アセトンのにおいが鼻を刺す。拭われていく灰色のネイルポリッシュ。端に残る分を取ろうと角度を変えればキラキラと光る青色のラメ。ふと視線を上げて恋人の顔を見れば緩む口角を隠しきれていない。
「助平っぽいですよ?」
一言だけ文句を投げるがその顔で体温が上がったのだからノイマンだって変わらない。
一番大きな親指を落とし終えれば、あとは大したことはない。拭われていく二人の色。
(あと一本……)
残った小指の爪に手を掛ける。コットンに移る色に少しだけ名残惜しさを感じた。
「終わりました」
元のコノエの地の色だけの爪。ノイマンの心臓がとくり、と鳴った。
「今度はボクの番だ。足を出して」
言われるがままに足先をコノエに向かい突き出す。土踏まずの当たりを優しく取られる。愛しげに見つめられるのがわかり、胸が高鳴る。冷たいコットンが当てられたのがわかった。
「なんだか勿体なく感じるね」
「俺もそうでしたよ」
「今回は短かったからかあまり落ちてないしね」
「でも会えるほうがいいです」
わざと精一杯の拗ねた声。本心ではあれど、少しでも可愛く思われたいなんて乙女心。そんなものを意図して使う日が来ようだなんて思ってもいなかった。
「同感だ」
足首にキスを一つ。触れられた感覚でノイマンの体温は急上昇する。
そんなノイマンを無視してコノエはコットンでペディキュアを落とす。念入りに端についたネイルポリッシュを拭おうと角度をずらす。
もう何度も繰り返しているのに、体温が上がるのはこの後に待っている行為を期待してか?なんて少し悩む。
(それも色ボケしてて恥ずかしいな……)
思わず苦笑すれば小指のネイルポリッシュを落としているコノエの訝しげな視線とあう。
ドクリ、と心臓が音を立てる。
「どうかしたかい?」
「ときめいてるなぁ、って思って……?」
こてん、と首をかしげる姿にコノエはまんまと胸が高鳴る。苦笑しながらペディキュアを全て落とし終わった足を恭しく下ろした。
「ときめき、なんて甘酸っぱい感情で終わらせてはあげられないなぁ……」
「――〜〜っ!アレクセイさんのエッチ!!」
小さく続いた、「ちょっと取り繕ったのに」、と言う言葉を耳が拾ったことは秘密にしておいてあげようと、薄く笑って彼女の目の前に移動する。
「キスしても?」
「こんな時に聞かないでくださいよっ!」
頬を染めながらノイマンの唇がコノエの唇に重ねられた。
特有の気怠さが別のものに変わる程の時間は経った。
「お姫様、足を」
「それやめてってさっきも……!!」
一生コノエにしか言われないであろう呼び方に、色々思い出し胸まで真っ赤にして慌てる。しかし、足先だけは素直にコノエに差し出す。
「よくできました」
「……その言い方嫌いです」
「どうして?」
「だって……コノエ先生と担当クラスだったノイマンさん、みたいじゃないですか……恋人なのに」
口を尖らせ顔を背けて答えられた理由に思わず吹き出した。
「そうか、じゃあ次回はそういうイメージプレイにするか」
「そうじゃないでしょう!」
思わず声を荒げたノイマンに対しコノエはあっけらかんと笑う。うー、と呻きながらそっぽ向く恋人に(からかいすぎたか)と思いながら足の裏の柔らかいところを軽く揉む。身動ぎが伝わるのをあえて気づかないふりをして親指の爪に灰色のポリッシュを塗る。独特の匂いが広がった。