ハンドクリーム 「これって新商品のやつだよね!」
「あ~この子最近よくCM出てるよね」
喧騒の中聞こえてきた声にふと視線を上げるとアイツの写真がでかでかと印刷されたポスターが目に入った。
まるで恋人同士が朝のベッドで触れ合うように、絡め合った手が印象的なハンドクリームのポスター。
最近お互い仕事も波に乗り始め会う機会が少し減ったせいもあるのか、そこに写るソイツは俺の知るアイツとは掛け離れすぎていて妙な感覚がする。
「あれ?!獅子丸もう来てたの?
ってかコーヒー!もう先頼んでんの?!
オレも飲みたい~!」
視界に入ってくるや否や、とにかくうるせぇ。
卒業してもう5年も経つのにコイツは相変わらずクソうるさうさぎのままなのだ。
「ちょっと待ってて!オレも頼んでくるから!」
そう言って足早に店内に消えていった。
「え、ねぇアレってもしかして新兎千里じゃない…?」
カフェの前でメニューを見ていた奴等が小声で話してるのが聞こえた。
心做しか新兎の注文を受けている店員もどこか浮ついた感じがする。
だからと言って別に俺には関係ないが。
「お待たせ~!いや~いっぱい種類あって迷っ・・・わっ!」
言い終わる前に自分の被っていたキャップを乱暴に被せる。
「ちょ、なに・・・」
「うるせー」
関係はないが、久々に仕事もオフで外の空気を吸っている時に知らない奴等に邪魔されるのも癪だ。
突然被せられたキャップに髪が乱れただのどーだの騒いでいるクソニートの後ろにあのポスターが見える。
これが同一人物かよ。面白すぎんだろ。
ポスターに写るアイツに夢見てる奴らが見たら幻滅すんぞ、と思いながらフッと笑った。
「ん?!なに笑ってんの?」
それに気付いた新兎が後ろを振り返るとあのポスターが。
「はっは~ん!このイケメン千里くんに見蕩れてたんだな?この写真めっちゃ評判良くてさ~・・・あ!このハンドクリームのサンプル貰ったからあげよっか?」
またペラペラと喋りだしたコイツからハンドクリームを受け取って、
「俺が手荒れするとお前が困るもんなぁ?」と含み笑いを浮かべながら言ってやるとみるみるうちに真っ赤になる。
「は、はぁ?!何想像してんだよ!変態!」
「それはこっちのセリフだっつの。」
少し残っていたコーヒーを飲み干して席を立つ。
「今日は行くとこ結構あんだろ。」
「そう!新しい服も見たいし、映画のチケットも買ってるし、オシャレなBARも見つけちゃったし~!」
今日観る映画はコイツの先輩が出てるとかいう感動系恋愛映画らしい。
その映画には全く興味はないが、この後服屋で悩んだり映画で泣いたり美味い飯食って笑ったり、きっとコイツの顔はさぞ忙しいんだろうと思いながらジャケットのポケットに手を入れると無機質な感触。
今日帰りにこれを渡したらコイツはまた見た事ないような面白ぇ面すんだろうなと思ったらまた少し笑みが零れた。
「よーし!久々の休み楽しむぞ~!」
そう言って俺の右手を引っ張るクソうさぎ。
ポケットに入れた左手で自宅の2本目の鍵を軽く握ってカフェを後にした。