灯す火(けあきデー) あの夏から、暑いと思ったことがない。彼岸の食物を食べたからか、亡霊に取り憑かれたからか、分かりはしないが暁人はあれから、冷えた空気を纏って生きている。夏でも汗一つかかず長袖を着て、上着まで羽織る暁人のことを、友人は羨ましがったり、気味悪く思って離れたりと様々だったが、暁人自身は特に気にしてはいなかった。
「お前、またタバコ吸い出したんだな」
「何で? 吸ってないけど」
「そうかぁ? お前夏になるとタバコ臭えぞ。特にこの時期すげえ臭う」
言われた暁人は、思い当たるフシしかない。しかしだからといって、喜ぶこともできない。
そんなふうにマーキングしていくくせに、今まであの男が暁人の前に現れたことは一度もないのだから。
「あ、彼女か? 彼女が吸ってんのか?」
「うーん、そういうんじゃないけど、近い、かなぁ?」
「何だよ訳分かんねぇな」
自分でもあの男のことを、どう分類して良いのか分からないのだ。相棒、だったと思う。師弟でもあった。だがそれだけだったとは思えない。それを名付ける事が未だに出来ないだけで、暁人にとってあの男は特別だった。
「じゃあそろそろバイトだから。もう行くよ」
「お前仕事の他にそんなに稼いでどうするつもりなんだよ。やっぱ彼女か」
「違うよ。多分、違う」
隙間の時間が怖くなったのは、あの夜からだ。ふと考えてしまう。あの男のことを。死別した妹のことを考えることもあるが、それ以上にあの男のことを考える。
あんた、僕の何なんだよ。
そんな風に思考とも言えない、それでいて思考の深淵のようにも思える考えに囚われる。それが嫌でせっかく就職が決まった優良企業以外にも内緒でバイトを増やす。
食べれば疲れない。夏も快適だ。いや、むしろ少し寒い。そんな中で暁人は、少しずつ擦り切れる自身を感じていた。
「タバコかぁ」
そう言えば吸いたがっていた。何気なく聞いた銘柄はまだ覚えている。暁人はバイト前にコンビニに寄り、あの男が最後まで吸いたがっていたタバコを買った。
バイトへの道すがら、人気のない場所でタバコに火を付ける。タバコの火の付け方なんて、あの男に教わらなかったら知らないままだったろう。
「まっず……」
暁人はこんなものを愛していたあの男が、何だか凄く哀しいもののように思えた。
「あんた、こんなまずいの、何であんなに吸いたがったんだよ」
「ガキには分かんねぇかもな。クソガキ」
時が止まった。ような気がした。
「KK!?」
叫ぶと、果たしてその声は確かなもので。
「おうオレだ。KKだよ。ったく、毎年あんだけタバコの匂い撒き散らしてやってたのに、何で気づかねぇかね」
「気付くって、何がだよ。あんた、まさかずっと僕の中にいたのか」
「オマエ、暑さも感じず食えば回復するなんて異常事態、何で放っておいてんだよ。おかしいと思わなかったのか」
「そういうものかと思ってたんだよ」
呆れたようなため息が聞こえ、目の前に黒衣の男が現れた。
あの日「おやすみ」と言って別れた男。相棒で、師弟で、その他の全てだった男。
そうだ。全て、だった。
「あんたなんか、嫌いだ」
「オレは好きだぜ、暁人」
その言葉は思った以上に、暁人の胸の芯に染み込んだ。
「オレの迎え火なんて、タバコ一本で充分なんだよ。早く吸えよな」
「言ってろ」
これが夏だけの縁なのか、これからも共にあれるのかも分からない。それでも暁人は、夏の空気が少しだけ温むのを感じた。