこぉんなにくりくりになっちゃてさ……」
     重の体をひょいと持ち上げる。片手に収まる大きさだが、両の手のひらで丁寧に包み込んだ。丸い瞳を、穴が開きそうな程見つめる。
    「舐められそう」
     舌でねっとりなぞったら、どんな反応をするだろう。少しゾクゾクとする。円の眦が、熱を持つ。
    「なんなん、急に……」
     予想外の切り返しをされて、重の声色は少し湿っていた。視線を少し逸らす。
    「今なら、アンタのこと一口で食べられちゃうね」
     重の表情が途端にしかめ面になった。とは言っても、眉が少し寄った程度である。
    「あっ、何その顔。食べるって変な意味じゃないから」
     ちょっといい気味だな、と円は口端を上げた。しどろもどろしている重は、この日で一番可愛いと思った。
     ──もっと、戸惑わせたいだけ。それだけだから。
     重の頬を、ゆっくりと紅い舌が辿った。一度だけにして、舌を離す。
    「……目ェやないんやな、舐めるの」
     白い歯を見せて、ニタリと笑っている。あまり動じていない。円は歯噛みした。
    「目にして欲しいの。お望みなら、口のナカも舐めてあげますよ」
    「それを望んでるのは、自分のほうやろ……。今の俺と、色々試したいんちゃうの」どうどす、そう言って全身で円の鼻に触れた。鼻先に、口づけの花を添える。本当に淡いキスは儚くて、円の皮膚にすぐ溶けた。
    「っ、ん……!」
     今の奇襲は、ずるいのではないか。小さくなろうが、重は重だった。どう反撃しようか、見つめる視線は、まるで恋人同士の熱視線のようにも見えた。          
     ♢
     扉をノックする固い音が、二度響いた。返事はないが、勝手に扉が開いた。
    「起きてる〜〜?」
     重が縮んでから、初めて夜が明けた。前日、円の部屋に消えたのは刀衆全員が知っている。もう元に戻っている頃だろうと、詠と楓の二人が様子を見に来たのだ。
    「ちょっと楓! 見てよこれ!」
     いきなり詠が声を上げた。右手を振って、手招きをする。
    「あまり大声を出さない方が……。寝てるんだろ」
     楓がツバメの旋回のように、ツイと視線だけを円の寝床へ向けた。布団が小さな山を成している。その中を見て、思わず吹きだしてしまった。普段はそこまで破顔しない楓にしては、珍しいことだ。
     一つのベッドの中に、二人の男が寝ていた。しかも重の方から、円に抱きついている体勢だ。二人とも隊服を着たままで、寝息を立てている。呼吸のリズムが、少しずれている。重はともかく、円は着替える間ぐらいなかったのか、と楓が肩をすくめた。
    「ね、すごい光景でしょ。あ〜〜スマホ無いのが惜しいなァ」
     緋色と桃が混じり合った、大きな瞳が瞬く。同僚の微笑ましい──というよりは詠にとっては面白い場面を目にして、好奇心が輝いている。
    「この二人、結局のところ……」何だかんだ、仲がいいんだろうな。そう呟いた楓の耳飾りが朝風の中、爽やかに揺れた。
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