奈落の呼び笛・ヘカトンケイル(セファール=アルカンドラ)のバレンタインストーリー妄想
カン カン カン
ごうごうと竃で燃える火、鉄を打ち付ける金槌の金属音、熱気の溢れる鍛冶場
あなたはそんな彼の後ろ姿に声をかける
「ヘカトン!」
「ん…?やぁマスター!!こんなところに何か用かい?」
彼女の声に振り向いたのは金髪の青年、名はヘカトンケイル。ギリシャ神話における百碗の巨人の名を持つ青年はこの鍛冶場で何本かの剣を打っている。
「これ、みんな依頼されてるもの?」
「ああ!オリオン、アキレウス…名だたる英雄が武器のメンテナンスを依頼してきてね…いやぁ人気で困っちゃうよ〜、でもこれを受けずしてヘカトンケイルの名が廃るってね!」
満更でもなさそうな顔で笑う
「ヘカトン、ハッピーバレンタイン!」
「へ?」
あなたからチョコを渡されきょとんとしているが、すぐに思い出したようにアッという顔をする
「…あ、そっか今日バレンタインだったね!仕事に夢中で気が付かなかったよ、いや〜ありがとうマスター!」
何となく白々しい喜び方をする、まぁそれが彼の性分だから仕方がない。ならこちらも渡しておくべきだろう
「あとこれも」
「えぇ?2個ももらっていいのかい?いやぁ“僕”ったら罪な男〜!」
「今のはヘカトンの分、こっちは“セファール”の分」
「………」
セファール、セファール=アルカンドラ
こちらとは違う歩む道を隔たれた星と雨に愛された理想の島、悪意で満ちた破滅の国
そしてその世界の破滅を望む地球の悲鳴によって再度世界に生み落とされた終末機構
──それが彼の正体だ
「…君、“俺”の分も用意してたんだ。律儀すぎない?」
若干呆れたような目でこちらを見つめてくる
「溶けないうちに食べちゃってよ」
「ま、気が向いたらこっちは食べるさ……言っておくけど、お返しとか期待しないでよ?」
「わかってる、そのつもりであげたんだし。まぁ普段のお礼ってやつだよ」
「はいはい、てか君他と奴らにも配り終わってないんだろうチョコ?とっとと行きなよ、待ってるやつだっているだろうし」
「うん、じゃあまた周回で!」
そういい部屋を後にするあなた
自身の手にある二つの包みを眺めながらため息をつく
「目にクマ作ってまで作るもんかね……」
セファール宛の方を開封する、中には星の形を模ったチョコレートが何個か入っている、その中の一つを口に
「あっま…」
味への悪態をつきながら、ヘカトンは考える
「……頑張ったご褒美ぐらいはあげてもいいか」
何かを思いついてヘカトンは新しい作業に取り掛かる
依頼の方は一旦お休み、今からは自分と彼女のために金槌を打とう
その夜マスターは夢を見る
何もない真っ暗な空間に一人佇む、暗闇であるはずなのにどこか見覚えのあるこの場所、この風と彼方へと続く奈落の穴
「来ちゃったんだ」
後ろを振り向くと背の高い白肌の男がそこに立つ
「セファール…」
「夢とはいえ無意識か知らないけど俺の領域に踏み込むなんて、命知らずにも程があるんじゃない?やっぱ君ってバカだよ」
「…君こそ、私に用事があってここに現れたんじゃないの?」
「訂正、そのくらいは察し良かったか」
めんどくさい、と言った顔で頭を掻く
「…昼間のお返しさ」
「え!?セファールがお返しを!?」
「俺だって一応貰ったもんは返すギリは備わってるよ、汎人類史の俺とは違ってね。ほら、手を出して」
手を差し出すと彼は一つの小さい笛を渡す
「笛…?」
「それは俺とこの奈落の魔力を入れて作ったものだ、一回しか使えない代物ではあるけど吹けば必ず俺の耳に届く」
「どうしてそんなものを、私に?」
「…いずれくるかもしれない未来のための保険ってやつだよ」
「きっと使う機会なんてないと思うよ?」
「そうであれば結構。まぁなんだ………もしも味方が誰もいなくなってどうしようもなくなったら、ため息混じりに吹いてくれよ。その時は…君の人生の全て俺がめちゃくちゃにしてやるから」
じゃあ、そろそろ目覚めなよと台詞を吐きセファールは背を向ける
それと同時にあなたは夢から覚める
目覚めると朝になっていた、ふと枕元を見ると夢に出てきたものと同じ笛が転がっていた…
《奈落の呼び笛》
ヘカトンケイル(セファール=アルカンドラ)からのお返し
銀製の小さな笛
一度吹けば奈落の穴はあなたを一瞬で飲み込みにくる、ただし使用は一度きり
何の意図を持ってこれを作ったのかはわからないけれど
彼は願っているだろう、あなたがこれを吹いて自分を呼ぶことを