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    vel(べる)

    クリフィン・ティルフィンがすき
    pixivにあげるには重いな…辛いな…ってやつとか
    いろいろ載せます

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    現パロ
    【あらすじ】
    大人気俳優・ティルトを推しているフィンが、彼とコンビニで偶然の出会いを果たす。それから、仕事場だけでなく休日にも一対一で話すことになり、驚愕(幸せ)のあまり倒れてしまう。次に目覚めた時、フィンはなぜか彼の家にいて…

    店員フィン 俳優ティルト モデルクリス
    【CP】ティルフィン×クリフィン (ティルバス)
    ○フィンがティルトオタク
    ○クリスと同居してる
    ○※モブ監督注意⚠️

    #ティルフィン
    #フラフィン
    #クリフィン

    一生、僕を推してくれる?


    FINN PART


    俺は超ラッキーだ、と思う。

    だって、推している人が目の前にいるんだから。商品をスキャンしながら、チラ、と彼を見ると、視線に気づいた彼は微笑んで「何か?」と聞いてくる。
    「あ、いえ…」
    「ああ、これも追加でお願いします」
    「かしこまりました」
    心臓がうるさくて落ち着かない。深呼吸をして会計をする。彼はお礼を言って、帰って行った。
    (格好良かったなあ…ティルトさん)
    彼は有名な俳優であり、演技が上手いのもそうだが、何より顔と声が良すぎる。いや、別に面食いってわけじゃないけど。
    映画やドラマで様々な賞を取っている、今、大人気の俳優。そんな彼がなぜここに来るのか、理由は分からないが、こうやって変装しながら客として来てくれるのだ。
    俺は心の中でガッツポーズをするほど、彼と会えた日には浮かれていた。
    「また会えたらいいな」
    「なあに?例の俳優さん?」
    「ウワッ!!!」
    「そんな驚かないでよ…」
    仕事を終えて部屋でくつろいでいると、背後から声をかけられる。びっくりした。
    「クリス、静かに近づいてくるのやめろよ」
    「だって楽しいんだもん〜」
    「何がだもんだ。可愛い子ぶりやがって」
    「いーじゃないの。で?進展はあった?」
    「いや、別にないけど」
    「ええー!!」
    声でか。
    「勿体無いなあ。連絡先くらい教えて貰えばいーのにさあ」
    「できるわけないだろ。…プライベートだし」
    「ふうん」
    自分から聞いておきながら…彼は興味がなさそうに返事をする。なんなんだよ。
    クリスは同居人である。モデル業で活躍している男だ。俺と住むことになったのは…道で酔い潰れる彼に声をかけたら、「一緒に暮らそう」と涙をこぼして縋りついてきたので、心配になった俺は「何かあったのか?」と話を聞いた。それがきっかけだった。
    (まんまと騙されちまった…)
    コイツ、顔だけはイケメンだが、仕事以外は適当なので俺が生活を支えてやらなきゃいけない。料理も洗濯も片付けも何もできない、そのうえ、何人もの女と夜に出歩いて遊ぶ最低な男なのだ。
    「何、その顔」
    「べっつにぃ?」
    「絶対、失礼なこと考えてるでしょ。お兄さん、分かってるからね!」
    「うわ、だる…」
    「ちょっとお!…ココ、俺の家だから。その気になれば、お前なんていつでも追い出せるんだから」
    「じゃあ俺がいなくても、頑張って家事をこなして立派に生きられるんだな」
    「ごめんなさいできませんお願いします」
    「ハァ…」
    こんなんだけど、可愛いんだよな。俺がいないと何にもできないんだろ。瞳をウルウルさせて俺を見つめる彼の頭を撫でた。俺も大概だ。
    「え?なに、ご褒美?」
    「…アンタって、可愛いよな」
    「あ、え、ど、どゆこと」
    「なんでもねえよ」
    狼狽える彼がおかしくて笑ってしまう。
    「じゃあ、飯作るから待ってろ」
    「ねえ、それ、どういう意味なの?」
    「自分で考えろ」
    「ええ…?」
    彼を置いて、キッチンに向かう。さて、今日は何を作ろうかな。





    「俺が凄いんじゃなくて、監督が良い指示を出してくれるからですよ」
    テレビをじっと見ながら昼食を食べる。クリスは朝から仕事があると言って、バタバタしながら出て行った。
    「しっかし、格好良いな…」
    何度見ても格好良い。それに、悪役の演技が上手すぎる。毎話録画しているドラマの、発狂して包丁で刺してくるシーンなんか、マジで没入感があった。俺が刺されているみたいな感覚。
    こんなに何でもこなして、謙虚で、実力もある人がへんぴなコンビニに来るなんて…俺だけしか知らない秘密というのも、堪らない。
    「せっかく休みだし、どっか行くか」
    立ち上がって準備をする。特に行き先は決めていないので、そこら辺をふらふら歩いて、疲れたら帰ってこよう。



    「海だー!」
    浜辺を歩きながら背伸びをする。潮の香りと風が心地よくて気持ちいい。
    「ふう」
    サイダーを飲んで、パラソルの下で休む。だんだん眠くなってきて、ベッドに横たわった。誰にも邪魔されない、最高の休日だ。
    (少しだけ眠ったら…次は……)
    突然、大きな歓声が聞こえて飛び上がった。もう、うるさいな。
    「なんだ?」
    声のする方へ歩いて、原因を探る。人の頭で隠れてあまり見えないが、桃色の髪だけは確認できた。もしかして、あれって。
    「キャーッ、ティルトくーん!」
    ………やっぱり。
    (なんでこんな目立つところにいるんだ。撮影か?でもそれなら場所取りしてるだろうし、人が入ってこれないようにするはずだし…)
    混乱しながら、それを眺める。ティルトは困った顔で周りを見渡し、それから俺に気がつくと、笑顔で手を振った。え?なんで?
    「やあ。ごめんね、待った?」
    「エッ」
    「ファンの子に見つかるとは思わなくてさ…じゃ、行こうか」
    「あの、待っ…」
    手を引かれて走り出す。後ろを見ると、ファンの子が残念そうにしている。…いや、それよりも、何だこの状況は!頭が追いつかず、心臓がバクバクしている。とにかく、話を聞かないと。
    「えっ、と、ティルトさん、ですよね?」
    「うん」
    「な、なんでここに?」
    「うーん。疲れたからリフレッシュ?」
    「…見つかったら色々とまずくないですか?」
    「ふふ、そうだね」
    (ええ…?)
    大人気俳優が外をふらつけば、ファンに囲まれるなんて、容易に想像できるはずなのに。
    かなり遠くまで来て、ようやく足を止めた。俺は息を整えて、サイダーを飲み干す。職場以外でも会えるなんて、なんて言えばいいのか。嬉しいけれど、嬉しすぎて天に召されそう。
    「キミ、コンビニの子だよね」
    「ひえっ」
    「?どうかした?」
    まさか認知されているなんて。芸能界には美人やらイケメンやらいろんな人がいて、そんな人達とたくさん会っているはずなのに、なんで俺みたいな平凡な人間を覚えているんだ。
    「いえ…なんでも。そうですけど」
    「やっぱり。可愛いから覚えてたんだ」
    「かわッ」
    「照れてるの?」
    「ヤ、だって…」
    あなたの事が大好きだから、なんて言えるはずもなく。空になったペットボトルを捨てて、彼を見つめる。
    「…あの、聞きたいことがあるんですけど」
    「なに?」
    「なんで、俺んとこのコンビニに来るんですか?」
    「なんでって」
    純粋な疑問だった。コンビニならあちこちにあるし、家が近いという理由なら、まあ分かるが…わざわざ毎回、同じところに行くだろうか。
    「キミに会いたいから」
    「ゴホッ」
    「…大丈夫?」
    ああ、俺、明日死ぬのかな。この調子だと身が持たない。心配した顔で俺を見つめてくる。もうそれだけで幸せなのに、こうやって一対一で話もして…倒れそう。
    (あ、やばい…目眩が…)
    マジで倒れるヤツだ。日に当たりすぎたか?

    ティルトは驚きながら、ふらつく俺を支えた。叫んでいる声がする。そのまま意識が遠のいていった。





    意識が戻ったのは、知らない部屋の天井が見えた時だった。起き上がってまぶたを擦る。
    「?ここは…」
    「おはよう」
    「えっ!?」
    飛び跳ねた衝動で滑り落ちる。床に尻餅をつく。いてて。
    「ごめん、驚かせたね」
    「え、な、え」
    「ここは、僕の家だよ。休んでもらう為に連れてきたけど…全く、急に倒れるからびっくりしたじゃないか」
    「ごめん…でも、もう大丈夫なんで、帰ります!」
    急いで外に出ようとしたら、手を掴まれる。
    「待って。一人じゃ寂しいから、相手をしてくれない?」
    ティルトが首を傾げて聞いてくる。
    (ぐう…)
    格好良いのに可愛い。破壊力が凄まじい。
    「そ、そこまで言うなら…」
    「ありがとう。じゃあ、何か食べるかい?」
    「いや、そんな。これ以上、迷惑かけるわけには」
    「僕がしたいから聞いてるんだよ。ねえ、パスタかハンバーグどっちがいい?」
    「……はんばーぐ」
    「分かった。ちょっと待っててね」
    彼が部屋を移動するのを見て、俺は大きなため息をついた。どういう展開なんだ。これは。
    「あ〜〜〜ッ、どうしよう!マジで、もう、あ〜〜ッ!!」
    「どうしたの?大丈夫?」
    ティルトが慌てて戻ってきた。
    「あ、いや、何でもない!」
    「…そう?何かあったら呼んでね」
    また部屋を出ていく。思わず叫んでしまったがあまり心配をかけるわけにはいかない。とりあえず顔を洗おう。そうしたら現実か非現実かぐらい見分けがつくはずだ。
    …と期待して顔を洗ったが、やはり現実であった。しんどい。一般ティルトオタクが家に上がって飯を食っていいのか。否、ダメに決まっている。
    (ああ、もし週刊誌に撮られでもしたら、ティルトさんの経歴に傷をつけてしまうんじゃ…)
    「ご飯、できたよ。食べよう」
    「あ、はい…」
    何も考えないことにしよう。食べたら帰ればいい、それだけだ。



