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    茶筌(ちゃせん)

    @M9Qh3anWE086394

    どうも、茶筌です。

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    POIPOI 19

    親愛なる!
    ひぽぽぽさんのお誕生日ということで!
    リクエストいただいた「カワイイカワイイ病」です!
    可愛くなっていると…嬉しいです!
    お誕生日おめでとうございます🎂🎊

    カワイイカワイイ病?それは奇妙な光景であった。

    「カワイイ…カワイイよアダム。カワイイ」
    「はいはい。わかったわかった」

    アダムがソファに座っている。
    その膝上にちょんとルシファーが収まっていて、うっとりした表情でアダムの喉の辺りを眺めていた。

    「カワイイ。オマエがここにいてくれてウレシい。スキだよ」
    「私は嬉しくない」
    「ツンケンするオマエもカワイイ」
    「…勝手に言ってろマジで」

    「ねぇオレ達何見せられてんの?」

    エンジェルは笑えないC級コメディを見るよりも冷めた目つきで言った。周りの面々も小さく頷く。
    何故って、あのルシファーとアダムが朝っぱらからベタベタくっついていちゃついているのだ。
    昨日までは地面が揺れるぐらい大きな声で怒鳴り合ったり、ドン引きするぐらいアダムが痛めつけられたりしていた。
    暴力的なコンテンツここに極まれりといった関係の二人が、一晩たっただけでバカのカップルYouTuberみたいなことをしているのだ。
    この場の誰も気絶していないのが奇跡である。

    「多分…パパは病気になったのよ」
    「おおぉ、すごいこと言うねチャーリー」
    「今は根絶した病気でね、カナシイカナシイ病っていうのがあったのよ…」
    「何それ」

    チャーリーは青い顔をして小さいクッキーを掴んだが、表面をボロボロと指で擦るだけで食べなかった。父と叔父のメロドラマに気絶していないだけで元気はないのである。

    「詳しくは知らないのだけれど…確かカナシイカナシイ病…だった気がする…」
    「何それ馬鹿の作った病気?」
    「さぁ…なんか悲しいって感情に囚われて悲しくなっちゃう病気だった気がするわ…」
    「ふーん?じゃあ…」

    エンジェルは話を聞きながら爪の先を眺め、今日のネイルは何時だったか…と思いつつ、大きな欠伸をして「あれはカワイイカワイイ病ってこと?」とモゴモゴと言った。
    彼はつまらない人間のやり取りなんて見飽きているので他より少し余裕があった。

    「そう…パパは病気なんだわ…」
    「そうだねぇ」

    チャーリーは項垂れながらクッキーを潰すと、空いた手でハスクのふわふわした腕を撫で回した。
    今の彼女に必要なのは恋人や友人の温もりではなく、柔らかいアニマルセラピーである。
    よってハスクは撫でられるたびに耳を毛の先までビクッと立てながらこの所業に耐えていた。少しでも嫌がれば修羅の顔をしたヴァギーが槍を光らせるのだ。
    恋人なのに頼ってもらえなくて悔しいのである。

    「カワイイアダムや、その頬の傷はどうしたんだい?」
    「オマエが昨日ぶん殴った痕だよ」
    「それは…そうか、ごめんな。痛かったよな」
    「キモ」
    「お前がカワイくて耐えきれなかったんだ。悪かった。もう二度としないよ」
    「DV彼氏か」
    「…カワイイ。カワイイねアダム、ごめんよ」
    「人でなしめ。思ってもないことを言うな。反吐が出る」
    「そんなこと言わないでくれよ?綿を開いても針なんて出てこないさロリポップ」
    「勘弁してくれ〜〜〜」

    グデッとソファに背中を押しつけて額に手を当てる。横に向けた目でチャーリーたちを見つめるとアダムは「助けろ」と口をパクパク動かした。
    その間もルシファーはちまこい体をアダムの膝上に収めながらとろりとした目を向けている。細い指でアダムの胸元をスス…となぞって「カワイイ…スキ…」と繰り返していた。

    「まあ、放っておいたら治るでしょ」
    「そうねぇ」
    「ッ!?!!?」

    アダムはそれを聞いた瞬間体をガバッと起こして目を見開いた。見捨てられるとは露ほども思っていなかったのだ。説得しようと思って床に足をつける。しかしその瞬間、ルシファーがアダムにギュ!としがみついてきてソファから立ち上がれない。

