クリーチャーに追い詰められて成り行きでエチして時間を潰すルダの話「オッサン!オニハソト!」
膝下あたりから弾けるような声が聞こえた。
勝手にローブを掴んでバタバタと揺らしている。
アダムは仕方なく長い長い足を曲げてしゃがみ込むと、小さな悪魔はキャッキャッと飛び跳ねた。
「オニハソト!オニハソト!」
「オッサンは違うだろ」
「オッサン!オッサン!」
「違う。お兄さんだ」
「オッサンは何歳?!」
「お・に・い・さ・ん」
「わーは8歳だから8粒だ!」
「8粒?何の数だ?」
アダムは尋ねたが、悪魔は両手をブンブン振って「オニハソト!」と繰り返した。話しかけられたのに無視される。
言動といい、見た目といい、子どもの悪魔なのだろう。
サラサラのおかっぱが激しく揺れるのをボケラと口を開けて眺める。
別に子どもが好きなわけではないが、爆発寸前の星にも似た元気さに知らず知らず引きつけられていた。
「あら…ごめんなさいご迷惑を…」
ほろほろと細く小さな声が頭から降りかかってきて、口を開けたまま少し見上げる。屈んでいてもアダムは十分にでかいのだ。
「すみません…目を離したすきにいなくなってしまって」
「………」
空いた口が塞がらなかった。
柔らかな肌にうすく色づいた頬。せつなげに下がった眉に吸い込まれるような黒い瞳。
「あのぉ、何か…?」
袖の長い服で隠された口元に、僅かに傾けられた白い首。
輝くような美貌ではない。
しかしその淑やかな雰囲気にアダムは目を奪われた。
「…いえ、あぁ、あなたの子ですか」
開いた口を緩く閉じて、眉頭を寄せて下げる。少しの頼りなさを演出してカラリとした声を出す。うっすらと、しかし相手の目に軽薄に映らないように微笑みかければ、黒い瞳がパチパチと瞬きをしてほろっと笑い返された。
「はい。すみません…コトハ、こっちにいらっしゃい」
コトハと呼ばれた悪魔はピクッと反応するとキラキラの笑顔でその淡黄色の着物に飛びついて腰のあたりに顔を埋めた。
「お嬢さん。あなたのお子さんは何もしていませんよ?だから謝らないでください」
「そうでしたか…」
「オッサン!何歳?」
「オッ…」
「これ!」
コトハは急に振り向くと、アダムを真っ直ぐに指差して「オッサン」と呼んだ。背中がピシッと固まる。途端にコトハの頭に華奢な手刀が落とされて、小さな頭が2cmほど沈み込んだ。
「本当にすみません!コトハ!謝りなさい」
「い、いえ…ゼンゼンキニシテいないので…」
「……グズッ、」
「ありがとうございます…」
「そ、それより…なぜ私の年齢を…?」
「…ぅ、豆をね、食べないといけないんだよ……」
小さな悪魔は涙声で告げると、着物に顔をグッと押し付ける。
アダムは見上げながら首を傾げて疑問符を浮かべた。
「うちの故郷での習わしでして。年の数だけ豆を食べて健康を願うのです」
「と、年の数だけ…?」
「ええ。コトハ?そうよね?」
「……うん」
きめの細かい手がサラサラの髪を優しく撫でる。暖かなふれあいが繰り広げられてアダムは愕然とした。
地獄のおどろおどろしい景色にこの親子はどうしたって馴染んでいない。
「お嬢ちゃん。私の健康を願ってくれたのかな?ありがとう」
「!」
「年の数か…私には難しいな」
アダムは親子に対しとにかく柔らかく、淑やかに微笑みかけて優しくした。何とかしてお近づきになりたいと思ったのだ。
こんな脳内花畑のひだまり親子がどうして地獄で平和に暮らしていけるだろうか。
きっとたいそう立派な後ろ盾がいるはずである。
「おにいさん…これあげる…」
「んー?」
それは豆がパンパンに詰まった袋であった。
アダムはニコーッとして受け取ると小さな頭をふわりと撫でる。
するとコトハがキラキラした目を向けて頬を赤くした。
「あの、お気になさらず…ただの習わしですので」
「いえいえ、大事なことです。習わしを守ることは故郷を守ることと同義ですから」
「、ありがとうございます…地獄にもあなたのような人がいるなんて…」
髪を耳にかける。たったそれだけの仕草でさえ雅やかでアダムはグッときた。「私…まだイケる!」と心でガッツポーズを取る。
胸の内を悟られないようにほろほろと朝日をイメージして笑いかけると、アダムは淡黄色の小さな肩に手を置いた。
「私もここであなた方のような親子に会えるなんて…ああ、失礼。私はアダムと言います」
「アダムさん…アダムさん」
