Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    埋葬肉

    @B4D_3ND_2

    主に年齢制限SSはここ

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💗 💌 🍰 💊
    POIPOI 8

    埋葬肉

    ☆quiet follow

    全年齢/ミスオエ/フォ学軸
    2024/08/25イベントにて無配企画に参加させていただいた際のものです。田舎の日本家屋で夏休みを過ごす二人のノスタルジックBL。(肉体関係あり)
    お題「夏祭り」「アイス」
    後日R18シーンを加筆してpixivに載せようかななどと考えています。いつになるかはわかりません。

    このたびは素敵な企画をどうもありがとうございました!

    かなかなと鳴く蝉の声。
     傾いた太陽が、立派な入道雲を橙色に染め上げる。
     軒先に吊るされた林檎飴のような風鈴が、風に吹かれて時折音を鳴らす。
     背を付けたひのきはひんやりとしていて、夏の暑さに滲んだ汗でぺたりと肌に吸い付く。
     ミスラとオーエンは、縁側に寝転がっていた。縁側に寝転がって、暮れていく夏の空をぼんやり眺めていた。
    「俺たち、どうしてこんなところにいるんでしょうね。こんな、何もないところ。」
     寂しげに鳴くひぐらしに混ざって、ミスラがぽつりと声を落とす。
    「は? おまえが連れてきたんだろ。」
    「そうでしたっけ。」
    「そうだよ。僕は暑いし虫だらけのところなんて嫌だって言ったのに、おまえがいきなり喧嘩を吹っかけてきて、無理矢理……。」
    「ああ、そうだったかもしれませんね。あはは、あのときのあなたの顔、見ものだったな。」
    「うるさいよ。」
     敗北したときのことを思い出して歯切れが悪くなるオーエンに、ミスラは少年のような笑い声を上げる。そのまま隣に手を伸ばすと、オーエンのさらりとした髪の感触がミスラの指先を擽った。
    「まあ、ここにいるのも一週間だけですから。どうせなら楽しみましょうよ。」
     ミスラの言葉に呼応するように、風鈴がちりん、と鳴いた。
     
    「ミスラ、あんた最近ちゃんと休めてる? 旅行とかする?ちょうどいい物件が手に入ったから、気分転換してきなよ。」
     全てはチレッタの一言によって始まった。曰く、近々取り壊す予定の日本家屋の所有権を、仕事の伝手で手にしたらしい。
     モデルの仕事に追われて碌な夏休みを過ごせていなかったミスラへの、彼女なりの気遣いなのかもしれない。侘び寂びなどミスラは微塵も興味がなかったが、撮影漬けの毎日にも飽きてきたところだった。行きます、と答えると、そうこなくっちゃ、まあ私は行けないんだけどね、と返ってくる。折角だから誰か誘いなよ、結構広いから余裕あるよ、というチレッタの言葉を受けて思い浮かんだのは、オーエンの顔だった。喧嘩して、セックスをして、他愛もないことを話して。気づくといつもそばにいる。去年の夏休みもその前の夏も、なんだかんだいちばん多くの時を共に過ごしたのは彼だったかもしれない。思い立ったミスラは、オーエンの元へ向かう。
     あなた、どうせ暇でしょう。ここへ行くから付き合ってください。行き先を告げると、オーエンは嫌そうな顔をした。示された拒絶は、いつものように暴力で捩じ伏せた。唇の端から血を流すオーエンは悔しそうで、己の中の何かが満たされるのを感じた。ミスラとオーエンは慌ただしく荷造りを済ませると、目的地へと旅立った。
     