    「っ!くっつくな!離れろ!!」
    「ーーーッ!!」
    「見てられん」

    ホテルの面子はみんな疲れた顔をして手を横に振ると「はあ、」とか「もう、」とか言いながら立ち上がった。
    別に意地悪で助けないわけではない。
    場所もわきまえずイチャつく高齢アベックは、しかし満更でもなさそうに見えたのだ。
    昨日今日で何が起きたのかわからない。
    しかし冷静に考えれば長く存在している奴らのことなんて、推し図ろうとするだけ無駄だと気がついた。それだけのことである。

    「無理無理これ以上ここにいたら目が爆発する」
    「父×叔父?…冗談言わないで」

    チェリーはしょぼしょぼと目を擦り、ヴァギーはチャーリーの肩を抱いて立ち上がった。
    布の擦れる音、コツコツとなる足音がラウンジに響いては離れていく。アダムは「ちょ…!?見捨てるのか…!?」と驚いて無理やり立ち上がった。そのせいでルシファーが背中からドゴッと音を立てて床に倒れ込んだ。

    「あ、」

    大きな音だった。
    サッと血の気が引いて青ざめる。どうやらルシファーは頭を打ったらしい。床に座り直して頭を抑えている。
    きっととんでもない八つ当たりが飛んでくる。常日頃からルシファーとは争いが絶えない。
    しかしいつだって負けてボコボコにされるのはアダムなのだ。では何故そうまでして反抗するのかといえば、ルシファーに屈するのが嫌だからである。何故屈しなければならない…首を垂れてそのまま地面にめり込め。と。

    「……カワイイ」

    しかし予想に反してルシファーは座り込んだまま、首をグッと持ち上げると「何処から見てもカワイイ…」と目をメロメロさせた。
    ゾッと首筋が泡出つ。
    どうやらエンジェルダストの言っていたカワイイカワイイ病とやらは本当らしい。
    潤んだつぶらな瞳がアダムを一直線に見つめている。

    「スキだよアダム」
    「ヴッ」
    「スキでスキで…目が離せなくなる」
    「〜〜〜〜ッ!」
    「ははは…カワイイ」
    「ーーッ…」

    アダムはよろけてソファに倒れ込んだ。眉を顰め「マジかよ…」と両手で耳を抑えながら顔が熱いのを必死に隠す。
    ルシファーは項垂れるアダムをメロメロしたまま見つめると、ソファに近づいて指と尻尾をゆらゆらと揺らした。




    あれは純粋が故の誤作動だった。

    「初めまして!私はルシファー!」

    見たことのない、表現しようもないモノが目の前に現れてヒュ、と息を飲み込む。
    揺れる白い翼は白鳥が持つものよりも大きくて、青い瞳は空よりも広い。
    ルシファーと名乗るソレは私の胸元ぐらいの小ささだが、太陽よりも果てしなく見えた。

    「大きな手が素敵だね。たくさんのものを守れる手だ」

    ルシファーがふんわりと笑ってその小さな手を私の手にピタリと合わせた。
    真っ白な手は柔らかくて少し冷たかったのをよく覚えている。
    それから毎日、動物を探すふりをしてルシファーを探し回ったのも。
    見つけるたびに声をかけたのも。
    ルシファーが「こんにちは」とふんわり笑ってくれたのも、今でも覚えている。

    「今日は何を話そうか?」

    大きな翼を揺らして鶫のように楽園を飛び歩くルシファーに走り寄れば、彼はふんわりと微笑んで世界のことや父のことを話してくれた。
    彼は話をする時、魔法で人形を出したり金の粒で空に絵を描いたりする。
    ルシファーの話は面白く美しい夢物語のようで大好きだった。特に彼が星を作ったという話はお気に入りで、何度も何度もねだって何度も話してもらった。

    楽園の温かな日差しの中、二人並んで話をしたのを覚えている。
    ルシファーの青い瞳が、微笑んで銀に輝く。
    この時間がいつまでも続くなら、私はそれで十分だった。この目にルシファーが映っているだけで楽園は明るかったのだ。

