無題優桜
俺たちはさっきからベッドの上にいる。別にこれから何か起きるだとか、もう起きたとかではない。俺の兄は隣で寝転がりながら明日の小テストの範囲のページを読んでいた。
「……あ」
桜が口を開く。俺はベッドの近くの机から、置いてあるクッキーを取り、その口にそっと入れてやる。彼の視線は変わらず教科書の字をなぞっている。
「…………なんでプレーンばっかなんだよ」
「え? プレーン好きでしょ」
「チョコだろ普通」
チョコのクッキーはここには置いてないのだが……。今日学校帰りに買ってきたパン屋のクッキーの味はプレーンと抹茶のみである。
「今度あったら買ってくるよ」
「よろしく」
彼の目は真剣に教科書を見ていた。暗記を得意とする桜だが、今回は覚える部分に漢字が多いので苦手とするらしい。僕は幸い、普段から復習を怠らないので特に勉強しなくても8割の点を取れるのだ。
ちなみに今俺は何をしているのかというと、桜の脚置きになっている。
もう学校から帰ってきてベッドにいた桜。俺が帰ってきた後、ベッドに座ったと同時に、その膝の上に脚を置かれてしまった。その時はインスタを見ていたので気にならなかったが、動けない状態のままなのも疲れる。本当は脚を退けてほしい。
「あ」
「抹茶」
口に放り込んでやった。
「なんで抹茶なんだよ」
「抹茶嫌いだったっけ」
「普通」
……俺の買ってきたクッキーを食べさせてあげてるのになんで文句しか言わないの。桜にあげてばかりだと俺の分がなくなってしまうので、本来は俺のために買ってきた抹茶をいただく。
「抹茶美味しい」
程よい甘みとふわっとした香りが良い。口の中で解けていく儚さに寂しさを感じ、リピートしたくなる。今度行った時にまた買ってこようか。
「あ」
「プレーン」
「抹茶」
「はぁ、抹茶はあと一個だから無理」
「あと一個あんだろ」
「これは俺のだよ」
さっき抹茶のこと普通って言ったくせに何を。
「さっき味わって食ってなかったんだよ」
「言い訳だよ」
「じゃあ半分」
「いやだよ、こんなにかわいいクッキーを半分にするなんて」
残りの一個の抹茶クッキーを手のひらに取る。その大きさは軽く手を握れば見えなくなってしまうほどだった。
「あげない」
俺が口にクッキーを咥えた瞬間、ぐんっと手を引っ張られて桜の方へ倒れた。
「なっ」
驚きで声が出て、口からクッキーをこぼしてしまった。そのクッキーを上手に拾ったのは桜だった。ちょうど半開きにしていた口の上にハマったようだ。
「ふ」
「な……に笑ってんの」
「たへてもいいのか?」
「駄目だよ」
「でゃあくえよ」
クッキーを咥えたまま、かろうじて通じる滑舌で桜が喋る。どうやらクッキーは口で半分にするしかないようだ……。
「はむ」
口をつけ、クッキーに弱く力を入れて半分に割る。桜の吐息で柔らかくなったクッキーは、ほろ……っとすぐに割れた。