    ハンバーグ、美味しそう。テーブルの上の料理を見た時、腹の虫が鳴った。
    「ハハ、そんなに食べたかったんだ」
    「う…」
    恥ずかしい。失態を誤魔化そうと、ハンバーグをばくりと食べる。肉汁が溢れ出るほど詰まっていて美味しい。
    「うまっ!」
    「そう?良かった」
    「コレ作ったんですか?」
    「うん。まあ、これくらいしかできないけどね」
    「いや全然!ウチなんか、同居してるヤツがまともに料理できなくて……あっ」
    「へえ、彼女さん?」
    (しまった。言うつもりじゃ。つーか、こんな話してもどうしようもないだろ)
    彼はニコニコ笑って話を聞いている。…なんか機嫌が良いし、別にいいか。
    「まさか。友達ですよ」
    「そっか。いいね、そういうの。僕も家に誰かいてくれたら、寂しくないだろうな」
    「ティルトさん…」
    それもそうか。忙しいし、恋愛する暇なんかないだろう。ファンの子達は熱狂的だったが、彼はあくまでファンとして接しているし、それ以上の感情はない。なら、俺にも何の感情もないわけだから、やはり、毎回同じコンビニに来るのはおかしい。それもかなりの頻度で。
    「キミさえ良ければ、たまにでいいから遊びに来てくれないかい」
    「は?」
    あ、つい反射的に言ってしまった!バッと口を抑えて、恐る恐る謝った。
    「ごめんなさい!」
    「…ははっ!ふふ…うん、大丈夫…」
    よく分からないが、ツボにハマっている。良かった、怒ってはいないらしい。彼は笑ったあとで「タメ口でいいよ」と言った。
    「え、そんな」
    「遠慮しないで。その方が、僕は嬉しい」
    「うーん…」
    「ね?」
    顔を近づけられ、距離を詰められる。近いって!(い、いや、でも、相手は俳優のティルトさんなわけだし、あまり軽く接したくないからなあ)と悩んでいたが「お願い」と言われてしまったらもう断ることはできない。
    「じゃあ…ティルト」
    「うん。いいね。僕も名前で呼びたいな。そういえば聞いてなかったけど」
    「俺はフィン。フィン・オールドマン」
    「フィンだね。これからよろしく」
    「…よ、よろしく…」



    とまあ、こんな事があって、ちゃっかり連絡先も貰って家に帰ってきた。玄関で崩れ落ちる。
    「嘘だろ…俺、ティルトさんの家に行って、連絡先も交換して」
    本当にこんなことがあっていいのか?
    「あとからすっげえ"嫌なこと"起こりそうで怖い」
    …でも。
    「連絡先…」
    アイコンを見る。トーク画面にはスタンプと彼の名前。ああ、本当に。
    「…はぁ、好き…」
    今だけは、幸せに浸るくらいは許してほしい。





    「たっだいまぁ〜!」
    あ、まずい。酔っ払いが帰ってきた。俺はスマホを隠して、玄関に向かう。やっぱり倒れてる。
    「…ったく」
    「フィ〜ン、聞いてよ!今日さ、めちゃくちゃ美人な子がいて〜」
    「はいはい、あとで聞いてやるからまずは動け」
    「へへ、へへへ…」
    完全にできあがってる。コイツ、酒に弱いくせに、いくら仕事の付き合いだからって、飲まなくてもいいのにさ。そういう気遣い上手なところは良いと思うが、自ら苦しむ必要はない。…まあ、芸能界はそういうもんなのか。俺には分からない。
    「ほら、水飲め」
    「ええー、フィンが俺に飲ませてよ」
    「自分で飲みなさい」
    「やだやだ!飲ませてくれるまで絶対離れないんだから!」
    「うっわ、めんどくせえ…」
    一度こうなったクリスは意地でも話を聞かない。仕方がないので、ストローをさして飲ませようとするが、クリスは首を振る。
    「おい」
    「飲ませてって言ってるじゃん」
    「だから飲ませようとしてるだろ」
    「口で」
    「は?」
    「キスして飲ませてよ♡」
    「ふざけんなッ!殴られたいのか!?」
    振り回しても、足を掴んで離れない。クソ、赤ちゃんかよ。これだから酔っ払ったクリスは嫌いなんだ。
    「ねえ、お願い、お願い!」
    「イヤだね。つーか、アンタ、キスなんて女にいっぱいしてきただろ。俺なんかより、他を当たった方がいーんじゃねえの?」
    「いや、俺、お前がいいし」
    「…………」
    ダメだ。コイツ、頭やられたのかもしんない。とりあえずベッドに放り投げる。ぐえっとカエルのような鳴き声が聞こえる。
    「なんで酷いことすんの〜!?」
    「もう眠れ。アンタ、今ヤバいから」
    「ヤバくないよ。だんだん酔いが覚めてきたし」
    「尚更、眠れ!」
    「ええ〜、じゃあさ」
    まだ粘るか、しつこい男だな…と思っていると、腕を引かれ、ベッドに追いやられる。腹の上に乗られ、逃げようとしても逃げられない。
    「ちょ」
    「他の場所なら良いよね?」
    「ハァ?おい、退けよ」
    「じゃあ、首にしようかな」
    「話…聞け…ッ、あ、」
    首に噛みついてくる。…というのは比喩表現で、実際には首を吸っている。コレあれだろ、キスマってやつ。ああ、はいはい。

    ふざけんじゃねえぞ!!

    「ど、け!ってば!なあ、ぅ…んっ、クソ…」
    「ふふっ、かわい」
    「あー、もう!お前、ホント、大っ嫌い!」
    突然、ぴたりと動きを止める。
    「…嫌い…?」
    「いや。さっきのは、つい口から出ただけで」
    「ねえ、俺のこと嫌いなの?」
    子犬のような目で見つめてくる。やめてくれ。まるで俺が悪いみたいじゃないか。
    「そうなんだ。嫌いなんだ。ああ、そう」
    「違うって。アンタさあ、そういうところが……や、何でもねえ。退いてくれ」
    「ヤダ」
    「…ハァ。じゃあ、好きって言えばいいのか?」
    「ヤケになって言われても嬉しくない」
    「注文の多いお客様だなあ!」
    「だって、フィンが分かってくれないから」
    「何が?」
    「俺、好きなのに。お前のこと。なのに分かってくんないじゃん…」
    「…え?あ、え?」
    サラッと言われたけど、何?今、告白されたの?困惑して彼を見ると、涙をポロポロと流していて、驚いた。
    「なぁ、泣くなよ…」
    「うう…ずっ…フィン〜〜〜!」
    「ああ、ああ、もう。ほら、ティッシュ」
    鼻を噛ませる。ったく、本当、世話の焼ける。
    「…」
    「落ち着いたか?」
    「うん」
    「ん。じゃ、ホットミルク作ってやるから」
    「え…」
    裾を引かれて転びそうになる。
    「今度はなんだよ」
    「行かないで」
    「…」
    ぎゅっと抱きしめてくる。俺より三つも年上なのに、なんでこう、子供みたいに縋るかなあ。時々クリスは幼児に返る。それは相当疲れてしんどい時に起こる症状だ。一度、精神科に連れて行こうと引きずったことがあるが、検査しても何ともなかった。だからこれは、【クリスの幼児返り】と呼んでいる。
    ため息をついて、頭をポンポンと撫でた。
    「なんか辛いことあったのか?」
    「めんどくさい…全部」
    「そっか」
    「なんで他人の手伝いする為に残業しなきゃなんないの…」
    「仕事、押し付けられた?」
    「そう」
    不貞腐れた話し方をするので、なんだかおかしくて笑ってしまう。
    「ちょっと、人が真剣に相談してるのに」
    「悪い、面白くてさ。普段あんなにチャラくてナルシストで、優しくて気遣い上手のお前が、俺の前ではこんなみっともない赤ちゃんになるんだぜ?」
    「…褒めてんのか、分かんないんだけど」
    「褒めてるよ。だって情けなくて可愛いじゃん」
    「それは褒めてるとは言わないでしょ」
    クリスは顔をあげて不満そうに呟いた。「それに、可愛い可愛いって言うけど、俺からしたらフィンの方が可愛いんだからね」と腕を組んで言う。
    「ふーん」
    「興味なさすぎじゃない?あと、俺は格好良いのほうが嬉しいかな」
    「そういうもん?」
    「そういうもんなの!」
    文句が言えるくらい元気になって良かった。俺は安堵して、立ち上がり、ホットミルクを作りにキッチンへと向かう。クリスが後ろから着いてくる。
    「はは、どこにも行かねえって」
    「怪しい。最近、様子が変だし」
    「別になんもねえよ」
    ギクリとしながら顔を逸らす。感が鋭いなあ、相変わらず…クリスは片眉をあげて俺を睨む。
    「…何か隠してるでしょ」
    「しつこい」
    「俺はお前の教育係なのよ、秘密は共有すべきだと思わない?」
    「思わないね」
    「冷たいなあ〜」
    鍋を動かす。後ろから抱きついてくる。邪魔。
    「危ないだろ」
    「吐き出すまで待つから」
    「…じゃ、ホットミルクはいらねえってことか?」
    「え、やだ、飲みたい」
    「どっちか選ぶんだな」
    「ン〜〜も〜〜!意地悪ね!」
    「声でかいっつーの」
    俺が笑うと、クリスも柔らかく微笑んだ。
    「あ、ねえ。告白の返事は?」
    「考えとくわ」
    「え、嘘。振られるパターン?」
    「どうだろうな」
    「え…」
    「気になるじゃん!変に期待させないでよ!」と勢いよく首を揺さぶられる。
    (だから危ないって!)
    顔を掴んで頬にキスをすると、クリスは動揺して床に転がった。
    「頑張ったご褒美だ」
    「…!〜〜ッ!」
    返事の代わりに、抱きしめる力が強くなった。教育係、俺のほうが向いてるかも。





    TILT PART


    可愛い子と連絡先を交換できた。

    僕は無意識に鼻歌を歌うほど、すっかり浮かれていた。ゼノンに「静かにしろ」と怒られてしまう。彼は僕と同じ俳優仲間だ。今、出演しているドラマの弱いチンピラ役といったところか、まあ、そんな重要な役ではない。…なので、覚える必要もない。
    「殺す」
    「何も言ってないけど?」
    「顔に出てるんだよ。分かりやすいからな」
    「ああ。雑魚役になったことを後悔してるなら、もう少し技術を磨いたほうがいいと思うよ」
    「やっぱ殺す」
    全く、野獣みたいだな。暑苦しいのは好きじゃないんだけど。まあ、いいや。
    アプリを開き、彼に連絡を入れる。(「帰りに会えないか」、と…)これでよし。あとは適当に演技をして、仕事を終わらせればいい。狂人役なんて簡単すぎてつまらないから。
    彼と会って話がしたい。もっと仲良くなりたい。わざわざコンビニに行くのは、彼がいるからだ。ああ、彼に会うことを考えるだけで笑顔になれる。
    ゼノンに「…気持ち悪」と呟かれるが、どうせ大した演技もできないから、気にしないことにする。



