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    lunatic_tigris

    @lunatic_tigris

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    lunatic_tigris

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    四季とイタルがデモ前に喧嘩する話。
    デモ前なのでギリギリ私闘です。私闘なんだよ。
    ※イタルの願望部分でグロ描写がちょっとあります。

    ##エガキナマキナ
    ##egkn_奈落のハッピーエンド

    場外乱闘 ──オリーブの木の傍にある花壇へと薔薇が植えられた頃に、校舎の奥まったところにある空き教室にノックを三回、ゆっくりと。
     それが、ささやかに流布していた「ある部活」への入部届けだった。どのくらい前から続いている伝統なのかはわからない。多分百年は経っていないのだろうけど、自分達が生まれる前からある事しか分からない。そんな、不思議の話に惹かれたのか。それとも、自ら選んで来たのか。真新しい制服に身を包んだ一人の女生徒が、古びた教室の前に立っていた。
     大体の生徒がノックするであろう場所の高さに、落書きのように彫られているのは薔薇とオリーブの葉だろうか。そこに目を一瞬だけ止めてから、彼女は戸を叩く。

     knock,knock,knock.

     軽やかなノック音から二拍ほど開いた後、どうぞ、と声がかけられる。躊躇いながら、手を掛けた戸に鍵は掛かっていなかった。
     からからと、遠慮がちに戸を引くと、そこには一人の生徒。窓を背にしているせいか、逆光で顔はよく見えない。上履きに入っているラインの色から見て、三年生だろうか。

    「──こんにちは、新入りくん」

     その時に、何故だか「いけないものを見た」という気分になったのだ。緩やかに背骨と内臓を握り締められたかのような、言葉にし難い感覚がわだかまる。
     一部が跳ねた、青みがかった灰色の、束ねられた長い髪。鏡面のように静かな青紫の虹彩と、その鏡を覗き込む黒い穴のような瞳孔。若く、柔らかい──シャボンの膜越しから響いているような、男のようにも、女のようにも聞こえる声。しっかりとした生地の黒い学ランと、細く柔らかそうな体の対比。固く黒い布と、透き通るような白い肌。透き通った清水と、白い睡蓮の花を連想させる人。閉じ込められていた空気が息を吹き返したように、薄らと埃が光に照らされて、ふわふわと宙を舞っている。
     そんな現実味のない光景に、思わず息を止めていた。
     例えば、知らない方が幸せだったんじゃないか、と思うような。

    「きみの、名前を教えて」

     ──数年前の春。それが、一年生だった加々宮イタルと、三年生の弦月ゆみはり四季の出会い。
     その後に酷く歪み、罅割れて正しきを写せない鏡と化しても、その光景が記憶に残り続ける限り、この春の日が異様な──夢幻、非現実フィクションから飛び出してきたような、とても美しいものだったのには、変わりはないのだ。

