ジェパサンの風邪シチュを考える 体が酷く熱い…いや、寒い…。自律神経がイカれて自分の体温がどうなっているかも分からない。全身汗まみれになり、寝巻きも枕もびしょ濡れで不快極まりないが、今は寝返りすら億劫で。成長痛を思い出すような鈍い痛みが節々を蝕み、治らない震えに体が上手く動かない。変に力んでいる所為か、寝ているだけなのに久々に筋肉痛までしている。鼻はぐずぐずで、喉は嚥下する度に痛み、呼吸もままならず、碌に寝ることができないままもう三日が過ぎた。酸素の行き届かない頭は常にぼうっとしていて、弱った思考はくだらないことばかり考えてしまう。このまま、誰にも気づかれず一人苦しんで潰えるのではないか、と。
「はぁ…、っ、ごほっ、ぅ、ッ」
誤って咳をすれば反射で涙が出るほどの激痛が走り、必死に息を詰める。
まさか、風邪がこんなにもつらいものだったとは。もう何年も体調を崩したことなどなかったので忘れていた。超が付くほどの健康優良児であり、例え負傷しても何食わぬ顔で戦場に復帰するような屈強な肉体と精神を持つジェパード・ランドゥーは、滅多に患わない風邪に心底苦しめられていた。人生でほとんど体調不良に見舞われたことがないため、彼が熱を出す時は病原菌が相当強いか、余程症状を拗らせてるということである。
五日前、雪原の巡回中に吹雪に遭い、裂界生物を退けながら時間を掛けて街まで戻ってきたのが原因なのは明白だった。雪で濡れ、全身冷え切っていたが、そんなことは特に珍しくもない。この氷で覆われた星で暮らしていれば体を冷やしてしまうことは日常茶飯事だ。しかし、その後怪我の手当もそこそこに報告に追われ、ジェパードの帰還を待っていた別件も舞い込んできて髪も服も濡れたまま対応に駆け回り、体を温める暇もなかったことで戦闘の疲れや傷の回復に体力が追い付かなかったのだろう。次の日には体が怠かったにも関わらず、それも気の所為だとまた一日中外回りなんてしていたことで、症状は急激に悪化した。普段、休んでいろと言われても平然と出動するようなワーカホリックも、慣れない発熱とあまりの不調にベッドから動けなくなっていた。そもそもこんなに長引くとは思っておらず、うつす可能性を考え生家でも寄宿舎でもなく個人で借りている部屋に閉じ籠ってしまったのが間違いだった。病気と無縁のジェパードが個人宅に薬を置いているはずもなく、体調に適した食品を買い込むなどという頭もなく、早退させられたその足で帰宅し、悪化するだけの容態にベッドから出られなくなっていた。この数日は保存食として支給されていた缶詰と、水道水だけをなんとか口にしている。それも、胃が受け付けずに吐いてしまうことがほとんどだったが。
まだ体調を崩しがちだった幼少の頃でさえ、両親から気遣いや温もりのようなものを感じたことはなかった。それでも、病気をすると従者が手厚く看病してくれ、心配する姉も側に居てくれた。成長してからは久しく風邪を引いていないので、こういう時勝手に頭に浮かんでくるのは大体その時の記憶だ。
「ねえ、さん…」
自分の手を握ってくれる小さく温かな手を思い出し、朦朧とする頭で無意識に唯一縋ることのできた人を呼んだ。
「おや、ジェパード様のシスコンはお姉さんに対してもそうだったんです?」
喉鼻が使い物にならない所為でぼんやりとしている耳があり得ない声を拾った気がしたが、こんな状態では幻聴が生じても不思議ではない。わざわざ確かめる気力も無くて、目を閉じたまま痛む喉に気を取られていると、頬に触れた体温の低い手のひらと、はっきり感じる人の気配に驚いて飛び起きる。急に体を起こして頭に響いた鈍痛に歯を食いしばっていると、頬に伸びていた手が肩を掴んでベッドへと押し戻される。
「ちょっと…!見るからに重症なんですから暴れないでくださいよ!」
「っ…!?なにを、している!サンポ・コースキ…!」
突然自室に現れた不審者をいつも通り牽制するが、腫れた喉と数日振りの発話でまともに言葉が紡げない。どうにか言葉にするも、それは他人の声に思えるほど掠れていた。
「僕は…えぇと…あなたのお姉さんの代わりに様子を見に来た超善良なベロブルグ市民ですぅ」
