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    gnsnmta

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    レイチュリワンウィーク
    お題:「筆跡」
    収集癖のあるアベンチュリンがちまちまと処方箋になりうるものを集める話。
    ピクシブにも同じものを投稿しています。
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=23389333

    #レイチュリ
    Ratiorine
    #レイチュリワンウィーク

    よすがとなりうるささやかな紙屑 いくらインターネットの普及によりクラウド化やデータでのやりとりが増えたとはいえ、スターピースカンパニーであっても紙を用いた資料のやり取りは未だ健在だ。特に社外の相手とのやり取りを比較的多く行う部署である戦略投資部では、定期的にシュレッダーや溶解処理が行われていた。
     期日の迫ったプロジェクトも、月末に提出しなければならない請求書や人材奨励部に送る予定の申請書も今は抱えていない。今日は絶好の事務作業日和であった。

    「あっこれ、」
     プレゼン資料と思われるグラフ付きのモノクロの資料に貼られた付箋紙が目に留まる。
    カラフルな付箋紙には流麗な字が書かれていた。

    『作為的な図表、留意するように』

     内容をざっと読み込むとピノコニーに向かう前に行った案件のようだった。相手は特に問題のなさそうな気の良いその星所属の官僚で、このまま合意をしようとした際に念のため向こうの用意した資料を技術開発部に精査してもらおうとレイシオに渡したものだった。
     結局うまい話には裏があるというセオリー通りで、相手の作為的なグラフ改ざんをレイシオが指摘した。そのおかげでより商談がこちらの都合の良いように進んだことをぼんやりと思い出した。
    「これは個人情報でもなんでもないし、もらっていいよね」

     ふと、アベンチュリンはこれを捨てるにはなんだか惜しい気がしたのだ。



    「わぁこれも懐かしい」
     新たに付箋紙のついた資料を手に取る。
    同じ筆跡で、付箋紙のサイズは先ほどよりも大判のものだ。

    『こちら側の不手際で手間をかけた。当該資料の差し替えをお願いしたい』

     戦略投資部も技術開発部も期日までの時間がない中、客先への資料を徹夜で仕上げた時のものだった。技術開発部内部の意見が二手に分かれたことにより、こちら側の意向とかけ離れた内容に変わり果てていたのをプロジェクトの責任者として向こうの指摘した時のものだった。開発部内部のそれぞれの意見はどちらも捨てがたいが、あくまでもこちらの意向が大前提だったので強く抗議したのが記憶に残っている。その後数週間ほど技術開発部の研究者達の目が冷ややかだったことも同時に思い出させた。
     部下を複数持つ責任者としてアベンチュリンにとってあんなのは日常茶飯事だというのに、こんなにしおらしいメッセージを残せるのか。なんだか微笑ましく感じた。
    「今思うとこの時のレイシオってまだこういうのマメに添えて書いてるんだな、殊勝なレイシオって珍しいから記念に取っとこ」
    アベンチュリンは気分よく付箋を丁寧に剝がし取り、彩りを失った資料を溶解用のボックスに突っ込んだ。



    『戦略投資部御中』、『下線部要確認』、『却下』、『〇月▲日締め切り』……

     ただの宛先を示すものから書類への指摘事項、渡す相手へのリマインドなど、それらはもう今となってはすでに何か意味のある言葉ではない。もはや今この作業の手を止めてしまう要因になっているあたり、ノイズともいえる代物だった。
     しかしレイシオの直筆の文字を見るとどうしてもアベンチュリンの処分を進める手が止まる。これらの文字を目で追うたびに、あの時アベンチュリンを強く引き留めた処方箋、あの短くともストレートなレイシオの言葉が、頭の中で同じ文字であると認識して脳内でリフレインするのだった。
     夢の中に置いてきてしまった、——正確には持ち出しようがないのだが——その処方箋はいまだにアベンチュリンの意識をピノコニーへと飛ばそうとするのだった。