    —————でも。影が差した

    「ルシファー?何処にいるのー」
    「!はっ、リリスッ♡♡♡」

    ルシファーとリリスは出会ってすぐに恋に落ちたらしい。
    知らなかった。
    その後二人が私を置いていなくなる仲となっていたことも知らなかった。
    …知らなかったのだ。
    ルシファーは優しいから、リリスにも優しくしているだけだと思った。
    あの青い瞳は、リリスと一緒にいても私をみてくれていると思った。
    私の方がリリスよりも付き合いが長いから、ルシファーに大事にされていると思った。
    ルシファーの未来に私は映っていると思っていた。
    なのに———

    「ルシファー……ッ」

    それ以来気持ちは塗り替えた。
    純粋で何も知らなかった自分を塗り替えて、檻を下ろした。
    後はただひたすらに自分に課せられたことに打ち込んだ。父を信じ、命に従い、人類を繁栄へと導く。
    天国に行っても同じである。
    するべきことをして、真面目に過ごし、大きな仕事を任され、天使たちにも認められて、それで…

    「アダム」

    見たくもない顔が今更になって、私の名前を呼んだんだ。





    「ん…」

    目が覚めて、滴るような赤い瞳と目が合う。
    アダムはルシファーの膝の上に寝かされていた。
    舌がニョロッと飛び出して引っ込むと小さい手が頬に触れる。

    「おはようアダム」
    「……」
    「寝ている姿もカワイかったよ」
    「……」
    「もう少し寝ててもよかったぐらいだ」

    アダムはぼんやりと目を開けて指で眉間を抑えた。グーっと強く押し込み、「もう……嫌」と頬に触れる手を弾き飛ばす。

    昨日はちゃんと部屋に鍵をかけて、悪魔祓いの札も貼り付けて、空間を分断する魔法陣をベッドに描いて眠りについた。
    それなのにこの悪魔ときたら、何食わぬ顔で鍵を壊し、札を破り捨てて、魔法陣に落書きをし、ベッドに潜り込んでいた。
    おまけに膝枕までサービスしてくれている。全く嬉しくない。何が悲しくて野郎の薄っぺらな膝で眠らなければいけなのだ。

    「あら?」
    「……」

    ゴロンと動いてルシファーから離れる。
    アダムはベッドから降りると軽く体を伸ばした。腹立つことに非常によく眠れたので全身が軽い。しかし気分は悪く、背中にズブズブと刺さる視線に肌が泡立つ。

    「用がないなら失せろ。朝からテメェの顔なんざ見たくない」

    アダムは背中を向けたまま、僅かに顔をそらしてルシファーをチラッと視界に入れるとものすごく平坦な声で言った。
    もう疲れてしまったのだ。
    奇妙で不気味な状況に嫌気がさしていた。
    けれど視界に映るルシファーはキョトンとして、しかしパッ!とお日様みたいなキラキラの笑顔になると、「は、話しかけてくれた…!!」と顔を赤らめて言った。

    「朝からお前の声が聞けるなんて!」
    「〜〜〜ウゼェ」
    「その低い声もカワイイよ」
    「あのよぉ、私がカワイイって言われて絆されるとでも思ってンのか」
    「アダムがカワイイからカワイイと言っているだけだ」
    「お前の目玉は何処にある」
    「カワイイは嫌なのか?ならスキに変えようか?」
    「悪化してンだよ。ふざけるな」

    アダムは濃いため息を吐いて顔をグシャッとさせた。背後から「不機嫌な猫ちゃんみたいだ…スキ」と聞こえたが無視をする。
    首裏の辺りがむず痒くて、誤魔化すようにガサツに掻いていると小さな手がスルリとアダムの服を掴んで引っ張った。

    「なぁ、もう少し話さないか?」

    上目遣いでねだられる。
    赤い瞳が細まって金に輝く。
    アダムは髪を逆立てると強く振り払って部屋から逃げ出した。
    心をザラザラのヤスリで削られるようだった。
    塗り重ねて着飾ったものをこそぎ落とされるようで、心臓が警報のように鳴っていた。
    先ほどまで見ていた夢と現実が重なるようで頭がズキズキと痛む。
    少し走った先でアダムは壁に手をつくと、ハアハアと重たく咳こんだ。

