清潔で独特な香りに、白い天井。ゆっくりと目を開いたコノエはすぐにここが病院であることを理解した。
コノエの右腕をしっかりとつかんでいたハイラインが勢いよく立ち上がる。
「艦長!」
「アル、バート」
寝起きの喉は乾燥して言葉が出にくかった。
目を見開いてはくはくと口を震わせたハインラインがキッと目を吊り上げる。見慣れた顔だが、いつものそれよりも強く感情が滲んでいる気がした。
「なぜ、あんな真似をしたんです。閃光弾だったからよかったものの、もし爆発物だったらどうするつもりだったのですか」
「そうか、あれはそうだったか」
「艦長!」
身を乗り出した彼が握る手に痛いほど力を込める。コノエは苦笑してそれをはがそうとした。けれど普段から工具も握っているせいか力が強く、思う通りにはならない。
「まぁいいじゃないか、違ったんだから」
本部への移動中、何者かに不審物を投げられた。咄嗟にコノエはそれに覆いかぶさることで被害を抑えようとしたのだった。
するりとハインラインの手から力が抜ける。一瞬脱力して垂れ下がった腕は、すぐにコノエへと伸ばされた。
長い指が首に絡みつく。ベッドに乗り上げたハインラインの体重を受けてマットが深く沈んだ。
見上げた彼は、酷くつらそうな顔をしていた。
「どうして自分を大切にできないのです」
「被害を最小に抑えるにはあれが一番だと思ったんだよ」
「閃光弾が爆発する瞬間、あなたは笑った」
思ってもいない言葉にコノエは口を噤んだ。自分はそんな顔をしていただろうか。
「あの時のあなたは安堵していた」
「それは、被害を抑えられると思って……」
「嘘だ。ようやく死ねると思ったのでしょう? あなたが喪ってきたものに許される時が来たと思ったのでしょう?」
徐々に語気が荒くなる。それと共に首にかかった指にも力が入った。
反論はできなかった。それほど明確に言語化はしていなかったが、深層にあるものは概ね当たっているような気がしたから。
「そうだったとして、どうするつもりだ?」
「僕の手の届かないところであなたが命を散らすくらいなら、僕があなたを殺します。そして僕も死ぬ」
本気で言っていることは首にかかる力で分かった。気道が狭まり、息ができない。
暖かな雫がコノエの頬を濡らした。
ハインラインの双眸から大粒の涙が溢れていた。首を絞めているのは彼のはずなのに、その顔はまるで彼の方が首を絞められているようで。自分がそんな顔をさせているのだと思ったら胸が苦しくなった。それは堰き止められている呼吸よりもよほどつらかった。
「アルバー、ト。すま、ない」
濡れた彼の頬に触れる。手は震えていた。
首を絞める力が緩んでハインラインが崩れ落ちる。
「っ、げほ、ごほ」
急に多量の酸素を吸い込み咳き込む。体が激しく酸素を求めていた。
「あなたは酷い。酷い人だ。誰より喪うつらさを知っているのに、僕からあなたを奪おうとする」
胸に突っ伏した彼の声は泣き濡れていた。その悲痛さにどれほど自分が残酷なことをしたのかを思い知らされる。
背を撫でて慰めてやりたいのに、自分にその資格があるのか分からない。
「許してくれ、アルバート。私が愚かだった」
「許しません。絶対に」
ハインラインが顔を上げる。なかば覆い被さるような体勢のせいで距離が近い。赤くなった目尻も流れた涙の跡もくっきりと見えた。
「僕への贖罪でいい。生きてください。自ら死へ向かわないと、約束してください」
「ああ……君の言う通りに」
ハインラインに所在なく投げ出した手を取られる。節くれだった指の先に唇が落ちた。それは頼りない祈りに似ていた。
終わり