目の前で白々しいことを宣っているのは、詐欺の容疑者であり不法侵入者(現行犯)でもある男。どうしてここを知っていて、どうやって入ってきたのか、問い詰めたいことは山ほどあるが、手の届く距離にいる彼を捕まえて尋問する元気はない。
自己擁護のためによく回っている口も、常時であればジェパードを苛立たせるだけだが、孤独ですり減った心には慰めのようによく馴染んだ。仕方なくベッドで静かに横になったジェパードの額には、いつの間にかまた冷んやりとした手のひらが添えられている。それにすら勝手な安心感を覚えてしまい、不調を押してまで振り払おうとは思えなかった。自分で思うより、遥かに参っている。
「全然良くなってないじゃないですか…。シルバーメインのお嬢さんから連日の欠勤報告を受けたお姉さんが、大層心配してあなたを探し回っていましたよ。この部屋のこと、誰にも言ってなかったんですねぇ。内緒にしておきたいようだったので、僕がこっそり様子を見に来たという訳です。感謝してくださいね。」
「きみ、こそ…ど、やって」
「それはまぁ…秘密です♡」
部下と姉の会話に聞き耳を立て、誰も知らないはずのここへ不法侵入してきたことへの不信感や怒りより、今は額にあった手が離れていってしまうことが名残惜しくて、ジェパードはつい目で追ってしまう。難しいことは、暫く考えられそうにない。
「あぁ〜…どうせ碌なもの食べてないと思ってましたが、こんな油っこい缶詰ばかりとは。その状態でよく食べれましたね?」
「………」
「はぁ…ですよねぇ」
無言で決まり悪そうにするジェパードに、体が受け付けなかったことをサンポは悟ったようだった。紙袋を抱え、「ちょっとお借りしますよ」と言うなりキッチンの方へわざとらしい足音が遠ざかっていく。いつ、どこから入ってきたのか知らないが、既に部屋の間取りは把握されているようでジェパードの頭は更に痛んだ。あまり使わないこの部屋に仕事関連のものは持ち込んでいないはずだが、こんなにも簡単に入り込まれてしまっては困る。それに体調を崩していることもあり、ただでさえ散らかっている部屋は現在最もめちゃくちゃだ。熱に浮かされた頭の中で、戍衛官としての使命、家主としての権利、それとは別に不甲斐なさや恥ずかしさがせめぎ合い、悶々としながらジェパードは久々に人と会話した疲れに目を閉じる。なんだか眠い。離れたところから聞こえる『この家、鍋一つしかないんですか!?』『あ〜シンクの惨状は予想通りですね』『本当に何もない…スプーンでどうにかしますか…』という悪戦苦闘の独り言を子守唄に、随分と久しぶりに穏やかな眠りへと落ちていった。
───………
「あの〜、ぐっすりなところすみませんが、薬飲んでからにしていただけます?」
「………」
「ご飯食べて薬飲んだらそのまま寝ちゃってもいいですから、ね?」
「…ッ!?なっ…!ごほっ、…ッ」
漸く眠れたところを起こされ少し不機嫌に微睡むジェパードに何を思ったのか、小さい子にでも言い聞かせるように優しく諭してきたサンポに急に恥ずかしくなり、意識が覚醒する。同時に咳まで出てしまい、痛みと共に完全に目が覚めた。ベッドの傍らにはトレーを手に持ったサンポが居り、その後ろに見える部屋は心なしか綺麗になっている気がする。
「これでも少しは寝かせてあげたんですよ?この散らかった部屋を掃除したりして」
「す、まない…だが、なにもきみが、そこまでする必要は…」
「僕は死にかけの病人を放っておけない心優しい男ですからね。人を騙すだなんて、到底できないお人好しなのです。」
脱ぎっぱなしの服や食べかけの缶詰、ゴミ箱には吐瀉物だってあったはずだ。それらを片付けさせたのは流石に気が引けて、熱で茹っているジェパードは一方的に押しかけて来た男につい謝罪する。しかし、サンポの胡散臭い笑みを見て、この機に恩を売られているのだと気づき、不自然な彼の厚意に納得しつつも何故か不貞腐れてしまった。
「…この部屋への不法侵入については、目を瞑ってもいい」
「冗談ですよぉ!ただの善意ですって」
本心なのか分からない口調と眉根の下がった顔に、それでもジェパードは彼がいてくれることに安堵し体調がマシになる心地さえする。衰弱しているからといって安易に気を許してしまう自分自身に辟易していると、尚も困ったように笑いながらサンポが手に持っていたトレーを差し出した。
