傘、真夏日(けあきデー)「今日は何月!?」
「五月だ! 言うなますます暑くなる!」
日差しで頭の天辺を焦がされながら、オレは暁人と公園のベンチで滝のような汗を流していた。
アジトのエアコンが壊れたのを皮切りに、暁人と同居中の部屋のエアコンまでが寿命を迎えたのは昨日だ。
元々稼働過多だったアジトのエアコンがオーバーヒートするだけなら分かるが、何もここ十年大事にしてきた部屋のエアコンまで釣られるように壊れることはないだろう。
続く真夏日に業者の修理もすぐには来ないため、オレと暁人は外に涼みに出ることになった。喫茶店にでも行ければよかったんだが、そこで昨日の怪異だ。
「KKからドブみたいな臭いがする!! 鼻曲りそう!!」
「暁人オマエこそ香水臭いんだよ!! こっちこそ鼻曲がるわ!!」
「えええ、僕今はそんなニオイ!? さっきは塩素剤のニオイだったじゃん!! もー、この怪異いつ終わるんだよぉ!?」
「オレが知るか!! あああ臭ぇー!!」
昨日の夜に関わった霊障の性質が伝播したのか、オレと暁人の体臭が悪臭へと変化し続けるという異変に見舞われている。
「臭いのせいで店には入れねぇし、家は蒸し風呂だしどうすりゃいいんだ!!」
「耐えようKK、幸いハンディファンと氷の差し入れは山程ある」
オレはスーツのまま裸足になり、バケツに開けられた氷水に足を付けている。暁人は脇の下やら額やらに冷えピタを貼ることで何とか暑さを耐えている。
「暁人、オマエ他の公園行け。二人でいると暑苦しいんだよ。知ってるか、筋肉質の男は、熱い」
「僕より筋肉あるくせにそれ言う!? KKが他の場所行ったらいいんじゃない!?」
「こんな暑い中をおっさんに移動しろってか。年上は敬えよ、お暁人くん」
「こんなときにばっかり年上ぶらないでくれるかなぁ? あ、まあ、KKがおっさんなのは間違いないけどね?」
互いに暑さで茹だった状態なので、遠慮も会釈もない。ただ前を見据えながら少しでも涼を得ようと必死だ。この光景を、氷やハンディファンを差し入れてくれたアジト女性組が見たら何と言うかといえば、「醜いわね」「最低」がいいところか。
「大体な、暁人。オマエ日頃からオレに敬意がねぇんだよ」
「敬意を持たれるような態度を示してくれればいくらでも敬意を払うけど? 大体KK」
「ああ?」
「あんたがカッコいい時なんて、悪霊と対峙して印を結んでる時か、マレビトのコアをまとめて引っこ抜いてる時か、子供に優しく接してる時くらいじゃん」
「はぁ? オマエだって弓矢を正確に敵の頭に叩き込んでる時か、火炎のチャージで敵を一掃してる時か、手際よくフライパン返してる時くらいだろうが、手放しでカッコいい時なんてよ」
「じゃあ言わせてもらうけど、KKはその年で腹が弛むどころか、腹筋が割れまくって腹でマレビト弾き返せそうな事に対して、何の感想もないわけ?」
「オマエこそ、弓を射る時の背中の筋肉の見事さに自覚ないのかよ。あれはちょっとしたもんだぞ」
大体オマエの良いところなんて、十本の指でも足りないんだ。暁人、だから————
「ちょっと待て」
「僕も待って」
暑すぎて思考回路が切れまくっていた。しかも二人同時に。
もう暁人の体の中に入っているわけではないのに、二心同体か。絶対共鳴か。何してるんだ、オレたちは。
「もうさ、言っちゃうけど」
「おう」
「KKは格好いい。生き方も、在り方も、あと、何より顔がいい。体も鍛え上げられてて男の僕から見ても惚れ惚れする」
「クソ、ならオレも言うがな。オマエは最近の若い奴にしては根性がある。そのクセ考え方は柔軟で、何より優しい。あと大人しめだが顔がいい。清潔感もあるし、女にモテる奴ってのはオマエみたいな奴のことを言うんだと思う」
「ちょっと待って。なら僕ももっと言わせてほしいんだけど」
「それを言うなら俺のほうが先に言いたいことがある」
競うように口を開こうとした瞬間、突然空が暗くなったかと思うと、水滴が頬を打った。
「えっ」
「おお?」
急激に空気が重くなり、バケツをひっくり返したような雨が降り注ぐ。汗と熱に塗れていた身体は、一気に冷やされ頭も冷えた。
オレたちは顔を見合わせると、しばらく無言で互いの視線を合わせた。
「暁人」
「KK」
笑い出したのはどちらが先立ったのか。オレと暁人はゲラゲラと腹を抱えて笑った。雨は降り続け、下着の中までぐっしょりだ。暁人が立ち上がり、ボディバッグの中から折りたたみ傘を取り出す。
「これ、見た目より大きいよ。入る?」
「もうお互い濡れ鼠なのにか」
「それもそっか。でも、たまにはいいじゃん」
伸ばされた手に引き起こされ、オレは立ち上がった。暁人が傘のボタンを押すと、一瞬で傘が広がる。なるほど、思った以上に大きい上に、広げる手間もないのか。
「便利になったもんだ」
「でしょ。ねぇKK」
「何だ、暁人」
「愛してる!」
「オレもだ」
傘の中で肩を組みながら、オレたちは鼻一杯に互いの悪臭を吸い込んで、また笑い合った。