チェンゲ隼竜短文【沈黙でもって返すしかないから】 逃げているとは分かっている。無実の彼に冤罪を被せた己の罪に目を背けてはいけない。
そう強迫観念にも似た自責の念が、再会した後もなお竜馬の視線から目を背け続けている。
竜馬は、無言でいつも睨んで来る。
傷だらけの両手に巻かれた薄汚れた包帯を見ただけで、彼があの刑務所でどのような扱いを受けていたのか尋ねなくとも理解できた時は、酷く後悔した。
それでもあの時の自分は決行した。
正直に言う。あの頃は竜馬のことを愛していなかった。
と言うよりも、個人的に仲間意識はあった。
だが、それ以上に特別な感情を向ける対象は他にいたのだ。
早乙女ミチル。
あの事故で死亡した哀れな彼女の死が、何かも変えてしまったのだから。
彼女の死から全ては狂い始めた。早乙女博士の狂気に満ちた変貌。ヒビが入り始めた仲間たちへの意識。
そして俺の中でも確かな変化の兆しがあった。
あの時、好きだった。惚れていた彼女に特別な想いを寄せていたことを誰も知らない。
だけど彼女はこの世にもういない。
あの事故は誰のせいだ。誰を責めればいい?
罪悪感と狂気に苛まれていたあの頃。竜馬や武蔵ともぎこちなくなって部屋に閉じこもり気味だった俺に、早乙女博士から持ちかけられた計画を拒否する道徳観などとうに失っていた。
容易く彼の計画に乗って、すべての罪を竜馬に被せてあらゆる準備を重ねて来たのだ。
走り出した歯車は誰にも止められない。人間らしい感情も何もかも捨てた。
すまない竜馬。
俺は、本当はお前のことが嫌いだったんだ。
俺にはない唯一無二の何かを持つお前が怖い。
その気持ちは、今もなこの胸に抱いて心を切り刻んでいる。
【終わり】