    「はい、カット」
    監督が僕の方へ来て「流石だね、ティルトくん」と肩を抱いてくる。面倒だけど、作り笑いを浮かべて「ありがとうございます」と返事をする。それに気をよくしたのか、肩から背中、足まで触ってくる。
    (ベタベタ触らないでほしいな。汚いのがつく)
    まさか心の中でこんなに言われているとは思わないだろう。仮面をつけるのは得意だからね。
    「次はゼノンくんの番だね、よろしく」
    「…」
    ゼノンが僕を見て嘲笑う。
    「何?」
    「お前、性格悪いよなァ」
    「そっくりそのまま返すよ」
    「ハッ!」
    飛んだ道化だな、と馬鹿にされる。はい。無視、無視。これが終わったら帰れるんだから。フィンから返事きてるかな…ソワソワしていると、女優から声をかけられる。
    「あの…ティルト」
    「ん?」
    「もし良かったら、このあと食事でも、」
    「ああ、ごめん。先約が入ってるんだ」
    「…そう…」
    残念そうに目を伏せる。…悲しませるのは本望じゃない。僕は少し考えてから、彼女の手を取り、優しく微笑む。
    「ごめんね。次はキミを素敵な場所へ案内してあげる」
    手の甲にキスをする。彼女は頬を赤らめて嬉しそうに頷いた。そう、女性は笑顔の方が良い。泣かせたら、場の空気が悪くなるからね。
    「ゼノンくん、お疲れ様。良かったよ」
    撮影が終わったみたいだ。「皆さん、お疲れ様です」と声をかける。これで仕事はおしまい。
    「ティルトくん」
    監督に引き留められる。何だろう。さっさと帰りたいんだけど。
    「キミ、やっぱり凄いね」
    「はは。どうも」
    「そうだ。明日、空いてる?演出家と俳優…まあ、皆、呼んで最終回パーティをするんだけど、どうかな」
    これは任意だろうか。それとも強制だろうか。まあ、この場合は後者かな。僕の腕を握る力が強いから。
    ………どうでもいいんだよな。要は打ち上げを装った合コンだろう。俳優を呼ぶなんていうけど、正直、顔も覚えてないし興味ない。僕は、女性を誘う為のエサなんでしょ。
    (見え透いたことを)
    「…すみません。用事があるので」
    「ええ、そうなの?残念だなあ」
    監督が耳元で「キミが欲しかったのに」と囁いた。ゾッとする。顔に触れられて、近距離で見つめられる。身体が動かなくなり、手が震えている。こんなの、慣れてるはずなのに。
    「ま、いいや。今度、遊びに行こうよ」
    「…ッ、そうですね…」
    「これ、ぼくの連絡先。気が向いたら誘うね」
    「…」
    肩を二回叩かれる。期待しているという意味と、絶対に服従しろという意味の二回。監督が僕にする合図。僕は声が出せなかった。
    ゼノンが黙って視線を向けてくる。悪いけれど、馬鹿なやり取りをする元気は残っていない。
    「なァ」
    「…」
    「おい、無視すんじゃねえよ。今、セクハラされてただろ」
    「それが、何?」
    「おお、怖。助けてやろうと思ったのに」
    「キミは面白がって助けてくれないだろう。別にいいよ。…もう、慣れてるから」
    「難儀なヤツだな」
    「勝手に言ってろ」
    これ以上、こんな場所にいたくない。早くマイナスイオンを吸収しに行かないと。フィンに会いたい。フィンに…
    僕が走る姿を見て、ゼノンは首を振る。
    「アイツ、そのうち黙って死ぬんじゃねェか」



    「フィン!」
    名前を呼ぶ。それに気づいた彼は、顔をあげてこっちを見る。今日もバイトだったのだろう。タオルで汗を拭い、可愛い笑顔を見せてくれる。あ、もう全部、吹き飛んだ。ジジイのふざけた行動も、周りの色目も消える。純粋で穢れのない彼の目を見たら、浄化される。
    「遅かったな」
    「ごめん。色々あって仕事が長引いた」
    「…やっぱ、大変なんだ。俺の友達も、酔っ払って帰ってきたし…マジやばかった」
    「まあ、ね。楽ではないよ」
    そう言うと、彼は眉をひそめて「そっか。…じゃあさ」と袖を引く。
    「?」
    「元気が出るおまじない、してやろうか?」
    「え」
    「い、嫌なら、いいけど」
    「嫌だなんて言ってない」
    食い気味に答えると、彼は目を丸くした。
    「ははっ、すごい食いつくじゃん!」
    「だって、キミに会うのが楽しみで仕方がなかったんだ。見ているだけで癒やされるのに、僕の為に、そんなことまでしてくれるの?」
    「お、おう…」
    林檎のように頬を赤く染める。下心のある女性とは違って、本当に可愛くて、食べてしまいたい。…という衝動を抑えて、「じゃあ、おまじない、お願いします」と笑った。
    「分かった。手を貸してくれ」
    「これでいい?」
    「ん」
    僕の手を握って、それを自分の頬にくっつける。雪見だいふくみたいにふわふわモチモチしていて、なんだかお腹が空いてくる…じゃなくて。彼は上目遣いで僕を覗き、首を傾げた。可愛いな。ずっと可愛いしか言ってない。
    「えっと、お疲れ様。辛いよな。しんどいよな。俺は、芸能界のキツさとか、全部、理解できるわけじゃねえけど…でも、ティルトが元気ないと、俺も…寂しいから」
    「……」
    「だから、笑顔になってほしい」
    ああ。もう十分なほど、彼からプレゼントを受け取った。こんなこと言われたら、元気が出ないわけがない。
    僕は我慢できなくて、彼を強く抱きしめた。少し驚いた様子で、周りをきょろきょろ見渡して僕の首に手を回した。
    (可愛い、可愛い、可愛い…)
    照れている表情も、笑った表情も全部、愛らしい。僕に弟がいたら、こんな感じだったのかな。欲しいな、こんな弟。沢山甘やかしたい、好きなもの何でも買ってあげるし、どこへでも連れてってあげる。
    いっそ、僕の家で暮らしてくれないかな。
    (…なんてね)
    色々考えていると、苦しかったのか、フィンがペシペシ肩を叩いてくる。
    「ごめん、力を入れすぎたね」
    「ぁ…その…平気」
    さっきよりも顔を真っ赤にして、溶けた瞳を揺らして見つめてくる。この子は本当に。
    「ハァ…」
    「やっぱ、疲れてる?」
    「ああ、いや。耐えられなくて」
    「?」
    よく分からないという顔をするので、ほっぺを摘んで引っ張ると、慌てた様子で「いひゃい!」と言う。凄い、さっきまで鬱々としていた気持ちが軽くなった。
    「フィン」
    「んえ?」
    「ありがとう。元気出た」
    「!…へへ、良かった」
    「あ、ねえ、これから遊びに行かない?あんまり人が多いところだと、またキミに迷惑をかけちゃうから…ええと」
    スマホで周辺のお出かけスポットを調べる。フィンはそれを覗き込んで、楽しそうに微笑んでいる。
    「俺さ、ティルトのファンなんだ」
    「…うん?」
    「だから、今もこんな近い距離で話したり、気軽に連絡したり、遊びに行こうとしてんのも信じられなくて。冷静なフリしてるけど、マジで、緊張してんだ」
    フィンは僕の手を握りしめる。それは少し震えている。
    「俳優を応援する側として、ただの一般人として関わって、画面越しに見ていた人が…今、俺だけを見てくれてるなんて…」
    「ホント、幸せすぎて、どうにかなっちまいそう」
    目線を逸らし、眉を下げて笑う。…これはダメだ。僕の理性がどうにかなる前に移動しないと、今すぐ捕まえて家に閉じ込めたくなる。
    ファンの子に手を出すのはいけないけれど、それは分かっているのだけれど。
    (落ち着け。そんな事したら嫌われる)
    せっかく懐いてくれてるのに、離してしまうのは惜しい。仮面が剥がれないように、黒い感情に蓋をして、僕はフィンの手を握り返した。



    人がいないお出かけスポットなんてない。結局ファンの子に見つかって、急いで隠れた場所がネットカフェだった。デートとしては微妙だけど、暇つぶしには良いか。
    「俺、ここに来るの初めてかも」
    「へえ。そうなんだ」
    「おう。いつもは外に出たり、自然を見に行ったり、運動したり?結構、アクティブな方だからさ」
    「確かに、フィンはやんちゃそうだしね」
    「それ、どういう意味だよ」
    口を尖らせて言う。そんな表情は見たことないが、これもまた良い。「冗談だよ。僕は何回か来たことあるから、ある程度は知ってる」と返す。
    「マジ?じゃあ、先輩だな」
    「なにそれ」
    「今日はよろしくお願いしまーす、ティルト先輩?」
    ふざけながら、僕の名前を呼ぶ。うん、良い。もっと呼んで欲しい。
    「ふふ、フィンは僕の後輩だね。同じ学校に通っていたら、こんな感じだったのかな」
    「あはは。…それは、俺の身が持たなさそう…」
    「そう?僕は嬉しいけど。でも、あんまり学校に行ったことないから、よく分からないんだ」
    「え、嘘だ…」
    「嘘じゃないよ」
    フィンは気まずそうに黙り込んだ。
    「あ、ごめん。気を遣わせちゃったね」
    「そういうんじゃねえよ、ただ。俺にとっては当たり前のことが、ティルトには違うんだなって。そっか。子役からやってたもんな」
    「そうだね。大変だったけど、キミに会えるきっかけができたから、結果オーライかな」
    「………キザだな」
    「ん?」
    「ああッ、いやあ?なんでも?」
    本当は全部聞こえているけど、知らんぷりしておこうかな。可愛いし。
    僕は適当な本を取って、彼に渡す。フィンはそれを受け取り、パラパラとページをめくった。
    「本は読む方?」
    「うーん。あんまし」
    「そっか、じゃあ、それが読みやすいと思うよ」
    「ふうん。普段なら興味ないから無視するけど、ティルトが言うなら読んでみようかな」
    犬の耳と尻尾が生えているように見えた。揺れている。それも幻覚だけど。