「はは、何でしょうか?」
「うちもコトハも、ここであなたに会えてよかったです」
淡黄色は頬を橙に染めると「またお会いしたいです…」と小さく呟いた。
無邪気な笑顔がアダムを見つめる。
これにしめしめと心で頷く。
アダムはルシファーに飼い殺されている。なので何処か潜伏できそうな場所が欲しかったのだ。この親子は一先ず利用できそうである。
と言うのは建前で、アダムは最近諸事情で女を抱けていないので、目の前に極上の女が現れて感涙というのが本音である。
「ええもちろん。良ければ今度お食事なんてどうでしょうか?」
「え、良いんですか…?」
「もちろん!あ、でも怖いですよね…?会ったばかりでこんな約束…」
「そんなことないです!うちも…あなたに会いたい…」
アダムはグッと胸を抑えた。淡黄色が花乙女のように微笑んで見上げてくる。
何だか良い匂いもしてきて、もう情緒がおかしくなってしまいそうだった。
口を「」の形に歪めると体を僅かにのけぞらせる。
花乙女はほろほろ笑うと、ぱっと何かを思い出したように目を開いた。
「ああ、名前まだでしたね。うちは………
「おい、いつまで寝てるんだ」
「〜〜〜〜〜最悪ぅ…」
アダムは布団をずり上げて顔を覆うと低い唸り声を上げた。どうやら全部夢だったらしい。なんて勿体無いことをしたんだろうか。夢だと知っていればあんなに紳士然として関わる必要なんてなかったのに。
「〜〜〜〜〜〜」
「なんだ?シ足りなかったのか?」
「そんな日は一生来ない」
「じゃあ早く起きて掃除でもしなさい」
「話しかけんな。夢の内容忘れるだろうが」
「夢ぇ?」
ルシファーが怪訝な声を出す。
アダムは布団にくるまったまま夢の内容を話した。しかしあくまで夢の話なので段々と話しながら詳細を忘れていく。子どもが出てきたことは覚えているがどうにももう一人の人物が思い出せない。
多分子どもの親だということはわかるが、見た目が全くわからなかったし、内容もあやふやになっていく。
「確か…女、そう着物を着ていて…また会おうって?…あー、」
「………」
ルシファーはこれをスマホを触りながら話を聞いていたが、アダムが自分の発言にさえ疑問符をつけて話し始めたのでコーヒーを淹れようと立ち上がった。
次第にアダムは諦めたようで、ベッドボードに背中をつけたまま、ぼけーっとルシファーの手を見つめる。
黒い豆がミルに入れられて粉々になっていく。
ゴリゴリという音が部屋に響いて、アダムはふと、「豆…」と呟いた。
「あぁ、そうそう!豆を食べるんだ!」
「へぇ?コーヒー豆を食べるなんて変わった夢だな」
「なんか年の数だけ食べるって言われて…」
「無理難題だなそりゃ、何日かかるんだ」
「オニハなんとかって…」
「オニ?」
「なんだっけな…」
「アダム、コーヒー飲むか?」
「飲む」
ルシファーが揃いのマグカップをシンクから取り出す。そこにポットのお湯を注いでカップを温めている。
その間にアダムは冬眠明けのクマみたいにのそのそと起き上がってローブを上からかぶった。背中が妙にぶかぶかで寒さに身震いしながら席に座る。
ルシファーはまだキッチンに立っていた。
多分朝食の用意もしているのだろう。
「〜〜寒っ、」
「そろそろ新しい服を仕立てさせるか?」
「あ。フクだ」
「ん?服を新しくするかって聞いたんだ」
「違う。女の名前だ。…あーなんか思い出してきた!」
「…ん?フク?……フクってまさか…」
「オニハソト。フクは…フクハ…」
「やめろアダム!!!それ以上言う、」
「ああ!フクハウチだ!」
「!」
アダムがピンと指を立ててひらめいた!みたいな顔で言う。
その瞬間バツンと音が響いて辺りが真っ暗になった。妙なことに窓から一片の薄明かりも差さない。この状況にアダムは顔を顰めていると何かに強く首根っこを掴まれて床に振り落とされた。
「ッ!オイ、ルシファーふざけ…」
「そこか!アダム!?」
ルシファーは叫んでアダムに抱きついてそのまま一回転すると勢いを殺さずに持ち上げた。何が起こったのかわからず困惑しているとルシファーは「黙れと言っただろ!」と怒鳴った。切迫した声にビクッとする。
「な、な、」
「黙れ。大人しくしてろ」
「………」
体を強く抱き締められる。アダムは夜目が効くのをルシファーの顔のあたりを見つめて待った。しばらくするとうっすら赤い瞳が見えてきて、そのあまりに剣呑な表情にやはり困惑する。まるで何かを恐れているような表情である。こんな顔は初めて見た。