    「本人に見つからなければ、別に良いよね」
     延々と続く作業に終わりの兆しが見え始めた頃、手元には様々な色の付箋紙が集まった。そこでアベンチュリンは自分の机の中からこの付箋紙にちょうどいいものを探し始めた。引き出しにしまっていた使う予定のない未使用のメモパッドを取り出し、表紙に丁寧に一枚一枚先ほど剥がした付箋紙を丁寧に貼っていく。文字や付箋紙の大きさは全て異なるが、記入者の性格が窺える統一感のある文字のおかげでいい感じのスクラップブックになったといえるだろう。
     これらはあの時に見た文字と同じ筆致だ。これらの文章全てに意味はないが、これらは誰が書いた文字かと思えばアベンチュリンからはこれらが少しだけ輝いているように見えた。
    「あの処方箋、また僕に書いてくれないかな…」
     僕がこれからやることを知っていながら、そしてその計画に自分が巻き込まれることを分かっていながら、それでも僕が生き伸びることを願ったレイシオ。
     ピノコニーからピアポイントに帰還した後もあの処方箋についてレイシオは触れて来ない。だからアベンチュリンも同じように話題には出さなかった。きっとあの生真面目な男のことだから、また同じものを作って欲しいと頼んでも、無駄で不必要なものと了承は得られないだろう。幸運の持ち主であるアベンチュリンが勇気を出して言ったとしても、合理的、そして理性の塊であるレイシオが自分の願った通りにはならないのは明白だった。
    「でも大丈夫…だから」
     この文字たちを見たらあの美しいひかりを思い出せるから。
     他人からすればただの紙屑だけど、これは僕の、大事なお守り。
     指で愛おしげにレイシオの文字たちをなぞったあと、気持ちを切り替えるべく丁寧に引き出しの元の場所に戻した。



     アベンチュリンは高級幹部を務める以上、常に多忙だ。
     あの日から引き出し中のスクラップは自分だけの処方箋に代わるお守りとして、時折見返しはするものの、そのメモパッドはメモとして使われることなく引き出しの一番上を定位置とし、大事に保管されていた。
     自分としてはあまりにもいじらしいとも思うが、本来であれば処分されるはずのものだ。それを集めようが見返そうが、レイシオにも誰にも迷惑をかけていない。それでいいじゃないか。ただの使用済み紙屑の寄せ集めだ。
     それでもアベンチュリンにとっては効果がある。これのおかげで夢から覚めたこの現実世界でもあの処方箋のよすがを感じながら一人で生きていけるのだ。
     あまりの効能の良さに、いわゆる天才クラブでいま研究されている加重奇物のように思えた。アベンチュリンにしか効果がないところなど、加重奇物にある運命や属性などの発動条件と同じような気がした。

     

    ※※※※※



     ある時、執務室にて。
     レイシオからの差し入れのケーキをボックスから取り出し、コーヒーを淹れていると背後から声がした。
    「ギャンブラー、次に君と合同の案件で必要な奇物運搬用ケースはどこにある?」
     今回のプロジェクトのお目当ては人差し指程度の小さな奇物だった。大仰な、いかにも奇物が入っていると分かるような保管ケースに収容するのではなく、人目につかないようにそっと持ち出せるようなそんな箱に入れる必要があった。当該奇物はいわゆる触れて効果があるものでも放射性物質を放つものでもないため、アベンチュリン自体、特に手配もしていなかった。ちょうどいい箱であれば、最近別件で盗聴用にマイクを仕込んだ時計のパッケージはどうだろうか。
    「僕のデスクの引き出しにある時計用のケースでいいんじゃないかなって、運搬だけなら別に代用でも問題ないと思う」
    机の一番上の引き出しに入ってるから鍵もかかってないし、レイシオ代わりに出していいよ、と声をかけたところで、静まり返った部屋に違和感を覚える。レイシオを顎で使ったわりにはレイシオからの返事や嫌味のひとつも返って来ない。
     アベンチュリンはふと思い出す──その引き出しにはケースのほかに何が入っていたか。鍵はかかっていないが、レイシオに見られたら困るものが入っていたはずでは。

     今さらながら降ってきた嫌な予感を薙ぎ払うように手早くコーヒーをカップに注ぎ入れてテーブルに向かうと、お目当てのケースを片手に持ちながら、あのお守りを眺めるレイシオの姿があった。
    「あっ、ねぇ...!なんで見てるの!」
    急いでコーヒーカップを安全な場所に置いてすぐに取り返そうと手を伸ばす。
    「それはただのメモパッドだよ、ケースが見つからないのかと思ったよ」
    「いや、ケースはすぐに分かった。これを見る限り貼ってあるのは全部僕の書いた字のようだが…」
     これはアベンチュリンにとっての加重奇物だ。誰が見てもこのスクラップから受けられる効果は到底わかるまい。だからきっとこのスクラップの記入者であるレイシオも同様だ。なんていうか、そう願いたい。こんな時ギャンブラー特有のポーカーフェイスが役に立った。