    ソファでダラダラ横たわり、本を読むフィンが声をかけてくる。
    「なあ、」
    「うん」
    「この本、面白いな」
    「でしょ」
    「続きあんの?なんか、気になってきた」
    「残念だけど、まだ更新されてないんだよね」
    「えー!!マジかよ…」
    ソファから滑り落ちた。ショックを受けている。分かりやすくて面白いな。
    僕はここにある本を読み尽くしたので、気になるものはない。だから、ずっと彼を観察していた。表情豊かだから、見ていて飽きない。
    「コレ、授業中、モヤモヤするやつじゃん」
    「…ねえ、学校生活ってどんな感じ?」
    「ん?朝起きて、勉強して、昼飯食って終わり」
    「そういうことじゃなくて…」
    「分かってるって。友達めっちゃいるし、楽しいぜ。せっかくだし、学校ごっこするか?」
    「学校ごっこ?」
    フィンは立ち上がって、僕の手を引いた。着いた先にあるのは、カラオケルームだ。
    「ええと…」
    「ほら、青春っぽいじゃん」
    「まあ。うん。それで?」
    「友達とカラオケ、行ったことない?」
    「ないかな」
    そもそも友達とかいないし。…なんて言ったら、また気を遣うんだろうな。
    「えー、勿体無い!人生、損してるぜ!」
    「そんなに?あ、ちょっと、分かったから押さないで」
    背中を押されて、強引に部屋に入らされる。
    「これで曲を予約すんの。ほら、ティルトも」
    よく分からないまま、四角い機械を渡される。いろんな曲が載っているけれど、全然詳しくないので困ってしまう。
    「うーん」
    「…あのさ。もしかして、楽しくない?」
    「え?」
    フィンを見ると、目を潤ませていた。僕はどうするべきか悩んで、焦った。
    「ごめん。俺ばっかりはしゃいで。さっきから、心臓バクバクして落ち着かないから、どうにか気を紛らわそうとして、無理にテンション上げてんの」
    「うん…そんな気はしてた」
    「はは、バレてた?ダメだな、俺、緊張して、もう無理、ほんと、やばい」
    「大丈夫かい?」
    様子がおかしい。冷や汗をかいているようだ。具合が悪いのかも、とおでこに手をやるが、振り払われる。否定されたようで悲しかった。
    「悪い。嫌なんじゃない。ただ」
    「ただ?」
    「俺、アンタに触れられると、勘違いしそうになる」
    「はあ」
    「好きなんだ、ずっと。俺と付き合ってほしい」
    「…」
    (今、なんて言った?)頭を殴られたかのような感覚に襲われる。衝撃的だった。だから言葉を発しようとしても、声にならずに、空(くう)になる。
    フィンは目を伏せて、寂しそうに笑う。
    「言うつもりじゃなかったのに」
    「少し驚いただけだよ。そんな辛い顔しないで」
    「引いてんじゃん。そういうの敏感だから分かるんだよ」
    そう言って突き放される。僕も何か返さないと、彼はこのままどこかへ行ってしまう。引き留める為には、どうすればいい。
    今までだったら、ファンに対して褒め言葉とか感謝とか簡単に伝えられたのに、フィン相手だとそれができない。喉の奥につかえて吐き出せない。
    (否定されるのが怖いから?)
    ありのままの自分を知ればきっと離れると、怖気ついているのか。今更。表面を綺麗に整えて、偽善ぶって生きている男を、誰が好きになってくれる。
    「フィン、待って」
    「…なに」
    「僕は…キミが思っているほど凄い人間じゃないんだ。黒くて、醜くて、完璧とはほど遠い。本当の僕を知れば、幻滅するよ」
    「そんなことない…たぶん」
    「でも僕もキミが好きだから、いや、キミよりもっと好きだから嬉しいよ。できることならずっと、僕の部屋に閉じ込めておきたいくらい」
    「えっ?」
    あ、しまった。気持ち悪いヤツだって思われる。フィンは顔を引きつらせて笑う。終わった、もう僕の人生終わった。
    初のカラオケルームで、何にも歌わずに自分の癖を暴露するなんて黒歴史すぎる。

    僕はふらふらとソファに倒れ込み、マイクを手に取る。これで全部をかき消せたら良かったのに、記憶ごと。
    「ええと。つまり、ティルトも俺が好きってことだよな。い、いろいろびっくりしたけど」
    「そういうことだね。僕は今、猛烈に叫びたい気分だよ」
    「なんか、ごめん」
    「気を遣わないでくれ…」
    曲を予約する。操作の仕方とか、何が何だか分からないが、いっそのこと、吹っ切れてしまいたい。こうなれば、開き直るしかない。
    フィンがいつもの調子に戻って、近づいてくる。
    「なんか歌うの?」
    「飲み物取ってきていいから、少し一人にしてくれないか」
    「あー、うん。分かった」
    扉が閉まる音がする。何をしてるんだ、僕は。



    いつ間にか、星が見えるくらい暗くなっていた。少し肌寒いので、家まで送るよと言って彼を車に乗せた。合意なので誘拐ではない。
    「楽しめたか?」
    申し訳なさそうに言う。どうしてそんな風に言うのだろうか、楽しかったのに。
    「まだ気にしてるの?」
    「いや、ほら。ティルトってクールだから。感情を表に出さないじゃん。てっきり、どうでもいいのかと思って」
    「心の中では喜んでるんだけどね。…でも、同僚からはよく『分かりやすい』って言われるな」
    フィンは一瞬、黙り込む。それから「ふーん。そうなんだ」と拗ねた。フィンの方が単純だから、余計に僕が感情のない男に見えるのかも。悪い意味ではない。彼が優しくて、感情豊かだからという意味だ。
    「嫉妬?」
    「…違う」
    「キミは分かりやすいね」
    「俺も、ティルトをもっと知りたい。ファンの誰も知らない部分を知りたい。その同僚にも負けないくらいな!」
    「あははっ」
    ムキになって言うのでおかしかった。対抗心を燃やさずとも、僕もキミのことを知りたくて、それで頭がいっぱいなんだから。
    「焦らなくていいよ。まだまだ時間はある」
    「うん…」
    「それに、もう付き合ってるんだから。思ったことを言ってくれていい。遠慮はいらないよ」
    「え?返事もらってないから、振られたと思ってたんだけど」
    「あれ?僕、言ってなかったっけ」
    「いや、ずっと歌ってたじゃん。デスメタル」
    「あ…ああ〜、そっか。うん」
    とても大事なことなのに、混乱しすぎて忘れていた。
    「ごめん、改めて僕から言わせて。フィンのことが好きだ。僕と付き合おう」
    「お、俺なんかでよければ…」
    「キミから先に告白したんじゃなかった?」
    「照れるもんは照れるんだよ!好きな人に、面と向かって言われたらな!」
    ……やっぱり閉じ込めるだけじゃ足りないかも。決して口には出さないけど。

    彼の手を握る。ドギマギしながら、弱い力で握り返してくる。僕は今、どんな顔をしているだろう。とてもカメラには映せないくらい、口角が上がりっぱなしかもしれないな。





    CHRIS PART


    やはり怪しいなと思っていたが、予想が当たってしまうとは。

    今日もにこにこ笑いながら帰ってきた。誰かと会っていたんだろう。相手は一人しかいない。
    (あの俳優さん、ね)
    本業はモデルだが、最近は俳優の仕事も受けさせてもらっている。それで、時々、楽屋ですれ違うことがある。ミステリアスで独特なオーラがある人だと思った。
    しかし、何か裏があるようにしか見えない。考えすぎならいいが…
    「フィン、あの人と連絡先、交換したんだ」
    「ゴホッ!!」
    お茶を飲んでいる途中に言うんじゃなかった。
    「ごめん、タイミングが悪かった。でも責めているわけじゃないから」
    「な、なんで」
    「お前、アレで隠せてると思ってたの?バレバレだよ、おバカさんね」
    「うぐ…」
    罰が悪そうな顔をする。まあ、酔っ払いの告白がなかったことにされるのは許そう。俺が気になるのは、彼がどういう人間なのか、フィンに相応しいのかということだ。
    フィンを傷つけたりしないなら、別に構わない。ほんの少しだけ…寂しいけれど。
    (まあ、フィンが幸せそうなら?別に…)
    目を伏せて考える。二人はきっと順調にいっているし、邪魔をするのは良くない。俺は身を引くべきなのかもしれない。でも。
    「ごめん、やっぱいいや」
    「まだ何も言ってねえのに。…交換したけど、それが?」
    「ちょっとジェラシーっていうか?酔っ払ってたからアレだけど、何にもないのは寂しいんだよね」
    「……まさか、本気だったのか?」
    フィンが目を見開いて言う。やはり伝わっていなかった、冗談だと思われていた。
    「そうだよ。俺はお前と会った日から、お前のことが好き。…けど、ライバルがあの人だと、ねえ」
    「あ…」
    「晩御飯中にこんな話しちゃってごめんね!早く食べよ!」
    俺が笑顔で言うと、彼はしょんぼりしながらお米を食べ始めた。優しいコイツのことだから、俺の話を聞いて悩んでいるんだろう…申し訳ない。
    彼の隣にいるのは、ずっと俺だと思っていた。この先も一緒に暮らせると。だけど、あの俳優さんがフィンを連れていったら、それも叶わなくなる。あー、ホント、参っちゃうな。
    (もっと、お前と過ごしたかったのに)
    ちくりとする胸を抑えて、味噌汁を飲んだ。自分で作ったそれは、かなりしょっぱくて、涙のような味がした。




    「なぁ、さっきの話」
    フィンが暗くなった部屋で、ベッドに寝そべりながら言った。俺は反対側を向いて返事をする。
    「なあに、蒸し返すの?俺、意外と繊細なのよ?」
    「…ごめん。でも、アンタ、傷ついてたじゃん」
    「だから〜、もういいって」
    ベッドが重くなる。いつの間にか、フィンが隣に座っていた。「フィン?」意図が分からなくて首を傾げると、布団をめくって入ってくる。慌てて逃げたが壁しかないので、追い詰められるだけだ。
    「ねえ。そうやってもさ、もっと傷ついちゃうだけなんだよ。分かる?分かんないか、フィンは天然人たらしだから」
    「なんだよそれ。俺だって、アンタのこと大事に思ってるし。たしかにティルトのことは好きだけど、クリスのことも」
    「ふうん、もうタメ口なんだ?」
    「あっ」
    慌てて口を塞ぐ。
    「別にいいよ。…じゃあさ、今日で最後にするから。抱きしめてもいい?」
    「…ん」
    フィンは目を閉じて、俺の言うことに従う。ホント、素直で可愛い。
    「じゃ、失礼しまーす」
    手を伸ばし、ピッタリくっついて抱きしめる。俺より小さいフィンは腕の中に収まるほど、心地よくて愛らしかった。
    「ふはっ、なんか変な感じ」
    「そうだな」
    「あ〜あ、ティルトさんがいなかったら、フィンを独り占めできたのに!」
    「何言ってんだよ、これからも一緒だろ」
    「…え?」
    「え?」
    フィンはさも当然のように言った。いやいや、ティルトがいるんだから無理でしょ。俺、殺されるかもしんないじゃん。
    (こんなガード緩くていいの?)
    つまり、俺の側から離れないということだ。じゃあなんだ、ティルトとデートもするけど、俺は友達としてずっと同居しろと?そんなのあんまりだ。フィンは無自覚に酷なことをする。
    「ハァ〜〜…ホント、ヤになるね」
    「えっ、ごめん…」
    「いや、俺は嬉しいけどさ。ティルトさんは許さないと思うよ?」
    「…許してもらえると思う、俺がお願いしたら。それに、同居してることはもう話してる」
    「エッ。そうなの?怒ってなかった?」
    「ううん。嬉しそうだった。あ、でも…笑顔で怒ってるとか?」
    「怖…」
    いつか消されるかも。と思いながら、フィンを強く抱きしめて息を吐いた。こんな可愛くて純粋な少年が、黒い仮面をつけた男にたぶらかされるなんて、違う世界へ行けたら、二人を引き裂いてしまえるのに。
    「まあ、いいや。今はお前のことだけ考えていたい」
    「…キザだなあ」
    「色男って言いなさいよ」
    フィンが俺の顔を覗いて「顔だけは良いからな」と失礼なことを言うので、額にたくさんキスをしてやった。すると焦って逃げようとするのでおかしかった。
    「あら、照れてるの?」
    「ち、違うッ」
    「え〜?な〜に?イケメンすぎて眩しかった?」
    「…」
    無視された。またやられてもいいの?近づいて笑うと、体を捻って顔を隠そうとする。
    「ふ…じゃあ、寝ようか。おやすみ、フィン」
    「ん。おやすみ、クリス」
    暖かくて、ふわふわしていて、すぐに眠ることができた。彼が望むなら、俺は友達でいてあげる。それが最善の道なら、ね。