     チレッタが手配した高級車に数時間揺られて辿り着いた先。そこは山と畑が幅を利かせる田舎――と言ったら怒られるのかもしれないが、都会育ちのミスラにはそう表現する他なかった――だった。
     しかし、疎らに建つ家々から少し離れた上り坂の先でミスラたちを待ち構えていたのは、立派な門構えの大きな日本家屋だった。古い城のような堅牢な塀に、入る者を試すかのように厳かな門。車を降りたミスラは、渡されていた鍵を使うと躊躇いもせずに門を潜る。その後ろに、オーエンと二人の荷物を持った運転手も続いた。
     こんにちは、と無言の空間に挨拶を投げたミスラは、旅館のそれのように広々とした玄関で靴を脱ぐ。乱雑に脱ぎ散らかされたハイブランドのスニーカーの隣に、よく手入れされた革靴が丁寧に揃えられた。
     ミスラは廊下から室内に入ると、水墨画の描かれた襖を次々に開け放って複数の和室を繋げた。広々とした空間でミスラを追うオーエンの足取りも、心なしか浮かれているように見えた。彼がステップを踏むように足を運ぶときは機嫌がいいことを、ミスラはとうの昔に知っている。
    「へえ、随分趣味がいいじゃない。」
     室内を見渡したオーエンは満足そうに呟く。既に住人が退去済みのため、家具や美術品の類は一切ないが、家自体に品格が漂っている。きっと在りし日の此処には、欅の大黒柱や広い床の間に相応しい、高価な屏風や陶磁器や盆栽などが飾られていたのだろう。
     二百坪を優に超える日本家屋は豪勢で、未成年にして高級マンションの広い一室を与えているミスラも満足する面積と内装をしていた。家中に漂う木材と畳の匂いに混ざって、微かに白檀の香りがする。かつての住人が好んで焚いた香が染みついたのだろうか。
     一通り家の中を探索した二人は、室内に家具が揃うまでの間、外を散策することにした。二人が乗っていた高級車の後ろを着いてきたトラックからは、漆塗りの座卓や純日本製の寝具が運び込まれる。折角だから雰囲気に合うようにとチレッタの気まぐれなコンセプトで集められたそれらは、この数日のためだけに存在する。僅かな時間で別れを告げる高額な品の数々に、ミスラはすっかり慣れきっていた。
     外出に備えてボストンバッグから虫除けスプレーを取り出したオーエンは、自身に振りかける。辺りに独特の匂いが広がる。
    「俺には貸してくれないんですか?」
     そのままスプレーをしまおうとするオーエンにミスラが問いかける。
    「これは僕のだから。ちゃんと持ってこないおまえが悪い。モデルなんだからもっと気をつかえよな。」
     オーエンはぴしゃりと言うと、スプレーをバッグに戻して立ち上がった。
    「じゃあ、行こうか。ここのやつらがどんな呑気な暮らしをしているのか見てあげる。」
    「そうですね。行きましょうか。」
     ミスラも虫除けスプレーへの特別な執着があるわけでもなかったので、特に気にせず外へ向かうことにした。
     
     からっとした青い空に、高く立ち上る入道雲。その樹々にびっしりと蝉を付けた大きな山。広い畑に植えられた作物は何だろう。畑の合間にぽつりぽつりと疎らに建つ家々からは、灯りが漏れ、夕餉ゆうげの匂いがした。
     のどかな雰囲気は、元不良校で喧嘩に明け暮れ殺伐とした毎日を送っていた二人の肌には馴染まないものに思えた。生命や尊厳を脅かすものは何もない。ただ、山の方で蝉が大合唱を披露して、樹々が葉をたっぷり付けた枝を風に揺らし、たまに鳥が寂しげな鳴き声をあげながら空を横切る。時の流れがやけに緩慢な気さえした。
    「本当に何もないね、ここ。」
    「ええ、そうですね。」
     日本家屋の周りを巡って見つけた目ぼしいものと言えば、質素な駄菓子屋と山奥の神社くらい。駄菓子屋は錆びたシャッターが下ろされていたし、神社の本殿は長い階段を登った先にあるようで、オーエンが行くのを嫌がった。
     散策しているうちにそこそこの時間が経っていたようで、日は暮れかけている。聞こえる蝉の声も、いつの間にか騒々しいものから物悲しい音色に変わっていた。暑さに滲んだ汗で衣服が肌に張り付く。二人は日本家屋に戻ることにした。
     家の前から高級車とトラックは消えていた。仕事を終えて都会へと帰っていったのだろう。これから一週間、ミスラとオーエンはこの日本家屋で二人きりで過ごす。
     運び込まれた家具はどこか浮いて見えた。質や値段で言えば同等かそれ以上だろうに、纏う空気感が違った。ミスラはそれを尻目に縁側へと向かうと、そのまま寝転んだ。
    「床が冷たくて気持ちいいですよ。あなたもこっちに来たらどうです?」
     ミスラの誘いに、オーエンも隣に寝転がる。二人の視界には、夕焼け空と、住人が忘れていったのか使用人が付けていったのか、軒下にぽつんと吊るされた赤い風鈴が映った。
    「俺たち、どうしてこんなところにいるんでしょうね。こんな、何もないところ。」
    「は? おまえが連れてきたんだろ。」
    「そうでしたっけ。」
    「そうだよ。僕は暑いし虫だらけのところなんて嫌だって言ったのに、おまえがいきなり喧嘩を吹っかけてきて、無理矢理……。」
    「ああ、そうだったかもしれませんね。あはは、あのときのあなたの顔、見ものだったな。」
    「うるさいよ。」
    「まあ、ここにいるのも一週間だけですから。どうせなら楽しみましょうよ。」
     ミスラの伸ばした指先を、オーエンの髪が擽る。風鈴がちりん、と鳴った。
    「……そうだね。存分に楽しまなきゃ。」
     甘さを含んだ声で相槌を打ったオーエンは起き上がると、寝転がったままのミスラの上に跨った。両手で頬を包んで口付けたオーエンに、ミスラは呆れた声を出す。
    「あなた、ここまで来てそれですか?」
    「だって、他にやることないでしょ。」
    「まあ、確かに。」
     今度は、ミスラがオーエンのシャツの胸元を掴んで引き寄せた。唇を重ねて、舌を絡ませ合う。オーエンが甘い吐息を漏らしはじめたところで、ミスラは突然舌を引っ込めた。
    「……ん、なに……?」
     蕩けた口調で問いかけるオーエンは不服そうだった。愚図る子供のように腰を揺らし、続きをねだる。
    「何だか、痒いなと思って。」
     ミスラが掻く首元は、小さく赤く腫れ上がっていた。虫刺されを見下ろすオーエンは、煽るように笑みを浮かべる。
    「ほら、虫除けを忘れるから。」
     オーエンはミスラの首元に唇を寄せると、ちう、と吸い付いた。虫刺されと鬱血痕。白い肌に二つの花が赤く咲く。
    「虫のくせに、生意気。」
     所有の証を刻みつけたオーエンは満足そうに目を細める。ミスラはそれを見て堪らなくなって、再び乱暴に口付けた。
     互いの体と欲を貪るうちに、太陽はいつの間にか地平線の下に姿を消していた。
     