「———-〈コココココ〉………」
不意に響いた音に、ルシファーが顔を強張らせる。アダムはその視線を辿って顔を逸らした。
「〈コココココ〉」
ダイニングテーブルの真横。アダムが座っていたであろう場所。そこに異様なものが佇んでいた。
頭部からは縮れた長い髪の毛が床まで垂れていて、顔は妙なお面に隠されていた。
何度も何度も汚れては洗ってを繰り返したボロ布のような服で、そこから不自然に長い枯れ枝のような手足が伸びている。
「……フクはオニを退治するんだ」
ルシファーがジリジリと下がりながら囁く。額には汗が浮かんでいた。
「オニ?」
「どこかの習慣だ。邪なものをオニに例えて退治する。それ以外は忘れた」
ぶっきらぼうな言い方だった。普段の飄々とした姿からは考えられない。
「…何の話だルシファー?」
「お前、今自分がどんな見た目か忘れたのか」
「—————あ」
額から伸びた赤いツノに、金の輪をかいた黒い瞳。ブラウンの髪は若干白くなりつつある。
その姿、まさしくオニであった。
「あいつはお前のことを退治しに来たんだ」
「え…でも夢に」
「予知夢か正夢か。兎に角お前は自分を退治する存在をこの屋敷にわざわざ呼び込んだというわけだ」
ルシファーは視線を微塵も逸らさずに下がり続けると寝室に入っていった。寝室の奥。そこにある小さなクローゼットのドアノブを尻尾で掴んで開ける。
「…どうにかできないのか?」
「無理だな。いなくなるのを待つしかない」
「…なんでお前はアレを知ってるんだ」
「昔チャーリーがアレを呼んだことがあるからだ」
「その時はどうしたんだ」
「倒そうと思ったが不可能だった。アイツは習慣とも呼べるものだ。ああ言った存在は人々の思いがそのまま力になる」
「だから?」
「アレを壊したらアレを信じる人々の習慣に影響を与える」
「で?」
「そしたら天国に釘を刺される」
「あー、なるほど理解した」
「…」
「…」
狭いクローゼットに入るとルシファーはアダムをゆっくりと下ろした。鍵を閉めた瞬間、カチャンと金属音が鳴る。その瞬間ドアノブがガチャガチャガチャッと動かされた。
アダムが悲鳴をあげそうになり、ルシファーがしがみついて黙らせる。
ガチャガチャと嫌な音が鳴り続け扉がドンドンドンドンと叩かれていたが、しばらくすると音がぴたりとやんだ。
「…いなくなったのか?」
「いや。まだ外を彷徨いている。ここに入ってくるつもりだ」
「え………どうするんだ?」
「明日になればいなくなる。それまではここで隠れるしかないな」
「どうにかしろよ」
「誰のせいでこうなったと?」
「……」
「よろしい。そうやって黙っていなさい」
アダムはギュッと押し黙って背中を壁につけた。クローゼットにしては広いが、アダムが過ごすには手狭である。真っ暗な小部屋の中、話すこともなく、互いにスマホも何も持っていなかったので手持ち無沙汰であった。
「…よし」
「?」
「セックスするか」
「…ん?」
「セックスしようか」
「ん?」
何が「よし」なのかちっともわからない。
アダムは耳に手を当ててルシファーに片耳を寄せた。何かの聞き間違いかと思ったのだ。だってこの狭い空間に閉じ込められた状況で「よし」の後に「セックスしよう」が来るのは文脈的に間違っている。
セールス…セールスしようと言ったんだろう。バケモノ相手に交渉しようとしたのかもしれない。うん、きっとそうに違いない。
「ルシファー、聞こえなかったからもう1っか…」
「セックスするぞ、アダム」
「……絶対おかしいからな」
「なんでだ?することないなら、スルのがいいだろ」
「あ、頭がおかしいっ!」
「見ればわかるだろ」
ルシファーが赤い眼で笑う。
こいつの方がよっぽどオニじゃないかと身構えていれば細い指が横腹をスッ…となぞった。
たったそれだけのことでガクッと腰が震える。悲しいことに開発され尽くした体は僅かな刺激も漏らすことなく全身へ波紋のように伝播させてしまう。
「るし、ファッ、」
「仕方ないなぁ…」
「なにが、ヒッ!」
局部を膝で押し込まれ、喉を引き攣らせる。ルシファーは片腕をアダムの首に引っ掛けると顔をズイ、と近づけた。
「シてやるから大人しくしテろ」
指と指で丸を作って舌をベッと通す。
アダムのすぐ後ろの壁からカリカリカリカリ…と長細いものが引っ掻く音がした。
切