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    banikov3

    @banikov3

    ここは幻覚の最前線!(9割非公開中)

    ☆quiet follow
    POIPOI 14

    banikov3

    ☆quiet follow

    ―SIDE:I

     背中に感じるワラビの体温。さっきまでノンストップでくだらない話を続けていというのに、急に押し黙ったかと思うとそのまま俺の背にもたれかかってきた。今度はどんな悪ふざけを思いついたのかと待っていると、規則正しい呼吸音が聞こえてくる。……一瞬で寝たな。いい年してまるで小さな子供のようだ。
     たいして重くはないが、俺が動けばワラビは倒れてそのまま頭を床に打ち付けてしまう。どうしたものか。

    「おい、ワラビ」

     声をかけても相変わらず静かな寝息が返ってくるだけ。……仕方ない。こんな格好では熟睡もできないだろうし、しばらくすれば勝手に起きるだろう。
     このままぼんやり座っているのも手持ち無沙汰で、抱えたベースの弦をなぞる。軽く弾けば、俺の半身からはいつもよりも優しく穏やかに低く深い音が響く。思いつくままに緩やかなメロディを奏でる。俺たちがステージの上では決して演らないようなメロウなフレーズ。ワラビに聴かせれば、きっと即「つまんない、ぜんぜんアガらない」などとダメ出しをしてくるだろう。そこはリミキサーとしてのお前の腕の見せ所だろうなどと煽れば、思いもよらないようなアレンジで1曲仕上がってくるだろうか。そんなことを空想しながら、指の赴くままに音を紡ぎ続ける。たまにはこういうのも悪くはない。


    しばらくそんなことを続けていると、背中でワラビが動く気配がした。

    「……ちょっと単調すぎるんじゃない?もう少しフックがないとさぁ、聴いてるヤツらみんな寝ちゃうよ」

     首のすぐ後ろからワラビの声がする。目は覚ましたもののまだ半分寝ているのか、言葉とは裏腹にその声にキレはない。

    「いいんだよ、別に。真剣に曲作ってたわけじゃない。お前がどいてくれないから暇つぶししてただけだよ」
    「ふーん……」

     ワラビは相槌の途中で大きくあくびをする。

    「ま、俺は嫌いじゃないけどね」

     意外だ。もっとボロクソにダメ出ししてくるかと思ったのに。

    「そんなことよりそろそろどいてくれないか、腰が痛い」
    「やだ」

     笑いを含んだ声と一緒にさらに体重を預けてくる。再び仕方ないと諦めてワラビに付き合ってやるとする。

    「アンコール?」
    「んー、聴いてほしいなら聴いてあげてもいいスよ」
    「じゃあ勝手に聴け」

     もう一度、弦の上を指が滑り始める。
     今この時しか演らない曲、ちゃんと聴いとけよ。







    ―SIDE:W

     俺のくだらない話に「あぁ」とか「うん」とか、まったく中身のない返事をするイッカンさんを見ると、このヒト自分が興味ないことは本当にどうでもいいんだなと改めて思う。俺としてもなにか気の利いた返事がほしいわけじゃなくて、ただどうにかしてイッカンさんにリアクションさせてやろうといわゆるウザ絡みをしてるだけだから、ある意味その対応は正しい。ほんと、暖簾に腕押しとはこういうことなんだろうな。一緒に楽曲演ってる時は、俺のことを食らいつくそうとしてんじゃないかってぐらいギラギラしてるのに。温度差で風邪ひきそう。