「これは、きみが…?」
「キッチンで何してきたと思ってるんです?ここ、食材だけじゃなく使えるものも鍋とスプーンしかなくて困りましたよ…。なのでこのままで勘弁してくださいね。」
ゆっくりと起き上がり、ベッドに座ったまま鍋の乗ったトレーを受け取る。湯気の立ち上る鍋の中には野菜や肉の切り落としが入った粥がたっぷり用意されていた。鼻詰まりで匂いは然程分からないものの、微かに感じる柔らかく優しい食べ物の香りに弱り切っていた心が満たされていく。今まで冷たい油まみれの缶詰を無理やり胃に突っ込まれていた体が、素直に目の前の栄養を欲しがるのが分かる。急激に食欲を思い出した腹が鳴りそうになり、ジェパードは溢れそうになる唾液を飲んだ。
「えっとぉ…僕も料理が得意という訳ではありませんが、一応下層部の炊き出し手伝ったりしてますし、食べれないことはないと思うのですが…。あなたの場合体力から回復した方が早いと思ったので色々入れちゃいましたけど、苦手なものがあれば…あ、別に変なもの入れたりしてませんよ!?心配なら僕も一口、」
「いや…有り難くいただこう。」
ジェパードの反応を勘違いしたらしいサンポが照れ隠しのようにベラベラと喋り始めたのを遮って、作ってもらった粥を口に運ぶ。柔らかく煮えている上に具も小さいのであまり喉を痛めず、刺激の少ない食べ物を胃が拒むこともない。温かな食事に、体が喜んでいる。足りていなかった栄養を補うように、体が欲するまま手を動かしていると、色々と配慮された優しい味の手料理に涙が出そうだった。
「ちょ、ちょっと!無理して食べなくて大丈夫ですし、食器がないから鍋ごと持ってきただけで一度で食べ切れる量じゃありませんから…!いくら胃への負担が少ないといっても急に食べたらまた具合悪く…」
味についての感想もなくただひたすら食べ続けるジェパードを見て逆に不安になったらしいサンポが口を挟んでくるが、それを無視して食べたいだけ食べる。今まで口にできるものがなく、あまりに体調が悪かったので空腹を認識すらできなかったが、元々よく食べる方なので当然ながら飢えていた。打算だろうが何だろうが、己の身を案じてくれる人間が側にいることにも精神的に救われて、ジェパードの中でずっと張り詰めていたものが緩み、自分のために用意された食事に夢中になる。心身共に満たされて、一息つく頃には鍋はすっかり空になってしまっていた。
「嘘でしょ…若いって、すごい……」
明らかに一人前以上あった粥を軽く平らげたジェパードにサンポは唖然とし、満ち足りて早速眠そうにしている姿を見て笑った。慌ててジェパードが感謝と美味しかったことを伝えようとすると、水と錠剤を渡される。
「あははっ、お口に合って良かったですよ。寝る前に薬、飲んでくださいね。」
「あ…ああ、ありがとう…」
不味くなかったことは見てたら分かるので、とサンポは上機嫌で空の鍋を持ってキッチンへと向かってしまった。無性に照れくさくなって、ジェパードは受け取った薬を流し込む。温かいものを食べたことで体の調子も多少良くなり、狂っていた自律神経も僅かながら整った気がする。せめてサンポが部屋に戻って来るまで起きていようと思うが、まともに寝れていなかったこともあり、またうつらうつらしてしまう。彼が来てから気が緩んでいるのか、あれだけ寝るのに苦労していたのに気づくと眠くなっている。貸しを作りに来た不法侵入者相手に抱いていい感情でないことはジェパード自身分かってはいるが。
「寝る前に着替えられます?できれば体も拭きたいんですけど」
「ッ!!じ、自分でできるから、君はもう帰ってくれて構わない。うつしてしまったら悪い。だいぶ楽になった、その…感謝している。食事や薬の対価と、今回の礼は後日必ず支払おう。」