    「…ほだされるな…だまされるな…」

    病が原因なら早く治ってほしい。
    早く治って、互いに憎しみ合い歪み合う関係に戻りたい。
    笑顔で話をされると心がどっしりと重くなるのだ。

    「う゛っ、…もう…やだ……」

    水っぽく咳き込んで、ズルズルと座り込む。
    逃げ出たところで意味はない。
    結局ルシファーはアダムの部屋に居座っているから、行き場所がないのである。





    「………」

    さて、アダムが言い知れぬ感情を押し殺していた頃、ルシファーはアダムのベッドの上でごろっと寝転がっていた。
    つまらなそうに尻尾を揺らしながら、無の表情でスマホをいじる。

    「ぁ、チャーリーとヴァギーはカフェでデートか…可愛いなぁ〜〜♡♡♡」

    ニヤニヤととろけた声を出して、娘の投稿にいいねを押す。そのままスクロールして、死んだ顔で無駄な時間を過ごすと、気になる投稿が目に止まった。「カワイイカワイイ病が流行ってるの?」という内容だった。エンジェルダストの投稿である。

    「は〜〜〜カワイイカワイイ病ねぇ」

    それだけ呟くと大きな枕に体を乗せて再びスマホをスクロールし始めた。



    ある日のことである。
    私はチャーリーとヴァギーと一緒に家族アルバムを広げていた。
    遊園地でリリスの手を引っ張って笑うチャーリー、三段アイスを顔に塗りつけながら食べるチャーリーとそれをみて笑うリリス、花を指差しながら互いに見つめ合って笑うリリスとチャーリー…
    どの写真も笑った顔だが、そのどれもが違ったものに見えた。
    心が柔らかく温かいものに包まれて、体の底からツヤツヤした感情が雫となって湧き出す。
    雫は滴り落ちて、集まって固まると、いくつもの結晶となって体の中に溜まっていく。
    奪われたくないと思った。
    手放したくないとも思った。
    ふと写真から目を上れば、チャーリーとヴァギーが笑いながら思い出を語りあっている。新しいアルバムに写真を貼り付けて、メモ書きを残していた。

    こうしてまた思い出が増えていくのだ。
    これが私の宝物だ。
    これが私の、

    「これが私の愛だ」
    「人真似畜生が一丁前に愛なんて語るな気色悪い」

    通りがかったアダムがベッと舌を出して言い捨てる。頭から冷たい水をぶっかけられたような気分だ。
    心の拠り所を蹴散らされて、目の前が真っ赤になって、家族写真が見えなくなって。

    「アダム!そんなこと言わないで!」

    凛々しい声がカンッとラウンジに響く。
    チャーリーは立ち上がると私が手を出すより先に言いつけた。
    しかしアダムは鋭い目を向けたまま、私に向かってハッキリと言った。

    「お前に、愛なんて、わからないだろ」
    「—————アダム」

    地獄に落ちてから、アダムは毎日毎日飽きもせずに突っかかってくる。
    大きなことでも小さなことでもいちいち噛み付いて私を不快にさせた。

    「一体なんなんだっ!!お前はッ!!!」
    「、」

    怒鳴っても、殴っても、組み敷いても無駄だった。
    どれだけ痛めつけてもアダムは鋭い目を向けるばかりで一向に成長しない。
    これなら昔のアダムの方が良かった。

    「オイッ!なんとか、言ったら、どうだっ、」
    「ウッ、あッ、ガフッ、」

    楽園時代、アダムは私の後をついてまわっては、同じ話を何度も強請る生き物だった。
    いつもうかがうような顔をして、少し早口で話したかと思えば、気を使うように黙り込んでぎこちない笑顔を作る。

    「毎日、飽きもせずっ、なんのつもりか!」
    「ッ、ぐ、うあっ、」

    アダムのことがどこまでもわからなかった。
    だから、知恵の実を与えた。
    そしたらアダムがわかると思ったのだ。
    あの時はアダムも知りたかったんだと思う。
    でも、今でもアダムのことはわからないし、もうわかりたいとも思わない。

    「………」
    「………」

    目覚めの悪い朝、眠い目を擦って廊下に出ると向かいの部屋から全く同じタイミングでアダムが現れた。
    ムスッとした顔で、痣のついた頬が風船のように膨らんでいる。
    それをはっきりしない頭でぼーっと見つめていると、またアダムがギャアギャアと騒ぎはじめた。