     蝉の声で目を覚ました。彼らは数が多いのか、都会の比にならない音量で鳴く。隣を見ると、オーエンが裸のまま畳で眠っていた。
     ミスラもオーエンも、交わった疲れのまま寝落ちてしまったようだ。縁側で誘ってきたオーエンを畳の上に引き摺り込んで、裸に剥いて、そのあとは。ミスラの仕事が忙しかったせいで久しぶりに重ねた体は狂おしいほど魅力的で、蛙のやかましい声も意識にのぼらなかった。
     ミスラは体を起こし、腕についた畳の跡をなぞりながら浴室へ向かう。時計は十時を回っていた。文字盤の下で振り子が規則正しく揺れる。ミスラはそれに急かされることもなく、欠伸をひとつした。
     浴室は、小さな中庭の向こう側にあった。裸のまま枯山水の横の廊下を抜けていく。さざ波のような模様を描く白い小石を足で蹴って、めちゃくちゃにしたらどうなるだろう。取り壊す予定だと言っていたので、チレッタも怒らないだろう。ミスラは年齢のせいか性質のせいか、そんなどうしようもない衝動性を持て余していた。それに付き合ってくれるのがオーエンだった。彼もまた、加虐心を疼かせて、日々周りの生徒たちをいたぶる。屋上でよく共に過ごすブラッドリーは、人を殴ったり言葉で傷つけたりするよりも統率する方に興味があるようで、呆れた目で二人を見ていた。
     バスタオルがあるのを確認して、浴室に入る。浴室は元の木の質感を残したまま、近代的にリフォームされていた。カランを捻って水を出す。高い位置に設定したシャワーヘッドから冷たい水が降り注ぎ、ミスラの髪と体を濡らした。目を閉じてぼうっとしていると、徐々にお湯へと変わっていく。温かいそれは背中の傷に沁みた。昨夜、快楽のあまりミスラに縋りついたオーエンの爪が残したものだ。久しぶりの感覚に、口元が緩む。悪い気分はしなかった。
     ボディソープは、チレッタが好みそうな香りがした。泡立ったそれを肌の上に滑らせて、体にこびりついた乾いた体液を落としていく。ついでに髪も洗って全てを洗い流して、浴室を出た。
     バスタオルで水気を拭き取っていると、裸のオーエンがやってきた。
    「おはよう。」
    「おはようございます。」
     挨拶に合わせて、ミスラの腹がぐう、と鳴った。そういえば昨晩は夕食を摂っていない。
    「腹が減りました。」
    「そうみたいだね。僕もお腹空いた。僕がシャワーを浴びたら、駄菓子屋にでも行かない?」
    「あそこ、ちまちましたものしか売ってなさそうじゃないですか。チレッタが送ってくれた肉があるので、それを食べましょうよ。」
    「僕は甘いものが食べたい。……それに、駄菓子屋なんて行ったことないから、少し気になる。」
    「……言われてみれば、確かに。」
     ミスラとオーエンは全裸のまま言葉を交わす。肉や甘味や、それだけじゃ栄養が偏るからね、と野菜も、ここにいる間の食料はチレッタが送ってくれることになっている。今日の分も冷蔵庫に入っているはずだが、二人は駄菓子屋に興味を惹かれた。
    「じゃあ、僕はシャワー浴びるから。髪でも乾かして待ってろよ。」
     