    「学者先生のありがたい貴重なメモをたまたま残してあるだけさ、ちょっとしたプレミアものかと思うと捨てがたかったんだよね。でもレイシオ本人の気分を害してしまったし、お詫びしよう」
    「構わない」
    「すぐにその付箋紙すべてを焼却して、君の端末へ信用ポイントを送るよ」
    「おい、人の話を聞け。すぐに行動へ移さなくていい。あと信用ポイントは不要だ」
    「君の発言は価値があるからね、ちょっとした小遣い稼ぎをしようと思いついたんだ」
     夢中であることないことを混ぜ返しながら誤魔化していく。レイシオは顔を顰めながらアベンチュリンの顔を見つめ返した。

    「ふん、こんな凡人の僕の走り書きが値段をつけられる価値になるとは思わないな。まだこの高級時計のケースのほうが普遍的な価値がある」
     誤魔化すには無理があったのか、レイシオは夢の続きのように騙されてくれはしないようだった。
    「むしろこれ自体には意味がない。そうだろう?」
     アベンチュリンへ同意を促すようなレイシオの鋭い視線に机の陰にあった左手がぎゅっと握り拳を作った。
     レイシオにはこのささやかなスクラップブックの計略がばれているのだろう。普段計略が露見しないエヴィキン人にとって心の内を暴かれる瞬間は非常に居心地の悪いものだ。


     指先から少しずつ体温が消えていくのを感じた。レイシオに呆れられてしまっただろうか、処方箋のあの言葉にいまだに囚われている惨めで救いようのない、愚鈍な患者と。
     僕だけが一人で生きていくためにもそのメモパッドから放つ小さな輝きを大事に胸のうちに秘めておきたかったのに。いくら信用ポイントを積んでも得ることのできない大事なものだったが、見えるところにおいたのが間違いだったんだ。かつてカティカ人に奪われた姉のアクセサリーも見えないところにあれば奪われることはなかったのだ。
    「君はこんな文章に満たないものを後生大事にしまっておく必要はない」
     レイシオはアベンチュリンの顔をまっすぐと見ながら言葉を繋げる。
     「ただ君がこの先、前を向いて生を歩むのなら、その支えとして新たな言葉を送るのもやぶさかではない」
     ため息混じりに呟く。レイシオはメモパッドをもとの引き出しに戻し、テーブルへと歩みを進める。ソファに置かれたファイルケースから一つの封筒を取り出した。

    「夢から覚めた君は、そろそろ現実と向き合えるようになった頃合いだろう。君にはもうあの処方箋は必要ない。ただ、君が心のたよりにしたいのであれば別に僕が書いたものを用意するだけだ」
     差し出されたのは深い宵闇のような暗い紺色の封筒であった。四隅に沿うように散らされた模様は金色の小さな月桂樹の葉で、まるで夜空に浮かぶミルキーウェイのように繊細な箔押しが施されている。
     レイシオ本人を紙に描き起こしたかのようなデザインのそれを受け取ると、アベンチュリンは息をひそめながらそっと封を切り、中身を取り出した。
    白い便箋にはスクラップと同じ見慣れた文字が丁寧に書かれていた。
    「これは治癒証明書だ。医術に携わる者として君の症状は治癒したというより寛解状態と表現した方が適切だが──まあいい、君はそこに固執はしないだろう。受け取るといい」

    『夢から覚めたのなら、思考を立ち止まらせてはいけない。君は君の人生を歩むべきだ。君の生きる理由となれるようその隣を僕も共に歩もう。君のことを愛している』

     僕に宛てられた僕だけの手紙。レイシオはずっと用意してくれていて渡すタイミングを見計らっていたのだろうか。処方箋はもう存在しない。でもこれなら夢の中のものじゃないから、これからもずっと大事にしまっておける。想像をはるかに超えた存在だった。
     あの加重奇物と同じだ。レイシオ直筆の文字がアベンチュリン自身も気づかなかった想いをはっきりと知らしめた。