    「あ〜冗談キツい…よく朝っぱらからそんな顔ができる。そこいらにいる害虫の方が生き生きとしているんじゃないか?小さいモノは小さいモノを見習って物陰に引っ込んでろ。そしたらこのクソッタレの地獄もいくらか素…」
    「………」

    私はこの生命体のことが本当にわからなかった。アダムの声が乱れた電子音のように聞こえて、目を薄く開いてから眉間にシワを寄せる。
    視界の隅で金色の大きな翼がバサバサと動いて、時折腫れた頬を痛そうに抑えながら、一生懸命大きく構えて、眉を逆立てて大きな口を開くのが見えて。

    「カワイー…」

    一言、ぼろっとつぶやいた。疲れた脳の壁から、貼り付けていた付箋がピラッと剥がれたみたいに、なんの意味も無く。
    だから言った後も、「あー…適当言ったわ…」と口をボカリと開けて首を斜め上に向けていた。
    どうせまたアダムが怪獣みたいな声を出して騒ぐのだろう。
    そう思うと気分が下がった。若干鬱々としていたのだ。低血圧が原因である。

    「カ、何…?、」
    「?」

    引き攣った声が耳に入ってパチと瞬きをする。
    見上げればアダムが半端な位置で腕を固めて頬を真っ赤にしていた。

    「……カワイイ…カワイイな」
    「!」

    言えばいうほどアダムが喉を詰まらせて体を逸らせて離れていく。
    どうやら「カワイイ」は魔法の言葉のようだ。喧しいアダムが一発で黙って暴れもしなくなる。

    ルシファーはこれを面白がって、わざとニッコリ笑ってアダムの瞳を見つめた。
    それだけで大きな肩が揺れて、見たこともないような表情が浮かびだす。

    「き、気でも狂ったのか??」
    「心配してるぅ…カワイイな」
    「気持ち悪っ、まじで死ね」
    「ハハァ…カワイイよ」

    言葉遣いは相変わらずだが、言葉尻には覇気がない。それに、何故か暴力を振るうときよりもビクビクとしている。
    非常に面白い。
    まだアダムの知らない姿が見られるとは思いもしなかった。

    「アダムぅ」
    「うっ、」

    舌をニョロっと出して、まなじりを柔らかに見つめる。それだけでアダムがガタリと震えて目をとまどわせた。
    なんだか楽しくなって、カツカツと近づいてアダムを壁際まで追い詰めて、ローブにしがみついて、翼を広げて顔を瞳の奥まで覗き込んで、

    「アダム、カワイイよ」

    ふわりと笑って口に出した。





    「……〜〜〜そろそろ起きるか」

    スマホからパッと顔を上げる。
    起きてからゆうに数時間経っていた。

    「飽きたな」

    顎を指でカリカリする。
    ルシファーは退屈していた。
    最初の頃(昨日)は見たことないアダムが見られて面白かったが、それだけだ。
    迷惑そうな顔をして、ボソボソ喋って、目を泳がせるだけ。どこまで行ってもワンパターンなのだ。
    リリスはコロコロと表情を変えて、笑ったり怒ったり泣いたり喜んだりした。
    紫の大きな瞳が生まれたての星みたいに輝いていつも違う風に見えたのだ。彼女とは言葉を交わして目を合わせることができた。
    あの時は互いにわかりあうことができていたんだ。

    「アップルパイでも作るか…」

    大きな欠伸をして、ベッドから滑り降りる。
    もうアダムをカワイイと揶揄う気持ちはどこにも無くて、頬に手の甲を押し当てて林檎とカスタードが一対一になるパイのレシピを考えていた。

    鏡で身だしなみを整えてからキッチンに向かう。ルシファーは緩く歌いながらホテルの薄暗い廊下を進んだ。Can’t Take My Eyes off Youが低くて艶っぽい声で響く。
    リリスのことを少し考えて機嫌が良くなったのだ。

    「————-アンタってマゾなの?」

    聞き覚えのある声が脇から入ってくる。
    ラウンジを覗けばエンジェルダストとアダムがソファに座って話をしていた。
    アダムが大きな背中を向けている。
    ルシファーはニコーッと頬を持ち上げると側に近寄った。真っ青な白昼夢みたいな笑顔をその背に向ける。




