また、よろこんで! 常連のおっさんがエロくて、少しずつ距離を詰めている。スーツをラフに着こなして、くたびれたコートを纏った姿はオールドタイプの刑事のようで、なかなかに腰にくる。聞けば本当に刑事だったらしい。まったく好みどストライクで、俺はおっさんがバイト先の居酒屋に来るたびに、テーブルに張り付くようにしておっさんの覚えを良くしていた。
そうしてもう三ヶ月。しばらくぶりに来たおっさんは今日も順当にエロくて、枯れ専の俺としてはもう少し熟れて欲しいって希望も吹き飛ぶ。
たまには若いのもいいよなって仲間に言ったら、恋してるのねって返されたりもしてる。まったく、今日もおっさんはどエロい。
ほくほくとしながら奥の座敷に通して、お通しを運んでおしぼりを渡すとおっさんが入り口辺りを見た。
「遅ぇぞ暁人」
そう言われてこちらに小走りでやってきたのは、俺より二、三歳若そうな、何とも清潔感溢れる綺麗めのかわい子ちゃんで。
「ごめんKK。このお店、入口が判りにくくてちょっと迷った」
笑顔なんてそりゃもう、春風が渡っていくような爽やかさで。
「確かにそうかもな。オマエが待ち合わせたいって言わなけりゃ、一緒に来たんだぜ」
「ごめんって。あ、もうオーダー済ませた?」
「いや、まだだ」
「じゃあ、生二つ。お願いします」
自然に、そりゃもう自然に、おっさんの隣に密着して座ってニコニコしている。
「暁人」
緩く咎めるようなおっさんの声にも、かわい子ちゃんは我感せずといった体で、おっさんの腕に胸を押し付けるように腕を絡める。
あ、お仲間だったのか。そう思うと、俺は断然嬉しくなってしまった。俺は枯れ専で、おっさんは可愛い子ちゃんが好き。自慢じゃないが、俺は大分かわいい。チャンスだ、と思った。
酒宴が大分暖まった頃、おっさんがトイレに立つ。俺は狙いすましてその後を追った。
「お客さん、お連れさん可愛いっすね」
驚いたように俺を見るおっさんに、俺は言葉を連ねた。
「俺も相当可愛いと思うんすけど、どうすか」
おっさんの目が苦笑のように眇められ、口の端を上げるだけの笑みが何ともらしくて、俺は緩く勃起した。
「どうも何も、あいつ以外はお呼びじゃない。悪いが期待には添えねぇよ」
ノンケがかわい子ちゃんに絆されたって奴か。それなら、と更に口を開こうとした俺に、おっさんがトドメを刺す。
「最後の恋なんだ。年甲斐もなくな」
そう言うおっさんは困ったように笑って、俺の肩を叩いた。
「それとあんまり自分を安売りすんなよ。そういう売り方には、そういう奴しかついちゃこねぇ。オマエさんは、そういう奴じゃないってオレは知ってるぜ」
完落ち。そして、完敗だ。
かわい子ちゃんはめちゃくちゃいいオンナなんだろうし、おっさんも、めちゃくちゃいいオトコだった。こりゃ、とりつく島もない。
「すみませんした。もうこんな絡み方しないんで、またこの店贔屓にしてくださいよ」
「ここはメシが美味い」
おっさんは用を足したあとだったので、席に戻っていった。俺もこれ以上職務怠慢するわけにはいかなかったんで、仕事に戻ろうとドアノブを回す。すると目の前に、かわい子ちゃんが立っていた。
「あの人を変な目で見ないでよ」
切実な、それでいて鋭い視線でそれだけ言うと、踵を返して席へ戻っていく。俺は咄嗟にその手を掴むと、
「振られたから安心して。あんたしかいないって、言われたよ」
と言っていた。敵に塩を送るいわれもない気がしたけど、かわい子ちゃんがあんまりにもイタイケだったってのがある。こいつ、これでおっさんも落としたんだろうか。これはノンケでもグラグラくるわ。
すぐに手を離して、俺は仕事に戻った。かわい子ちゃんはしばらくその場でぼーっとしていたが、やがて赤面しながら席に戻っていった。
恋敵がこうも可愛いと、負けても何というか、悔しさすら湧いてこない。むしろ俺は、二人のこれからを応援すらしたい気持ちになっていた。
また二人で飲みに来てよ。
そんなことを思いながら、俺は厨房にオーダー品を取りに行った。