    「君からもらえるものは…なんだって宝物さ」
     感極まって胸が苦しい。封筒を持った手をグッと胸に引き寄せ、深く息を吐きながら気分が落ち着くのを待つ。するとレイシオの手が顔に近づいて輪郭にそってゆっくりと滑っていった。レイシオの親指が頬骨から目元にかけてなぞり、はじめて自身の目元が濡れていることに気づく。自分が思う以上に自分は嬉しいらしい。
     レイシオがもう一歩近寄り、ぐっとアベンチュリンの腰へ腕を回した。背中にレイシオの腕が当たるのを感じると、そのまま強く抱きしめられた。アベンチュリンの身体の強張りを落ち着かせるかのように包み込むその力に、アベンチュリンは身を委ねるようにレイシオの胸元に顔を寄せた。
     ──胸が早鐘のように鳴り続けているの、レイシオに気づかれないだろうか。いつの間にか息も苦しくなってきた。

    「アベンチュリン、君はもうひとりではない」
    「うん…」
    「君があの処方箋を持ち帰れなかったことを後悔しているのは知っていた。」
     レイシオは気づいていたのか。そんなレイシオに返事をしたいのに、そうだったのと聞きたかったのに、嗚咽が止まらず声がうまく出ない。アベンチュリンはそっと頷くと、レイシオは肯定と受け取ったのかそのまま話を続けた。

    「知っていたにもかかわらず黙っていたのは、ただ同じものを作って君に渡したとしても君の精神がまだピノコニーに残り続けるのは君にとってあまり良いこととは思えなかったからだ。あの処方箋を上回るものを君に渡す必要があった」
    「うっ…ふっ…んぅ…」
    「いつ渡そうかタイミングを見計らっていた。それにしてもこれは君を泣かせるために用意したわけではないのだが…」
     緩むことのない腕の中でずっと、優しいレイシオからの言葉のシャワーを受け止める。アベンチュリンの心の中のわだかまり──処方箋を失ったことによる空虚感だろうか──が溶けていくのを感じた。
     レイシオがもう泣き止んでくれないかと言わんばかりにそっと優しくアベンチュリンの後ろ髪を優しく梳く。まるで壊れ物を扱うようにそっと触れるレイシオの手をアベンチュリンは心地よく感じた。

    「僕は君のことを好ましく、そして大事に思っている。僕もあの処方箋には純粋に君への思いを書いたつもりだ」
    「ぅん…」
    「君は僕が隣を歩くことを許してくれるか?」
    「っ…ぼ、僕の方が…」
      僕のほうが聞きたいくらいだった。輝く君の経歴に傷をつける存在になりたくない。君との思い出がいくらかあればそれをもとに一人で生きていくつもりだったのに。いつからこんなに弱くなってしまったのだろう。
    「君は十分に強い。その幸運も君のためにある。それでも君が、幸運だけに頼りきれない時に支えられるのであれば僕がその役を担おう。」
    「れ、レイシオ…ぅ…ッ」
    「ああ。君のことが好きだ。」
     目を合わせるように見上げた先には真っ直ぐとアベンチュリンを射抜くあかがねの瞳が巡狩の光を帯びながら煌めいていた。
     その煌めきに励まされるようにアベンチュリンはそっとレイシオの唇に自分のものを重ねるのだった。
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    gnsnmta

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    よすがとなりうるささやかな紙屑 いくらインターネットの普及によりクラウド化やデータでのやりとりが増えたとはいえ、スターピースカンパニーであっても紙を用いた資料のやり取りは未だ健在だ。特に社外の相手とのやり取りを比較的多く行う部署である戦略投資部では、定期的にシュレッダーや溶解処理が行われていた。
     期日の迫ったプロジェクトも、月末に提出しなければならない請求書や人材奨励部に送る予定の申請書も今は抱えていない。今日は絶好の事務作業日和であった。

    「あっこれ、」
     プレゼン資料と思われるグラフ付きのモノクロの資料に貼られた付箋紙が目に留まる。
    カラフルな付箋紙には流麗な字が書かれていた。

    『作為的な図表、留意するように』

     内容をざっと読み込むとピノコニーに向かう前に行った案件のようだった。相手は特に問題のなさそうな気の良いその星所属の官僚で、このまま合意をしようとした際に念のため向こうの用意した資料を技術開発部に精査してもらおうとレイシオに渡したものだった。
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