家族になろうよ「家族になるか」
他に言葉が思い浮かばなかった。もう恋人だ。だったら、これ以上の言葉はないと思っていた。
「そんなこと言わなくても、将来介護はするつもりだよ」
暁人は微笑みを浮かべてオレの手を取る。オレは盛大に滑ったらしい。
あの夜から十年。オレももういい年だ。こんな商売もしてる。いつ死んでもいいように、暁人に残すものがあるように。
そうして思うのは、結婚だ。オレは古い人間だから、最終到達地点をそこに見出してしまう。
伊月暁人という未練が出来て、死んだことにしていた戸籍を戻した。並大抵のことじゃなかったが、それを越えて、いま暁人と二人で生きている。その証として、オレは暁人の伴侶になりたい。
「暁人」
「うん」
「オマエは綺麗だ」
「ふぇ!? は、えぇ!?」
「オレはもう、出会った時からずいぶん耄碌しちまった。それでもオマエは、変わらず綺麗だ」
顔だけじゃない。心も体も、何もかも、暁人はどこもかしこも綺麗に出来てる。それが崩れていくことも、薄れていくこともない。
「そんなオマエと十年一緒にいて、オレはずっと怖かった。でもな、それは幸せだったからだ。暁人」
指輪を買うことは悩んだ。一度手酷い失敗をしたせいかも知れない。同じ形で暁人との関係を定義したくなかった。それでも、暁人はこれを欲しがっている。それは日々の生活の中で感じていた。
失敗したからこそ、オレは暁人に対して間違いたくない。
「今だって逃げ出してぇよ。でもな、暁人。オマエの人生を、丸ごとオレにくれねぇか」
言いながら指輪を暁人の薬指に嵌めていく。サイズは寝てる間に測ったから、ピッタリと馴染んだ。暁人は特に抵抗することもなく、左手をオレに預けてくれている。
「KK」
本名は三年前に教えた。その時にオマエが言った、KKはKKだよって言葉に、オレはいつも支えられている。
「オマエに与えられてばっかりの、オレみたいな爺さんがって思うが、もう手放してやれねぇんだ」
「KK!」
突然魚雷みたいな勢いで暁人が飛んできた。腕の中に収まる体は暖かくて、オレはそれを閉じ込めるように抱き返す。
「家族になろぉ!」
こみ上げるものがあって、オレは暁人の肩口に顔を埋める。オレと長らく一緒に暮らして、俺の匂いと混ざりあった暁人の体臭を胸の中に吸い込みながら、オレは鼻を啜った。