    FINN PART


    (昨日のアレ…なんだったんだ!?)
    目覚めてすぐに、彼を抱きしめて寝たのを思い出して、一周回って冷静になった俺は、ベッドから飛び降りた。昨日、ティルトに告白して付き合うことになった。それがすごく嬉しかった。
    それで、それから、どうしたんだっけ?
    「おはよー、フィン」
    「うわあッ!?」
    「ねえ、毎回そうやってリアクションするの疲れない?」
    「びびったあ、クリスのせいだかんな」
    「えー、なんで?あ、もしかして俺のこと考えてたの?もお、フィンったらお熱いねえ!」
    「うっせ。今日も仕事だろ、準備すんぞ」
    「いや、俺は休みだよ。フィンは仕事だけどね」
    「マジ?んじゃあ、飯作るから」
    「待って」
    歩こうとしたら腕を引かれる。
    「んだよ」
    「せっかくだし外で食べない?ね、たまにはいいでしょ?」
    「別に、いいけど」
    「じゃ、決まりね。俺が奢ってあげる♪」
    「マジ!?ラッキー!」
    タダ飯が食えると聞いて喜ぶと、クリスは柔らかく笑った。



    「〜〜っ!うま〜!」
    「はは、声デカ」
    「だって、美味いんだもん。なあ、クリスも食べてみろよ!」
    俺はクリスの唇をつつくように、スプーンを押し付けた。クリスは驚いた顔で「…いいの?」と言う。
    「いーから食えって」
    「あ、そ?お前がいいなら、ありがたーく貰うけど」
    「なんだよ、ハッキリしないやつだな」
    「じゃ、いただきます」
    クリスは笑顔で、俺の手を掴み、そのままケーキを咀嚼する。…あれ?これって、かなり恥ずかしいのでは?
    「今更、気づいたの?遅いなあ」
    「だーッ!もうやんねえからな!」
    「ごめんごめん!もっかいお願い、ね?」
    ほんっと調子の良いヤツ。絶対やらないぞ。ソーダを飲みながら、ふと窓を見ると、こちらを覗いているティルトの姿があった。
    「ブーッ!!」
    「ちょ、汚いな。どうしたの?」
    クリスが俺の視線の先を追い、顔を青ざめさせる。
    「…嘘でしょ」
    「ごめんな、クリス。守ってやれなくて」
    「勝手に殺さないでよ!いや、今からでも遅くない!トイレに隠れたりすれば」
    「楽しそうだね、何の話かな?」
    「ヒェッ!」
    すでに隣にきている。足を組んで、楽しそうに(表面だけは)笑う。クリスは修羅場に遭った男みたいに身体を震わせた。小声で言う。
    「どうするの、これ」
    「俺に聞かれても分かんねえよ、今日は連絡も来てないし大丈夫だと思って」
    「内緒話は寂しいな。フィン、彼が同居人?」
    「え、あ、おう…」
    「フィン!」
    助け舟を出してあげられなかった、すまんクリス…。ティルトはクリスを観察して、何かを考えていた。怖い怖い。
    「ごめんなさい、ティルトさん。これには深いわけがあって」
    「?別に怒ってないけど。それより、僕も一緒に食べていいかな」
    「もっ、もちろん!いいよね、フィン」
    「お、おう!」
    「ありがとう。じゃあ…フィンの隣に座ろうかな」



    気まずい。すごく気まずい。ストローでジュースをすする音しか聞こえてこない。
    「それで、フィンはこのあと仕事だよね?」
    「え?うん」
    教えてたっけ…?
    「そっか。終わったら会える?」
    「まあ、特に用もないし」
    「良かった。嬉しいな」
    目を細めて嬉しそうに微笑む。こんな甘ったるいのをクリスに見せるとか、どういう状況なの。俺はどんな反応をすれば正解なの。
    「…仲が良いんですねえ」
    「キミ達だって、仲良いじゃない。いつもどんな話してるの?」
    「仕事の話とか、あとは、まあ、色々?」
    クリスがぼかしながら言う。また気を遣っている。そりゃそうか、ティルト、圧があるからな。
    「へえ。仕事って確か、モデルだったよね。最近は俳優もしてるって聞いたけど」
    「はい、そうです。ティルトさんほど演技ができるわけじゃないんですけど、まあ、頑張ってます」
    「敬語はいいよ、好きじゃないから」
    「あ、ハイ。じゃなくて、うん」
    「僕は興味があるんだよ。フィンがいつも熱心になって話す、同居人のキミに」
    ティルトが近づくと、クリスは顔をひきつらせて笑った。一歩下がる。
    「あの…?」
    「そうだ。いいことを思いついた」
    ティルトは俺とクリスの手を取り、立ち上がる。
    「フィンの仕事が終わったら、キミもおいでよ。…クリスくん、だっけ?」
    「え?」
    「僕の家に招待してあげる」
    「え!?」
    「じゃ、またね」
    ティルトはそれだけ言うと、帰っていった。なんなの?マジでなんなの?
    「……どしよ」
    「……わかんねえ」
    呆然としながら、お互いに顔を見合わせて、カフェの時間は終わった。



    「ここの演技、迷ってるんだ。だから手伝ってほしくてさ」
    ティルトはソファに座って、台本を見せてきた。クリスならまだしも、こんな一般人の俺に見せても良いのだろうか?
    「えーっと、これは」
    「演技指導してほしいんだ。二人に」
    「ええ?でもティルトさん、十分、上手いじゃないですか」
    「敬語は嫌だって言ったよね?」
    「ハイ、スミマセン」
    クリスは身体をピシッと固めて答えた。
    「新しいドラマが始まるんだよね。良かったら、見てほしいな」
    「俺が見て大丈夫なやつなら、貰うわ…」
    「うん、いいよ」
    ティルトから台本を受け取り、俺はページを開いた。義理の兄弟と、その恋人が争う話だ。なんだか既視感があるような、ないような。
    「僕達の状況に、似てると思わない?」
    「うん…たしかに」
    「もしかして俺、殺されるのかな」
    クリスが不安そうな顔で言うので、ティルトは眉を下げて笑った。
    「さっきから何を言ってるの。おかしな子だね、クリスくんは」
    「ア、アハハ〜」
    「そんな気ぃ遣わなくてもいいぜ。…無理だろうけど」
    「無理だよ、緊張するに決まってるでしょ。先輩なのもあるけど、良い感じになってる二人の間に立ちはだかる恋人(ライバル)役を演じるのよ?」
    「ああ…」
    遠い目をしている、可哀想に。ティルトは手を叩いて「じゃあ、まずはやってみよう」と言った。…やってみるしかないか。クリスの目を見て合図をする。
    「仕方ないね、もうどうなってもいいから頑張ろうか」
    「おう」



    「おにいちゃん、怖いよ…」
    …なんだこれ!クソ恥ずかしいんだけど!?演技ヘッタクソだし、マジ場違いじゃん。ティルトは微笑んで、「大丈夫だよ、僕が守ってあげる」と抱きしめてくる。びっくりしたものの、それが嬉しくて服の裾を引っ張った。ティルトは目を見開き、頬にキスをして、頭を撫でる。ふわり、と花の香りがした。香水ではないけれど、なんだか落ち着く気がする。
    「…ごめん、待って」
    クリスが手を上げる。
    「なんだい?」
    「申し訳ないんだけど、集中できない」
    「ん?ああ、フィンが可愛いから?分かるよ。僕もさっき危なかったし」
    「え…?」
    ティルトが俺を意味深な目で見てくる。クリスがその間に入って、大声で言う。
    「それもなんだけど、そうじゃなくて!フィンの演技が上手くないのと、ティルトの距離が近すぎて。兄弟でしょ?義理の」
    クリスは何か言いたげだが、ハッキリと口にはしない。台本が気に入らないのかもしれない。
    「そういうことか。つい、いつもの僕達で演じちゃったよ」
    「"いつも"?…そう」
    (なんだ、この、地獄みたいな空気は!)
    二人は睨み合う。俺は混乱している。
    「まあ、まあ。俺が下手くそなのは事実だしさ。もっと頑張んねえとな」
    「フィン、向上心があって偉いね」
    また撫でてくる。本当の弟じゃないに、すごい甘やかしてくるじゃん、嬉し…じゃなくて!演技に集中しろ!
    「…っ、もういいから!クリスも早く演じろよ」
    「あ、ああ。そうね」
    ゴホン、と咳き込んでクリスが真剣な表情になる。俺の腕を強く掴んで、「俺を捨てるの」と呟いた。殺気を感じる。
    (うわ、すげえ…)
    初めてクリスの演技を見た。仕事場に行く機会もないので、彼がどのように過ごしているのか、熱中しているのか、何にも知らなかった。でもこれは、ヤバいかも。
    「…」
    「ほら、フィン」
    「あっ、お、おう。えーと、」
    台本を見る。目を逸らさないと、心の中にある何かが爆発しそうだった。
    「…やめろよ。もう、関係ないだろ」
    「なんで。関係あるよ。あ、そうか。アイツのことが好きなんだ?俺はどうだっていいんだ?」
    「そんなこと言ってないッ!」
    なんだか本当の話のように思えて、つい大声を出してしまった。二人は呆気に取られている。
    「っあ、ご、ごめ」
    「続けて」
    ティルトがそう言って、肩をポンと叩く。頷いて練習を再開させる。
    「俺は、お前も、おにいちゃんも、大事なんだよ。大好きなんだよ…それを選べなんて、できるわけない…」
    「…フィン…」
    「クリスくん、今の彼はフィンじゃなくて、ユートだよ」
    「あ、そうだった。ごめん!いやさ、急に上手くなるもんだからビックリして」
    「うん。僕も驚いたよ。もしかして、演技の経験があるの?」
    「あー、まあ。学校で少しだけ」
    「ええ…それだけでできるの?器用だなあ。さっきまでのポンコツっぷりはどこにいったのやら」
    クリスが感心の声を上げる。大したことないし、二人の方が凄いんだけどなあ。ティルトは満足そうに笑って「ねえ、提案があるんだけど、いいかな?」と聞く。
    「なに?」
    「二人とも、ドラマに出ない?」
    「ハァ!?」
    見事にシンクロした。いや、何を言ってるんだコイツ。あ、コイツって言っちゃった。
    「待て待て、ほら、俺なんか一般人だし…取り柄なんか何にもないぜ?ドラマとか無理だよ」
    「僕はフィンの演技、好きだよ?」
    「そういう問題じゃ」
    「クリスくんもピッタリだったから、ぜひお願いしたいな」
    「俺?ううん…事務所のマネージャーに聞いてみないと分かんないかなあ…」
    「そう。じゃ、待ってる」
    「はあ…」
    置いてけぼりにされたまま、話が打ち切られる。「休憩にしようか。ご飯作るから、待ってて」と言われて、大人しく従うことした。しかし、前も来たけど…本当に広くて夜景が綺麗なマンションだ。そりゃあ、一人は寂しくなるよな。
    「ここが噂の、ティルトの家なんだねえ」
    「俺が金持ちになったら、こんなとこ住めるようになんのかな」
    「うーん。フィンには、似合わないかな」
    「あ?」
    「でた。すぐ目つき悪くなるんだから。そういうのモテないよ?」
    「…もう二人からモテてるし」
    「男だけどね。ハァ…ホント、散々だよ」
    クリスはソファにダイブして沈んだ。限界のようだ、また幼児返りしないかハラハラする。
    「フィンってば、どうしてこんな変な男ばっかりに好かれるワケ?もっと健全な恋をしなさい。お兄さん心配よ?」
    「知らねえよ。クリスはめんどくさいけど良いヤツだなって思ったし、別に変な男じゃない。ティルトは…予想と違ったけどさ」
    「でもがっかりしてないんでしょ?むしろ、好きになった」
    「悪かったな、変な男が好きで」
    「それを言ったら、俺は好きじゃないみたいでヤダなあ」
    「そういうんじゃないって」
    クリスが苦笑いする。
    「分かってるよ。そんなの」
    「…」
    寂しそうに言わないでほしい。胸が苦しくなる。それを悟ったのか、クリスはいつもより明るい声で言った。
    「さて、暇だし探索しちゃおっか!大人気俳優・ティルトのルームツアー!ってね」
    「マジで言ってる?」
    「大マジだよ。気になんない?」
    「気になるけどさあ!」
    「じゃ、行こうぜ」
    一名様ご案内〜!と前へ進む。アンタのそういう眩しくて優しいところ、好きだよ。…なんて小っ恥ずかしくて言えないけど。