     とりあえず、この勝負はノーリアクションに根負けした俺の負け。あーあ、と思いながら最後のウザ絡みとしてイッカンさんの背中にもたれる。

     こうしていると、なんだか子供の頃を思い出す。俳優である父さんはいつも映画の撮影だ舞台だと忙しくて、たまにしか帰ってこなかった。だから本物の本人よりも、映画の中で主役を演じる父さんの方がずっと見慣れていた。帰ってくれば俺に優しくて、その顔は映画の中の凛々しい顔とは全然違っていて、きっとこれがこのヒトの本当の顔なんだろうと子供心に思ったけど、でも真っ直ぐそれを見るのはなんだか気恥ずかしくて俺はいつも背中から父さんに抱き着いていた。俺はあの頃よりもずっと大きくなったし、イッカンさんの背中だって子供の頃に父親に感じた時ほど大きいとは思わないけど。でも目を閉じるとその体温はなんだかあの頃を思い出させる。



     低く、深い音が奏でるメロディで目が覚める。うっかり眠っていたみたいだ。ジャズバラードみたいに緩やかで甘く、でも初めて聴く曲だ。このヒトからこんなフレーズが出てくるなんて意外だ。

    「……ちょっと単調すぎるんじゃない?もう少しフックがないとさぁ、聴いてるヤツらみんな寝ちゃうよ」

     ふんわりと気持ち良い眠気に誘われながら、いつもと違うあまりにも穏やかな音にダメ出ししてみる。俺が起きてるのに気づいて、イッカンさんの指が止まる。

    「いいんだよ、別に。真剣に曲作ってたわけじゃない。お前がどいてくれないから暇つぶししてただけだよ」
    「ふーん……」

     やっぱりオリジナルだったんだ。

    「ま、俺は嫌いじゃないけどね」

     今更ながらにこのヒトの意外な引き出しとセンスを思い知る。素直な称賛の気持ちと、いまだ全然底を知れていなかったことに対する悔しい気持ち。正直、複雑ではある。でもだからこそ面白いんだけど。

    「そんなことよりそろそろどいてくれないか、腰が痛い」
    「やだ」

     あのね、俺はアンタに勝ち逃げさせる気はないから。そんなことを思いながら、その背中に体重をかける。

    「アンコール?」

     俺の気持ちが伝わってるのか伝わってないのか、イッカンさんが問いかけてくる。

    「んー、聴いてほしいなら聴いてあげてもいいスよ」

     素直に「聴きたい」なんていうのも癪で、喧嘩を売ってみる。

    「じゃあ勝手に聴け」

     こうやっていつも真っ向からそれを買う。クールそうな顔してほんと負けず嫌いだ。俺もイッカンさんのことは言えないけど。
     もう一度、弦の上を指が滑り始める。
     これは『合食禁』としては演れない曲だな…。でもきっとイッカンさんの、そして俺だけの曲だ。
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    banikov3

    DONE
    ―SIDE:I

     背中に感じるワラビの体温。さっきまでノンストップでくだらない話を続けていというのに、急に押し黙ったかと思うとそのまま俺の背にもたれかかってきた。今度はどんな悪ふざけを思いついたのかと待っていると、規則正しい呼吸音が聞こえてくる。……一瞬で寝たな。いい年してまるで小さな子供のようだ。
     たいして重くはないが、俺が動けばワラビは倒れてそのまま頭を床に打ち付けてしまう。どうしたものか。

    「おい、ワラビ」

     声をかけても相変わらず静かな寝息が返ってくるだけ。……仕方ない。こんな格好では熟睡もできないだろうし、しばらくすれば勝手に起きるだろう。
     このままぼんやり座っているのも手持ち無沙汰で、抱えたベースの弦をなぞる。軽く弾けば、俺の半身からはいつもよりも優しく穏やかに低く深い音が響く。思いつくままに緩やかなメロディを奏でる。俺たちがステージの上では決して演らないようなメロウなフレーズ。ワラビに聴かせれば、きっと即「つまんない、ぜんぜんアガらない」などとダメ出しをしてくるだろう。そこはリミキサーとしてのお前の腕の見せ所だろうなどと煽れば、思いもよらないようなアレンジで1曲仕上がってくるだろうか。そんなことを空想しながら、指の赴くままに音を紡ぎ続ける。たまにはこういうのも悪くはない。
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