診断メーカーのやつ/鶯皇耳障りのいいその声が、好きだと思った。
彼の声は俺の耳にすっと入ってきて、偶に俺の頭の中を支配する。
心地が良くて、懐かしくもあるその声が好きだ。
「ねぇ…聞いてる?」
「あぁ…ごめん、何だっけ?」
彼は俺の言葉に少しムスッとした顔で、俺の手に持っている携帯を指差した。
「どんな写真撮ってるのかなぁって気になって、…見せてくれるって言ったのは鶯樹先生だよぉ?」
「あー、そうだったな…悪りぃ。風景とか人物とか…ジャンルはそれぞれだ。」
そう言いながら彼に携帯の画面を向けると、顔をゆっくりと近づかせて画面を覗き込みじっくりと見ていた。
一枚一枚画像を変える度、少しずつ彼の口角が上がるのが分かる。
「綺麗だねぇ…。ふふっ、やっぱり鶯樹先輩は青空が好きなんだね?」
「俺が青空好きだなんてよく覚えてたな。」
「うん、…君と初めて出会った日のこと、忘れるわけないよぉ。」
そう呟いて、彼の視線は空に向けられた。今日は、あの日によく似た青空だった。
あの頃の俺は、「皇を笑顔にするんだ。」って少年心に燃えていた。
でも結局…彼と過ごした三年の内、一度も彼の本気の笑顔を見ることは出来なかった。
「でも、先輩も覚えていてよかったよぉ。」
「当たり前だろ?これだけは忘れねぇよ。」
彼と会ったのは9年前。
色んなことを屋上でしたけど…その殆どが覚えていない中、彼と出会ったあの日の事は目を瞑ればぱっと思い出される。
鮮明ではなく薄っすらだけど、俺にとっては忘れたくない…忘れちゃいけない記憶なんだ。
「なぁ、今日一緒に…。」
"一緒に帰ろう"
と、言おうと思って辞めた。
今日は部活と生徒会とやることが山積みだったのを忘れていた。
「いいよぉ、一緒に帰ろう?僕は遅くても大丈夫。」
言葉に出そうとして辞めた俺の言葉を、彼は当たり前のように拾って紡いでくれる。
前は自分が彼にしていた事で…逆の立場として返されると少しむず痒い。
「分かった、終わったら理科実験室に行く。」
「うん、待ってるよぉ!…それじゃあそろそろ行かなくちゃ。」
携帯の時計を見ると、次の授業の五分前。
彼は小走りに駆けながら一年生の教室へと向かった。その途中、ちらっとこちらを向き…、
「また後でねぇ!」
と、笑った。
その笑顔を見た俺の目は…彼の笑顔が視界一杯に広がり、まるで支配されたかのようだった。
「あぁ…後で。」
反応が遅れ力無く返すと、ムスッとした顔で右手を一の形にして俺に向かって差し出してきた。
この出来事は今でも鮮明に覚えている。
「また後で!!」
あの日、彼が俺に返してくれた"またね"よりも幾分大きい声で返す。
俺の声が届くと、彼は満足そうに笑ってまた教室までへと歩みを進めた。
でも俺はまだ、彼の見せた笑顔が忘れられず…その場を動けずにいた。
俺に向けられた彼の笑顔はあまりに綺麗で、目頭を熱くしたんだ。