    「アンタってドマゾだよね」
    「ポルノスターに言われたくないが?」
    「オレはエスだよ?仕事は仕事だからさぁ」
    「そうかよ」
    「何が楽しくて毎日王様のこと怒らせてるのさ。今時暴力的なのって創作だけの話で、現実に行なわれるのはタブーなんだぜ」
    「それお前のところのボスに言ってやれよ。お前の作るコンテンツはオワコンだって」
    「それすらわからないから地獄でビジネスができるんだ」
    「可哀想なこったな」
    「ぜーんぶアンタの子孫」
    「一回ほとんど滅んだから私とは関係ない」
    「ディックマスター♡認知して♡」
    「マスター引退させてもらうわ」
    「………」
    「……ッ」

    エンジェルが脳死した会話を止めるとアダムは膝の辺りを見つめながら頬をさすったり、左右に揺れ始めた。落ち着かないのだろう。

    暇を持て余してラウンジに降りれば、真っ青な顔をぶら下げた人類の祖がいた。赤くなったり白くなったり大変な男である。
    エンジェルがドカッと乱暴にソファに座り込むと、アダムがビクッとして翼で体を覆った。
    しかし羽の隙間からチラチラと視線が刺さってきたのでエンジェルは適当に話しかけてやったのだ。

    「それで?アンタってマゾなの?」
    「…戻すのかよ」
    「じゃなかったら…王様に構って欲しいとか?」
    「なんでだよ気持ち悪い」
    「わかんねーの…」
    「早く……ルシファーが元に戻って欲しい」

    アダムが細く呟いて膝を抱える。
    エンジェルはギョッとして、スマホから目を離した。
    骨が折れるほどに痛めつけられた時でも、ルシファーの香りを纏ったままラウンジに降りてきた時でも、アダムはヘラヘラと笑っていた。
    それは不気味で、エンジェルにとって理解できるものではなかった。
    しかしこれはわかる。
    この情緒不安定の鳥人間は傷ついているのだ。

    「え。そんなに嫌、?」
    「うん」
    「いや、うんて……暴力振るわれた方がマシなの?」
    「…だって…だ……が……か」

    エンジェルはスマホ越しにルシファーが歯を見せて笑いながら近づくのに気づいていた。
    得てして人を騙すバケモノはああして獲物を嘲るのだ。
    赤い瞳が傾いてシーッとやられる。
    エンジェルはこれを眺めていたせいでアダムがなんと言ったのか聞こえなかった。

    「へ?ごめんなに?」
    「……なんとも思われないより嫌われた方がマシだ…」
    「え…それで暴力の方がいいって…」
    「病気だろ、アイツ。治ったら全部元通り」
    「じゃあ、治らない方がいいじゃん」
    「でもいつかは治る…」
    「治ったらどうなるのさ」
    「また嫌い合う」
    「それで?」
    「私は…偽物の好意すら貰えなくなる」

    アダムがズッ、と鼻を鳴らす。
    よほど参っているのだろう。
    普段から話す仲ではあるが、表層で戯れているだけでアダムが自分の本心を話すことはなかった。
    エンジェルはなんだか見てはいけないブラックボックスを菓子箱を開けるテンションで覗いてしまったようだ。

    「でも…治った後でも様子が変わらないかもしれないだろ?良いじゃん、今のうちに楽しんでおけば…」
    「良くねえ!!あんなの……ウザくてダルくてキメェし…、」
    「?」

    だんだんと声が小さくなって、下を向いて固まる。「なんだよ」と声をかけて爪先でツンと脛を突くと、アダムはビクッと飛び上がって片手で顔を抑えた。

    「カ、………かんちがいするから、…」

    顔から頭から湯気を出して胸元を抑える。
    首までカッと赤くして、肩をプルプルと震わす。
    アダムは手の隙間から、潤んだ目でエンジェルを見つめるとマジで…。本当に…、と譫言をこぼす。まるで自分の言ったことに驚いて、恥ずかしがって泣いているようだった。

    「え〜、なにそれラブいじゃん」
    「ぅ、うるさい…」
    「なんだよ〜本当のアンタってかわ…」
    「可愛い」

    紅い瞳がスルリと動く。
    スーッ…と金属の擦れるような音に、アダムとエンジェルが肩を揺らす。気がづけばアダムの両腕に細く白い蛇がくるくると縛るように巻きついていた。
    力を入れれば引き剥がせそうであるが、チロチロと動く赤い舌がそれを躊躇させた。

