『青い花は咲く』おまけSSブォー…
部屋に流れるドライヤーの音。潔の艶々とした黒髪を梳くように白い指が動く。遊園地デートを経てお付き合いを始めた二人は、青い監獄に戻っていた。現在、潔の頭にドライヤーを当てている凪の髪はすでに潔により乾かされ、ふわふわな髪質を取り戻している。
「潔、熱くない?」
「大丈夫!」
距離が近くなりすぎないよう、角度を変えながら風を当てる。だいぶ乾いてきたのか、水気を含んでくたりとしていたてっぺんの双葉が復活した。潔はご機嫌なようで、凪の足の間に座り調子の外れた鼻歌を歌っている。さあもう少しだと思ったところで部屋の扉が開く音がしたので、凪はちらりと潔の頭から視線を上げた。
「おかえり、お嬢」
「おー、戻った....ってあの凪が潔の髪乾かしてる...マジか。お前ら中身でも入れ替わってんの?」
「...そんなアニメみたいなことあるわけないだろ!凪がやってくれるって言うから頼んだんだ。乾かしてもらうのって楽だし、気持ちいいんだよなー」
「そーいうことー。俺の気持ち分かったっしょ」
「うん。今回ばかりは分かるね」
「ふーん...」
うんうんと頷く潔を見て、なにかいたずらを思いついたように千切のピンク色の瞳が輝いた。嫌な予感を感じた凪は目を細めて千切を見ると、乾いたよ、とドライヤーのスイッチをオフにした。
「じゃ、潔。俺の髪乾かしてー」
「え!?いいけど、なんか千切の髪乾かすの緊張するな...」
「...待って。なにOKしてんのさ」
「凪も緊張するって思う?だよな...ここまで長いとどんな風に乾かしていいか分かんねぇ...」
「いやそーじゃなくて」
「フツーにやってくれればいいよ。ほら、よろしくー」
「ッうわ!分かったから!」
「...」
ろくでもないことを言い出す予感が当たってしまった。千切は潔の横にドカッと座ると、潔の肩に手を回して上目遣いに頼み出した。潔はいきなり縮まった距離にドギマギしながら凪の方を見上げる。はい、と差し出された手はドライヤーをくれというとこだろう。凪はドライヤーを握ったまま。むっと口を窄めて胡乱げに潔を見返した。そんな凪を千切がニヤニヤと観察していた。やっぱりこいつ、わざとやってやがる。
「お嬢はヘアケアこだわりあるもんね。自分で乾かせば?」
「だからフツーで良いって。俺も乾かしてもらいたくなったから頼んでんの」
「...潔に、じゃないわけね。ほら、こっち座れよお嬢さん」
「凪...?もしかして....」
「お前が乾かしてくれるわけ?」
潔が驚いたように目を見開いた。柄にもなくドライヤーを握って待機する凪に、堪えきれなくなった千切はゲラゲラと腹を抱えて笑いだした。
「あっはっは!必死かよ!」
「あーもーめんどくさ。いい加減にしてくんない?」
凪が首に手を当てて低い声を出す。嫉妬している凪の姿が見られて満足したのか、千切が潔から離れようとしたその時、顎に手を当てて何かを考え込んでいた潔の口が開いた。
「...凪が俺以外のやつに世話焼くの嫌かも」
「え...?」
「うん、やっぱ嫌だ。俺だけにしろ」
恥ずかしげもない真っ直ぐな青色が凪を貫く。ドキン、と大きく心臓が鳴った。普段の潔を可愛いと思うことはたくさんあるが、ふと、この男らしい一面を見せられるとさらに好きになってしまう。潔世一という男はなんと沼が深いのだろう。凪は自身の手によりさらさらになった黒髪を優しく撫でて告げた。
「Yes,sir.」
「...あーはいはい。あとは二人でよろしくやってろ」
「っあ!千切、ドライヤーしなくていいの?」
「あのさ。俺もお前が千切の世話焼くの嫌なんだけど。さすがに分かれ、バカ潔」
「うぇ!?そっか...ごめん千切、俺...」
「凪を困らせてみたかっただけだから。からかって悪かったよ。にしても、こうも鈍いと凪も苦労するな」
「まあね」
千切の言葉に反論しようとした潔の後ろから腕を回し、凪は甘えるように頭に鼻を埋めた。
「ま、お幸せに」