         *

     ──やんなっちゃうなぁ。

     無免連のデモということで、普段は没のみに専念しているイタルも応じてデモ現場の近くに居た。
     加々宮イタルという人間は、基本後悔しない。楽観視、というわけではない。何もかもが、選択したその時点で手遅れだと思っているから。
     全ては自分自身の責であり、咎であり。
     そう思っていれば、事態がどれ程最悪な方向に進もうがずっと自分は楽なまま。だって自分は、最初から「これ以下はない」場所に居るのだから。創務省に入省してから裏側を思い知った瞬間に全てを諦めて、恋とは呼び難い感情を抱いたことで奈落へ落ちると決めて、あのニジゲン大上れいが顕現した時に自分は救われないものだと改めて自覚した。自分の持っていた信念なんてとっくに腐り果てて、何もかもが紛い物。その殻にだけ縋って滑稽なことで。
     何が健全だ。何が規制だ、検閲だ。一人の誰かも救えないどころか傷付けるくせに、非実在にばかりかまけてて。
     ああそうだ、こんな世界、壊れてしまえばいい。出来るなら、どんな創作にも負けないくらい残酷に、喜劇のように、ある日突然、全部の足場が崩れたような感覚を味わえばいい。
     ──そう考える自分が取るべき最良が何かなんて、自分が一番分かっていて。なのに崩落に巻き込まれるものは多ければ多いほどいいな、と思ってしまう。かつての自分なら、抱かなかったはずの思考を今は持っている。
     矛盾している。
     加々宮イタルは、そうやって何とか自己を保っている。
     矛盾を自覚して、矛盾した行動をする。
     創務省は、イタルにとっては殺意と憎悪の対象にしかならないというのに、情なんてあったらどうなるのか。
     乱暴な答えは「バッドエンド」だろう。
     攻撃性と害意を無理矢理に押し込めれば、中へと向くか暴発のどちらかで。イタルのマキナは最たる例だろう。無害なチャーチグリム墓守犬の皮を被ったバーゲスト黒妖犬。大鎌に隠されたフランベルジュ。
     夢の中に転がっている、嬉々として自分が手を下した何人もの見知った顔の無惨な「残骸」。これが夢だと分かるのは、同じ顔が複数あるからで。現実じゃない。現実じゃないのだと、目覚めて尚妙に生々しく残る、夢魘むえんで犯した罪の肉感。
     そんな深淵との綱渡りを誤魔化したくて、酔いに逃げることも出来ないのに強いアルコールで喉と内臓を焼く。
     味が好き、香りが好き。──粘膜を焼かれる感覚が好き。血も涙も流れないけれど、そんなのは自傷行為そのものだろう。
     業務中の飲酒という規則違反以上に、そこにいるだけで、じわりと胃液が染み出てくるような不快感を、どうしようもない自分を塗り潰したくて。
     談笑している奴を見れば、顔面を二目と見られないように、作り直すことも出来ないように切り刻んで潰して抉ってからその喉を切り裂いてしまいたくなる衝動に駆られるのだし、検閲を行っているところを見ればその指を丁寧に爪を剥いでから一つずつ関節に合わせて切り離してやったあと、最後の仕上げに片目ずつ眼玉を抉って、本人の前で潰してやりたくなる。没の討伐をしている時には脳を啜られる、或いは没に致命傷を負わされ、没になる光景を夢想する。「ニジゲンは、殺害しても殺人罪には問われない」──その事実に、どれ程耐えていたのか。
     けれど現実では、その談笑に混ざって笑顔を貼り付けて、他人の創作物を「認めるか、認めないか」の仕分けに参加して、討伐では誰かと肩を並べている。まだ残っていた矜恃きょうじが願望を現実にすることを許さない。堕ちきることを許さない。
     そして、今は──ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。
     燃料と言っても過言ではない度数のアルコールで満たされたスキットルに口をつけようとすれば、やや遠い場所で白と一緒に見知った灰色が踊った気がして。

    「……ジュース買いに行ってきまーす」

     誰に言うでもなく、思ってもいないことを口にしてからその場を後にした。
     そして、自販機を通り過ぎた路地裏。やっぱり、その人はそこにいた。清水のような空気を纏う、白い睡蓮。
     あの頃と髪型は違うけれど、青みがかった灰色の髪。顔の半分だけを覆う白の面布。包帯に覆われた首と左手首。極めつけは左上前の、裾がボロボロになった死装束。
     薄青い紗の生地を兵児帯のようにして刀を差して。長い羽織のような上着には、花嫁衣裳のように白地に白の鶴が舞っている。それがやけに似合っているものだからやっぱり、この人は現実味がない人だと何度も思う。居るだけで、現実と非現実の境が曖昧になってしまうような人。
     ──あの青紫の目には見られたくなかったから面布には助けられたけど。