急に至近距離で声が聞こえて飛び上がりながら、つい考えていたことが口を衝く。感染を危惧したのも事実だが、弱った自分が何かボロを出してしまいそうで、早めにサンポを追い出そうと彼の目的である報酬についても付け加えた。本来は詐欺容疑を不問にでもしてもらいたいのだろうが、いくらジェパードが恩を感じていてもそれはできない。今回は本当に助けられたので、その分に関しては金銭で清算するつもりだ。これで仕事は終わりだと、さっさと部屋を後にするサンポを思い、自分で言い出したのに心細くなってしまうのが情けなくて、すぐにでも寝てしまいたかった。
「僕、滅多に風邪引かないのでたぶん大丈夫ですよ。それより、そんなフラフラの状態で体拭ける訳ないでしょう。早く脱いでください!」
「は…。なっ、なにをして、」
すぐに居なくなると思っていたサンポに熱々のタオルを手渡されたかと思うと、パジャマの釦に手を掛けられ、予想外のことにジェパードは困惑する。食事したことでより一層汗の染みた衣類に羞恥が増して、引き離そうとサンポの手を掴んだ。
「き、汚いから、自分でやる…」
「はぁ…病人が何を気にしてるんですか。診療所の小間使いナメないでください。」
こんなの汚れの内に入りませんよ!などと言いながら、熱で力の入らないジェパードの制止を払い除けたサンポに上半身を剥かれてしまう。戦地に居ればその間風呂に入れないことは普通であるのに、病で弱った心がそうさせるのか今は酷く恥ずかしい。熱で赤い顔を更に真っ赤にして二の句も継げなくなっているジェパードに、サンポは怪訝な顔をする。
「仕方ありませんねぇ…下はご自分で着替えだけでもしてください。もう脱いじゃったんですから、上はさっさと拭きますよ。これで体冷やされたら困ります。」
言うなりジェパードが握っていた少し冷めたタオルを奪って背中に当てられる。寒いのか熱いのか分からなくなっていた体が、じんわりとした温もりに本来の温度を思い出すような心地がする。背中にある手は戸惑う気配を見せた後、躊躇いながらやけに優しく肌を撫で始めた。
「…全部古い傷だから、わざわざ避けなくても大丈夫だ。」
「あぁ…すみません。当たり前ですけど、初めて見たのでちょっと驚いてしまって。こんなに沢山あったんですねぇ。」
ジェパードの体に刻まれている塞がらない傷痕や縫い痕を、それでも遠慮がちにサンポは拭った。怪我を手当されるのとはまた違う、この男自身の気遣いを感じさせる触れ方がどうにも落ち着かない。兵士の体など傷だらけで当然だが、攻撃を引き受け過ぎるジェパードに人一倍生傷が絶えないのも事実だった。
「…僕が未熟な証だ。」
「違いますよ。ほとんどが誰かを守って負った傷でしょう。この街の盾である、あなたらしいと思いますけどね。誇り、と言うべきでは?」
「そう…だろうか…」
そんな励ましが、この男の口から出てくるとは。いや、詐欺師なんて口が達者でないと成り立たない悪事を働いているのだからそれこそ本領かもしれないが…、顔が見えずとも配慮の滲む手にこれまでの行いからくる邪推も霧散していく。
自身に残る傷について、こんな風に言及されたことはなかった。自分にとって当然だと思っていたことを、むしろ恥とすら感じていたことを、この街を守った証と誇ってもいいのだと。ベロブルグを支える歯車としての自分に、人間としての意味と価値を見出され、認められたようで胸が詰まる。
心が弱っている時、その一番柔らかい部分に触れられると、人は簡単に絆されてしまう。片手で数えるくらいしか床に伏せったことがなく、耐性のない苦痛に気弱になっているジェパードの看病に来たのがこの男だったのは、当人達が思うよりずっと厄介だった。
「体起こしてるの、つらいでしょう。寄り掛っていいですよ。」
「っ、いや、そこまでは」
「はいはい」
手当てをしてくれるのが見知った部下であれば、どれだけ根を上げそうになっても上官として気丈に振る舞っていられた。それなのに、長らく患っていなかった風邪の所為か、組織の士気とは無縁の場所で無関係な男に世話を焼かれているからか、促されると強く拒めず甘えてしまう。今も、頭を軽く引き寄せられただけで、背後にある分厚い体に簡単に抱え込まれてしまっていた。自分と同じくらい上背があると思っていたが、追いかけても捕まえてもすぐ逃げられるので、こんなにも近くにはっきりと彼の存在を感じたことがなく、自分と並ぶ肉体の逞しさに驚く。ただの商人と言い張るには些か無理があるだろう、なんて頭の片隅で考えて少し笑った。身分も何もかも胡散臭いと改めて感じるのに、安心感と居心地の良さは相変わらず健在で妙な気分だった。鉄製の装飾品は外してくれているらしく、温かく柔らかい胸へ大人しく体重を預ける。