    「ッ、なんだよこれ…おいっ」
    「可愛い」
    「えっとぉ…オレ部屋に戻るから…あはは、」
    「テメェふざけんなッ!この状況で私を…」
    「可愛い、可愛いよアダム。可愛い…」
    「ッ〜〜〜〜〜!!!やめろマジでッ!離れろって」
    「頑張ってねぇ〜……」

    エンジェルは二人に背を向けると素早くホテルの通路を進んだ。
    4本の腕で体を抱きしめて身悶える。
    唐突に致死量を超える甘さを与えられて体が熱っていた。





    「おい!なんの冗談だ」

    アダムは両手を縛られたまま、ソファに沈められていた。その上にルシファーはノシっと跨って、人差し指でアダムの頬を撫でる。

    周りにいた悪魔たちは蜘蛛の子を散らすように一瞬にしていなくなった。急に現れたドロっと重たい雰囲気に命の危機を感じたのだ。

    「いや…ね?お前があまりに可愛いかったから手を出してみようと思ったんだ」
    「ッ、やめろ!」
    「何故だ?勘違いするからか?」
    「はうっ、……忘れろ」
    「可愛いナぁアダム。勘違いすればいいじゃないか」
    「!」

    ルシファーはアダムにキスをした。
    目を閉じて、唇をチュッと吸う。チュ、ジュ、と舌を入れない。しかし、視界が眩むほどに熱くセクシーなキスをした。
    唇を色の薄く、引き攣ったアダムの唇に合わせたままゆっくりと目を開ける。

    「アダム…」
    「む、ひう」
    「可愛いね」

    アダムは首を振って嫌がった。けれどルシファーに耳を塞がれて顔を動かせなくなる。
    頭の中でちゅ、ジュッと隙間なく響く。
    堪らなくなって、アダムはボタボタと涙を流した。

    「ッ〜〜〜ヤダヤダヤダ!!」
    「何が嫌なんだ」
    「お前は、私のことなんてなんとも思っていないんだろ!」
    「可愛いと思っているが?」
    「それが嘘だって…」
    「可愛いなアダム…不安を剥がしてあげよう」
    「ンンンッ!!」

    妙なスイッチが入ったのか、ルシファーは色っぽく微笑むと嫌がるアダムを無視して唇を啄み続けた。
    唇を舌先で舐めて吸う。
    アダムは真っ赤になって全身を硬くさせていたが、しばらくするとぐったりしてソファに沈んだ。ルシファーは黄金色の瞳が滲むのを見て「何度か寝たが、キスをするのは初めてだな…」とぼんやり思いながらもちもちあむあむ続けた。

    「るし、ふあっ」
    「なに?」
    「ゆ、ゆるして…」

    ルシファーはちゅ、と唇を舐めてから顔を離す。黄金色の瞳と目が合ってしばらく見つめ合う。何を許して欲しいのかわからないが、ニョロっと舌を出してアダムを眺めた。

    「あ…あ、あ!」
    「うお、」

    アダムが上半身を揺らして顔を背ける。
    よくわからない。
    よくわからないが、何かがわかりそうだった。
    昨日までのカワイイとは違う、体の底から滲み出すナニカがルシファーにはあった。

    「アダム」
    「っひ、」
    「私は今、お前をもっと知りたくなった」
    「は、離れ、」
    「離さない。でもここではしないから…お前の部屋でいいか?」
    「や、やめ…」
    「ダメ。ウンって言え」

    ルシファーが目をキラキラさせて、でもどこか悲しそうなそぶりでねだる。
    これを見た途端、心臓が飛び上がった。体が燃えるように熱くなる。それでも苦しそうに呻きながら、体と顔をルシファーから逸らせた。

    「ルシ、ファー、」
    「なあに」
    「っ、お前のそれは…病気だ」
    「病気?……あぁ、カワイイカワイイ病?」
    「っう、退け!!私を乱すな!!!!」