    「いい?フィン。男は大抵、自分の部屋に何かを隠しているものなのさ」
    「はあ」
    「リアクション薄いなあ〜。例えば…フィンの写真が大量に出たりしてね!」
    「は?怖いこと言うなよ。そんなことするワケねえだろ」
    「それはどうかな?あ、なんかある」
    「え」
    クリスが枕の下を探る。茶色い封筒が落ちた。
    「…これは…」
    「見てみる?」
    「……怖い」
    「だよねえ。でも気になるから見ちゃお!」
    「おい、待っ」
    止める前に、勢いよく中身を取り出した。パラパラと何かが降ってきた。
    「…」
    クリスの予想が的中した。
    「ワア。…アハハ、本当にあるとは思わなくて、俺も冗談とばかり」
    「…………」
    「ああ、フリーズしちゃった」
    写真を見る。俺がクリスと喋って笑っているところ、仕事をしているところ、寝ているところ、何もかもが撮られている。何で、いつ、どこで。
    冷や汗が止まらなくなる。ティルトのことは好きだけど、でもこれは…
    「……見ちゃったの?悪い子だね」
    びくりと肩を揺らす。背後にティルトがいた。いつの間にかクリスは消えている。
    「その、これは…」
    「認めるよ。僕はこんなヤツだって。キミのことを常に見張って、変な男に絡まれないようにGPSとカメラをつけて見ていたんだ」
    「じーぴー。は、え、なに」
    「可愛いのがいけないんだ。危ないだろう。放っておいたら、野獣に食べられちゃうよ」
    耳を甘噛みして、「ほら、こんな風に」と妖艶に笑う。いろんな情報が入ってきたせいで、キャパオーバーになる。それから__

    (…?)
    __変だな、すごく、身体が熱い。

    服をめくられ、腹をさすられる。怖くて涙が出るのに、彼に求められて、すごく嬉しい。
    「うぁ!ん、やめッ」
    首をつう、と撫でられる。身体の上から下までゆっくり触られて変な感じがする。
    「んッ」手が冷たくて、ゾクゾクする。慣れた手つきで上着を脱がすと、嬉しそうに笑う。(なに、これ)俺はぼんやりした視界で、ティルトを見つめた。
    「あっ、てぃると、んう…はなして、なあ…」
    熱い、熱い、熱い。離してほしいのに、離れてほしくない。ティルトがパッと手を離すので、もどかしくなって、手を伸ばす。「てぃると、もっと…」これじゃあ自ら、触ってほしいと望んでいるみたいだ。
    (頭がぼーっとする、なんも考えられない…)
    でもこれが恥ずかしいことは分かる。ティルトが頬に手を添えながら、余った手で俺の舌を掴む。
    「あぇ…?」
    食らうように甘ったるいキスをされる。息をするのに必死で涙が止まらない。苦しいけどやっぱり気持ちがいい。
    「はあ…可愛い…やっぱり閉じ込めたい…」
    「ひッ」
    獣のようなギラついた瞳を見て、正気に戻る。「やめてくれ、こんなのおかしい…」と首を振るも「我慢しないでいいよ」とあしらわれる。床に転がるカメラを掴んで、俺の手を紐で縛る。言うことを聞いてくれない!
    「怯えているところは撮っていなかったね。今、残しておくから…僕のアルバムにしよう。ふふふ…」
    「ぅ…っ、くりす、たすけ」
    ティルトが手を動かすのをやめた。…これは、大丈夫なやつ?ほっとして立ちあがろうとすると、足を掴まれる。
    「な、」
    「ねえ。さっきからずっとさぁ。クリスくんのことばっかりだよね。彼がそんなに大事なの」
    「言ったろ、どっちも大事だって」
    「それは台本の話でしょ。僕がいながら、他のヤツに浮気するの?…そんなの許せない」
    「だから。ハァ、話を聞けよ」
    「フィンの恋人は、僕一人で十分だッ!」
    首を絞められて身動きが取れなくなる。まずい、息ができな____



    「フィンに手を出すなッ」
    クリスがティルトを蹴り飛ばした。ふいをつかれた彼は床に頭をぶつけて動かなくなる。
    「クリス!」
    「大丈夫か、早く逃げるぞ」
    「でも」
    「でも、じゃない!今、自分が何されてたか分かってる?襲われてたんだよ」
    「…分かってる」
    「はあ!?」
    ほっぺを捻られる。「いたっ」そいつの手を掴んで剥がそうとするが、力を強めるだけだった。「あのさ。俺がどれだけお前を心配してるか、理解してないよね」クリスは上擦った声で言った。
    「えっと」
    「さっき、外の様子を見ようとしたら、ティルトに殴られたんだ。フィンを置いていったワケじゃない」
    「へっ?」
    「前から思ってたけど、コイツ、ヤバいよ。優しいフリして、裏でろくでもないことを考えてる。やっぱりフィンに近づくヤツは全員殺すんじゃない?」
    「そんなこと言うなよ」
    「…これだけされても、まだ好きなの?」
    じっと目を見つめられる。顔に触れる手が震えていて、彼に余計な心配をかけてしまったと後悔した。
    「ごめん。ごめん、クリス」
    「謝らないで。怖かったね」
    「うう…っ、ずっ、くりす、くりす…」
    「はいはい、クリスさんですよっ、と」
    横抱きされて、そのまま部屋を出る。調理は途中で終わって進んでいない。俺達が部屋に行くのを見ていたのかも。
    (触られても抵抗できなかった。なんで)
    とにかく彼の手が欲しくて、熱い身体を冷ましてほしくて、何が何かも分からないまま。
    「フィン…」
    くしゃりと頭を撫でられる。ふわふわして気持ちが良い。
    「ん」
    「俺じゃ、ダメ?」
    「ダメじゃない。でも、もう付き合っちまったから」
    「え、ティルトと?」
    「うん…」
    「マジかあ」
    寂しそうな顔をする。クリスの頬に触れて「…もし告白を取り消せるなら、アンタのそばにいたい」と言うと「取り消すんじゃなくて、愛を上書き保存すればいいんだよ」と眩しく笑った。こういうところに支えられてきたんだなと気づく。
    クリスは良い加減なヤツだけど、ちゃんと俺を見て話してくれるし、対等でいてくれる。ティルトも大好きだし、ファンだけど。でも……ああ、混乱してきた!
    「まあでも、俺を気遣って付き合うなんてしないでよ。そんなの嫌だからね」
    「そんなことしねえよ…」
    「ふふ。それじゃ、寝ていいよ。車、運転するからさ」
    助手席に座る。大きな手でまぶたに蓋をされる。ふわ、と花の香りがする。それは彼からか、ティルトからか、どっちなのか分からなくなる。
    (いや、どっちでもいいか…)
    もう眠ってしまいたい。楽しい夢を見れば、今日のことは忘れられる。
    「おやすみ、フィン」
    「うん…」





    仕事場でティルトにでくわした。気まずさから目を逸らし、商品をスキャンする。最初はこんなんじゃなかった。憧れていたし、好きだった。今は、ティルトがちょっとだけ怖い。
    「ありがとうございました」
    「…ねえ、フィン…」
    「はい」
    「そんな冷たい態度取らないで。僕は寂しいよ」
    「…」
    「僕が悪かったから、許してくれないか。もう一度、付き合おう。ね」
    「…無理」
    「どうして?何か欲しいものがあるなら買ってあげるよ。お金ならあるし、行きたい場所にも連れて行くから、だから、離れないで。お願い」
    「迷惑なので、帰ってください」
    ハッキリそう伝えると、ショックを受けた表情で俺を見て、それから黙って行ってしまった。これでいい。あまり近づきすぎると、クリスが危ないから。
    (やりすぎかもしんないけど…でも、あれぐらいしないと)
    突き放すのはすごく苦しい。でも、信じたくないけれど、あの狂気的な目を見ると、いつか殺される。そう思わざるを得ない。演技が上手いと思っていたが、あれは素でやっていたのか?
    「ハァ…」
    「フィンくん、大丈夫?」
    店長のリンジーが声をかけてくる。
    「あ、すみません。ちょっと、疲れちゃって」
    「ごめんね。君は良く働いてくれてくれるしウチとしては助かるけど、体調の方を優先すべきだよ。今日はもう帰っていいから」
    「そんな!いいですよ、働きます!」
    「そう…?心配だから…」
    ああ、心配をかけさせてしまった。不甲斐ない。俺はできるだけ明るい笑顔で「俺、ここで働くの好きなんで!」と答えると、リンジーは眉を下げて「…そっか」と返事をした。働けば、不安がなくなるから。