「ちょっと腕上げてくださいね」
「ん…」
怠さと眠気で無意識に子どもっぽい言動をしてしまうが、自分の現状に恥ずかしさを覚える余裕も、もうジェパードの中から無くなりつつあった。元々食事やトイレに起き上がるだけでやっとだったのだ。じわじわ振り返す熱に、回り始める視界、再び揺らぐ精神面、徐々に体を起こしているだけでもつらくなってくる。
体を拭き終えたサンポがタオルや洗濯物を片付けてくれている傍ら、朦朧としながらなんとか下を履き替える頃には、もう横にならなければやり過ごせないほどになっていた。寒くて頭から毛布を被っていると、震えるジェパードの額を探し当てた手のひらが熱を測るように触れてくる。
「薬が効いてきた証拠ですね。解熱剤も入ってますから、少ししたら落ち着くはずです。…それでは、僕ももう行きます。また明日様子を見に来ますね。」
仕事は最後までやり切る質なので、と添えたサンポが、ベッドから離れる気配がする。自分の感情を理解するより先に、ジェパードは遠ざかろうとする温もりに腕を伸ばしていた。
「…さみしい」
熱が急激に上がり怠さに混濁する意識の中、毛布から顔を出して縋るように体温の低い手を掴む。固まったサンポが驚いて足を止めたことに安堵し、ジェパードの目蓋はゆるゆると落ちた。火照る肌には心地いい、この冷たい手はいつ離れてしまうだろうか。強制的に休もうとする体に抗ってそんなことを考えていると、夢に落ちた先で脱力する手を優しく握り返された気がした。
「風邪くらいでこんなに弱々しくなっちゃって……延長料金はしっかりいただきますからね」
◇
息苦しさに咳き込みそうになり、ジェパードは目を覚ます。ここ数日の癖で喉を庇うように息を止めたが、予想した痛みは襲って来なかった。喉の腫れがかなり引いている。まだ呼吸は正常とは言い難いものの、熱がだいぶ下がっていることは自分でも分かった。
「っけほ、はぁ…、」
「ん…起きちゃったんですか…。あぁ、でも五時間くらいは眠れたみたいですね。」
すぐ横からした声に驚いてジェパードが体を強張らせると、握り締めることになったサンポの手に再び驚いて咄嗟に離してしまう。
「言っておきますけど、手を握ってきたのも、ここに留まるよう僕に強請ったのも、ジェパード様ですからね!高くつきますよ」
ジェパードが掴んでからずっと手を繋いでいてくれたらしいサンポは、そのまま椅子でうたた寝していたようで、腰を庇うように伸びをして「イテテ…」なんて呻きながら年寄り臭い仕草をしている。対価のためと言われればあり得なくもないが、彼がジェパードの子どものような我儘に付き合ってくれたのは意外だった。
「その…すまなかった。改めて、この礼は必ず…」
「では、もう一度薬を飲んでまた寝てください。起きて熱が下がっていても、今日は休んでくださいよ!代金は元気になったあなたにきっちり請求させていただきますので♡」
流石にもう子守も必要ないだろうと、薬を渡してサンポはジェパードに背を向ける。
「あ、そうそう。鍵は掛けた方がいいですよ。僕、ちゃんと玄関からお邪魔しましたからね。」
最後までよく喋っていた男は、腰を叩きながら今度こそ部屋から出て行った。どうやったのか、鍵を閉める音まで聞こえてきて漸くジェパードは我に返る。数時間握っていた手には、まだ彼の温もりが残っているようだった。急に静かになった室内で、少しは冷静に思考できるようになった頭が散々サンポの世話になったことを思い出させる。熱に浮かされ、どこか他人事のようだった出来事が次第に現実味を帯びて、ジェパードは真っ赤になって項垂れた。
それからすぐに体調は全快し、彼に早く借りを返さねばと思うものの、顔を合わせるのはどうにも気まずかった。そんなことなどお構いなしにサンポは対価の回収にすぐ現れるだろうと身構えていたが、ジェパードの情緒を掻き乱す男は、結局数日経っても姿を現さなかった。
※ジェパードのサンポ看病編(ぬるいR18)に続きます、たぶん…