    アダムが下唇を噛んだ顔でルシファーを睨み上げる。しかしよく見れば凛々しい眉が下がって寄せられ、まつ毛は濡れて束になっているし、声も涙で滲んでいた。

    「乱す?」
    「ゔーっ、そうだ!お前はいつだって私に関心がないだろ!!」
    「んー?お前は関心があるのか?」
    「そうだ!、ぁ、」
    「…なるほど。少しわかりそうだ」
    「あ、なん…っむう、」
    「お前、ずっと私に何かを隠しているな」
    「んあ、ちがっ、あむ」
    「お前がいつまでも偽るから、私はお前がわからないんだ」
    「ンンっ、や、あぇ」
    「それともエンジェル君が言っていたように…マゾなのか?」
    「違う!、んむぅ!!」
    「じゃあなんだ」

    ちゅっと音を立てて唇が離す。赤い瞳でジッと見つめると、黄金の瞳が細かに揺れる。
    アダムはふうふう言いながら目を鋭くさせたが、無言で見つめれば額にドッと汗をかいて眉を歪める。

    「わ、私に…優しくするなっ、」
    「殴られたいのか?」
    「そうだ…」
    「どうして?」
    「……っ、……」
    「教えなさい」
    「、…………から」
    「何?」
    「や、やさしくされるとおもいだすから…」
    「は?」
    「クソッ、!お前を愛していたことを思い出すからだっ!!」
    「へ?」

    涙目で顔を真っ赤にするとアダムはルシファーを叩き落としてソファから立ち上がった。
    落とされたルシファーはボケッとしたままアダムを見つめ返す。

    アイシテイタ…?
    あいしていた…?
    愛していた?!?

    「な、え?!アダム、」
    「黙れ!!人間モドキ!!一丁前に病気になんぞ罹りやがって!さっさと治せ!!」
    「わっ!!!」
    「わかったらさっさと退け!壁にめり込まずぞ」
    「ひゃい…」
    「ヘビッ!!!!!」
    「は、はいっ、!」

    ホテルが揺れるほど大きな声を出すと、アダムは顔を真っ赤にしてルシファーの眼前に腕を突き出した。白蛇が大声に驚いて目を回している。ルシファーが慌てて腕に巻きつく蛇を取ってやると、アダムはダン!ダン!と足音を鳴らしながら立ち去った。
    ルシファーは斜め下を見つめて、たくさんマバタキをしながら「治って欲しいのね…」とか、「私を…愛?」とか考える。目を回した白蛇がスルスルと帽子の飾りに戻る。

    「いろいろありすぎて言えないが……」

    柱にかけた時計がコチコチと鳴り、風で窓がガタガタと揺れ、ゴーッという空調音がラウンジに響く。
    ルシファーは冷や汗を垂らしながら顔を上げて

    「こ、こじれすぎだろ…」

    真っ赤な頬をこわばらせながらボソッと言った。
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    Replies from the creator

    茶筌(ちゃせん)

    PROGRESS今日が節分なんですね!
    この世のこと何も知らなかったので明日が節分だと思っていました!
    しかも今日ルシアダ記念日なんですね!
    無知のち晴れ!!!


    貧乏性なので続きは甘々ルシアダDayに回します!
    何でも許せる人向けです!
    続きはぬるめのR-18の予定です!
    何でも許せる人向けです!
    クリーチャーに追い詰められて成り行きでエチして時間を潰すルダの話「オッサン!オニハソト!」

    膝下あたりから弾けるような声が聞こえた。
    勝手にローブを掴んでバタバタと揺らしている。
    アダムは仕方なく長い長い足を曲げてしゃがみ込むと、小さな悪魔はキャッキャッと飛び跳ねた。

    「オニハソト!オニハソト!」
    「オッサンは違うだろ」
    「オッサン!オッサン!」
    「違う。お兄さんだ」
    「オッサンは何歳?!」
    「お・に・い・さ・ん」
    「わーは8歳だから8粒だ!」
    「8粒?何の数だ?」

    アダムは尋ねたが、悪魔は両手をブンブン振って「オニハソト!」と繰り返した。話しかけられたのに無視される。
    言動といい、見た目といい、子どもの悪魔なのだろう。
    サラサラのおかっぱが激しく揺れるのをボケラと口を開けて眺める。
    別に子どもが好きなわけではないが、爆発寸前の星にも似た元気さに知らず知らず引きつけられていた。
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