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    イシュ学グリハル星芒祭ネタ。短くてちょと切なめ。(両思いじゃ)ないです。

    希求灰色の雲が厚くなり、クルザスを覆う寒さが格段に厳しくなるこの頃。今年も、星芒祭の季節がやってきた。
    期末試験を終えて星芒祭休暇に入った学園でも同様に、友人や恋人、婚約者、家族と思い思いの時間を過ごす者が多くなる。高貴なる四大名家の一角に連なるグリノー・ド・ゼーメルもまたご多分に洩れず、星芒祭を楽しまんとするその一人であった。
    夕暮れ時の人気がまばらな庭園を抜け、薄暗い石畳の廊下も越えて、重厚な小講堂の扉を押し開ける。
    目に飛び込むのは静謐な青の空間に佇む女神像と、夕焼けを受けて滲む、戦神を描いた極彩色のステンドグラス。グリノーはいつものように、最前から二番目の席へ視線を向けた。
    「ハルア」
    見間違うはずもない。色とりどりの明かりに透かされて、グリノーの婚約者――ハルア・ステラティアは淑やかに組んでいた両手を解いて振り向いた。
    「グレイストーンくんとの特訓はもういいの?」
    振り向きの余韻に、さらりと白銀の髪が揺れる。薄暗い講堂を彩るその煌めきが、この世でいっとう綺麗だと思った。
    「……終わった。あいつだって予定があるしな」
    グリノーがそう続けると、ハルアは「そうなの」と微笑んだ。
    冷たい空気ごと、敷き詰められた古ぼけた床板を軋ませる。ハルアの隣、最前から二番目の席――だけでなく、小講堂の長椅子は全て――は固くて冷たく、相変わらず座り心地が悪かった。
    「何、考えてる」
    隣で女神像を見上げたままのハルアに声をかけた。その信心深さを尊敬する反面、ろくな答えを返さない神の啓示に意味はないと、グリノーは時々冷ややかな気持ちになる。
    自分といる時くらい、こちらを見てくれたって――湧き上がった思いは断じて嫉妬ではない。
    「……あの二人のこと」
    ぽつりと頼りなげな返事をされて、グリノーはぱちりと目を瞬かせた。
    あの二人、と言われて思い浮かんだのは、自由を求めて去っていった、とある二人だ。
    「そういや、この時期だったか」
    思い出したようにグリノーが呟くと、ハルアは曖昧に笑って頷いた。
    「あの二人が今どこでどうしてるのか。この時期になると、どうしても考えちゃうのよねぇ」
    そう言って目を伏せたハルアが何を思っているのか。ほんわかとした声音に隠れた感情に触れることもできず、グリノーはどう返せばいいのかわからなくなった。
    ――かつてこの学園には、グリノーとハルアの遠縁にあたる伯爵家の令息と、その友である子爵令嬢がいた。
    学園の主席と次席の座をほしいままにした、歴代屈指の優等生。星芒祭を迎えたその日、成功を約束されたはずの彼らが忽然と姿を消したのは、もう十年以上も前のことだ。
    「……あのおっさん、まだ連れ戻すの諦めてないらしいぜ」
    「あらあら、無謀ねぇ」
    いつかの夜会で仕入れた噂を嘯けば、白々しくもくすくすと笑うハルアの横顔が愛しかった。
    暦が巡るに連れて誇大に脚色された彼らの「物語」は、この学園でままならぬ恋をする少年少女にとって伝説に等しい。それは勿論、グリノーにとっても例外でなく――。
    「ハルア」
    腕の中に閉じ込めた体はぽかぽかと温かく、グリノーの胸に湧き上がった感傷を優しく慰める。柔らかな髪を指で梳きながら、丸い頤に手を添えた。
    「……グリノー?」
    きゅるり、と、二つの青と視線がかち合う。込み上げる感傷は乱暴にタガを外し、グリノーにハルアの唇を奪わせた。
    不意のできごとに、潤んだ玻璃の目がうっとりと伏せられる。瞼から溢れた雫はそのまま指で拭ってやった。
    ハルア、と人より幾分か短い耳に囁きを落とす。
    「俺らも、このまま逃げてみるか」
    どこか遠いところへ。
    誰も自分たちを見つけられない場所まで。
    家も役目も、きっと一切のしがらみが及ばない場所へ――彼らのように。
    「素敵ね」
    「だろ」
    心底から嬉しそうなハルアの表情にグリノーの胸が軋む。知っているのだ、それでも彼女が後に続ける言葉を。
    残酷な答えを知っていて、唆した。
    「……でも、駄目だわ」
    ハルアは小さく首を横に振った。それはグリノーにとっては予想通りの答えで、失望以上に安堵を感じさせた。
    彼女はグリノーに弱気を許さない。くだらない感傷で責務から逃げるなと、その双眸が雄弁に歌っている。けれどそれを、明言はしない。
    「あなたに贈るハンカチの刺繍が、途中なのよ。……だから、行けないわ」
    わかってる、とは返せない。グリノーは固く目を閉じた。
    そうしている間にもハルアがそっと腕の中から逃げ出して、立ち上がる音が聞こえてくる。
    目を開けて名残り惜しさに呆けていると、ずいぶん弱気ね、と手を差し出された。
    差し出された手を取りながら、グリノーは苦笑する。
    「ばぁか、冗談だよ」
    隣に並び立ち、柔らかなその手を引いて歩いた。
    解放してやれたらいいのに、と思う。
    くだらない政争など及ばない、ただ暖かな春の庭にいさせてやれたら、と思う。
    それが紛れもなくグリノーのエゴでしかないのだと、理解はしていても。
    「ったく……絆されてくれねえもんだなぁ」
    小さな呟きは足音に紛れて消えていく。

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