     太陽の降り注ぐ下を、駄菓子屋に向けて歩く。
     結局、ミスラは髪を乾かさなかった。わざわざドライヤーを使わずとも、この暑さなら勝手に乾くだろうと考えたからだ。シャワーを浴び終えたオーエンは、信じられないとでも言いたげに自分の髪を丁寧に乾かしていた。絹のようなあの手触りは、手入れの賜物らしい。
     坂道を下り、畑と畑の間を進んでいく。暑さに、シャワーを浴びたばかりだというのに汗が滲んできた。二対のサンダルの足音が、蝉の声に掻き消されそうになりながらも耳に届く。
    「あ、今日はやってますよ。」
     見えてきた駄菓子屋は開店していた。昨日は時間帯から考えるに、既に営業終了した後だったのだろうか。
     二人は少し早足になって駄菓子屋に辿り着いた。店にはカラフルで小さなパッケージが所狭しと並べられていた。どれもレトロな雰囲気のデザインだ。
    「へえ、いっぱいある。」
    「あ、これコンビニでも見ましたよ。」
    「どれ?」
    「これです。」
    「僕も見たことある。」
     ミスラもオーエンも、駄菓子を前にして普段より声のトーンが高くなる。現代っ子にとって未知の世界は、二人を童心に返らせた。やいのやいの言いながら、パステルカラーの小さなカゴに商品を放り込んでいく。
    「お客さんかい?」
     しゃがれた声の方を見ると、老人が店先に出てくるところだった。どうやら駄菓子が並んでいるスペースの奥に、住居スペースがあるらしい。
    「見ない顔だね、どっかから来たのかい? 誰かの親戚が来るなんて話、あったかねえ。」
     首を捻る老人に、ミスラは答える。
    「坂の上の家に泊まっているんです。ここには、昨日着きました。知り合いはいません。」
    「坂の上の……ああ、あの大きい家か。たしか最近どっか違うとこに行っちゃったねえ。ということはおまえさんら、あそこに住むんか。」
    「住まないよ、少しの間いるだけ。」
    「そうかそうか、楽しんでいくといい。と言っても、何もないんだがな!」
     冷たく答えるオーエンにも、老人は快活に笑う。オーエンはやりにくそうだった。
    「……これ、ちょうだい。」
     オーエンはぶっきらぼうに、駄菓子でいっぱいのカゴを老人に突き出した。老人は、受け取ったカゴをカウンターに置きながらその中身の多さに面食らった。
    「はいよ。やっぱり若いもんはよく食べるんだねえ。」
    「この人が極度の甘党なだけですよ。俺もお願いします。」
     続けて、ミスラもカゴをカウンターに置いた。その中身はスナック菓子や薄いカツやイカ、カップ麺などだった。
    「会計はちょいと待っててくれんか、数えるから。」
    「これで足りますか?」
     膨大な量の品物を前におろおろする老人に、ミスラは財布から取り出した一万円札を見せた。クレジットカード派のミスラが現金を持つのは珍しい。旅立つ前に、あそこ現金しか使えないんだよねー、ほんと不便、という愚痴と共にチレッタに持たされたものだった。
    「足りるどころか多いくらいだ! お釣り、お釣りはっと……。」
    「お釣りは結構です。それより、そこで食べていってもいいですか? 腹が減って仕方がないんです。」
     ミスラは一万円札を老人に押し付けると、駄菓子が並んでいる奥の和室を指差した。エアコンが稼働しているようで、冷たい空気が流れてくる。
    「ああ、もちろんだとも。食べていきな。」
     老人はお札をレジにしまうと、快く二人を迎え入れた。サンダルを脱いで、畳に上がる。ミスラは電気ポットからカップ麺の器にお湯を注いだ。振り返ると、オーエンが買ったばかりの駄菓子を早速ちゃぶ台に広げていた。
    「こんな暑いのに、よくそんなもの食べられるね。」
    「これが店の中でいちばん大きかったので。」
     オーエンの隣に腰を下ろし、カップ麺の完成を待つ間に、包装を剥いてカツに齧り付く。
    「もっと分厚いのがいいな……。」
     ミスラはぼやきながらも、咀嚼しながら二枚目に手を伸ばす。そこに老人が湯呑みと割り箸を持ってやってきた。
    「ほい。飲み物と箸。」
    「ありがとうございます。」
     湯呑みの中には麦茶が入っていた。氷同士がぶつかって、からん、と音を立てる。
    「施しなんかして、自分のことを善人だと思いたいの?」
     素直に受け取ったミスラに対して、オーエンはさくらんぼ餅をつまみながら嫌味を言う。可愛らしい桃色の菓子に似つかわしくない、何とも生意気な態度。いつものことだった。
    「いやあ、子供が来るのなんて久しぶりでなあ。」
     それに対して、老人の反応は異なった。オーエンに心無い言葉を吐かれた相手は、大抵顔を顰めたり怒り出したりするのに、老人は照れ臭そうに頭を掻いた。
    「子供……。」
     オーエンは嫌味が通じないばかりか子供扱いされたことに、苛立ちを感じているようだった。
    「ここはもうすっかり老人ばかりになってしもうて、昔は孫やらが来ていたんだが、成長したのかめっきり姿を現さなくなって……。」
     ずずーっ、と大きな音が老人の話を遮った。ミスラが麺を啜り上げた音だった。
    「豪快だねえ。うまいかい?」
    「なかなかいけますよ。」
    「おまえは何食べたって同じこと言うだろ。」
    「ははは、何でも食べられるのはいいことだ。麦茶はここに置いておくからな。」
     老人は麦茶の入ったピッチャーをちゃぶ台に置いた。ミスラはカップ麺の器を置いて湯呑みの麦茶を飲み干すと、おかわりを注いだ。
     