    仕事が終わってスマホを見ると、百件を超える通知と不在着信があった。驚いてスマホを落としてしまう。
    「うわ…な、なんだよ…」
    それにGPSとカメラ…どこかにつけているのだらうか。それはどこにあるのだろう。カバンは持っていないし、ポッケには財布だけ。あとは…
    「やっぱ、何もないよな」
    「…フィン」
    「うわあッ!?」
    また背後にいる。ティルトだ。
    「…ッ、もうやめてくれ。アンタのこと、好きなのにさ、知っていくたびに怖くなんだよ。あと、昨日のやつは何だ?なんか、身体が変になって、熱くて…」
    「嫌だった?本当の僕を知ったら離れると、心のどこかで思っていたけど、まさかこんなにすぐなんて。傷ついたよ。僕には、キミが全てなんだ、希望をくれたのはキミなのに」
    「質問に答えてくれ、俺に何をしたんだ」
    鋭い目で睨むと、ティルトは黙り込んだ。
    「答えないなら、ブロックするからな」
    「ま、待って、言うから!」
    「…必死すぎだろ」
    「だって、キミがいないと僕は生きていけない。重いかもしれないけど、本当にそうなんだ。昨日のあれは、薬を使ったんだよ。花の香りのね、悪かったと思っているよ」
    「はあ」
    だからティルトからもクリスからも、良い匂いがしたのか。同じくそれを吸ったクリスは大丈夫だったのか…?
    「あれは媚薬だよ。そういう雰囲気になるように。ドラマの話も口実さ、キミと彼を呼んで、フィンが僕のものだって証明する為に」
    「だからあんなに…」
    「気持ち良かった?」
    「良くない!」
    ティルトはふっと笑った。(笑うなよ)と頬を膨らませる。
    …本当は少しだけ気持ち良かったけれど、それは言わないことにする。恥ずかしいし。ティルトは俺の腰に手を回して抱きしめてくる。
    「おい、離してくれ」
    「嫌だ…そうしたら、僕の前から消えちゃうんでしょ…」
    「なんでそんなに、俺にこだわるんだよ」
    「キミは他の人と違って、僕を神のように崇めたり、期待したり、下心を持って近づいて来ないからだよ」
    「え?」
    「綺麗だから。純粋で穢れのない心。僕はキミのそういうところが好きなんだ」
    「…そんな理由?」
    「見ているだけで癒されるし、すごく可愛いから、よく会いに行ってたんだよ。キミは僕の精神栄養剤だ」
    「う…ええと。喜んでいいのか分からないんだけど」
    「喜んでいいんだよ」
    ティルトは頬に手を当てて、俺を見る。
    「フィンは、僕のどこが好きだったの。上辺だけ見ていたんじゃないのかい?」
    「俺は、まあ、そうかもしんないけど。でも、分かんないけど、気づいたら好きになってたんだよ!それじゃあ、ダメか?」
    「ダメじゃないよ。だから、もう一度やり直そう」
    ティルトは悲願するように、泣きそうな顔で言う。俺は迷ったが、それでも安全を保証できない限りは話に乗っちゃいけない。
    「ごめん、無理だ」
    「どうして…」
    「クリスを傷つけたから」
    「またあいつの話?もういいよ、僕は」
    「そうやって周りの人を傷つけるから、俺はアンタが嫌いになったんだ」
    「嫌い…?」
    「…怖いんだよ。もし俺のせいで、大事な人を壊してしまったら。そう考えたら眠れないんだ」
    「そうだったんだね。可哀想に。魘されていたのかい。僕がそばにいてあげるから」
    「やめろッ!」
    ティルトを突き放して、走る。逃げないと。もうこれ以上、話をしても無駄だ。分かってもらえない。自分の話しかしないし、クリスのことも、俺のことも守ってくれないのなら、離れた方がいい。
    今すぐブロックすべきだろうか。でもそうしたら、本当に消えてしまいそうで、それは嫌だから…中途半端な気持ちでいるのは、すごく辛い。
    (もう少し早く、ティルトに出会えていれば、何か変わってたかな)
    そんなことを考えても、どうしようもない。
    「あんな追い込まれるほど、仕事が辛かったかもしれないしな。本当、何にも分かってないのは俺の方だ」
    歩み寄って、辛さも痛みも知ろうとすれば、もっと近づけば、彼は笑ってくれただろうか。





    TILT PART


    フィンに嫌われてしまった。すごく辛い。

    付き合えた時は、あんなに高揚していた心が、今はすっかり冷えてしまった。スープを飲んでも、お湯を浴びても温まらない。それに、連絡先も交換したのに、ブロックされてしまったら、何にも伝えられない。
    コンビニに行く気力もないので、僕は仕事をしばらく休んで、ぼうとしてベッドに横になった。つまらない。彼がいないと、僕には何にも残らないのに。
    「あ…レンジにある惣菜、食べるの忘れてた」
    もう三日も経っている。腐ってしまったそれは酷い臭いがして、僕はむせ返った。
    「吐きそう…」
    いっそのこと全てを捨ててしまえたら、楽だったのに。彼ともっと繋がりたくて、深いところまで愛したかった。あの日のように、そういうこともしたかった。
    「…もういいや」
    どうでもいい。彼を諦めることはできそうもないけど。
    「…」

    『アンタが嫌いになったんだ』

    「ハァ、本当、しんどい」
    息苦しい。辛い。泣きたい。僕は不安定な気持ちのまま、横になって寝た。

    翌朝、またつまらない日がやってきた。フィンはいない。GPSもカメラも、もう必要ない。立ち上がった時、突然、ベルが鳴る。(誰だよ)フィンだったらいいのに、そう思いながら扉を開いたが、やはり違う。代わりに、あの女優がいた。
    「キミは」
    「バーストよ。ティルト、話があるの」
    「悪いけど、今はそんな気分じゃないんだ。帰ってくれ」
    彼女は目を見開いて「意外」とこぼした。
    「あのさ。人の顔を見るなり、失礼なことを言わないでくれるかな」
    「ごめんなさい。職場と雰囲気が違って」
    「あっそう。じゃ、用がないなら僕は寝るから」
    「待って。貴方にしか頼めないの」
    「…なに」
    八つ当たりをしている自覚はある。でも、どうしようもない。気持ちの整理がつかない。
    「あのね…」



    「ってことだから、よろしく」
    監督が二人を見てそう言った。二人というのは、クリスとフィンのことだ。僕は意味が分からなくて首を傾げた。
    「監督?」
    「ああ、いや。ドラマに出てもらおうと思ってね」
    「なぜ、彼らを知っているんですか?」
    気まずくて眉をひそめる。彼らも同様に困った顔をする。バーストが「街で二人が歩いているのを見かけて、クリスの方は前から知っていたんだけど、フィンはパッと見て気に入ったらしいのよ」と説明する。まさか本当にドラマに出ることになるとは。口実だったのに。
    「ええと…二人はそれでいいの?」
    「うーん、あまり気が乗らないけど…」
    クリスがフィンを見て話す。まあ、あんなことがあってからだと、共演する気にはなれないだろう。
    「んー。まあ、でも。これも何かの縁だから、俺、下手くそだけど、やってみようかな」
    「フィンが言うなら、俺もやっていいけどさ」
    「本当か?助かるよ。あ、クリスくんの事務所には連絡してあるからね」
    「アハハ、仕事が早いですねえ」
    「適役だからね、お願いしたくて」
    なんか話が進んでいるが…バーストの方へ行き、小声で話す。
    「ねえ。僕に頼みって、何?」
    「ああ、いえ。解決したみたいだから」
    「?」
    「何かあったんでしょう?彼らと」
    感が鋭いな。
    「まあね。ちょっと」
    「ゼノンが言ってたの。様子が変だって」
    「ゼノンが?」
    「そう。分かりやすいんですって」
    「また言ってるよ…そんなに変わるかな」
    「私もなんとなく、分かる気がするわ」
    「へえ。…ハァ、ダメだな。僕は。周りに気を遣わせるなんて」
    僕がため息をつくと、バーストは背中を優しくさすって、慰めてくれる。
    「…ありがとう」
    「いいえ。貴方が元気になってくれるなら…それでいいの。あの子の代わりにはなれないけれど」
    「フィンとは何もないよ」
    「嘘つき」
    …本当に何もないんだって。

    ⚪︎

    稽古が終わって、休憩時間になった。

    僕は二人に声をかけて「ごめんね。こんなことに巻き込んで…それに、前のことも」と謝った。フィンは迷った顔で「…許すことはできないけど、でも、無視することもできないから、これからは気をつけてくれよ」とだけ言った。僕はそれが嬉しくて飛びつきたくなるのを抑えて、微笑んだ。鼓動が高鳴った。
    ああ、また話していいのか。その資格があるのか。
    「ねえ〜、二人で良い感じになってるとこ悪いけどさあ。監督さん、いつもあんななの?」
    「あんなって?」
    「ほら。バーストのこと」
    僕は監督とバーストを見る。やけに距離が近い。肩を抱いているし、機嫌が良くて、ニコニコしている。
    「ああ、そういうこと。そうだよ、いつも」
    「うへえ…そっか。じゃ、フィンは近づけない方がいいね。というか、バーストも助けないと!じゃね!」
    クリスはパチリとウィンクをして、監督と話しに行った。まったく彼は苦労人というか、なんというか。優しくて気を回せる人だと思う。そういうところがフィンや周りを惹きつけるのだろう。
    (僕は誰にでも優しくするけれど、誰にだって優しくない)
    …フィンが離れていったのも、そういう理由だろう。
    「ティルト」
    フィンが隣に座る。僕はびっくりして椅子を揺らした。
    「…なに」
    「元気、出た?」
    「え?」
    「だって。明らかに痩せてるし、顔が暗いしさ。分かりやすいっていうの、俺もやっと理解できたかも」
    トラウマになってもおかしくない出来事。あの日、僕に襲われたのに、フィンは平然とした態度で話し始める。それが苦しくて、僕は下を向く。
    「僕と無理して話さなくていいんだよ、フィン」
    「無理してなんか」
    「ほら、クリスくんと話していた方が安心するでしょ?彼、優しいから。それに比べて、僕は酷いやつだよ」
    「でも、放ってもおけないだろ」
    なんて良い子なんだろう。クリスが言うように、尚更、監督には近づけられない。あのセクハラジジイには。
    「なあ、ティルト。取り繕う必要なんかないんだぜ」
    「それは…」
    「自分で思っているよりも、皆はアンタのこと愛してくれてるよ」
    「…」
    フィンはそう言って笑った。僕は声が出なくて、感激なのか、衝撃なのか、フリーズしてしまった。
    それに驚いたのか、フィンは眉を下げて「大丈夫か?具合が悪くなったのか?」と聞いてくる。僕は首を振る。そうじゃなくて、欲しい言葉をキミから貰えたことが、信じられなかっただけだ。

    誰も、本当の自分なんて知りたがらないのだから。

    「…大丈夫…でも…泣きそう」
    「えっ!?控室に移動するか?俺、運ぶけど」
    「違うんだよ、キミが、感動させるから」
    「そんな凄いこと言ってねえけど?」
    「無自覚だなんて…クリスくんは大変だね」
    「んでアイツの話になるんだよ!」
    不可解、といった顔をする。天然人たらしというのは、そういうことか。納得していると、クリスとバーストが戻ってきた。
    「バースト、何もされてない?」
    僕が彼女の手を取って言うと、少し戸惑った様子で頷いた。「クリス、キミ…」と疑いの目を向けると、慌てて首を振る。
    「違う、違う!何もしてないから!」
    「怪しい」
    「止めただけよ、やんわりとね。手を出してないし、口説いてもいないよ!」
    「必死なのが余計変だよな」
    フィンと口々に言っていると、バーストが肩を落として言った。
    「クリスの言っていることは本当よ。困っているところを助けてくれたの」
    「そう。バーストが言うなら違いないね」
    「俺の信用度ゼロ〜?」
    ショックです、とでも言うように背中を曲げるが、どうも胡散臭い。
    「ただ、フィンのことをすごく気に入っているみたいで。それが厄介なのよ」
    「…え?」
    フィンは三人を交互に見て、「どういうこと?」と聞いてくる。
    「ハァ…マジかあ」
    「大変なことになったわ」
    「やっぱり、縁を切るべきだったかも」
    「なあ、どういうことだよ!」
    置いてけぼりのフィンは大声で叫んで、僕達はどうするべきかと悩んで、ため息をついた。

