『夢』波が旬の足を優しく触れるように飲み込み、そのまま海へと帰って行く。
夕日で輝く海はまるで宝石を散りばめたような美しさだった。旬はその海を眺めていると、後ろから声を掛けられた。
「……犬飼さん」
海水浴が出来る場所で、犬飼は身を一つも崩さずスーツを着ていた。けどいつも付けているサングラスは胸ポケットに仕舞っている。
「夏も、もう終わりですね」
「そう、ですね……犬飼さんは海に入らないんですか?」
「今からですか?」
すでに夕日は半分ほど、海の中に沈んでいた。着替えてくる頃には、夕日は沈み、暗い海へと変わる。
「……あ」
大きい波が、旬の足を飲み込むと、履いていたサンダルが浮き、そのまま波にさらわれた。そのサンダルを拾いに行こうと、足を上げる前に、犬飼がスーツのまま海の中に入って行く。
半分ほど濡れた状態で戻ってきた犬飼は、サンダルを持ったまま、旬の目の前でしゃがみ込んだ。
「海は、僕はあまり入るのは好みません」
旬の足を持ち上げ、脱げた足の裏についている砂を手で掃い、サンダルを履かせる。
「何故ですか」
犬飼が立ち上がると同時に、旬は顔を追う。
「悪い夢を、見るんですよ」
犬飼は苦笑いをしながら、手についた砂を掃う
「俺が、倒しましょうか」
旬は犬飼の手を握り、自ら体を寄せ、顔を近づける。
犬飼は大きく目を開いて驚きながらも、旬の行為を受け入れた。
夕日に照らされた二人の影は、重なる。