     ミスラは豚骨醤油味に続いて、味噌味もスープまで飲み干した。オーエンはその間に、カゴに入っていた大量の駄菓子を全て胃に収めた。老人は二人の食べっぷりに軽く感動すらしていた。
    「ごちそうさまでした。」
    「まあ、悪くなかったよ。」
     畳から立ち上がり、サンダルを履く。店を後にしようとするミスラとオーエンに、老人は冷凍ケースからアイスを二つ取り出した。
    「ほい、これ。おまけ。外暑いから持っていきな。」
    「ありがとうございます。」
    「受け取ってあげなくも……。……?」
     差し出した手に乗せられたアイスを見て、オーエンの言葉が止まる。問題は、パッケージに印字された直球すぎるネーミングだった。
    「おっぱいアイス。ガキンチョどもが騒いでいたなあ。なんでも、食べる様子がおっかさんのおっぱい吸ってる姿に似てるからだとか。」
     ははは、と笑う老人。ミスラがパッケージを破くと、膨らんだ風船が現れた。どうやらこの中にアイスが入っているらしい。
    「開けてやるから貸しな。ほれ、そっちの細い子も。」
     ミスラとオーエンがアイスの入った風船を差し出すと、老人はハサミで膨らみきらなかった風船の、乳首のように突き出た先端を切った。
    「溢れるから急いで食べな。またいつでもいらっしゃい。」
     アイスを手に、老人に見送られながら店を後にした。蝉の鳴く夏の畦道あぜみちを、アイスにむしゃぶりつきながら歩く。膨らみに吸い付く様は、確かに授乳のように見えたが、ミスラは赤子の頃の自分を育てたのが誰なのか知らない。
    「俺もこんなふうに、誰かの乳を吸っていたんでしょうか。」
    「あのマフィアの女じゃないの? 金髪の、うるさい女。」
    「チレッタと出会ったのは、物心がついてからです。それに、あのひとは母親って感じじゃないな。」
     幼いミスラを引き取り育てたのはチレッタだったが、ミスラにとってのチレッタの印象は「母親」ではなかった。裏稼業に勤しむ彼女はたまに顔を見に来る程度で、ミスラの世話は使用人に任されていた。
    「じゃあ、おまえの思う『母親』って、何?」
     オーエンの問いかけに、ミスラは返答に詰まる。ミスラはミスラの人生しか知らない。自分を産んだ女の顔も知らず、気まぐれなマフィアの女に金だけはたっぷり与えられた人生しか。
    「なんでしょうね……そういうあなたはどうなんです? あなたの思う『母親』って、どんなものです?」
     ミスラは問いかけ返す。オーエンは自分と同じく一人暮らしをしているようだし、家族の話は聞いたことがなかった。
    「……知らないよ。」
     オーエンは顔を逸らしながら風船に口をつけた。揺れる銀髪の向こうでどんな表情をしているのかは、見えない。
    「そうですか。」
     ミスラも倣ってアイスに吸い付く。バニラの優しい味わいが口の中に広がる。滑らかな舌触りのそれは、母を知らないミスラを慰めているような気がして、無性に苛立った。
    「……神社にでも行きましょうか。」
    「は? 嫌だよ、あんな長い階段を登るのなんて。」
     山奥の鳥居を思い出したミスラの提案に、オーエンは露骨に嫌そうな顔をする。
    「大して長くないと思いますよ。まったく、軟弱ですね。」
    「誰が軟弱だって? いいよ、登ってあげる。あんな階段、僕の敵じゃない。」
     かと思えば、挑発にいとも簡単に乗ってしまう。ミスラはにやりと笑った。
    「言いましたね。どっちが先に登り切れるか、競争します?」
    「望むところ。」
     山の方へと逸れる道を歩きながら、宣戦布告する。道の先には大きな鳥居と、その奥に長い階段が待ち受けていた。
     