    「お久しぶりです、四季先輩。お変わりないんですね」

     かつての認可作家。今は無免連。──四季が免許の返上時に起こした騒動はイタルも知っている。その時の作品がどうしてアングラに流されているのかはともかく。
     まあ、在学中からそういった危うさのある人だったから、こうしていることには何の疑問も違和感も抱かなかった。身近な中に文学の神に愛された人がいるなら、それはきっとこの人の事だろうから。最初に会った時からこの人は優れた才を持っていたけれど、それは不健全な・・・・創作を否定して、清濁の清しか認めないこの世界では酷く生きにくい。
     この人は、書くためなら周りの何もかもを自分の糧にできる。その結果が当時の恋人による公開での平手打ちと別れ話だったのは未だに妙な笑いが浮かんでしまうのと同時に、全てを読み終わって、その話がラブレターのようなものだと知っているイタルにはなんとも言えない気持ちになる。他人を消費する天才が、その当時に持っていた全てを使って書いたもの。文には、自分の持っていた感情と本物の「彼女」を細胞単位までほぐしてから糸にして織り込んだように、その細部に至るまで命と感情に溢れていた。題材モデルとして愛していて、尚且つ恋の一端でもあったのだろう。随分世間の定義とは離れてしまっていても。
     祝福ギフテッドという名で覆われた呪いと恋愛譚の結末としては随分な話で終わったものだ、と回想していれば、耳馴染みの良い声が覗き込んでいた。

    「久しぶり、イタル。きみは随分と・・・変わったんだね」

     面布の下の目は、どんな感情に染まっているのかは分からない。短い間とはいえ、一つ屋根の下でイオリと一緒に暮らさせてもらっていたのだから、そもそもこの人の目に感情が浮かぶことは滅多にないと知っているのだけど。そして、一目で何かを見抜くことが出来ることも。観察する鏡面。覗き込んでくる黒い穴。布越しの筈なのに、見られているのだとはっきり分かる。
     珍しくはっきりとした微笑みを浮かべている口元が、どこかちぐはぐだと感じた。

    「──きみは何をするつもり・・・・・・・なのか、聞かせてもらおうかな」

     これは怒っているな、とイタルは笑う。正直怒っているのを見たことがない──あっても表面だけのようなものだけど、その時と同じ声をしていた。
     例えば、部の存続に関わるようなことが起こりそうになった時だとか。 何があったは割愛するけれど、この人は(穏やかかだとか、品行方正だとか、そういうことを問われたなら、素行を思い返せば口を噤むしかないのだけど)本来他人への危害を良しとしない。精神であれ、肉体であれ。良しとする──正確にはやむを得ない、と判断する時は、余程の時なのだ。例えば、自分を含め誰かの命がかかっているだとか、身体、精神、もしくはその両方を傷付けるようなことだとか。
     ──話は逸れるけれど、以前に部内で論争が起きた時には、「折角なんだからペンで戦えば」ということである意味での殴り合いが起きたこともある。その時は放送禁止用語も著作倫理法なんか知ったことか、と言わんばかりに飛び交う作品達を、四季は丁寧に拾い上げて綴じていた。
     多分、今でも手で綴じられたそれは四季の本棚に置かれているのだろう。……本当に、楽しい部活動だった。イタルには何時から四季が認可作家として活動しているのかは分からないけれど、当時既に認可だった筈なのに、いざとなれば退学、創作免許の返上の覚悟を持っていたことは知っている。
     創作物が文字通り人を傷付けることが出来るようになった世界。それでもなお、自由に創作が出来る空間を守ろうとするならば負うべき責は自然と重くなるだろう。けれど四季はそれを良しとして、当然のように背負っていて。幸い自分達の代ではそんなことは起きなかったのだけど、今がどうかはわからない。もしかしたら、尚背負う責は重くなっているのかもしれない。
     ──そして、自分はそんな人が怒るようなその余程のこと・・・・・をする。既にしているけれど。

    「……四季先輩、どこまで・・・・予想してます?」

    「さあ。確かにぼくは当てものは得意だけども、きみがしたことがどう転ぶかは分からないよ。多分、一番大きい事は今回のデモで大きく動く、或いは変わるんだろうけど。
     それが良い方向か、悪い方向かは僕には分からない」

