ヤドリギの下では誰も 冬の雲も少ない晴れた朝。
それは久しぶりに休日が重なるタイミングだった。アベンチュリンがクリスマスマーケットに行ってみたいということだったので、ピアポイントからは離れた静かな漁師町でクリスマスの時期だけ開催されるクリスマスマーケットを訪れたのだった。
レイシオの目の前を歩く金髪の恋人は興味津々で、いろんなものに視線を向けていた。
「見て!レイシオ、不思議な形の人形!」
「それはくるみ割り人形だ」
まるで万年筆のインクを吸い込む吸い取り紙のように、見たものの疑問を横のレイシオに投げ、その回答を吸収しているようだった。
「これでくるみを?あごの部分がそういう仕組みなのか…そういえばさっきから売られている同じ形のクッキーばかりなんだけど、そういうお祭りなの?」
「あっこのケーキ、美味しそう、あっでも表面は砂糖…?じゃあかなり甘そうだし、二人じゃ食べきれないよね…どうしようか」
「これなら…SNSに投稿しても問題ないかな…そしたらこれをいくつか買って…」
「ねぇ!アヒル!サンタの帽子を被ったアヒルがいる!レイシオにピッタリじゃないか」
クリスマスというイベントが現代では企業による販促の手段へと形骸化された中でもアベンチュリンには縁がなかったようである。スターピースカンパニーの高級幹部として独り身で働く彼は所帯を持つ部下の仕事を率先して代わる傾向にもあるから、この時期に休みを取ることもなかったのだろう。クリスマス自体は宗教由来のイベントでもあり、ツガンニヤ——特にエヴィキン人の信仰にはまったく関わりのないものだから当然でもある。
他宗教のイベントという割にはただ知らなかった、触れてこなかっただけで禁忌ではない様子だった。楽しそうに未知のイベントを満喫しているようだった。
アベンチュリンとともにウインドーショッピングで店を冷やかしながら歩いていると、たどり着いたのはフードスペースだった。マーケットの一角で、季節限定のメニューが提供されているらしく、レイシオが冬の乾燥した空気に酒精の香りを感じられた。
「へぇ、普段のワインとは違うテイストなんだね。香りもなんだか赤ワインとは違うようだ」
「ああ、グリューワインという温かい飲み物だ。シナモンやクローブなどの香辛料が含まれているからアルコールによる血行促進だけでなく、消化促進作用なども期待される」
「レイシオの説明だと、なんだか医薬品の説明を聞いているみたいだ」
「君が聞いてきたからだろう。冬の季節に飲む嗜好品のひとつだ、フルーツなんかも入っているから口当たりも優しい」
「へぇ夏にレイシオから教わったサングリアのようだ。すみません、これを2つ」
ここはお世辞にもあまり栄えた場所ではない。グリューワインの出店の売り子をはじめ、マーケットの雰囲気は穏やかで、まだクリスマスシーズンも始まったばかりである。人混みを好まないレイシオが休日を恋人と過ごすのに相応しく、ゆるやかな時間が流れていた。
「へぇ、こういうところにクリスマスらしいデザインがあると可愛いよね」
購入が済んだアベンチュリンから、ふたつあるうちの片方を手渡される。テイクアウト用のグリューワインには火傷防止か、容器にはかわいらしいニット柄のスリーブが巻かれ、グリューワインの雰囲気をよりクリスマスらしいものにさせていた。アベンチュリンはお気に召したようで、口をつける前に端末を構え、何度か角度を変えて初めてのグリューワインの写真を撮影していた。
「ねぇ、さっきお店の人に聞いたんだ。あっちのマーケットの外れまで行けば見晴らしがいいみたいだし、ゆっくり飲めるみたいだから行ってみないかい?」
人懐っこそうにレイシオを見上げるアベンチュリンに手を引かれ、レイシオはアベンチュリンに導かれ目的地までついていった。
「ふふっ、さっきのお店の人に聞かれちゃった。お連れ様は恋人ですかって」
「誰も彼もが雰囲気と同じで浮かれているようだな」
「もう、つれないこと言わないでくれよ。そうだって言ったら、お店の人がせっかく教えてくれたんだから。君にも教えてあげる。僕の知識もそうだけど、そりゃ君には及ばないけどさ」
きみ、こういうの疎そうだから。レイシオの目の前を歩く金髪の恋人は僕の手を引きながら、どこかに連れていきたいようだった。
「それでも、僕の周りに女性が多いからかな、こういうおまじないとか言い伝えだけは知ってる方なんだよね」
連れてこられた先の頭上には、季節を感じさせる特徴的な形状の植物が飾られていた。
「知ってる?『ヤドリギの木の下ではキスを拒んではならない』って。この下でキスをすると『永遠に愛は続く』んだって」
ねぇ、レイシオ。お願い。
アルコールの入ったアベンチュリンは頬を赤らめ、レイシオの手を取った。
「一回だけだ」
そっとアベンチュリンの唇にキスを送り、嬉しそうな顔を眺めるのだった。
「良かった、拒まれたらどうしようかと思ってたんだ」