     勝負は呆気なくついた。そもそも三十段ほど登ったところでオーエンはへばりはじめた。スピードを落とすことのないミスラはそのままオーエンを置いていった。
     先に階段の上に辿り着いたミスラは、オーエンを待つ間、周りを見渡す。鬱蒼と茂る樹々に阻まれて、あれだけぎらぎらと照りつけていた太陽の光はほとんど届かない。幹に張り付いた大量の蝉の声がとめどなく流れる。少し開けた空間の奥に、ぽつりと質素な本殿がある。その前には二対の狛犬と、賽銭箱が置いてあった。
    「つ、疲れた……。」
     振り返ると、ぜえはあと肩で息をするオーエンの姿があった。細い脚は震え、今にも崩れ落ちそうだ。
    「ああ、ようやく着いたんですね。お疲れ様です。」
    「おまえは、なんでそんな、余裕なの、むかつく……。」
     オーエンはよたよたとミスラに近寄ると、そのまま全身を預けた。ミスラは慌てて受け止める。荒い呼吸が首元を擽る。
    「なんで俺なんですか。勝手にそこいらへんに座ってくださいよ。」
    「土で、服が汚れる、だろ……。」
     不満そうにしながらも、オーエンはミスラの首元に顔を擦り付ける。最中にたまにする甘えるような仕草。しかし、汗とはまた別のべたつく感触がする。
    「ちょっと、あなた口の周り拭いてないでしょう。俺にアイスをつけないでくださいよ。」
     文句を言うと、オーエンがこちらを向いた。赤らんだ顔。かちあった視線。色違いの瞳が悪戯っぽく細められる。
    「おまえだって、べとべと。」
     背伸びをしたオーエンが出した舌に、唇のすぐ横を舐められる。ぬろりとした感触は、そのまま口元を行ったり来たりする。焦ったいそれに、顎を掴んで噛み付くように唇を奪った。
     バニラアイスの甘い味がする。煩い蝉の声がわんわんと脳の奥に響く。接触した肌が、汗でじわりと湿っていく。
     深く繋がっていた舌と唇は、オーエンが突然体勢を崩したことで離れた。
    「あ……。」
     思わず漏れた声。腕の中のオーエンは目を回していた。急な運動のすぐ後に深いキスをして、酸欠を起こしたのだろう。
    「大丈夫ですか?」
     一応、声をかけてみる。オーエンはしばしミスラに抱かれたまま、息を整える。頬から赤みが引くと、オーエンはミスラから離れた。
    「あなた、馬鹿なんですか?」
    「うるさい。……それより、神社が気になってたんじゃないの?」
     羞恥心を誤魔化そうとオーエンが指差した先に、ミスラの興味は簡単に移る。
    「そうでした。行ってみましょうよ。」
     本殿に近寄ると、それを守る狛犬の表情がよく見えた。片方は吠えるように勇ましく口を開き、片方はきりりと口を結んでいる。ミスラは中央にある賽銭箱を見て、財布を開く。
    「なんか、お金を入れるんでしたっけ。……これでいいか。」
     チレッタがミスラに渡したのは札束で、ミスラの財布の中に小銭はろくになかった。ミスラはお札を賽銭箱に入れる。突然の景気のいい訪問客に、神様も驚くだろう。
    「何も願わないの?」
     お金を入れた割に手を合わせることもしないミスラに、オーエンは問いかける。
    「叶えたいことがあったら、俺は自分の力で叶えるので。」
     ミスラの返答に、オーエンは満足そうに笑う。
    「奇遇だね、僕も。神様なんかを当てにするより、自分で叶えた方がきっと楽しい。」
     