     そこで四季は一端言葉を切る。
     だって、その変化は当人にしか分からないのだから、とでも言いたいのだろうか。

    「だけどね、そのやり方・・・・・はいただけない。
     あれだけ創務省のやり口を疑問視してたきみがそこにいる、ってだけでそもそもイレギュラーなのに。それに、その為に何を、いくつ、犠牲にした?」

     ──本当にこの先輩は何でもお見通しなんだろうか。自分が将来を考えるような恋人と別れたことも、妹の手を離したことも、これからのことも。何をしたかも。
     溜息を吐きながら、四季は差していた刀を抜く。
     白銀の清らな刀身。片側には桜、もう片側には梅の花枝が彫られている。──惚れ惚れする程に美しい刀だ、と思った。

    「セーンパイ。銃刀法って知ってます?」

    「あ、この子はニジゲンだよ」

     さらりと、差していた刀が不認可であろうニジゲンだと暴露して。
     本当にこの先輩は、何をしでかすか分からないことがある。例えば、学生時代に何時の間にか取得していたらしいバイクの免許。それから首と左手首の包帯の下がどうなっているのか、だとか。
     ──ああ、本当に嫌だなぁ。

    「──牙を向け、バーゲスト」

     大鎌では不利な狭い路地というのもあるけれど、最初から、誰かにチャーチグリム紛い物ではない刀身を見せるのは初めてかもしれない。
     何もかもが漆黒の、ゆらゆらとうねる刃を持つ剣。誰かを傷付けるのに特化したマキナ。

    「……そっちまで変わっているんだね」

     でも、想定としては有り得る範囲内だ。
     大きく精神が変質したなら、マキナがそれに伴うことだって有り得るのだから。
     マキナ同士だと考えれば、イタルより四季の方が不利だ。脆い玻璃の弓矢。人の中で砕けて、肉を裂いていく硝子の欠片。路地裏の狭い中では苦ではないけれど、対人殺傷に視線を向ければこちらの方が後々で面倒なことになる。
     一度軽く呼吸をして、四季は改めて刀を構える。
    彼女嘉辰令月」もイタルで満たされたならばいいけれど、後のご機嫌取りは別として。

    「それじゃあ、ちょっとばかり喧嘩をしよう」

    「四季先輩大人気なーい……」

    「これから起こることを考えたら序の口じゃないかな」

     デモの喧騒にはまだ早い。その前に、互いの為にも・・・・・・手早くイタルを戦闘不能にしてしまおう。
     たん、と軽く地を蹴る音の余韻も、鍔迫り合いの音に掻き消される。後はもう言葉を交わすこともない。白い衣装がひらひらと舞って、ダークグレーのスーツはワルツを踊る。
     この戦い喧嘩の理由は売られて、買って、ただそれだけ。
     無免も創務もデモも創作も、何もかもが関係ない。
     何合かの剣戟の後に、一瞬の隙を突いてイタルの左太腿がざくりと切り裂かれる。それで揺らいだ直後に、右肩に深々と刀が食い込んだ。

    「──っほんと、手加減ないですね、四季先輩」

    「きみがこれからやろうとしてることには負けないつもりで行ったから」

     刀身が文字通り血と脂を吸っていく。崩れ落ちたイタルのダークグレーのスーツに、じわじわと血が染みていく。──怪我の程度から推察される通常の出血量よりも遥かに血の量が少ないのは、その刀のエガキナか。

    「イタルも動けなくなった事だし、ぼくは戻るよ。
     ……くれぐれも、無理はしないように・・・・・・・・・

     そう言って、四季は振り返ることなく表へ向かう。目立つ衣装は、もうじきデモに紛れて分からなくなる頃合だろう。ふわりと靡く髪が、やけに綺麗だった。

    「……ほんと、どこまで見通されてるんだか」

     喧嘩の理由が分かるのはしばらくは後の、また別の話。
     ざっくりと、左脚と右肩に大きな刀傷を作っているイタルが独りで発見されるのも、そう遠くない時間の話。
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