    監督は昔から、いろんな俳優に手を出していると有名だ。

    それこそ、作品の完成度や鋭い指示など、監督としての評判は良い。しかし同時に、悪い噂も流れているわけで。
    最初こそ尊敬していたし、話半分に聞いていたのだが…前のドラマで思い知った。
    必要以上に体を触ってくるし、僕が逃げようとすると、声をかけてくる。飲み会に誘われては参加し、別の誰かと話そうとしても隣に座るよう言われる。言うことを聞かないと、作品から降ろすだとか、圧をかけてくる。もういっそ、
    全部、録音してバラしてしまおうか。
    (…できないよね。仕事を貰っている訳だし。監督は、まあ、いろいろとヤバいけど)
    僕が言うのもなんだけど。
    「とにかく、フィン。舞台以外で監督の言葉に耳を傾けちゃダメだよ」
    「どうしてだよ。ノリも良いし、気さくだし、心配することなくね?」
    「いやいや、これは忠告だからね。俺はフィンのことを想って言ってるの」
    「私からもお願い」
    「バーストまで。そこまで言うなら…」
    優しい彼のことだから、何をされても拒否しないだろうし、言われた通りにするだろう。ああ、怖い。すごく危ない。
    「そういうことだから、気をつけてね。そうだ、終わったら、皆で食事に行かない?」
    「ええ。私は賛成。二人は…予定があるなら、帰っても大丈夫よ。急遽、参加してもらったし」
    「うーん」
    二人は悩んでいる。はっきりと言った方がいいかな。
    「ああ。僕が嫌なら来なくてもいいよ」
    「ちょっと、ティルト」
    バーストが裾を引っ張る。だってそうじゃないか。結局のところ、許してもらったわけじゃないし、クリスは笑顔を貼り付けながら警戒しているし。
    それに、せっかくのご飯が不味くなったら申し訳ないしさ。…僕のせいで。
    「どーする?」
    「フィンは?」
    「………奢りなら、考えなくもない」
    「でた、そういうとこだよ」
    「別にいいだろ!」
    「もちろん、僕が払うよ」
    そう言うとフィンは嬉しそうに「わーい!」と飛び跳ねて、クリスは口をあんぐりと開ける。
    「ティルト〜!あんまりフィンを甘やかさないでよ。この子すぐ調子乗るんだからね?」
    「だって、可愛いから」
    「ダメだ!この人、フィンくん大好き俳優だった!」
    なにそれ、勝手に変なあだ名つけないでよ。バーストがその様子を見て、くすくすと笑う。
    「バースト?」
    「ふふ、ごめんなさい。仲が良いなと思って」
    「はあ?俺とフィンはまだしも…ティルトまで?」
    「おい、クリス」
    「いいよ、僕がやったことだから。クリスくんみたいな対応は正しいと思う。フィンは少し変わっているけど」
    「変だったか?普通に声かけただけじゃん。つーか、クリスが過保護なだけだよ。ウザいくらいにな」
    「フィン〜!?」
    突然の裏切りに驚いて、クリスはフィンの周りをうろちょろした。
    「ウザい!」
    「ぐえっ」
    頬を叩かれた。痛そう。
    「それで、どうするの?」
    「もちろん行く!な、クリスもそうだよな」
    「フィンが行くなら、別にいいよ」
    「決まりだね。…これで監督が寄り付く前に帰れる」
    「そうね」
    クリスと小声で話す。フィンは困った顔をする。
    「?何の話だよ…」
    「さて!それじゃあ後半も頑張りましょうか!」
    「無視すんなよー!」
    フィンの叫び声がスタジオ内に響いた。

    ⚪︎

    「…あ」
    スマホの着信を見て、僕は顔をしかめる。クリスが首を傾げて「どしたの?」と聞いてくるので「監督が…」と返した。
    「あ〜…大丈夫?」
    「少し席を外すよ。すぐ終わるから」
    「分かった。なんかあれば言ってね」
    「キミは優しいね。もうフィンと付き合えばいいと思うよ」
    「ゴホッ、ゴホッ!」
    クリスがむせてしまった。
    「え、ご、ごめん」
    「なっ、なんてことを言うの!確かに俺はあいつのこと好きだけど?でも、友達でいてほしい〜って言われたら我慢するしかないし、それにティルトのことが好きだから…さ、無理じゃん?」
    「…無理じゃないよ。キミの方が、彼を幸せにできるはずだ」
    「なんでそんな悲観的なの。フィンはティルトのこと、すっごく大切に思ってるんだよ。自信持ちなって」
    「一度、拒否されたら、怖くなるんだ。自信なんて、最初からないよ。嫌われないように、気を張っているだけ」
    (…いやいや、僕は何を言っているんだ)クリスも困るだろう。「ごめん、忘れてくれ」と席を立って、外に出ようとする。
    「ティルト」
    「…」
    「フィンを悲しませないであげて」
    「…うん」
    なぜか、涙が出た。返事をするので精一杯だった。

    ⚪︎

    監督からの電話は、フィンのことだった。僕は嫌な気持ちになって、話を早めに終わらせようと適当に頷いたが、監督は随分、彼を気に入っているようで。
    「…ッ、クソ」
    一緒にいるところを想像すると吐き気がする。僕以外と連む彼も受け入れ難いが(クリスやバーストは省く)、あのジジイは…外の空気を吸って、心を落ち着かせる。
    「ああ、酒が飲みたい」
    「こんなところにいたのね」
    「…バースト」
    彼女は目を細めて笑った。僕のことを見透かしているようで、時々、怖くなるが…彼女は献身的で美しい。
    最初に会った時は、ファンの子と同様に軽くあしらっていたが…印象が変わった。もちろん良い意味で。
    「はい、ワイン」
    「ありがとう」
    「どういたしまして。…なにか、悩み事?」
    「キミは恐ろしいね。心が読めるの?」
    「ふふ、なにそれ」
    バーストはふわりと微笑んだ。
    「ねえ、ティルト」
    「うん」
    「フィンのことが好きなら、もう一度、話し合うべきだと思う」
    「…そうだね」
    僕は星空を見て、それが眩しくて目を細めた。バーストが僕の手を握る。「頑張れ」と応援されているような気がした。


    ⚪︎


    「ただいま」
    席に戻ると、フィンが顔をあげてもぐもぐ口を動かした。
    「んっ、おかえり」
    「何を食べてるの?」
    「肉!」
    「はは、若いね」
    「ティルトは食べねえの?」
    「僕はいいかな」
    ハムスターのように口いっぱいに食べ物を入れて咀嚼している。あまりにも可愛くて捕まえたくなった。でもやらない。
    「大丈夫だった?」
    クリスが聞いてくる。
    「うん。まあ。バーストが慰めてくれたから」
    「そ!よかった!」
    パッと明るく笑って、バーストに視線をやった。彼女は困った顔をする。
    「えっと」
    「バースト、かっこいいじゃん」
    「え?あ、ありがとう」
    「ご褒美にデザートあげちゃう!どれがいい?」
    「わ…どうしましょう…」
    二人はデザートの話で盛り上がっている。どっちも気遣い屋さんだな。フィンが俺の袖をちょんちょんと引いてくる。
    「ん?」
    「ティルト…」
    「どうしたの?」
    フィンはもじもじしながら何か言おうと口を開ける。
    「僕に言いたい事でも?」
    「いや。まあ」
    「歯切れが悪いなあ」
    「ん…ごめんな」
    突然の謝罪に呆然としていると、フィンは「失礼な態度取ってさ、アンタを傷つけて…何も知らないのは俺の方なのに」としょんぼりしながら言った。
    「いいんだよ」
    「でも」
    「キミが僕を受け入れてくれたから、もう怖くない」
    「え…」
    僕はフィンの腕を引いて、抱き寄せる。
    「大好きだよ、フィン」
    「…」
    「ねえ、返事は?」
    「え、ああ、えっと」
    動揺して目を泳がせる。相変わらず初心で可愛くて、全部、欲しくなる。
    「俺も…俺も、好き…」
    だんだん声が小さくなる。可愛い。もう一回ぐらい食べてもいいかな。
    「お、おい。何もするなよ」
    「しないよ」
    「嘘だ、怖い顔してたし」
    「してないって」
    「フン!」
    いつもの調子に戻ってしまった。まあ、いいけどさ。
    「じゃ、食べようか」
    「…悔しい。やられてばっかり…」
    「ん?」
    「なんでもねえよ!」
    そっぽを向いて不貞腐れる。耳が赤くなるのは、不可抗力らしい。彼のほっぺをつついたら、怒ってやり返してくる。
    ああ。本当に、僕を夢中にさせてくれる。キミが人生を変えてくれたから、僕は今、すごく楽しいよ。

    アイツが消えてくれたら、もっと良いんだけどね。

    「ティルト?」
    「このステーキ、思ったより美味しいね」
    「…あ!?それ、俺の!」
    「僕も頼もうかな」
    「返せー!」
    「もう無理だよ、吐かなきゃ」
    「か、返さなくていい」

    面白い子なんだから。



    1、end

    ⚪︎
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    vel(べる)

    MOURNING現パロ
    【あらすじ】
    大人気俳優・ティルトを推しているフィンが、彼とコンビニで偶然の出会いを果たす。それから、仕事場だけでなく休日にも一対一で話すことになり、驚愕(幸せ)のあまり倒れてしまう。次に目覚めた時、フィンはなぜか彼の家にいて…

    店員フィン 俳優ティルト モデルクリス
    【CP】ティルフィン×クリフィン (ティルバス)
    ○フィンがティルトオタク
    ○クリスと同居してる
    ○※モブ監督注意⚠️
    一生、僕を推してくれる?


    FINN PART


    俺は超ラッキーだ、と思う。

    だって、推している人が目の前にいるんだから。商品をスキャンしながら、チラ、と彼を見ると、視線に気づいた彼は微笑んで「何か?」と聞いてくる。
    「あ、いえ…」
    「ああ、これも追加でお願いします」
    「かしこまりました」
    心臓がうるさくて落ち着かない。深呼吸をして会計をする。彼はお礼を言って、帰って行った。
    (格好良かったなあ…ティルトさん)
    彼は有名な俳優であり、演技が上手いのもそうだが、何より顔と声が良すぎる。いや、別に面食いってわけじゃないけど。
    映画やドラマで様々な賞を取っている、今、大人気の俳優。そんな彼がなぜここに来るのか、理由は分からないが、こうやって変装しながら客として来てくれるのだ。
    32750

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    ○フィンがティルトオタク
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    ○※モブ監督注意⚠️
    一生、僕を推してくれる?


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    俺は超ラッキーだ、と思う。

    だって、推している人が目の前にいるんだから。商品をスキャンしながら、チラ、と彼を見ると、視線に気づいた彼は微笑んで「何か?」と聞いてくる。
    「あ、いえ…」
    「ああ、これも追加でお願いします」
    「かしこまりました」
    心臓がうるさくて落ち着かない。深呼吸をして会計をする。彼はお礼を言って、帰って行った。
    (格好良かったなあ…ティルトさん)
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