     日本家屋に戻ったミスラは、早々にオーエンを畳の上に押し倒した。い草の香ばしい匂いがする。
    「なに、昨日もしたのにまたするの?」
    「さっきあなたが仕掛けてきてから、ずっとむらむらしているんですよ。」
     口付けながら、服の隙間から手を差し込んで肌を撫でる。浮き出た肋の感触がそれに応える。
     本来なら、畳は丁寧に扱わなければならないが、この家は取り壊されるのでどうでもいい。二人はまた体を重ねた。
     
     駄菓子屋に行ったり、山の中を散歩したり。店主の老人が畑で採れたからと譲ってくれた大きなすいか。縁側に並んで座って齧りついて、種の飛んだ距離を競い合った。神社へ続く階段でまた何度か競争したが、いつもミスラの圧勝だった。代わりにオーエンは、駄菓子屋の甘味を全種食べたと自慢げにしていた。二人は田舎の夏を満喫して、それにも飽きたらセックスをした。
     腑抜けている。
     到着したときには合わないと感じていた時の流れの遅さに、すっかり呑み込まれてしまっている。青い空を流れる雲のように、ただ無為に時間を過ごす。
     しかし、普段していることとそう変わりないのかもしれなかった。衝動を発散するために拳を振るい、互いのかたちを確かめるように肌を重ねる。営みの中で己の輪郭を掴んだような気になって、その実何の意味もないのかもしれない。ミスラとオーエンは、モラトリアムの真っ只中を漂っていた。
    「独り占めしないでよ。」
     オーエンがミスラの背中にくっつく。ミスラは扇風機の正面に陣取っているところだった。羽が高速で回転して、唸りを上げながら赤い癖毛を揺らす。先程まで体を重ねていたので二人は何も身につけておらず、汗で湿った肌が重なる。首に回された腕。指先が気まぐれにミスラの顎を擽った。
    「暑いなら、くっつかないでくださいよ。」
    「別にいいだろ。」
     オーエンはどこか上機嫌で、小さく歌いはじめた。知らないメロディ。ちりん、と風鈴が鳴った。澄んだ音色は、オーエンの歌声と少し似ているかもしれない。物悲しさを感じさせる旋律に、ミスラの思考はまた落ちていく。
     モデルの仕事を空けられるのは精々一週間程度だった。明日には迎えの車が来て、日常へ帰っていく。長いフィルムのようにいつまでも続きそうな生活は、呆気なく終わりを迎える。そしてここを立ち去ったら、日本家屋は取り壊されて二度と会えない。高校生活最後の夏休みも終わるし、あんなに煩く鳴いている蝉だって七日間の命を終える。モラトリアムの終わりが近づいている。
    「なあに、考え事? ミスラにしては珍しいね。」
     フレーズを歌い終えたオーエンが揶揄うように問う。一際強い風が吹いて、風鈴が激しく鳴る。まるでオーエンの歌に拍手を送っているかのようだった。聴衆はミスラと風鈴だけ。
     それはとても贅沢なことなのだと気づく。
    「いいえ、難しいことはあまり得意ではありません。」
     ミスラは振り返ると、オーエンを押し倒した。オーエンは左右で色の違う瞳を細めて笑った。
    「そうだよ、頭の悪いおまえに考え事なんて向いてない。だから、もっと単純に、僕たちがここにいるってことを確かめようよ。」
     そのままどちらからともなく唇を合わせた。つい先程までミスラを受け入れていた体を、再び暴く。
     
     満足するまで互いの体を貪ると、日はすっかり暮れて辺りは暗くなっていた。蛙の鳴き声に混ざって、太鼓や笛の音が風に乗って耳に届く。
    「祭りでもやっているんでしょうか。」
    「そういえば、駄菓子屋の人が今日はお祭りがあるって言ってた。」
    「そうでしたっけ。」
    「そうだよ。わたあめ食べたかったけど、もう、眠い……。」
     隣に寝転ぶオーエンはセックスで体力を使い果たしたのか、大きな欠伸をする。そしてそのまま寝息を立てはじめた。
     ミスラも疲れ切っていた。心地いい倦怠感に身を任せて目を瞑る。祭囃子が遠のいていく。
     
