煙の行方 単独で祓ってみたいと暁人が言った時、オレは止めなかった。簡単な仕事を振り分けて、札も多めに持たせた。それなのに暁人は、明け方穢れの気配をぷんぷんさせながら帰ってきた。
「暁人」
「ごめん……大詰めって時に、気を抜いちゃって……」
嘘だ。暁人はそんな人間じゃない。理由なんて、誰だって分かりきっていた。
タクティカルジャケットに不自然な膨らみ、それがたまに身動ぎする。
「暁人……オマエそれ」
「あ、うん、その、戦いに巻き込んじゃって……咄嗟に」
大方、犬だか猫だかが戦いの邪気に当てられて硬直したのを、懐に入れて庇いながら戦ったんだろう。優しさは美徳だが、避けきれなかった穢れにこんなに冒されている相棒は、看過できなかった。
「一人での仕事は当分なしだ。今まで通り俺のサポートしてろ」
「そ、そんなぁ!」
早く一人前として認められたいならその甘さを捨てろ、とは言えなかった。暁人はそれを捨てない。だからこそ、暁人は暁人なのだ。
だったら、それでも戦っていけるように、これまで以上に厳しくしていくしか、オレには出来ることがない。
「口答えするくらいなら強くなれ」
「……けーけ、……うん!」
打てば響くように察して、暁人は笑みを浮かべた。オレはそれを見ながら不機嫌を装い、煙草に火を点け、暁人の顔に煙を吹きかける。簡易の穢れを祓う方法だが、体内でエーテルを回せば、それでも十分な浄化になりえる。
「けほ! な、何だよもう〜!」
「今日はもう帰って休め。くれぐれも無茶なことはするなよ」
「KKに言われたくないよ! もう……じゃあ、帰るね」
暁人がアジトを後にする。そこに残されたのは空気のようにオレたちのやり取りを見ていたエドと、急にやったことが恥ずかしくなったオレだ。
『顔に煙草の煙を吹きかける行為は、夜を共にする誘いとして用いられる』
「うるせぇ」
「素直になったらどうだ、KK」
「うるせぇ!」
年甲斐もない感情を、まさかこの男に見透かされているとは思わなかった。それが余計に気恥ずかしさに拍車をかける。
「パトロールしてくる」
「浮足立つなよ」
答えずに乱暴に玄関ドアを閉めると、オレはすぐに天狗を呼び出した。上空の空気はこの季節でもまだ少し冷たく、茹だった頭や心を冷静にしてくれる。
こんな感情は気の迷いだ。あいつは、あいつに相応しい世界に、いつか帰る。そのための、闇を躱すためのノウハウを教える。それがオレの役割で、オレがこの世に還ってきた意味だ。
それだけだ。
「くそ」
こんな感情は、消えてなくなれ。そう望んでも、夜の風も、誰の言葉も、この気持ちをなかったことにすることは、不可能だった。