     翌朝ミスラが目を覚ますと、オーエンは既にシャワーを浴びた後だった。ミスラもシャワーを浴びて、簡単な朝食を摂る。迎えがくるまでまだ時間があった。
    「屋台、見に行きます? まだ残っているかもしれませんよ。わたあめとか。」
     ミスラはオーエンを外出に誘った。昨夜、わたあめが食べたいとぼやいていたのを思い出したからだ。
    「行く。昨日は誰かさんがお祭りを忘れて盛ったから。」
    「そんなに楽しみだったんですか? というか、そっちも乗り気だったでしょう。」
    「うるさいな、いいから行くよ。」
     日本家屋を出て少し歩くと、神社のある山に繋がる道の両脇に屋台が並んでいるのが見えた。テントを畳んでいるところや既に撤収したところも少なくなく、どこか間抜けな印象が拭いきれなかった。
     疎らに立ち並ぶ屋台の間を歩いていると、どこか寂しい気がした。昨夜は賑わっていたのだろうか。
    「あ、わたあめある。」
     オーエンが声を上げて指差した先には、水色のテントにひらがなで「わたあめ」と書かれた屋台があった。
    「ねえ、わたあめちょうだい。」
     屋台の奥で何やら作業をしている男にオーエンが声をかける。振り向いた男はつっけんどんに言った。
    「わたあめ? もう終わりだよ、帰んな、がきんちょ。」
    「終わり? まだここにいるのに?」
    「だから、今店をしまおうとしてたんだよ。」
     オーエンは露骨に苛立つ。彼が口を開く前に、ミスラは財布を開いてお札を取り出して見せた。
    「これで足りますか?」
     男はそれを目にした途端、慌ててわたあめ機に飛びついた。
    「ああ、もちろんだとも。何個欲しい?」
     返答に満足して、オーエンはにこりと笑う。子供のようなあどけない笑みだった。
    「両手に持てるだけ。」
     
     オーエンは、言葉通り両手に持てるだけのわたあめを手に入れて、この上なく機嫌がよかった。甘味を頬張るオーエンの隣で、ミスラはぼんやり空を見上げる。
    「あの雲って、どんな味がするんでしょうね。」
     ミスラが指差した先には、立派な入道雲があった。
    「暑さで頭でもおかしくなったの?」
    「いえ、俺にはまだ、知らないことだらけだなって。」
    「謙虚だね。おまえらしくない。」
    「この前、自分には学だけがないと気づいて、勉強を始めたんですよ。顔も体格もいいのに、もったいないから。でも、なかなかうまくいかない。」
     容姿の良さを自負するミスラに、オーエンは少し安堵する。いつものよく知っている、尊大なミスラだったから。ミスラはオーエンの持つわたあめを千切ると、口に入れた。
    「あっ、おい! 勝手に食べるなよ。」
    「お金を出したのは俺ですよ。」
     オーエンの文句を聞き流しながら何度か繰り返すと、ミスラは再び話し始めた。
    「これが甘いのは知っています。砂糖でできているから。いつかは夏休みが終わることも。」
    「何を今更、そんな当たり前のことを……。」
    「でも、卒業したら? 大人になったら? 俺たちって、どうなるんでしょう。俺は、あなたは、どこにいるんでしょうか。」
     オーエンは虚をつかれたように目を見開くと、わたあめを食べる手を止めた。
    「……何? センチメンタルになってるの?」
    「この気持ちって、そう言うんですか。」
     オーエンの嫌味すら、ミスラは素直に受け止める。なんだか今日のミスラは調子がおかしかった。
    「あなたが隣にいるのは当たり前だと思っていた。でも、その保証はどこにもない。」
    「……だから?」
    「いつまで、俺の隣にいてくれますか?」
     オーエンはとうとう吹き出した。いつものように強引に、暴力でもなんでも使って言うことを聞かせればいいのに。センチメンタルなミスラは、雨の日に濡れた犬のように情けない。
    「教えてあげない。」
     弧を描いた唇で、囁くように告げた。自分ばかりが必死なのだと思っていた。けれどこの数日間、ミスラなりに考えるところがあったらしい。それだけで、この暑くて何もない土地に来た意味があった。
    「なんですか、それ。まあいいですよ。離れようとしたらぶちのめすだけなんで。」
    「やれるものならやってみなよ。」
     青い空の下で、蝉の大合唱の中で、ミスラとオーエンはいつものように不敵に笑い合った。後方から車のエンジン音が聞こえる。日常が二人を迎えに来ていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖💖💖💖🌻🌻🌻🌻🌻💗💗💒💗💗💗
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works